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未来を見つめて

『わ、私……良治さんのことが、好きです……っ!』


 祐奈から発せられてしまったその言葉を、良治は聞いてはならなかった。

 聞いてはならない、言わせてはならない。その為に今まで加奈と眞子の二人と協議をしていたのだ。


 結果のわかりきっているこの告白の行く末を、結末を、彼女には教えたくはなかった。


「あ、あの……っ」


 薄いピンク色の部屋着の彼女を前に、良治は今自分がどんな表情をしているのかわからなかった。

 悲しいのか、つらいのか、動揺しているのか、笑っているのか。

 それとも無表情なのか。


 加奈の部屋を出た廊下で立ち尽くす。

 どうしたらいいのか、どうするべきなのかわからない。


 それでも、動かなければ、喋らなければ――先に進めなければならない。


「すいません、ちょっとびっくりしてしまって。……加奈さま、いいですか?」

「……はい。お任せ致します」

「え、あ、お姉ちゃん……?」


 良治の背後にいた加奈と眞子の存在に気付いていなかったらしい。気付いていたらこの告白もなかっただろう。

 この告白は、彼女の目には彼しか映っていなかったことの証左と言える。


「行きましょう」

「は、はい」


 実の姉と姉のような存在の二人に告白を見られてしまい、恥ずかしさで真っ赤になっている祐奈の背中に手をそっと添える。

 それでどうにか足を動かすことを思い出したようで、二人のいる方向とは逆に廊下を歩きだした。


「ど、どうぞ」

「失礼します」


 案内された部屋は加奈の部屋から廊下の角を二つほど曲がった先にあった。

 扉を開かれ中に入るとそこには所々にピンクを意識した、さっき居た部屋を彷彿とさせる部屋だった。色は違えどやはり姉妹だ。


「あのっ」

「祐奈さん」

「は、はいっ」


 座ることなく後に入ってきた祐奈に振り向く。電灯のスイッチに手をかけたままの彼女を真っ直ぐに見つめた。

 前髪から覗く潤んだ瞳が良治の口を重くさせるが言わなくてはならない。期待させるような時間は出来る限り短くしなければならない。


「――ごめんなさい。俺は、祐奈さんとはお付き合いできません」

「あ……」


 力のこもっていた瞳が一瞬で熱を失っていき、そして静かに涙が流れていく。――熱が涙に変わって消えていく。


「う……っ、っ!」


 小さな祐奈の顔が良治の胸に触れ、顔を埋めた部分から熱いものが伝わってくる。色々な感情がごちゃ混ぜになった、形容しようのない感情。それが流れ込んでくるようで、良治は彼女の頭を撫で始めた。


 自分にこんなことをする資格はないし、祐奈に嫌がられるかもしれない。そんな考えが頭を過ったが、それでも良治は自分のしたいように行動することにした。

 嫌がられたら止めて立ち去ればいい。それだけだ。


 だが嫌がれて拒絶されるまでは。

 それまでは、目の前で泣く女の子の涙を止める努力をしたいと――そう思ったのだ。

 それがただの自己満足だとしても。


 彼女は泣き続ける。嗚咽は途切れない。

 彼女が泣き止むまで、拒絶されるまでずっとこうしていよう――












「ご、ごめんなさい」

「ううん、いいよ。祐奈さんが謝ることなんて何一つとしてないんだから」

「……はい」


 あれから一時間は経っただろうか。薄暗い部屋にある明かりは小さな窓から入り込む僅かな陽の光だけだ。良治が福島に来た時は雪がちらついていたのだが、どうやらもう止んでしまったらしい。


 あれから力が抜けて座り込んだ祐奈に引きずられるように良治も腰を下ろしていた。身体が密着し、彼女の豊かな部分が当たっているがそれを意識したらま負けだ。――結那よりも大きいかもしれない。

 目の前の少女は目元を腫らし、鼻水も合わさって酷い顔をしている。しかしそれを良治は醜いなどとは欠片も思わなかった。


「な、なんですか……?」

「いや、なんでもないよ」

「……そうですか」


 自分の顔がぐしゃぐしゃになっていることに気付いたらしく顔を伏せるが、すぐに元に戻してこちらを見上げる。


「あの、理由を聞いてもいいですか……?」

「……彼女、いるから。だから祐奈さんとは付き合えない」

「ど、どなたですか」

「……」


 なんと答えるべきか。

 この一時間、泣き止んだ祐奈から聞かれるであろうことは予想できていた。何も聞かずに別れる可能性もあったが、それでもきっと彼女は聞いてくるだろうと。


 人見知りで大人しい、およそ人付き合いには合わなそうな少女。

 しかし良治は数年前彼女に会った際、実は芯の強い人だと感じたことがあった。


 あれはまだ良治が白神会にいた頃、磐梯山で魔獣発生事件が起こった時のことだ。

 その時既に当主だった加奈の指示で最も安全な最後方にいた祐奈だったが、魔獣の群れの奇襲を受けてしまった。

 それを助けたのが良治だったのだが、祐奈は助けられた後すぐに負傷者を助けるべく行動を始めていた。

 初めての実戦、しかも奇襲を受け周囲の者が自分を守るために傷ついていったの直後に。当時はまだ中学生だったというのにだ。


 ここで初めて良治は蓮岡祐奈という退魔士を認めた。

 力は弱くとも、心の強さを持った人間だと。


「それは……」


 そんな彼女に適当に答えるべきなのだろうか。自分を好きだと言ってくれた人に言うべきはそんな言葉なのだろうか。

 嘘と言い切れない、曖昧なことで誤魔化すことはできるだろう。加奈や眞子には実際通用した。良治は嘘をつかず、彼女たちは勝手に誤解した。


「それは……?」


 自分を慕ってくれた女の子にかける言葉はどれだ。

 打算や都合を優先すれば波風立てずにこの場をやり過ごすことは可能なはずだ。


(……こんなに悩んだのは久し振りかもしれないな。いや、三人と付き合うことにした時も悩んだっけ)


 自分が悩むのはいつだって女性関係のことだ。戦闘では悩まずにいられるというのに。

 そのことに気付いて良治は苦笑した。


 そして。


「――実は付き合ってる人は三人いるんだ」


 何も考えずにとりあえず本当のことを言ってみることにした。

 本音をぶつけてきた人に誤魔化す言葉は吐けない。


「えっ……三人……?」

「はい。三人と付き合ってます」


 堂々と言い放つ。

 開き直りともいう。


 祐奈の表情から悲しみの色が消え、驚愕一色に染まる。

 それはそうだろう。告白した相手に誰と付き合っているか尋ねたら、三人付き合っている人がいると答えられたらどう反応していいのかわからない。世の中の人間でもそうそうそんな体験をしたものはいないだろう。いたら会ってみたい。


「それは、その……だ、男女の関係を三人、ですか……?」

「……はい」


 ごめんなさいと言いそうになるくらい凄く申し訳ない気持ちになった。

 年下の女の子にこんなことを尋ねられることも非常に申し訳ない。


(……あ、この方向性でいこう)


 自分が屑な人間なのは知っていたが、今それを痛感している状態だ。

 自分が痛いのはいい。あとは彼女を出来るだけ、これ以上傷つけない方法を探りたい。


「ええと、相手は東京支部のあの三人です。公言はしていないので誰かから聞くまでは内密にしておいてください」

「え、あ、はい……」

「三人の女性と付き合ってるなんて聞いたことないでしょう」

「そ、そうですね」

「いやぁみんなが俺を取り合って大変なんですよー。はははは」


 そんなことをしている男とは関りを持たない方がいい。普通ならそう思うところだ。告白した、好きだった相手でも一気に醒めることだろう。千年の恋もというやつだ。


「……ひどい、人なんですね。良治さんって」

「そうそう。酷くてチャラい男なんですよ実は。和弥も言っていたじゃないですか、《東京の女たらし》って。祐奈さんが俺のことをどんなふうに思っていたかはともかく、実際の俺はこんな奴ですから」


 だから気にする必要はない。そこまで言ってしまえば慰めになってしまう。自分で幻滅してほしかった。


 良治は良治で、言っていて若干怒りが込み上げるものもあるが今はその時ではない。そして現在の状況は否定できないものだ。ほんの少しだけ傷ついた。


「……もう」

「わかって頂けましたか」


 期待して祐奈を見るが、そこに幻滅や嫌悪はない。苦笑いを浮かべているだけだ。


「――本当に、良治さんは優しひどい人です。……なのでもうちょっとだけこうさせてください。これは、その……罰です」

「……はい」


 再度胸にもたれ掛かってきた祐奈の髪を撫でる。


 全部見透かされてしまっている。結局気を遣わせてしまった。

 そのことが情けない。


(これからどうするんだ、俺よ)


 今まで通りに接すればいいのか、一切会わないようにしたほうがいいのか、良治にはわからない。それを決めるのはきっと彼女の方だ。自分に決める権利があるとは思えなかった。













「――あ、眞子さん」

「祐奈ちゃんは?」

「眠ったのでベッドに寝かせおきました」

「そう」


 しばらくして無反応になった祐奈の様子を見てみると、いつしか彼女は眠ってしまっていた。

 精神的に疲労したのは明らかだったし、涙を流したことによる肉体の疲労も合わさって眠りについてしまったのだろう。仕方のないことだ。


「加奈さまは?」

「納得はしてるけど、今は良治くんと会いたくないって」

「……なるほど」


 自分の愛しい妹を振った男とは会いたくないと、そういうことなのだろう。傷つけたことには変わりないので、しばらく感情が落ち着くまでは加奈には連絡をしない方が無難だ。


「それで、どうなったのかしら」

「ちゃんと話はしましたよ。彼女がいることも、付き合えないってことも」

「そう……泣いちゃった?」

「はい。でも、大丈夫だと思います。祐奈さんは強い女性ですから……いや、きっと俺がそう思いたいだけですかね」


 祐奈は強いから大丈夫。それは自分の罪悪感を減らしたいから出た言葉だ。無意識に出た言葉に吐き気がする。


「ううん、祐奈ちゃんって気持ちの切り替えは早い方だから。あんまり知らない人は泣き虫で弱くて、いつまでも引きずる子って思っちゃうのよね。

 でもきっと、良治くんは強い祐奈ちゃんを見たのよね?」

「……はい。強くて、俺は負けたなと思いましたよ」

「普通は惚れた方が負けなんだけどね。珍しいこともあるものね」

「まったくです」


 告白して振った方が負けた気分になるなんておかしなこともあったものだと苦笑する。


「祐奈ちゃん、きっとこれからいい女になるわよ」

「きっと、じゃないです。間違いなく、ですよ」


 いつか告白を断ったことを後悔する日が来るといいな。


 そう思いながら廊下を歩きだす。

 廊下の窓から、力強い陽光が射し込み――何故だか良治は小さな笑みを浮かべた。












「打ち込みがまだ遅い。戻りも。棒を自分の身体の一部だと認識して」

「はいっ!」


 東京支部の道場に二人の男女の声が響く。厳しい男の声と、それを遂行しようとする少女の声だ。

 少女が棒を振り出してから一時間、ずっと全力で男に言われた通りに振り続けている。


 少女を監督する男、良治は自分の送った練習メニューの成果を心のメモに一つずつチェックを入れていく。


(うん、成果は出てるな。真面目に全部こなしてくれてるみたいだ)


 送ったメニューは基礎がほとんどだ。しかしその分つまらなく、量も多い。しかも良治は見ていなく、メニューは本人しか知らない。サボろうと思えばいくらでもサボれるわけだ。

 しかしサボればその分成長は望めない。

 その辺の気持ちや向上心も含めてのものだったが、彼女は期待通りにこなし、成長してくれていた。


 努力は自分を裏切らない。きっとそのことを無意識に理解しているのだろう。


「優綺、休憩だ」

「は……はい」


 最後の振り下ろしをしっかりと止めて終わるとその場にへたり込んでしまう。やはり練習量はかなり彼女の負担になっている。だが負担になっていなければ意味はないのだ。


「息をゆっくり整えて。落ち着いたら飲んで」

「は……はい……」


 座り込んだままの優綺にペットボトルを渡す。こっちを向いた道着姿の彼女の顔は冬だというのに汗にまみれ、髪の毛が額に張り付くほどだ。まだ息が整うには時間が必要そうに見える。

 良治はそんな彼女を見ながら元居た場所に戻って道場に座る。


 指示した練習メニューだが、実は昔良治がこなしていたものよりも量が多い。変更点は剣術が棒術に、そして残りは高校生の頃の彼と同じ練習量。中学生の頃と比べれば三割程度増加したメニューになる。

 それを体力が空になりながらも消化している。

 天音の話では初日と二日目は途中で疲れ切って倒れたようだが、そのあと起きて最後までこなしたという話だ。


(それだけでもう十分に才能があると思わせるのが凄いな)


 退魔士としての彼女はまだまだ半人前だ。そして魔術型で近接戦闘は苦手としている。そんな彼女がここまで棒術に、懸命に打ち込むのは何故なのだろうか。


 良治としては魔術型でも最低限の近接戦闘技術は持つべきだと思っている。それは心構えや自信にも繋がり、生死を分ける一つの要素だ。

 だが良治が優綺に棒の扱い方を覚えるように言った時、彼女は迷いなく頷いた。


(信頼、ならいいんだけどな)


 一緒に仕事を完了したという連帯感。そこから来る信頼だと良治は考えている反面、それでも素直過ぎるところが短所だなと思える。


(まぁ擦れてないところは良いんだろうけど)

「……あの」

「ん、どうした」


 教え方に悩んでいる間に優綺は息を整えたらしく、気付けば目の前に彼女の顔があった。近い。一瞬動揺するが表には出さない。きっと成功したはずだ。


「その、祐奈さまとの結婚……断ったって本当ですか?」


 何処から漏れたのか。そう思ったのも束の間、漏れてくる場所などいくらでもある。最も可能性が高いルートは眞子と加奈から綾華、そしてまどかから東京支部だろう。推理するのも無駄なくらいだ。


「断ったよ。……まぁ優綺も知ってると思うけど彼女が――彼女たちがいるから……って本当に屑な発言だなこれ」

「あ、いえ落ち込まないでくださいっ。事情はわかってますからっ」

「理解してくれて助かるよ……」


 何も知らない人が聞けばただの三股野郎で、白い目で見られるだけの存在だ。そうしないだけで優綺の存在がありがたい。


「あの、祐奈さまと結婚したうえで先輩たちと付き合う選択肢はなかったんですか?」

「さすがにないな。誰も選べないからこうなったわけだし。……そんなことをしたらある意味伝説になれるな。主に悪い意味で」

「はは……」

「だから俺を反面教師にして、そういう男には引っかからないように」

「……やです」

「……え?」

「そろそろ練習再開しますっ!」


 すくっと立ち上がって置いてあった棒を乱暴に掴む。少し機嫌を損ねたようだ。


(まぁ、そう言うしかないって。諦めてくれ、優綺)


 小さな声だったが、それを聞き逃す良治ではない。

 しかし彼にその気はないし、その問題を引き起こす時期でもない。今は何よりも彼女の育成に力を注ぎたいのだ。


(――ああ、でももしかしたら)


 彼女のことを好きになることもあるかもしれない。

 でもそれは遠い未来の話になるだろう。


 可愛いだけの女性に興味はない。

 強さを兼ね備えて共に戦場に立てる、そんな女性に魅かれやすい。


 良治は自分の好みを理解している。

 だから――


(いつか俺が惚れるくらい強くなってくれ。そうなってくれたら、とても誇らしい――)


 並び立てる日を。そんな夢を、未来を見たいと――そう思った。



【可愛いだけの女性に興味はない】―かわいいだけのじょせいにきょうみはない―

とある人物の女性の好み。自分よりも力のない者にはあまり興味がないらしい。一時的に手助けをすることもあるが、それが恋愛感情に繋がることはないらしい。

共に戦い、助け合い、支え合えるような関係を求めているが、そんな女性は少ないようだ。

一部分の大小には特に思うことはないが、大きいと誘惑されやすいらしい。仕方ないよね。

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