手を取り合って
大広間の扉を開けて中央にある少し高くなっている舞台に歩いて行く。
舞台から見て右側に霊媒師同盟、左側に白神会の者たちが固まっていて、それとはまた別に怪我人たちが白神会の塊の後方で治療を受けている。
白神会の者たちからは勝利したという事実からか自信のようなものを感じる。逆に霊媒師同盟の者たちからはこれから行われる沙汰について不安があるのだろう、悲しそうに崩を見たり目を伏せる者が多かった。
その中で真剣にこちらを見つめる者もいる。いろはと登坂だ。どうやら登坂も無事なようで何よりだ。
舞台の上に立つのは二人だけ。
柊良治と志摩崩。各組織の代表者二名。
今でも良治はここにいる理由がわからない。誰かに変わってほしいと思う。
「――それでは今回の事件の詳細を。事実をありのままに」
「はい」
良治の言葉に崩が前に出る。良治と話していた時とはかけ離れた、組織のトップとしての表情にこの場にいる全員が飲み込まれるような感覚。
そして、彼女は事件のあらましを話し出した。
「――まず今回の件の首謀者は私、志摩崩を幽閉した霊媒師同盟戦闘部隊『黒曜』の指揮官、真鍋孝之です。彼はこの霊媒師同盟の実権を握る為私を病気による静養と偽って幽閉し、その隙に白神会へ侵攻を始めました」
そう言えば真鍋のフルネームはそんな名前だった気がする。
ここまでは良治の予想通りだ。
「そして彼の率いる黒曜は白神会の支部を襲撃、侵攻を進めましたが途中で反撃にに合い、真鍋はこの恐山まで逃げ戻り――そして白神会の柊さまによって討たれました。私を助け出したのも柊さまです。
……これが霊媒師同盟としての見解、事実となります」
あくまで真鍋のクーデターによる、霊媒師同盟としては不本意な侵攻だった。そう言いたいのだろう。
確かに事実そうではあるが、侵攻された白神会としてはそんなことは関係ない。
後ろに下がった崩と入れ替わるように良治が前に立つ。
すれ違いざまの崩は少し寂しそうに見えた。
もしかしたら出会ってから今までの好意的な態度は、良治から譲歩を引き出すためのものだったのかもしれない。だが例えそうだとしてもそれは組織を守る為に必要なことだったのかもしれない。
そこまで考えて、そんなことを勘ぐってしまう自分に良治は嫌気が差した。
「――では白神会としての見解を。
まず霊媒師同盟の奇襲により福島支部が陥落、翌日には宇都宮支部、更に次の日に川越支部が陥落し、死傷者が多数出ています。東京支部は襲撃されたものの防衛に成功、同日に行われる予定だった京都本部への奇襲も舞鶴港と伊丹空港で襲撃を阻止しました」
京都本部の件を知らなかった白神会のメンバーからざわめきが起きる。
白神会にとって京都本部は言葉通り中枢なのだ。怒りが込み上げてくる者がいても何らおかしくはない。
「そして私たちは支部を取り戻すべく北上を開始。奪われた川越、宇都宮、福島支部を奪還。ここまで霊媒師同盟との交渉をしたいと考えていましたが、霊媒師同盟からの交渉はなし。このままではまた再度侵攻の可能性大と判断し、不本意ながら侵攻を開始いたしました」
福島支部奪還時点でもしも交渉の使者が来ていたら話はもう少し丸く収まっていただろう。だが福島支部で会った登坂は使者ではなく、山形で鮭延と会ったのは侵攻を開始してからと言える。
侵攻前に交渉は出来なかった。それが白神会の認識だ。
「その後この恐山に侵攻し、戦闘になったため交戦。そして霊媒師同盟のその時点で最高指揮官となっていた真鍋を討ち、幽閉されていた志摩崩を捕らえました。
――これが白神会側の見解、認識です」
沈痛な表情や涙を流す者、うなだれて座り込む者など様々な者がいる。それは全て霊媒師同盟の者だ。
実際は捕らえたというよりも保護と言った方が正しい。しかし事実をありのままに言うよりはこちらの方が今後良いと良治は判断していた。
「お互いに多数の死者が出ました。痛ましいことです。しかしそれは霊媒師同盟側から行われた戦争行為を発端としたものです。
霊媒師同盟は白神会に戦争を仕掛けました返り討ちにあい、恐山を陥とされ、そして盟主である志摩崩を捕らえられたのです」
真鍋のことを一切考慮せず客観的に見ればこれが曲げようのない事実だ。
そして良治は更に続ける。
「真鍋のクーデターという側面があったというのは、確かにそうなのでしょう。しかしそれでも霊媒師同盟から戦争を起こした事実は変わりません。クーデターを阻止できなかった志摩崩さまにも責任はあります。組織内で喰いとめらなかったから他組織の介入を許してしまったとも言えるでしょう」
崩が真鍋のクーデターを阻止で来ていたらこんなことにはなっていなかった。霊媒師同盟内で収めることが出来なかったが故に、他組織、つまり白神会に影響を出した。
「これからの霊媒師同盟に対して処置としては幾つかの方法があります。
まず本拠地・恐山を抑えられ、盟主の志摩崩を捕らえてる現状、昔……戦国時代ならば盟主は斬首、霊媒師同盟が持っていた領地は全て没収……ということさえあり得ます」
「それは……!」
「ぐっ……」
「崩さまの命だけはッ!」
苦しみの声が右側から湧き出る。領地没収はともかく盟主の命は守りたいのだろう。この反応で彼女がどれだけ支持されていたかが理解できる。中々良い盟主だったようだ。
「――しかし私たち白神会はそれを求めません。
先ほど戦国時代の話をしましたが、何より違うのは私たちは領地や褒賞の為に戦ったわけではないということです。私たちはそもそも一般の人たちを悪霊や魔獣から守る退魔士という点で同志です。
だから、これからは手を取り合っていけると私は考えています」
霊媒師同盟の者たちの瞳に希望の色が灯り出す。
白神会側は同意するように頷く者もいれば不満そうな表情の者も見える。それはそうだろう、ここまで来て何もないということは、失ったものの補填が何一つされないということなのだから。
「ですが全てこのままというわけにはいきません。私は三つの要求を霊媒師同盟に求めます。
まず今回の件で被った死傷者や建物、その他の賠償を全額、そして正式な謝罪を求めます。
次に霊媒師同盟の領地の割譲。詳細は後日相談としますが、こちら側としては新潟全域と山形の一部と考えています。
最後に――」
ちらりと後ろの崩の姿を見る。その瞳に迷いはなく、全てを受け入れることを感じさせた。
「最後に、白神会と霊媒師同盟の同盟関係を求めます。
属国ではなく、あくまで対等な同盟関係を。
――志摩崩さま、いかがでしょうか」
「――はい、柊さまの要求を飲むことを霊媒師同盟盟主としてお受けいたします」
ほっとしたような、温かな空気が大広間全体に流れる。
霊媒師同盟も白神会でも不満な表情の者は誰一人としていない。
良治は自分の位置に崩を招き、そして握手を交わした。
「これからまた大変でしょうが頑張ってください」
「柊さまの御高恩、忘れることはないでしょう。本当にありがとうございます」
巻き起こった万雷の拍手に、ようやく平穏を取り戻せたことを実感した――
「――お疲れさま」
「ああ、まどかもお疲れ」
報告というか演説を終えた良治はぐったりしていた。慣れない行為は著しく精神と肉体を疲弊させる。
満足そうな顔で舞台を降りた良治に祥太郎が駆け寄ってきた。
「お疲れ様です良治さん。俺たちはどうしたらいいですか?」
「祥太郎もお疲れ様。そうだな、連れて行けない怪我人は除いて長野に戻って大丈夫だ。ここまで強行軍だったからな、早く戻ってゆっくりしたいだろうし」
「はは、そうですね。俺は福島に寄りますが、支部員にはそう伝えます」
大広間から少しずつ人が減っていく。
怪我人は治療へ、長野支部員たちはバスへ。この場に残った白神会のメンバーは良治とまどか、結那に天音の東京支部員だけだ。
「よぉ、お疲れさん。約束守ってくれて俺っちは嬉しいよ」
「登坂もお疲れさま。まぁ約束だからな」
「へへっ、じゃあ俺っちはじいちゃんに報告行ってくるよ。俺っちのこと忘れんなよっ――ありがとな」
「ああ、じゃあな」
手を振って走り出す登坂。少なくともしばらくは会えないだろう。感謝を込めて手を振り返した。あの赤いトサカ頭を忘れることはないだろう。印象が強すぎる。
「でさ、あれで良かったの?」
「いいんだよ。さっき言った通り侵略するためにここまで来たわけじゃないから」
「ま、それもそうね。良治が良いって言うならそれで私は不満はないわ」
「……まぁそれはそれでどうかと思うけど、助かるよ結那」
納得してくれているなら良治としても不満はない。その理由でいいかと言われると微妙だが。
「良治さん、盟主はそのままで良かったんですか?」
「まぁ天音の言いたいこともわかる。けど支持は得てそうだし、代わりの人材もなさそうだったからなぁ」
今まで霊媒師同盟で会った者たちは皆、志摩崩の存命を望んでいた。これは彼女がしっかりと統治していたことの表れと言えるだろう。そうでなければ代わりに盟主にしたい者の名前で出てくるはずだ。
「ね、綾華たちに報告しなくていいの?」
「それはあとで纏めてからでいいかな」
まどかの言葉に一瞬迷ったが、それは後回しにする。
全部任せたのだからこっちも好きにしていいはずだ。書類に纏めて全部事後承諾くらいがちょうどいい。
「柊さま、本当にありがとうございました」
「ああ、崩さま。お疲れ様です。まぁこの辺が落としどころでしょう」
いつしか広間に霊媒師同盟員たちはいなくなっていた。いるのは崩といろはの二人だけ。詳細というか突っ込んだ話をしたいのだろう。
「私がこのまま盟主を務めても?」
「ええ、構いません。それはそちらの組織内で決めてください。対等な立場の同盟です、白神会は口出ししませんから」
「ありがとうございます。……それで、その。結婚の話はどうでしょうか。私としては本当にしても……」
「いやそれはどうかと。というか冗談で言ったんですからね?」
後ろからの視線が怖い。三つほど刺さっている気がする。
「私の母よりも才能があったという伯母さま、その血を継ぐお兄さまとの子を作れたら、政治的な意味でも霊媒師同盟は安泰と言えませんか? 伯母さまが出奔してしまった時、惜しむ声が多かったと聞いております。直系の血も保たれますし、白神会との絆も強いものになるかと思いますが」
「そうですね、僭越ながら私もその案に賛成でございます。これ以上のものはないかと」
いろはまで口添えして賛成しだす。この為に残ったのだろう。中々やり手だ。
「いやホント勘弁してください」
「……ちなみにもしお兄さまではない方がその立場だとしたら?」
「間違いなく結婚させて押し込みますね。それが一番簡単で確実ですから」
簡単手軽に内部から霊媒師同盟を掌握できる素晴らしい提案だ。
良治が白神会所属で第三者だったら本人たちの意向を無視してかなり強引に勧めるかもしれない。
子供が出来て継がせることが出来たら完璧だ。
「では」
「やりませんよ。何より俺は白神会の人間じゃないですし、それを考えたりこの後の事後処理をするのは組織の人間ですから」
「残念です」
本当に残念そうに呟く黒髪の美少女。ちょっとだけ惜しい気はするが人生が決まってしまう。
その前にそれを選んだら背後の視線がナイフになって刺さりそうだ。
「――ね、これから良治はどうするの?」
「うーん、そうだなぁ……」
まどかの問いかけに迷う。
自分はどうしたいのか。何をしたいのか。
「……俺は気が向くままに生きていたいだけなんだけどなぁ」
そう生きたくて退魔士の世界を抜け出したのに。
でも。
――まぁそれは退魔士に戻っても変わらないか。
そんな風に今は思えるようになった自分を、少しだけ好きになれた気がした。
「――まずは再会を祝して、乾杯」
「乾杯」
杯を少しだけ上げてから中身を飲み干す。注文してあった通りの美味い日本酒だ。良治の好みにも合う良いものだ。
それが相手にも伝わったのか、徳利を傾けて二杯目を貰う。もちろん相手にもそのまま二杯目を返した。
テーブルの上には多くの料理が用意されている。どれもこれも手作りだ。
「こうやって飲むのは始めてですね」
「うん、ちょっと緊張するかな」
隣に座るまどかが、彼女の正面に座る綾華に答える。
五年前だと綾華は未成年、良治も誕生日を迎えていなかったのでまだ十九。こうやって酒を交わすことは出来ない年齢だった。
「結婚、おめでとう。二人とも」
「ん、サンキュ」
「式には来て欲しかったんですけどね」
「それは失礼しました」
良治の正面に座って良いペースで飲み干す男は短く礼を言う。代わりに綾華が文句を言うが良治はそれを軽く流した。
京都本部敷地内にある離れの一軒家。
そこは彼と綾華の新婚夫婦の家だ。
「まぁ、なんだ。生きて会えて良かった」
「俺もまた会えるとは思ってなかったよ」
苗字の変わった友人が穏やかに笑う。懐かしい笑顔だ。
良治もそれに釣られて笑う。
「報告は聞いたよリョージ。お前らしいな」
「だろ?」
「もっとふんだくっても良かったのにって綾華が」
「良治さん、わざとですよねこれ。わざと多くは取らなかったでしょう?」
綾華は不満そうだが諦めてもらうしかない。彼に任せたのは綾華なのだから。
「で、和弥。お前としてはどうなんだ。不満か?」
「いーや。こんなもんじゃないかって思うけど。それにリョージにも考えがあるんだろうしな」
「まぁそうだけど。ちなみにその考えは言わないから頑張って考えてくれ」
「うわずりぃ」
都筑和弥、今は白兼和弥となった友人と軽口を叩く。まるで高校生の頃に戻ったかのようだ。あの頃は友人たちと馬鹿な話で盛り上がったものだ。
五年振りの再会。
和弥、綾華、まどか、そして良治。この四人でよくチームを組んで仕事に当たったものだ。
五年という年月を感じることなく話題は尽きない。
良治の知らない期間の彼ら夫婦の話、良治のいない期間の白神会の話。
「――で、だ。リョージ、戻ってくるつもりはないのか」
話の流れに乗るように投げかけられた和弥の言葉。
それに良治は決めていた言葉を返した。
「非常勤なら」
「非常勤?」
「ああ。何か手が足りなかったり必要なら声をかけてくれってことだ。しばらく住所も変えずに東京にいることにしたから」
「……リョージらしいな」
「だろ?」
和弥もわかっているのだろう。これが白神会復帰となんら変わりないことだと。
ただ日常的に仕事をこなすことが難しいので『非常勤』という言葉を使っただけだ。
「え、え? どういうこと?」
「しばらくは何処にも行かないってことだ」
「……良治ぅ!」
「泣くなまどか。……ああもう、お前は酒弱いんだからもう飲むな」
泣きながら抱き着いてきたまどかを席に戻しながら溜め息を吐く。それを微笑ましそうに見る二人の視線になんとも言えず居心地が悪い。
「まぁ和弥、しばらくは頼む。気が向いたらまた何処か行くとは思うけどそれまでは」
「了解した。気が向くまでは助けてくれると嬉しい」
「ああ。あと一つ、タイミング計ってたのにバレバレだからな。その辺は綾華さんにご教授願え」
「うわバレバレだったか。いいタイミングだと思ってたのに」
「わかりました、今後も指導していきたいと思います」
「うぐぅ……」
手を取り合って進めればそれが一番なのだ。
例えそれが僅かな時間であっても。
周囲の協力もあって、どうやら非常勤の退魔士として生活することが出来そうだ。
――柊良治は自由気ままな退魔士として、しばらく東京で生活することになった。
【自由気ままな退魔士譚】―じゆうきままなたいましたん―
柊良治が気の向くままに退魔士として生きていく話。
女性が登場する度に好意を向けられることが多いというラブコメな側面もあったりなかったり。
退魔士に戻った彼の色んな意味での活躍は乞うご期待。




