北方からの来訪者
高村との話のあと、良治は時間が予想通り確保できたので予定通り雀荘に行くことが出来た。
結果はあまりいいものではなかったが楽しめたので充分。個性の強い店長の人柄も良く、それだけで足を向ける理由の一つになりえている。
そしてその雀荘からの帰り道、珍しい人物から電話があって非常に驚くことになった。
連絡先は教えていたので名前が画面には出たが、一瞬出ることを迷うくらいだった。
『……はい』
『お、久し振り。俺っちだよ俺っち』
『登坂、名前を名乗れよ。わかるけどさ』
『ははっ、わかればいいじゃん。でよ、この間の一件と今後もよろしくってことで酒を贈ろうと思ってるんだけど住所教えてくれねーか?』
『別にそんな気を遣わなくても……まぁ貰えるものは貰うけど。えっとじゃあ――』
『ああ、サンキュ。たぶん明日の夕方には届くよ』
『早いな』
『ああ……うん、届いちまうと思う。ちゃんと受け取ってくれ。そうじゃないと大変なことになりそうだ』
『え? それはどういう――』
『んじゃな。……頑張れ』
『ええ……?』
霊媒師同盟所属の赤いトサカ頭の登坂からの電話に謎は残ったが、取り敢えず酒が送られてくるらしい。
簡単に乗せられて住所を言ってしまった気もするが、別に男の個人情報など大した価値はない。何かあれば引っ越せばいいだけだ。
そんな友人からの電話と、十分に麻雀を楽しんだのも昨日のことで、翌日良治は近所の不動産屋に赴き物件探しに入った。
端的に言えばこの日のうちに良治は支部の事務所を決めた。誰にも相談せず、完全に独断で。
決定権は良治にあるので問題ないのだが、一度持ち帰って誰か、天音あたりに相談する選択肢もあった。もちろん良治自身決める前に浮かんだことだったが、それでも良治は三件目に案内された場所で即決することにした。
良治が即決した理由。それは単純に安かったからだ。
と言っても個人的な予算からは少しオーバーしている。だがそれは物件の広さに対して問題にならなかった。
そこそこの広さで、狭くはない程度で築二十年ほどのビルの四階の一フロア。良治の住む部屋と同じか少し広いくらいだろうか。
最初はそこだけで十分と考えたのだが、話を聞くとこの上の階、五階も空いているらしい。
その話を聞いて一緒に借りるからと値切り交渉をし、更に五階建てだったので屋上の使用許可も得ることに成功した。
ここまで来てちょっと帰って相談しますはどうかと思い、良治自身も良い話だと判断して満足していたのでその場で決める運びとなった。
立地も上野駅から徒歩十分弱で悪くはない。
先に案内された二ヶ所よりは遠く、駅には近いが横断歩道などの関係で少し時間はかかる。しかしその分多少家賃は下がっているので文句はなかった。
鼻歌でも歌いたいくらい機嫌の良い良治が帰り道を歩く。携帯電話を取り出して確認すると午後五時過ぎだった。
だが時間自体に意味はない。重要なのは借りた物件からここまでの時間で、駅までと同じくらいの時間しかかかっていなかった。
「……ん?」
明日の夜に優綺がまた、少しだけ荷物を持ってくる予定を思い出し今夜の夕飯はコンビニで済ませようかと考えていた良治だったが、覚えのある気配を前方に感じて足を止めた。
退魔士特有の気配。しかし何かを害そうというものではなく、ただそこにいるだけだ。
道路を歩いていた人々の合間からその姿がちらりと見え、その瞬間、良治は自分の目を疑った。一度視線を外し、もう一度彼女たちを見た。
「……うっそだろ」
良治の小さな呟きが聞こえたかのようなタイミングで彼女はこちらに気付き、ゆっくりと歩いて来る。
微笑んだまま、育ちの良さを感じさせる優雅さを感じさせる歩き方。
「お久し振りです、お兄さま」
にこりと笑いながら、その黒髪のとても似合う小柄な女性は挨拶をした。
「ああ、ここがお兄さまのご自宅なのですね……!」
「あの、それでどうしてまたこんなところに……?」
部屋に入ると同時にぱたぱたとリビングまで歩いていき、物珍しそうに見回す女性。しかし女性と言っても小柄なので、浮かれた様子も相まって優綺と同じくらいの年齢にしか見えない。
「もちろん、お兄さまに会いに来たのですよ」
「……はあ」
くるりと振り返った美少女――志摩崩は微笑みながら世の男性のほとんどがときめきそうな言葉を口にした。
だが残念ながらその中に良治は含まれない。裏に何かあるのが明白だからだ。
マンションの下で良治の帰宅を待っていたのは、以前恐山まで乗り込んで助けることになった志摩崩だった。
前に見たような和装ではなく至って落ち着いた服装で、薄い青のロングスカートがなかなか似合っている。
崩と一緒に居たのは、これもまた以前顔を合わせたことのある侍女のいろはで、取り敢えず話を聞くだけ聞こうと部屋に案内しようとしたのだが、近くにホテルを取っているからと断られてしまった。
なので今は良治の部屋に二人きりになっている。
崩から話がしたいと言われ、てっきりいろはも一緒だと思ってひとまず部屋でと言ったのだが完全に失策だった。
いろはが断り、どうしようかと迷っている間に強引に部屋まで案内されてしまった。そして現在進行形でまだ良治は迷っている。
(話だけ聞いたらいろはさんに任せればいいか)
結局このまま話を聞くことを決めて崩に椅子を勧める。その間に良治はお茶の用意をしながら真意を尋ねる。
「ええと。それで本当の目的は?」
「本当も何もお兄さまに会いに来たのは本当のことですよ? ……ああ、先にこれをどうぞ」
「はい……?」
テーブルの上に置かれたのは縦に大きな風呂敷の包み。
ごとりと重い音がしたことで良治は全てを理解した。
「先に言っておきますが、彼を責めないでくださいね。私が言い出したことなので」
「……了解致しました。今度登坂には何かただ働きをしてもらいます」
立ち上がって中身を見ると案の定一升瓶の日本酒が二本。
普通ならかなりの重さで持ち運びも大変だが、退魔士で身体強化してあるのなら大したことではない。実際崩も大変そうにはしていなかった。
日本酒のラベルを確認しようとした良治だったが、風呂敷の隙間に挟まっていた『すまねぇ…。』というメモ書きを見て嘆息し、そのまま床に置くことにした。
「じゃあこれはこれで。話を戻しましょう。……百歩譲ってそれが目的だとしても、それだけがすべてじゃないでしょう。俺が……私が尋ねているのはそれ以外の目的のことです、崩さま」
お茶を置きながら向かいの席に座る。
会いに来たというのは表向き、もし本当だとしてもそれだけではない。必ず他に理由があると確信していた。
「ありがとうございます。でも半分くらいは本当のことなのですけどね。あと誰もいないので普通の喋り方でお願いします……ちょっと寂しいです」
「……まぁ、適度にということで。それで残り半分は?」
崩の上目遣いに思わず頷いてしまいそうになるが頭を切り替えて本題に入る。動揺したのが伝わったのか、崩は小さく笑った。
「ふふっ。それで、残りの半分ですが白神会の柊良治さんにお会いしたくてここまで来た、それが理由です」
「……最初の半分は私的な理由、残り半分は公的な理由ということですね」
「はい。話が早くて助かります」
崩の言い方は理解しやすい。少し考えれば誰にでもわかることだ。少し持ち上げすぎだろうと良治は苦笑する。
「で、公的な理由でのお話はなんでしょうか。正式に結婚を申し込みに来たわけではないでしょう?」
「あ、じゃあそれでお願いします」
「それでじゃないです。さ、本題をどうぞ」
「残念です……では」
こほんと可愛らしく咳ばらいをして顔を上げる。
すっと真剣な表情になる崩。これは霊媒師同盟の盟主としての顔だ。自然に良治も背を正して心構えをした。
「霊媒師同盟盟主・志摩崩は、白神会総帥・白兼隼人さまに会談を申し込みたく思います。なので柊さまにはその取り次ぎをお願いしたく」
「……なるほど。会談の目的は?」
「書面で和解は致しましたが、まだ顔を合わせたことはありません。同盟国というのであれば一度くらいはきちんと会談を持つべきかと」
以前、前振りもなく崩が現れた山形での書面交換で全部終わったと思っていたが、確かに彼女の言うことも一理ある。
今後も長い付き合いになるのだから、トップ同士で話をするのはお互いの組織の者たちにも大きな影響を与えるだろう。形だけで終わらせたくはないのは良治も同じだ。
「わかりました。そういうことなら協力いたしましょう。しかし何故わざわざ東京まで来て私に?」
恐山のある青森から東京までは遠い。
会談の交渉をしたいのなら電話でもいいし、現在は恐山にも白神会の連絡所があるのでそちらから申請すればいいはずだ。
それにちゃんと交渉してからでないと無駄足になる可能性もある。
「柊さまなら直接上層部と連絡が取れると思ったのです。その方が意思は伝わりやすいでしょう?」
「それで本音は?」
「それを口実に柊さまに会えると思いまして」
「その本音と建て前をしっかり持ってるとこは嫌いじゃないですよ」
「ふふ、ありがとうございます」
悪びれもせず本音を言った崩に良治は溜め息交じりに言う。
長い間組織のトップを務めているだけにこういったことには慣れているらしい。
「まぁ、取り敢えず用件は承りました。隼人さまに直接とはいきませんが、上の方に伝えます」
「はい。お願い致します」
「これでお話は終わりですよね。では送っていきましょう」
崩を促すように席を立つ。
あまり長居されても困る。対外的な意味でも個人的な意味でもだ。
「ああ、そのことですがお兄さま」
「なんですか崩さま」
もう公的なモードは終わっているので呼び方が戻っている。ある意味彼女の切り替えが理解しやすくてありがたい。
彼女は先ほどマンションの下で会った時と同じくらいにこやかな笑顔を浮かべていた。
とても可愛い。
しかし良治の背筋には嫌な予感が走った。
「今日、ここにお泊りさせていただきたいのですが……よろしいですよね?」
崩は可愛らしい仕草ととびっきりの笑顔で、そんなことを言い出した。
「――とまぁそんな感じです。なので出来るだけ早急に会談の日時を決めたいのですが」
「切羽詰まっていますね、珍しく。そんな良治さんを放置しておくのも悪くはないですが、今までの借りもありますし……そうですね、明日でどうでしょう。兄の都合は私がどうにかします」
「前半部分は聞き流すとして。どうもありがとうございます、綾華さん」
部屋のベッドで大の字になりながら良治は最速での日程が組めたことにほっとした。
これで良治に任された仕事はほぼ終わったと言っていい。
良いように使われた気もするが、肩の荷が下りれば満足だ。
「ああ、良治さん。明日となると東京から京都に来ることになるでしょうから、是非そのまま護衛をお願いします。まさか霊媒師同盟の盟主を護衛の一人も付けずに来てもらうなんてできませんから」
「……そうですね」
崩は組織の長で、それは綾華の言う通りだ。
聞かれないように溜め息を吐き、肩の荷がまだまったく、全然下りてないことを知らされた。
「まぁ良治さん一人だけというのも大変でしょうし、誰かもう一人くらい付けますよ。そうですね――」
「あ、すいません。崩さまが来そうなので切ります」
「わかりました。それでは明日の朝にどなたかをそちらに行かせます。では」
通話が切れたことを確認してベッドから下りて寝室から出る。
すると崩が洗面所兼脱衣所から出てくるところだった。
「ふう……お風呂いただきました。ありがとうございます。あ、ドライヤーお借りしますね」
「いえいえどうぞ……」
良治の貸した長袖の寝巻きを着た崩。しっとりと濡れた髪の毛が小柄な彼女に似合わず色気を感じさせる。
彼女はリビングの電源にコンセントを入れて美しく長い髪を乾かしだした。
(……結局これが最善……なのか?)
崩はいろはと連絡を取ることは出来るが、彼女は一人でホテルに泊まることになっているので合流はしないと、そう言い切った。
無理やりに追い出すことも出来ず、かといってこの部屋に彼女一人を置いていって何かが起こった場合は致命的なミスになりかねない。
霊媒師同盟の盟主を一人にすることは出来ないと諦めた良治は、取り敢えず彼女をお風呂に押し込んで会談の日時を決める為に綾華に連絡をすることにした。
崩は着替えを持って来ておらず、どうしようかと悩んだが最終的に自身の寝巻きを提供することを選んだ。
寝室の箪笥の一角には彼女たちの着替えなどもあったが、さすがにそれを勝手に貸すわけにはいかない。聞くこと自体不機嫌の種になるだろう。
「お兄さまの匂いがしますね」
「お願いします、そういうこと言わないでください……」
「ふふ、わかりました」
今日はペースを握られっ放しだ。
すべて後手後手に回っている。
だがそれも仕方ないと言える。
相手は他の組織の盟主。良治とは立場が違い、礼儀を忘れてはならない相手だ。
例え家族かもしれないと言っても周囲はそう見ない。何かが起こってからでは遅いのだ。
良治は距離を開けるが、崩はその距離を割と遠慮なく詰めてくる。
こうなれば主導権は崩に流れるのは当然だ。
「ええと、会談は明日に決まりました。なので明日の朝ここを出発して京都に向かうことになりますが大丈夫ですか」
「明日、ですか。急ですね」
「何か不都合でも?」
「いえ。時間がかかればその分ここに泊まらせていただこうかと思っていましたので。それがちょっと残念で」
「もし明日じゃなくても、もう泊まらせるつもりはありませんでしたよ」
明日以降なら誰かに任せるつもりだった。
まどかや結那、天音、もしくは優綺でもいい。誰かしらは捕まるだろう。時間さえ空いていれば頼みは聞いてくれるはずだ。
「残念ですね。でもさすがですね、まさかお風呂をいただいている間に決めてしまうなんて」
「持ち上げても何もありませんよ。っと」
「来客ですか?」
インターホンが鳴り崩が首を傾げる。
良治は受話器を取るとボタンを押して一階のドアを開けた。
「ちょっと違いますね。でもすぐにわかりますから」
「?」
数分待たずに再度インターホンが鳴る。
今度は部屋の外からで、現れたのは宅配ピザの配達員だ。
代金を支払い、Lサイズのピザを受け取るとリビングへ運ぶ。
「これは……!」
「ピザです。さすがに夕食はまだでしたでしょうし、今から作ると時間かかりますから。……もしかしてお嫌いでしたか」
綾華に連絡する前に注文しておいたのだが、もしかしたらミスだったかもしれない。
お風呂に入る前に尋ねればよかったのだが、思いついたのはその直後だ。うっかり入って何かしら弱みを握られることを警戒した良治は一分ほど迷ってからピザ屋に注文を入れることにした。
「いえ、その。実はピザを食べたことは数えるほどしかなくて。だから、凄く嬉しいんです……!」
「なるほど、それなら良かったです。どうぞ冷めないうちに」
「はいっ」
組織のトップともなればそれ相応の態度を求められる。
子供じみた言動や趣味を見せれば甘く見られ、舐められることになるだろう。すべてがそうだとは思わないが、そう思う人間が現れる可能性は増すのは確かだ。
子供のように目をキラキラさせながらピザを食べる崩を横目に冷蔵庫を開ける。
普段あまり飲まないコーラを取り出し、コップと一緒にテーブルまで持っていく。
「あ、ありがとう、ございます」
「お気になさらず」
そこで自分の状態を理解した崩が目をあちこちに飛ばしながら、照れたように感謝の言葉を口にする。
これで正解だったなと思いながら、良治はピザに手を伸ばした。
「じゃあそろそろ休むことにしますか。まだ時間的には早いですが、明日に備えましょう」
時刻はまだ午後八時過ぎ。一般的にも寝るには早いし、良治としても明け方に眠る夜型の人間なのでとても早い。
しかし崩と二人きりでやることはない。それなら充分な睡眠時間を確保すべきだろう。
「そうですね。では」
「はい。来客用の歯ブラシとかもあるので使ってください」
何故か良治の家には来客が多い。
不意の来客に備えて歯ブラシや未使用のタオルなどが用意されていた。実際に持ち込んで置いたのは天音だが。
「ありがとうございます。ではそれが終わったらお兄さまの部屋で一緒に寝ましょう」
「…………」
これであとは寝るだけ。
そう思った矢先、この盟主さまは良治が絶句するようなことを口にした。
【一升瓶の日本酒が二本】―いっしょうびんのにほんしゅがにほん―
志摩崩が持ってきたお土産。
選んだのは電話をしてきた登坂。せめてものお詫びの品、らしい。
ちなみに銘柄は「魔斬」と「出羽桜」。両方とも美味しくいただきました(by良治)




