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現状の確認と責任者

「柊さんお久し振りですね。そして怪我の治療、本当に感謝いたします」


 良治と結那が部屋に入るなり話しかけてきたのは布団から身体を起こした加奈だ。熱のせいか顔がやや赤いが、口調も目もしっかりとしていて問題がなさそうに見える。

 良治たちは部屋を入ってすぐの場所に腰を下ろした。



「いえ、出来ることをしたまでです。意識も戻られたようで何よりです」

「閉じたはずの傷口を麻酔なしでもう一度開かれるようなことをされれば否応なしに意識は戻りますよ。柊さんも試してみますか?」

「……失礼しました」


 彼女の言うことはもっともだ。あんな拷問のようなことをされれば痛みで目が覚めるのも頷ける。勿論良治は試したくない。

 加奈は皮肉のように言ったが、前言のように感謝しているのだろう。隣にいる眞子が苦笑いしていた。


「それで襲撃の件ですね」

「はい」

「そうですね――」


 加奈が時系列順に語り出す。時折眞子が補足を入れながら話は進み、最終的に福島支部を出て宇都宮支部に来たところで話は終わった。

 午前一時くらいに襲撃があったこと。想定外のことでなす術もなく蹂躙され逃げることしか出来なかったこと。殿しんがりを買って出た蓮岡勝夫が犠牲になったこと。

 それらを淡々と語り終えると深い溜息を吐いた。


「お疲れのところ、ありがとうございました。ええと、幾つか聞きたいことがあります。時刻は一時ちょうどだったのか。逃げ出した時の相手の状況とか」

「そうですね……襲撃の報告を受けてすぐに時間を確認した時、確か一時三分でした。襲撃開始は一時開始だったかもしれません。逃げ出した時は周囲に一人しかいませんでした。少し古風な言葉遣いだったと記憶しています」

「なるほど……ありがとうございます」


 一時ちょうどだと仮定するなら、それはきちんと統率された集団だと予想できる。古風な言葉遣いというのは霊媒師同盟の退魔士が身につけるという『霊媒』の能力で昔の人物を呼んだのかもしれない。

 仮定に仮定を重ねるごとに信憑性は薄くなっていくが、確定の情報がない以上その路線で進めて対応策を練るしかない。


「それで相手が霊媒師同盟だとして。福島支部から更に侵攻してくるだろうという予想は何処から?」


 先程聞いた話の裏を取るために同じ質問を加奈に聞く。近くで聞いた人がいるならそちらにも聞いておいた方がいい。伝言ゲームが歪むのはよくあることだ。


「ここに逃げてきた支部員の中に『この後の進路はどうする』『まだわからない』という会話を聞いたそうです」

「なるほど。その会話からだと、福島支部が最終的な目標地点ではないことがわかりますね。指揮してる人が何処を最終地点としているかはさすがにわかりませんが」


 同じような返答が貰えたので信用できそうだ。この会話を信用するならまず間違いなく今後も何処かを襲撃してくる。それも間を置かずだ。しばらく休む、一息つけるみたいな話になっていない感じなので、まだ侵攻の途中という感覚が強そうに感じられた。


「そういうことです。なのでこの宇都宮支部が襲撃される可能性があります。それも今夜にでも」

「時間、ないですね」


 加奈の指摘は正しい。良治もそう思う。そして時間がないことが焦燥感を募らせる。

 今は二十一時、午後九時を過ぎた辺りだ。仮に襲撃時刻を午前一時とすると四時間もない。


「鷺澤さん、福島支部から来た人たちも含めて戦闘に参加できそうな人はどれくらいいますか」

「えっと……宇都宮支部で戦えるのが私を含めて五人、福島支部からの人は多分眞子さんを含めて六人くらいだと思います」

「十一人に俺と結那が戦力か……すいません、襲撃した相手の人数はどれくらいの規模でしたか。ざっくりでいいので」

「私が見たのは数人だけど、他の場所でも戦闘はあったから最低でも十人はいると思うわ。戦闘に参加した人数っていうなら二十人には満たないはず」

「眞子さんありがとうございます」


 人数的にはこちらがやや不利。質はどうだろうか。そこまでの差がないとは思うがそこはわからない。襲撃してくるということなら地の利はこちらにあり、遠距離からの攻撃が上手くいけば数を減らすことも出来るかもしれない。


「すいません、情報ありがとうございました。あとは指示に従います」


 知りたいことは知ることが出来た。良治としては不満はない。あとは指示を聞きながら出来ることをするだけだ。

 しかしお礼を言って頭を下げた良治が、再度頭を上げて見た加奈の表情は優れないものだった。

 この場に居る中で一番家格や立場が上なのは蓮岡加奈で間違いない。

 白神会三大支部の一つ、福島支部の支部長。白神会四流派の一つ蒼月流の現継承者。それを上回る者は少なくとも現状この場には存在しないはずだ。


「……すいません、正直私は戦力にもなりませんし、戦場に立つことも出来ないので辞退したいと思っています。元々お飾りののようなものですし……私が無理をして立ったところで士気は上がりませんし、纏めるのも無理でしょう」


 無表情の中に僅かな悔しさが見える。これは本音なのだろう。

 確かに立場などを切り捨てた時に残るのは、怪我をした二十歳を過ぎた女性の退魔士だ。平時ならともかくこんな緊急時に必要とされる指揮官ではないように思える。それを本人も理解してしまっているのだろう。

 考えてもみればこういった緊急事態に陥るのは、彼女は二度目だ。前回は支部の管轄内に魔獣が大量発生した時。あの時も頑張ってはいたが結局自分の力だけでは事態を収拾することは適わなかった。その時のことが未だに彼女の中に残っているのだろう。


「加奈さま……」

「いいの、眞子さん。私に無理なのは自分が一番よくわかっているから」

「それでは……どなたが指揮を?」


 良治の問いに沈黙が落ちる。

 おそらく今この部屋にいる者が福島と宇都宮のトップレベルだ。だとするとこの中から選ばなくてはならない。無理に選ばなくても、とも一瞬思うがそうすると指揮系統が混乱し、被害を受けるのは末端の退魔士たちだ。組織として動くなら責任者は決めなければならない。


「宇都宮支部長である鷺澤さんにお願いしたいと思うですが……」

「えぇっ!? あ、あの、私ではちょっと荷が重く感じます……」


 加奈から話を振られた薫が慌てて断る。この部屋に来る前も乗り気ではなかったのでこれは予想できた。あとの候補は眞子、そして加奈の妹の佑奈の二人だ。

 眞子はこの中で最も戦闘経験のある退魔士だ。部隊指揮の経験もあり問題はない。

 そして佑奈はと言うと正直未知数だ。退魔士として現場に出たことはないはず。彼の記憶にある、以前一度だけ見た彼女は大人しくて顔見知りな少女だった。加奈以上のお飾りだ。


「それでは眞子さんにお任せてもいいですかね」

「それはちょっと遠慮したいわね。私に出来るのは知ってる人だけ、それに少人数くらいじゃないと出来る気はしないわ」

「うーん……そうしたら、どうしますかね。結那はどうだ?」

「無理よ。そんなの良治が一番わかってるでしょ」


 結那は生粋のインファイターだ。ひたすら前に出て敵を倒すことに特化した彼女に指揮など無理だ。今までしたこともないだろう。昔良治が東京支部に居た時も任せたことはない。彼女の性格上向いてないと判断したからだ。


「じゃあ他に誰か出来そうな方はいらっしゃいますか……?」

「そうですね……」


 呟いた加奈と目が合う。その瞬間嫌な、一番避けたい事態の予感がした。


「――柊さん」

「無理ですよ俺は。そもそも白神会に戻ってもいません」


 加奈の意思はわかる。それがわかってしまったので先んじて言葉を発した。

 良治自身、この中で適正という点だけで判断するなら自分がやった方がいいかもしれないと思う。しかし今の良治は一介の雇われ退魔士に過ぎない。彼女らが良いと言っても下の者までついてくるかは疑問だし、上手くいってもいかなくてもその後問題になる可能性がある。そんなデメリットしかない責任者になりたいとは思わない。


「良治、ダメ?」

「結那、俺が請け負ったのは協力までだ。纏め上げて対応するってのはさすがにその範疇を超える」


 面倒事は嫌いだ。だからあくまで結那の協力、手伝いという立場でならという条件でここまで来た。しかし責任者というのはやはりそれを超える仕事だろう。

 しがらみや面倒事が嫌で飛び出した彼にとって、最初に求められた仕事以上を回されるのは苦痛でしかない。きっと最初から言われていたら断っていただろうが。


「そうね……なら報酬の追加ってことならありかしら?」

「報酬の追加?」

「そう、それならどうよ」

「そうだな。いやでもそれは……」


 一般的な退魔士の給金を結那に請求しようと思っていたので、そこに更に上積みされるなら考えないことはない。だがそれはさすがに結那一人に払わせる金額としては高額だ。さすがに悪い気もしてくる。


「じゃあ私の処女とかどう?」

「お前は馬鹿かぁっ!?」


 ちょうどこの場には福島と宇都宮の支部長がいるから、そこから支払いを頼んでみようかと思っていた良治だったが、あまりにもあまりな結那の発言に珍しく思い切り大声を上げて突っ込んだ。周囲も結那の発言というよりも良治の希少な怒声に驚いている気がする。


「しょうがないわね……じゃあ私の人生とか? あ、私の全部って言い方の方がいいかな?」

「いいかな? じゃねーよ! もっと重くなってる気がするよ!? みんなびっくりしてるよ!」

「むしろ良治の声にびっくりしてる気がするけど」

「あ……んん、いきなり大声を上げて失礼しました。申し訳ない」

「あ、いえ……」


 加奈が代表して返事をして場が静まる。

 良治は自身が悪いとも思うが、変なことを言い出した結那が謝らないのが若干気になった。だがそもそも彼女にはこういうところもあったなと諦めた。


 ――さてどうするか。

 なんだか毒気を抜かれた気がした良治は責任者をやるか迷っていた。しかしそれはやはり何らかの代償が必要だ。自分自身を納得させることが出来るような何かが。結那の戯言は横に置いておくことにする。戯言と言っても半分以上は本気だっただろうが。


「あの……あ」


 加奈が何かを言いかけてやめる。横の結那が唇に指を当てたのがちらりと見えた。


 良治は目を閉じて考える。何の為なら受けてもいいのか。

 そもそも彼はお金や地位や名誉を全て放り投げて白神会を、退魔士業界を抜けた。

 お金に関しては特に不自由はしていなかった。一仕事数万、大きなものだと数十万や百万にまでなる報酬だ。勿論相応に命の危険もあるので高いとも言えない。だが生き残り続けた良治はそれなりの貯金を手にし、今もその貯金は丸々残っている。むしろ僅かだが増えている。貯金に手を付けたのは、逃げた先で働き出して最初の給料が出るまでだ。基本的に散財をしない、目立つことはしたくない彼にとって貯金は難しいことではなかった。

 地位は以前も今も興味がなかった。東京支部の副支部長という役職だったが、京都本部に行くことも多く相談役のようなこともしていた。求めれば京都でも役職くらいは貰えただろうが、彼はそれをしなかった。もし白神会に戻るつもりがあるなら、ここで活躍すればまた以前のような地位に復帰できるかもしれない。しかしそもそも復帰するつもりがない。

 そして名誉だが、最初から名誉を欲して退魔士になったわけではない。白神会の《黒衣の騎士》と呼ばれ出し、組織内外に名を知られるようになったのは懸命に仕事をこなした結果に過ぎない。副次的なものだ。


「……――」


 ゆっくりと目を開くと加奈、眞子、佑奈が見えた。そして右真横の結那。逆側に薫がいる。

 その中で一人だけ、不安そうな表情をしているのが良治に引っかかった。自分のことを憧れと言っていた子だ。


「――やりましょう。自分に出来る限りを尽くします」

「柊さん……!」


 強張った表情からほっとしたものに変わった加奈が喜ぶが、釘を刺しておくことは忘れない。大事なことだ。


「一応言っておきますけど、勿論皆さんには全力の協力を求めますし、終わった後の責任は取りませんからね? 指示は全部出しますけど、建前上は加奈さまが一番上ということで」

「はい、それで大丈夫です。よろしくお願いします、柊さん」


 話は纏まった。あとは短い時間で対応策を練り準備をしなくてはならない。それにはまだ必要な情報がある。


「では早速。宇都宮支部をちゃんと見ておきたいので鷺澤さん案内頼んでもいいですか」

「は、はいっ! 喜んで!」


 飛び上がったかと思うほどの勢いで立ち上がると、びしっと背を伸ばす。なんだか少しだけ年齢が下がった気がする。


「では行きますね。眞子さんは福島から来た人たちに事情を話しておいてください。俺から言うよりいいでしょうから」

「わかったわ。任せて」

「結那は一緒に来てくれ。サポート頼む」

「おっけ」

「加奈さまと佑奈さんはここで休んでいてください。状況に変化があったらすぐに連絡いたしますので」

「はい、わかりました」

「……はい」


 全員に指示を出して部屋を出る。そこで少しだけ緊張が解けた気がした。


「なんか昔を思い出すわね」

「そうだなぁ。まさかまたこんなことするとは思ってなかったけど」

「ふふ。で、さ。なんで引き受けようと思ったの?」

「……内緒」


 後ろには薫が付いて来ている。理由になった彼女の手前、さすがに口にするのは憚られた。


「うーん……鷺澤さんの為?」

「えっ」

「黙ってるんだからやめろと」

「やっぱり」


 変なところで勘の鋭い結那を窘めるが、その効果はなくしたり顔だ。


「えっと、どういうことですか?」

「あー、んー……まぁせっかく憧れられてたからには、その憧れを壊すのもどうかと思ったって感じですかね?」


 恥ずかしさに変な言葉遣いになる。

 付け加えるなら昔の自分に負けたくなかった、そんなものもあるかもしれない。


「――やっぱり変わってないですね。凄く、嬉しいです」

「……気のせいですよ」


 礼を言われることにいつまでたっても慣れない。隣でにやにやしている結那が腹立たしかった。


 お金も地位も名誉も、良治を動かす要因にはなりえなかった。彼を動かしたのは、自分に憧れを持っていた女の子を泣かせたくない。そんな単純な想いだった。

 口にはしないが、力を持っている者に言われるよりも、持っていない者に言われる方が心に響いてしまう。保護欲とも言えるかもしれない。


「で、良治。さっき私が提案したものは――」

「いらん」

「ざーんねん」

「ほら行くぞ。時間がないんだから」

「はーい」


 時間がないことを理由に話を打ち切って廊下を進む。この話は続けてもいいことなどない。それにやらなくてはならないことは山ほどあるのも確かだ。

 彼女の、彼女たちの信頼に応えたい。

 気持ちを昔に戻し、気を引き締める。


 ――負けるものか。


【人生をあげる】―じんせいをあげる―

全部を、全てを渡す。プロポーズの言葉。

ただ言い方や状況によっては冗談に取られたり拒絶されたりすることもあるので注意。

年齢を重ねれば重ねるほど重みは増す。

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