初めての弟子
こんなにも自分の優位を確信できている状況というのもそうそうない。
良治は薄い笑みを浮かべながら昨日と同じ席に座る三人に視線を向けていた。
昨日と同様の場所と時刻で開始された二回目の会談。
しかし内容はもはやそれどころではない。そのことを顔面蒼白になっている陰陽陣独立運動の会の三人はよく理解をしていた。
ただ垣屋だけはその瞳に闘志を残しているように見える。まだ何かを諦めていない、そんな瞳だ。
「――さて垣屋さん。私たちが昨夜何者かに襲撃されたことはご存知ですよね?」
「……何のことかな、柊殿。とんと私にはわからぬことだが」
視線を逸らしながら、両肘をテーブルに着いて組んだ手の上に顎を乗せる。
昨日とは違い今日は威圧的に出る。最初から最後までペースを握らせるつもりはない。
「ほう……ではその襲撃者たちから得た情報を。高遠さんお願いします」
「はい。では……まず昨日彼らを襲撃した四人の素性ですが、鳥取支社所属の太田垣、そして岡山支社所属の別所、小寺、福原……鳥取支社は垣屋さん、岡山支社は田結庄さんと八木さんが所属しています。言い逃れは出来ませんよ」
深夜のうちに取り調べをして、既に襲撃者の身元は判明している。
宿を出る前に高遠から身元と黒幕の話を聞いていたため、あとは証拠を片手に問い詰めるだけだ。
「そうですか……しかしだからと言って――」
「全員から得られた話は全て一致しています。田結庄さんと八木さんが人を集め、鳥取支社で襲撃を依頼されたと。報酬はいずれかの支社長への抜擢。時間的にも矛盾はありません。……何か質問はありますか?」
高遠は無表情だ。しかしその中に確かな怒りが潜んでいる。
対立していたとは言え同じ組織の人間、陰陽陣の副長としては守るべき同胞だった。
だが、彼らは裏切った。
田結庄はもう意識を保つのがやっとのように頭をふらふらさせている。
八木は下を向いたまま何かぶつぶつと呟くばかりだ。
もう全てが終わってしまったことに絶望している。
「さて、言いたいことはなさそうなので発言しても?」
黙るばかりの三人に良治が挙手をして許可を求める。
「……柊さん、どうぞ」
「では。貴方がたにお聞きしたいのですが、交渉相手の組織の使者を襲撃――このことが貴方がたの組織にどんな影響を与えるのか考えましたか?」
「……」
返事はない。俯くばかりだ。
「さて、当然といえば当然ですが、殺されかけた当方としては彼らの死罪を求めます」
垣屋はこちらを見ずテーブルを見つめている。残った二人の肩がびくっとなったこととは対照的だ。
「高遠さん、陰陽陣としてはいかがですか。それとも陰陽陣は彼らを利用して私たちの暗殺を実行したのですかね」
「いいえ、私たちは関与していません。彼ら独立運動の会の独断です」
「ならば彼らには相応の罰が必要と思いますが。……どうですか?」
「……そうですね」
高遠が重い口を開く。
実際に白神会側が求めれば拒めないだろう。拒否すればそれは彼らとの繋がりを疑われることになる。
逆のことが白神会であったなら間違いなく極刑だ。良治はそう思うが故に彼らのそれを求める。
「わかりました。この件に関して陰陽陣側からしても情状酌量の余地なしと考えます。襲撃を受けた白神会側からの要求も妥当。ならば極刑は免れません。私たちは彼らを――」
「すいません、一ついいですか」
「え……確かその、石塚さんでしたか。なにか」
「はい」
手を挙げるのと同時に高遠の言葉を止めたのは、隣に座っていた優綺だった。きっとこの場にいた全員が驚いただろう。昨日から発言していなかった彼女がいきなり言葉を発したのだから。
正直な話良治も少しだけ驚いた。そして同時に嬉しくもあった。だがさすがにこの現状で笑みを浮かべることは出来なかったが。
「柊さん、よろしいのですか」
「ええ、構いません」
「……では、どうぞ」
「はい。私たち白神会は確かに彼らに襲われました。これは間違いなく今後の陰陽陣との仲に罅を入れかねない非常に大きな罪です。しかし私たちはそれをあえて許すことが出来ると思うのです。もちろん相応の譲歩は必要だとは思いますが。……どうでしょうか、よ……柊さん」
最後に良治と呼びそうになったことに減点をして良治が彼女の方を向く。余計なことを言ったかもしれない。間違えたかもしれない。そんな不安そうな感情が瞳の奥に見える。
「つまり許せと言うのかな、優綺は。お前も襲われたというのに」
「……はい。襲撃自体は許されない行為ですが、結果として私たちは無事です。ならばここは白神会の器の大きさを示すほうがよろしいかと」
「ふむ……」
良治は背もたれに寄りかかるようにして考える――振りをする。
そして一分ほど経ってから姿勢を正して高遠に声をかけた。
「――高遠さん」
「はい」
「私たち白神会は彼らの処罰に関して一切の要求を致しません。先ほどの要求は取り下げます」
「よろしいので?」
「ええ。もちろん貴方がたには多少考えてもらいますが」
「……了解致しました」
そこで今日初めて田結庄と八木の顔に希望の光が灯った。
まさか、もしかしたら命は助かるかもしれない。そんな希望だ。
陰陽陣としても、罪を犯したがある程度仕事が出来ていたことには変わりない。可能ならば中央に干渉できない場所でそこそこの仕事をしてもらいたいはずだ。それほど陰陽陣の人材は枯渇している。
田結庄と八木の二人は問題ない。そう、良治が思った瞬間のことだった。
唐突に垣屋が――動いた。
「死ねッ!」
椅子を足場にしてテーブルに上がり、手にした小刀で良治を刺す。きっとそんなことをイメージしていたのだろう。
「っ!」
「が、は……」
だが垣屋はテーブルの上でばたりと倒れこんだ。
死んではいない。腹に良治の拳を受けて気絶しただけだ。
「高遠さん」
「はい」
良治の呼びかけに高遠が頷き、隣の相坂が立ち上がって部屋の扉を開けるとぞろぞろと十人ほどの退魔士が入室してきた。高遠たちが呼び寄せた陰陽陣の者たちだ。
それを見て良治はテーブルを下りる。
そして白目を剥いて倒れた垣屋、そして突然の出来事に茫然自失している二人を両側から抱きかかえるとそのまま部屋の外へ連れていく。
最後にバタンと閉められた扉の音が空しく響いた。
「――相変わらず見事な手際で」
「ありがとうございます。でもまぁ予想できてましたしね」
垣屋が何か仕掛けて来るだろうことは、その顔で、瞳で、気配で容易に予想できたことだ。特別褒められることではない。
襲い掛かってきた垣屋に対して良治は自らもテーブルに上がった。普通なら自分の位置まで来た相手を倒せばいいのにだ。
「あの、良治さん、怒ってます?」
「まぁね」
立ち上がってきた優綺に短く答える。顔には出していないが良治は怒っていた。対象は言うまでもなく垣屋たち三人だ。
別に良治は襲われたことに対して怒りを感じているわけではない。優綺を巻き込んだことでもない。
ただ、彼らの自分勝手さに腹が立っていた。
自分の都合や勝手を優先し、自らの組織を危険に晒したことに。
襲撃者から聞いた彼らの目的は、陰陽陣における自分たちの権力の増加、確立だった。
無茶な要求を白神会にし、それを通せれば自分たちの影響力が高まる。もし通らなければそれこそ干渉を受けていることとして安松や高遠の退陣を要求する、そんな流れのようだった。
あちらの要求を白神会が素直に飲めばこんなことにはならなかっただろう。しかし良治とすれば白神会の影響力を落としかねないことを飲むなどあり得ないし、その理由もない。
そして彼らは最大の愚行を招いた。自分たちの要求が通せないとなるや暗殺を企て、しかも失敗するという最悪の結果。
よくもまぁおめおめとこの場に来れたものだなと思ったくらいだ。
その怒りが待ちではなく前に出て迎え撃つ選択肢を取らせた。
「さて高遠さん、お疲れさまでした。先ほども言いましたが、彼らに関しては何も要求しません。垣屋だけは二人に比べて罪を重くしてほしいとは思いますが。まぁこれはただの独り言です。……じゃあ続きの話を」
「……今後のことですね」
お互い元の位置に座り直して最後の話し合いを始める。
もうこの部屋にはもう良治と優綺、高遠と相坂しか存在しない。
疲れた顔を隠さなくなった高遠が話し始めた。
「……この度は本当に申し訳ありませんでした。これも私の力不足です。本当に何と言ったらいいのか」
「ホントそうですよ高遠さん。あんな勢力をのさばらせて、挙句に白神会まで引っ張り出すようなことになるなんて。《千里眼》とも呼ばれる貴方がいながらどうしたんですか」
「いやはや申し訳ない。ここ数年山口方面の立て直しでこちらに目が行っていませんでした。ご迷惑をおかけしました」
深々と頭を下げる高遠とそれに倣う相坂。
それを見て良治は深く溜め息を吐いた。
「まったくですよ。今後は勘弁してください」
「はい。了解致しました」
「あの、お知り合いなんですか? そんな気配何も……」
急に親しげに文句を言いだした良治に疑問を持った優綺が疑問を浮かべる。知らない彼女からしたら疑問に思うのも当然だ。
「知り合いだよ。『開門士の乱』以来のね」
「その時にお会いしたと」
「ああ。まさかこんなとこで再会するとは思ってなかったけど」
「それはこちらもですよ。ここ数年姿を消していた柊さんが突然使者として現れたんですから。私も美亜も動揺を隠すのが大変でした」
「そうですよ柊さん。心臓が飛び出そうでした」
「相坂さんもお久しぶり。元気そうで何よりです」
もう一人の見知った顔にも挨拶をする。
あの頃の相坂はまだ若くて幼い印象があったが、今では立派な女性に見える。開門士の乱の時には良治の指揮下で動いてくれていたことが懐かしい。
「それにしても高遠さん、俺が白神会を離れていたこと知っていたんですか?」
「はい。一応他の組織にも目は向けていますから」
「それで自分の組織でこんなことを見逃してたら世話ありませんね」
「灯台下暗しとはよく言ったものです。肝に銘じておきます」
「そうしてください。高遠さんはもっと出来る人だと思ってるので」
「はは、頑張ります」
高遠の方が年上だが昔の戦友ともあって言葉は気安い。
むしろ良治の方が上の立場にも見える。
「では今後の話をしましょう。それなりの条件は飲んでもらいますよ?」
「はい、わかってます。それで具体的にはどうしましょうか」
ここからは組織同士の話になる。
今回白神会側は陰陽陣側への要求を取り下げた。つまりは陰陽陣の自由裁量権を尊重したということだ。
そしてそうなればこの件を秘密裏に処理できることになる。それは白神会への借りになり、何らかの便宜を図ったりしなければならないのは当然だ。
「正直特別何かってのは思いつかないんですよね。今でも十分対等でいい取引をさせてもらってますし」
綾華から見せてもらった書類には陰陽陣との交易の情報も記入されていた。良治はあまり詳しくはないが、少なくとも一目でおかしいと思うような数値はなく、綾華たちも何も言っていなかった以上問題はないはずだ。
「では更にそちらの支部を増やしますか」
「いえ、これ以上はさすがに。また彼らのような者が出てこないとも限りません」
「確かに」
目立つ行為は避けたい。本気にはしていないが、白神会を敵視している者も少しは存在しているだろう。もしかしたら支部を増やすことで敵対する者が増えるかもしれない。
「じゃあ……そうですね。今そちらに支部は二ヶ所、賃貸でしたよね?」
「はい。ではそちらの譲渡にしましょうか」
「いえ、譲渡ではなく家賃の肩代わりでお願いします。うーん……五年くらいでどうですか」
「譲渡でも構わないのですが……いいんですか、それで」
「はい。それでお願いします」
譲渡だと建物に何かあった際に陰陽陣とのやり取りなどが面倒そうだ。譲り受けたからといっても建物を勝手にどうかすることは憚られるし、自由にはしないほうがいい。
ならば今まで通りに近い条件のまま出費を抑えたほうがいい。家賃免除くらいなら表にも出難いだろう。もし何か言われてもこれくらいならと思われるかもしれない。
「まぁそちらがいいと言うならそれでいいんですが。美亜、書類の用意を」
「はい」
相坂が部屋を出ていくと高遠がにやにやした顔をこちらに向ける。これからはプライベートだと言わんばかりだ。
「それで彼女は?」
「見どころのある見習いですよ」
「あ、ありがとうございます……!」
顔を赤くして頭を下げる優綺が可愛らしく、微笑ましい。今後がとても楽しみだ。
「それにしてもまさかあそこで割り込むとはね。予想外だったよ。あれは柊さんの作戦ですか?」
「いや、彼女の判断ですよ。俺としては別に彼らを生かしたままにする理由もありませんし、今後の不安要素を消しておくに越したことはないって感じでしたから」
「で、出過ぎた真似でしたか……?」
「いや、よくやったと思うよ」
「よかったぁ……」
今回優綺には何も言っていない。
昨日は何も発言せず様子を見ておけと言ったが、今日は何も言わず会談に臨んだ。
それはつまり彼女の自由を認めていたことになる。そしてそれを彼女は正しく認識していた。
「よくあるやり方でしたが、きっと田結庄さんと八木さんは恨みは持っていないでしょう。今後注視する必要はありますが」
高遠の言うよくあるやり方とは、一人が威圧的に接し、もう一人がそれを宥める形で相手の譲歩や感情をコントロールする術だ。
「まぁそれは任せます。あとは書類にお互いサインをすれば終わりですか」
「はい。それで今回の件は終了です。どうです、もう一泊くらいしていきますか?」
「いや、遠慮しておきます。早く報告をしておきたいんで」
「そうですか、残念です」
言葉通り少し残念そうな高遠の表情。
きっと昔なら食事くらいは一緒にしたかもしれない。
以前と比べてやはり自分は冷たくなったのだろう。
そう思いながら良治は小さく自嘲した。
「――なるほど。それでこれがその書類と」
「はい。確認をお願いします」
会談の場を出てそのまま京都本部に戻ってきた良治と優綺は綾華と面会をしていた。
疲れは多少あるもののそこまでではない。やや睡眠不足だが結果報告には影響はなかった。
「……了解しました」
報告を受けて書類を見た綾華は静かに一息つくと苦笑した。
「どうしました?」
「いえ……経費削減のつもりですか、これ」
「そんな感じです」
「まぁ、いいですけど。それにしてもお疲れさまでした、お二人とも。特に優綺さん、いい経験になりましたか?」
テーブルの向かい側から良治の隣に正座をする優綺に話しかける。何かを期待するように。
「とても貴重な、今まで出来なかった経験を得られたと思います。東京支部を出てから今まで、その全てが」
「いい表情をするようになりましたね。成長できたようで嬉しいです」
たった二日会わなかっただけでまるで別人のように変わった優綺に微笑む綾華。
もう緊張して固まっていた彼女はいない。
必要だったのは経験と自信だ。良治はまずそれを与えたいと思っていたが、経験はともかく自信を得られたのは彼女自身の才覚だ。
あの場で自らの判断で発言し、それを通せた彼女の能力。それが自信を掴ませた。
予想以上の出来に、これなら簡単な仕事なら任せられそうな気すらしてくる。優綺はまだ中学生だというのにだ。
「それでその、綾華様。お願いがあるのですが」
「お願い、ですか。……どうぞ」
ちらりと綾華がこちらを見たが、内容の見当がつかない良治は微かに首を振る。
ここに戻ってくるまでそんなことは何も言っていない。今思いついたことかもしれないなと良治は予想をした。
「はい。その、私は今回とても素晴らしい経験をして、少しは成長できたと思っています。そして私はもっと成長したいと思っています」
「はい、それは素晴らしいと思います。白神会にとっても、貴女にとっても」
「なので……このまま良治さんに教えを請いたいな、と……駄目でしょうか」
「どうですか、良治さん。私としては後進の育成という課題にも関わることで、是非彼女を任せたいと思うですが」
渡りに船とでも言いたげに話に乗ってくる綾華。実際その通りなのだろうが。
確かに下の世代の育成が上手くいっていないことは彼女に言ったことがあるし、彼女も同じ不安を持っていたことを覚えている。
今回の件もそうだ。育成の一環として連れて行った。
だが今後もずっと、というのはさすがに話が変わってくる。
「申し訳ありませんがお断りいたします。俺には無理ですよ」
「何故ですか、良治さん」
「綾華さん、俺は教えるならきっちりやらないと気が済まないんですよ。優綺は今東京支部に住んでいます。俺は今上野に住んでて住居を変えるつもりもありません。八王子から上野で通うのは時間がかかりすぎます。つまり決定的に時間が足りない。中途半端になるのは目に見えています。だから、お断り致します」
優綺には、少なくとも交渉事に関しては適性があり、その成長を促進させたり見守っていきたい気持ちはある。
だがそれは身近でずっと接することが出来る人間がすべきだ。十代のこの時期、伸び盛りのタイミングで中途半端な真似はしたくない。
「あの、良治さんは時間が取れないことが理由で断るってことですか?」
「ああ。もっとしっかり、ちゃんと出来る人に頼め。というかそういうことが必要だから東京支部に住み込んでいるはずだろ?」
「それはそうですけど……じゃあ私、良治さんの住んでるとこに通える範囲に引っ越します。これならどうですかっ」
「そんな簡単に出来ないだろう」
急に、簡単に引っ越ししたいなどと言い出すがそれは無理だろう。中学生の優綺一人で決められることでもない。
「そういえば優綺さんは来年から高校生でしたね。……一人暮らしもいいかと思いますよ」
「良治さん、これでクリア出来ませんか?」
「綾華さん……」
助け舟を出した綾華にジト目を送るが目を閉じてお茶をすする彼女には届かない。
高校生で一人暮らし。普通の家庭ではそうそうあることではないが、白神会ではよくあることだ。
天涯孤独だったり施設育ちの多い白神会の退魔士は、一人暮らしのハードルが低い。所属している支部長が許可を出せば大体通ることになっている。
良治もまどかも、そして綾華も少し時期はずれたが高校生から一人暮らしをしている。
これに関しては反対できない。
「あと一つ。俺はもう碧翼流じゃないし、教えられない。無理だ」
優綺が教わっているのは南雲葵を継承者とする白神会四流派の一つ、碧翼流。
良治も昔教わっていたが、長い退魔士人生の中でもう碧翼流とは名乗れないほど自己流が混じってしまっている。
「綾華様、別に碧翼流に拘らなくてもいいと思いますか」
「そうですね。私とすれば有能な退魔士がどの流派でも、例え自己流でも構いません」
「ええぇ……」
今までずっと碧翼流を学んできたのだから少しは拘ってほしかった。そしてそれをあっさりと肯定した綾華もどうかと思う。
それほどこの話を上手い具合に纏めたいと思っていると、そういうことなのだが。
「これでいいですよね?」
「優綺、俺に何を求めてるか知らないけど、俺が出来るのは俺が知ってることだけだぞ?」
「はい、それでいいんです。良治さんの知ってること、全部教えてください」
真摯な瞳で真直ぐ見つめてくる優綺。
向上心に溢れたその想いに、良治は――
「――一人暮らしの許可と場所、東京支部の支部長と副支部長から貰ってこれたらな」
「あ、ありがとうございますっ!」
「良治さん、面倒なこと投げましたね?」
「なんのことやら。それにこれも経験の一つでしょう」
喜ぶ優綺の横で綾華がジト目を返してくる。
支部長の葵は問題ないだろうが、副支部長のまどかから許可を取るのはすんなりとはいかない。間違いなく一度は拒絶するはずだ。
『なんでそんなことになったの?』というまどかの声が聞こえてきそうで、優綺から話を聞いて一旦保留にしてから良治に連絡が来ることまで予想できる。ある意味単純な行動で安心できるというものだ。
「私、頑張りますね……!」
「頑張ってもらわないと困るよ。――そうだな、もし許可が取れたなら、俺の退魔士としての知識、経験、技――全部教えよう。その代わり、覚悟はしてもらうけど」
脅すつもりでわざと肉食獣のような笑みを浮かべる。ここで日和るようなら考え直さなければならない。
「わかりました。良治さんの全部、私に教えてください。覚悟は――とっくに出来てますから」
――知っていた。優綺がこんなことで日和るような、怯むようなことはないことを。
そうだったならこの場には決していない。
「おめでとうございます、優綺さん。もし貴女が良治さんと同じ力量まで到達してくれたらとても嬉しいですよ」
「ありがとうございます、綾華様。全力で良治さんに並べるよう頑張ります」
「高い理想ですね。ですがその願いが叶うように手助けはしますし、祈ってもいますから」
「はいっ」
元気にそう返す優綺から無限の可能性を感じざるを得ない。
――これが可能性、希望というものかもしれないな。
こうして――柊良治に初めての弟子が出来た。
【開門士の乱】―かいもんしのらん―
七年前に陰陽陣領内で起こった大規模な魔獣発生事件。一人の男が引き起こしたと言われるが、その犠牲者は陰陽陣の半数にも上り現在でもその影響は拭いきれていない。
陰陽陣のある支社長の要請を受けて白神会も戦力を送り解決に導く。その時のメンバーには現在白神会の中枢にいる者も含まれているらしいが、詳しい情報は伏せられているため参加者は不明。人数は八名とされている。




