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北の次は西へ

「――は?」

「珍しいですね、良治さんがそんな声を上げるなんて」


 思わず出た声に、電話の向こう側から苦笑い染みた言葉が聞こえた。


 山形から東京の自宅に戻って来た翌日、一人の時間を贅沢に使おうと薄い布団の上で自堕落に過ごしていたところに一本の電話。

 つい最近登録したその番号に嫌な予感がしながらも出ると、案の定その通りだった。


「そりゃそうですよ、綾華さん。しばらくゆっくり出来ると思ってたんですから」

「それについては申し訳ないと思います。でもちょっと任せられる人もいないので」


 ほんの少しだけ申し訳なさそうなトーン。話をしたのは一昨日のことなので実際そうは思っているのだろう。

 しかし、しかしだ。


「今度は陰陽陣おんみょうじんですか……」


 綾華から出てきた言葉は『陰陽陣と話し合いに行って欲しい』だ。

 陰陽陣とは中国地方を治める大規模な組織の名。良治も高校生の時に出向き、事件を解決したことがあるので馴染みはある。


「はい。どうやら一部の人たちが私たち白神会の影響を快く思っていないようで。一度書状で説明はしたのですが効果はありませんでした」


 白神会の影響。それを感じる陰陽陣の退魔士がいるのは仕方ないと言える。何故なら霊媒師同盟の件のように、彼らの本拠地である出雲大社、そして神戸支社に白神会の支部がある。これも外交、情報交換用のものだ。


「つまりその一部の人たちは白神会の支部を排除したい、そんな感じなんですか?」

「はい。こちらとしては今後もお互いに友好的に交流していきたいのでこのまま存続の方向がいいのですが、どうも私たちが陰陽陣の内政に干渉していると思っているようで」


 今から七年ほど前に、陰陽陣はほぼ壊滅と言っていいレベルの大打撃を受けた。当時兵庫のトップで神戸支社長の安松やすまつが危機を感じて白神会に助力を請い、それに応じる形で戦力を陰陽陣領内に派遣して解決した経緯があった。

 戦後独力で立て直すことが不可能だったため、白神会は支社の再建や期間限定で安価での仕事など請け負い、陰陽陣を支えたのだが。


「なるほど。つまりもう俺たちの力は必要ないから出ていけってことですかね」

「まぁ有り体に言ってしまえばそうなんでしょう。他組織の者が自分たちの拠点に出入りしているのが嫌なんでしょうね」


 もう大丈夫だから出ていけ。それはさすがに自分本位過ぎる気がするが、気持ちはわからないでもない。

 ただ非常に失礼な話で単純に腹が立つ。


「それは一部の人の話なんですよね?」

「はい」

「じゃあ陰陽陣の大部分、つまりトップである安松さんの意思はどうなんですか?」


 安松は他の支社長クラスの者が悉く死亡か行方不明になっていたのでそのまま陰陽陣を統べる大総長へと一気に地位を上げることになっていた。

 本人はそんなに野心のあるタイプではなかったのだが、上の者がごっそりいなくなったこと、他に人材がいなかったことなど諸々の事情が重なりそうなってしまった。

 他の陰陽陣の生き残りから見ると、安松は壊滅しかけていた陰陽陣を白神会の助けを得たとは言えギリギリで救った英雄だ。反対意見はなかったことを記憶している。


「安松大総長は現状維持の意思を示しています。何回か話し合いが持たれた時にもそう説明したと聞いています。ただ説得は成功しなかったので、私たちに直接ということになったようですね」

「じゃあその白神会排除派と安松さん現状維持派、そして俺たちの三者の話し合いになるんですか?」

「はい、そのように聞いています」


 そうなるときっと話し合いというよりまずは現状維持派と一緒に排除派を説得、それが無理なら何かしらの妥協案を見つけ出すことになるだろう。面倒な話だ。


「で、そんな話の担当を俺に?」

「はい。相変わらず交渉能力は高いと確信できましたので。お願いできますか?」


 交渉能力云々は霊媒師同盟の件のことだ。

 良治から見れば理路整然にこちらの要求をし、相手側が反抗しない程度に上手くやり過ごしただけだ。誰にも、とは言わないが、ほとんどの人には出来ることだと思っている。


「お願いではなくほぼ命令でしょう、それ。ちなみに今までは誰が担当していたんですか」

「私です。ですが直接話し合いに参加するにはちょっと」

「……ああ。そうですね」


 今は身重なので移動するのにリスクがある。もしも襲撃なんてされたら取り返しがつかないことになる。


(いや違うな。それだけじゃない)


 それもあるだろうが、それだけではない。そこに良治は気が付いた。


 もし綾華が妊娠していなかったとしても、やはり綾華は出向くべきではない。

 綾華は現在白神会のナンバー2だ。総帥の身内でもある。軽々しくそんな場に行くことはしない方が良い。それこそ排除派に軽く見られてつけ上がらせてしまう危険性もあるだろう。


「良治さんは全部言わなくてもちゃんと理解してくれるので助かります」

「だからと言って全部投げられても困るんですけど」

「そうですね。今後は他に任せられる者がいればそちらに振りますので」

「そうしてください。じゃあいつ何処に行けばいいんですか?」

「出来るだけ早く、という話なのでこちらから連絡して確認します。良治さんは最速明後日でも大丈夫ですか」

「はい、大丈夫です」


 もう派遣の仕事は入れていない。白神会の仕事がなければただのニートだ。仕事があることに感謝はするが、ここまで予定が詰まるとは思っていなかった。綾華は人使いが荒い。


「ではそのように……ああ、もう一つ」

「次はどんな面倒事ですか」

「そんなこと言わないでください。……この間人材不足の話をしたじゃないですか。それの一環として、一人か二人会談に付き添わせてもらえませんか」

「付き添い、ですか」


 そんな話は確かにした覚えがある。

 人材育成もついでにしてしまえということだ。経験を積ませていけば、今後良治が呼び出されることも減るだろう。それは良いことだ。素晴らしい提案だ。


「良ければ京都本部で適性がありそうな若手を付けたいと思いますが。それとも良治さんは誰か育てたい人や有望そうな人に心当たりがありますか?」

「……いますね。将来有望そうな若手が。その子を連れて行ってもいいですかね」


 有望そうな若手と聞いて真っ先に浮かんだ人物が一人。

 頭の回転が速く、相手の思考を読んで先回りできる人材がいた。


「わかりました。それではおそらく会談は明後日になると思いますので、出来たら明日一緒に京都まで連れて来てください。大丈夫ですか?」

「了解です。じゃあまたあとで」

「はい。では」


 電話を切って、先日登録し直した馴染みの番号へかける。登録などしなくても覚えていた番号だ。しかしワンタッチでかけられるので登録だけはしてある。


「――はい」


 二回目のコールで大人しそうな女の子が出た。聞き覚えのある声だ。


「ああ、良かった。柊です。で、突然で悪いんだけど明日昼くらいに東京駅まで来てくれないかな。仕事に付き合って欲しいんだけど、どうかな」

「え、どういう……いえ、わかりました。十二時に東京駅に行きます」


 戸惑ったのは一瞬。すぐに頭の中で整理をして返答する。

 とても良治好みだと言える。思わず笑みが浮かんでしまった。


「ああ、待ってる。泊まりになるだろうから着替えとかの準備も」

「はい。他には何かありますか?」

「いやないかな。葵さんには俺から連絡しておくから」

「わかりました。それでは明日」

「ああ、よろしく」


 目的の彼女に説明して電話を切る。

 説明とも言えない説明だったが彼女は迷いなく来ることを選んでくれた。

 それがたまらなく嬉しい。


「さて、俺も準備しなくちゃな」


 明日は京都で泊まりで、更に翌日陰陽陣の指定した場所に行くことになる。一日で終わればいいが、もしかしたら長引いて一日や二日泊まることもあり得る。


 最低限の荷物を鞄に詰めながら、良治はなんだか楽しい気持ちになっていた。









「は、初めまして。東京支部所属・第八位階級退魔士の石塚優綺ゆきです」

「初めまして。なるほど、まどかから聞いたことがあります。良治さん、優綺さんのことお願いしますね」

「ええ。わかってます」


 翌日東京から京都へ新幹線へ移動し、訪れたのはまたもや京都本部。しかし今回綾華と面会しているのは良治一人ではない。


「あまり緊張しなくてもいいですよ。私も東京支部にしばらくいたこともありますし」

「は、はい……」


 綾華を前にして固まっているのは東京から連れて来た優綺。良治は先日の東京支部での戦闘の際、彼女の有能さを感じて今回同行させることにした。

 しかしあの時と違ってかなりの緊張だ。確かに綾華は普段会うことのない組織の頂点近くに位置している。東京支部で会った他の支部長たちなどよりも緊張するのだろう。

 良治は元から知り合いだし、白神会で緊張するような相手はいない。隼人と話すときは探り合いになりやすく、違う意味で緊張することはあるが。


「一応現状を纏めておきました。どうぞ」

「ありがとうございます」


 数枚の紙を纏めた書類を受け取りパラパラとめくっていく。

 大体は昨日聞いた通りだ。齟齬のある箇所はない。

 結構細かい所まで書かれており、この情報量を数枚に纏めておけるのは整理の仕方がいいのと字の小ささだ。ちょっと読み難い。

 だがこのやり方に良治は覚えがあった。


「それにしても意外に家賃かかってますね。相場ですか?」

「近郊の建物の相場通りです。でもまぁやや高い気はしますけどね。それでも京都や東京に比べれば安いものです」

「その二つと比べれば、まぁ確かにそうですけど。吹っ掛けられてたり、担当がちょろまかしてたりは?」


 良治が着目したのは出雲と神戸にある支部の家賃。その場所で退魔士としての仕事はしていないにも関わらず結構な値段だ。


「調べたところそれはないですね。それに二つの支部と私との連絡役は――」

「ああ、彩菜ですよね」

「よくわかりましたね」

「わかりますよ。この書類の作り方に覚えがありましたから」

「なるほど」


 良治の予想通り、この書類を作成したのは柊彩菜あやなだった。

 彩菜とは良治の引き取られた柊家の娘で義理の妹にあたる。小柄でショートカット、やや人見知りの傾向があるが立派な退魔士だ。


 白神会に復帰してからまだ再会はしていない。

 元からそこまでべったりというわけでもなかったので、わざわざ会うこともないと思っていた。


「良治さん、彩菜には会わなくても?」

「ええ、別に大丈夫でしょう。それに彩菜なら遠目から俺の姿を確認しているでしょうしね」

「見かけたという話は聞いてますが、よくわかりましたね。気付いたんですか」

「いえ。でも京都本部に来るのも今回で三回目ですし、目撃されててもおかしくないですから」


 彩菜は四流派のうちで唯一特殊な黒影こくえい流に所属している。

 黒影流は諜報や工作を主目的にする暗部のイメージが強く、所属者はほとんどが表に出てこない。

 しかし彩菜は表と裏の繋ぎ役をしており、表によく出てくるたった一人の黒影流の人物だ。昨日纏めた個人情報の塊のようなあの書類に載っている黒影流は彼女だけなのがそれを表している。


 そして彼女が動いている以上、横領や裏工作などの可能性はまずない。黒影流の次席がそれを見逃すなどあり得ないことだ。


「その通りですけど、話くらいしてもいいのでは」

「必要な時が来れば、その時話すことになるでしょうから」

「……ならいいのですが」


 不満そうなのはきっと彩菜への気遣いからだろう。どうやら彼女たちに信頼関係が構築されているようで良治は嬉しくなった。お互いにそう簡単に友人を作れない立場にあるからだ。


「それで綾華さん、会談の日時は」

「はい。明日の十三時に鳥取市のホテルですね。どうやら排除派の拠点が鳥取にあるようで、そちらになったと。詳しい場所とホテルの名前はこちらに」

「了解しました」


 受け取ったメモには住所と地図、ホテル名が記載されていた。これなら迷うことはない。


「今日は京都本部ここに泊まって明日の朝向かうといいでしょう」

「……いえ、京都駅近くのビジネスホテルに泊まりますよ。またいつかのように難癖つけられても嫌ですし」


 いくら綾華たち上層部が良いと言っても末端までそれが行き渡っているかはわからない。

 京都支部の者からしてみれば良治は出戻りの異分子、優綺は別の支部の部外者だ。余計な軋轢は遠慮したい。泊まるだけならここじゃなくても困らないのだから。

 むしろ京都駅から少し離れたこの場所よりも、駅近くに泊まった方が明日は楽になる。


「それもそうですね。でも経費削減には協力してくださいね」

「わかってます。お金は有限ですからね」


 陰陽陣に置いてある支部の家賃がちらついて苦笑する。火の車とまでは言わないが、それでも削れるところは削りたいのだろう。

 特に良治は必要だと判断したらそこにお金をかけてしまう。相手側としたら彼からの領収書が怖いだろう。


「それと優綺さん。良治さんは有能ですが自分のことを軽視する傾向があります。その時は迷わず止めてあげてください」

「は、はい! わかりました」

「……ではまた。何かあったら連絡します」

「それでは二人ともお気をつけて」

「あ、ありがとうございます。それでは」


 このまま続けても自分の話になりそうだったので切り上げて退出する。

 自分が未熟だった時の、若い頃の話をされるのは何歳いくつになっても嫌なものだ。


「あの、柊さん」


 部屋を出て廊下を歩いている最中、後ろから並んできた優綺が少し遠慮がちな声で話しかけてきた。


「ん?」

「今度柊さんの昔の話、聞かせてください」

「ええ……?」


 昔の話など恥ずかしくて話せるものなどない。


「……まぁ、そうだな。機会があったら」

「はい! よろしくお願いしますっ」


 上目遣いの美少女に言われて拒絶することも出来ず、結局良治は曖昧な返答で誤魔化してしまった。


(ああ、これが親戚の子を何故か甘やかしてしまう心理か)


 そこまでの年齢ではないのだが、何故か良治はそんなことを思ってしまった。









 二人は綾華に言った通り京都駅まで戻ると、近くのファミレスで早めの夕食を取ってからビジネスホテルへ向かった。

 今日は平日の為か問題なく部屋が取れて一安心だ。

 ほぼ満室でダブルが一部屋しか取れないなどとアニメのような展開はない。そして『経費削減の一環だから……』などと言って強引に同じ部屋に泊まるような人間でもない。


「じゃあ明日朝八時には出るから。朝食は列車に乗る前にコンビニで買うことになるかな。寝坊しないように」

「はい。その、よろしくお願いします」


 明日は彼女にとって大きな節目の一つになるだろう。

 付き添いとは言え他組織の者と話す初めての場。そしてそれが必要な経験だと良治は考えていた。


 こういったチャンスはそう多くはない。他の組織とは交流はあるが大々的にしているわけではないし、そもそもこの退魔士の世界がかなり閉鎖的なものだ。

 若手の退魔士はそんなこと考えなくても別に問題がない。目の前の悪霊や魔獣を倒すことだけしていればいいのだ。

 何故なら交流はあまりなく、つまりそれはそれに携わる者が少ないことを示す。上層部の数人がそれを行えばいいので、結局下の者、若手の者は関係なく興味を持つ機会も失われることになる。


「ああ、おやすみ優綺」

「はい、おやすみなさい、柊さん」


 番号続きの部屋を取ったので、彼女の部屋の前で挨拶をして良治も自分の部屋に入る。狭い部屋だが寝るだけなら大した問題ではない。


「ふぅ……」


 年下の女の子に気を遣うというのは思っていたよりも疲れるものだ。相手がまどかたちなら何をしてもだいたい許してくれるという安心感があるのだが、まだ出会ってから対して経っていないので迂闊なことをして傷つけるのが怖い。


 一つだけ救われているのは、彼女が良治をそんなに嫌っていないところだ。そう良治は考えていた。


(明日は明日でまた出たとこ勝負だな。まったく、相手の出方で対応を変えていかないと――いや)


 そこまで考えて苦笑する。


 ――ああ、対応は自分の最も得意な戦術だったなと。

 そしてきっと綾華はそれを理解して仕事を振ってきたのだと。


 得意なことなら心配は要らない。

 自分らしく暴れてやるだけだ。


 そして良治は狭いベッドにダイブした。


【経費削減】―けいひさくげん―

どの組織や会社でも非常に大切なことの一つ。上に行けば行くほど悩むこと。

大切ではあるのだが、それだけに固執してしまうと質が下がったりモチベーションの低下などを招き本末転倒になることも。

経費削減の一環、という言葉で同じ部屋を期待した方ごめんなさい。

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