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北へ、帰還

「えっと、奈良支部の河野咲子さんと、山井やわらさん、だよね」

「そうよっ!」


 元気よく返事をしたのは先程良治を敵と言い放った少女。河野咲子だ。少し毛先が跳ねている感じのショートカット。やや季節に取り残された感のあるTシャツ短パン姿。結那を先輩と慕う、決勝トーナメント二回戦で結那に負けた少女だ。


「さっきー、ちょっと……!」


 敵意を露わにする咲子を押し止めようとしている少女は山井やわら。とても長い黒髪に臙脂色のジャージ姿。少し気弱そうな雰囲気だが友人の態度に、さすがにまずいと思ったらしい。身長はやわらの方が若干高いのだが、印象としては咲子の方が大きく見えてしまう。


「先輩を誑かして、たくさんの女の人侍らせて……!」

「……まぁある程度は事実だけども」


 いきなり敵意をぶつけられ、『誑かすとか侍らせるとかよくそんな難しい言葉を知っているね。子供なのに』などと口にしそうになったが何とか堪える。


「さっきー、失礼だよっ」

「でもさ!」

「いいよいいよ。そう見られることがあるのは理解しているから」


 傍から見ればそう見える。和弥が《東京の女たらし》と呼んでいたことはある一面からは事実なのだ。良治としてはあまり認めたくはないが。


「ほら!」

「でも一つだけ言いたいことがある」

「なによ」

「当人同士が納得していることだから。それを他人がとやかく言うのはどうなのかな」

「……それは」


 当事者同士がそれを良しとしていて、関係性を保っている。

 そのことに関して口出しを出来るとすれば、家族か犯罪行為をしているかくらいだ。少なくとも良治はそう思っているので咲子の口出しは不快に感じる。


「ほら、さっきー」

「うぅ……でも」

「でもじゃないでしょ」

「うぅ……」


 咲子本人も内心ではわかっているらしい。本来文句を言うようなことでも、そんな関係性でもないということを。ただ敬愛する先輩がダメな男に引っ掛かっているということが腹立たしく、認めなくなく、そんなダメ男が一人でいるところを目撃してしまって溜まっていた感情が噴き出してしまったのだろう。


(まぁそう考えると当然の反応か。仕方ないっちゃあ仕方ない)


 一瞬正論を並べて潰してしまおうかとも思ってしまったが、それを抑えたのは正解だった。彼女に敵意はあったが悪意はなかったからだ。

 だから良治は待つ。受け入れるべき謝罪の言葉を。


「……ごめんなさい」

「うん、わかった。謝罪を受け入れるよ」

「……いいの?」

「いいよ。結那のことを大切に想っていることは理解したから。別に俺のこと嫌いなままでいいから。……まぁ結那には俺のことは言わない方が良いとは思うけど」

「……うん」

「さっきー、はい、でしょ」

「はい……」

「ん。……良かったぁ」


 やわらが促して丸く収まる。有難いことだ。結那をこれほどまでに慕ってくれる後輩が居るということは。


「ごめんね。……いこ、やわらん」

「うん。あの柊さん」

「ん?」

「その……ご迷惑をお掛けしてすいませんでした。さっきー、勅使河原さんのことになると……」

「大丈夫、理解したから。山井さんも気にしないで」

「っ、はい」


 数度頭を下げ、むしろ下げながら後方で待っていた咲子の方へ歩いていく。頭を下げる度に長い髪の毛が地面に着きそうで気になった。


(やや直情的な河野咲子とストッパーの山井やわらって感じかな。……それはともかく、まずいなぁ)


 去っていった咲子からは謝罪までずっと強い敵意の視線を浴びせられていたが、やわらの方からは――


(憧れ、憧憬、親愛。……まるで佑奈さんに近い感情のような)


 咲子を抑えようとしながらも、良治に向けられていた視線、感情は非常に好意的なものだった。だが良治はそう思われることに心当たりはない。会ったのはこの大会が初めてだ。


(そういえば大会が始まる前の初対面の時に、何か言いたげではあったか)


 あの時は咲子が良治に絡んできそうだったので先に逃げたが、もしかしたら何か良治に話したいことがあったのかもしれない。


(嫌なわけじゃないけど、トラブルに繋がりそうなことは避けたいな)


 好意を向けられて特段悪い気はしないが、それがトラブルを生むとしたら別問題だ。


(となると佑奈さんと同じ対応かな。いや自意識過剰の可能性も当然あるのだけど、念の為な)


 杞憂に過ぎなければそれが一番だが、リスクマネージメントはしておくに限る。手間がかかることではないのなら尚更だ。


「随分と女性に慕われているようですね」

「盗み見はあまり趣味が良いとは言えませんよ、萩莉さん」


 二人を見送った逆側、良治の右側から落ち着いた声が聞こえて返事をしながら顔を向ける。正直彼女を苦手に感じているので話はしたくはないが。


「失礼しました。偶然通りかかりましたら御歓談中だったので」

「別に大した話は全くしていませんが。ああ、優綺の治療ありがとうございました。感謝を」

「いえ、お仕事ですし責務ですので」


 長い黒髪にやや小柄な体格と、つい先程まで居たやわらと被るところは多いのだが、決定的に纏う雰囲気が違う。自らが持つ力への自信、それは生まれた家の違いだろうか。


(昔の綾華さんに似ているな。和弥と付き合う前の冷静かつ私情を挟まない、冷たさが前面に出ていた頃の)


 現在実質白神会を運営している白兼綾華。良治の戦友でもある彼女だが、今ではかなり丸くなっている。昔はやや毒舌なところもあり雑談などしたくもないといった雰囲気もあった。


「それでも。今後も怪我などしたら宜しくお願い致します」

「喜んで。遠慮などなさらぬよう」


 そんな彼女にじっと見つめられる。視線が良治を捉えて離れない。


「……では」


 逸らしたのは良治の方だった。勝ち負けがあるわけではなかったが、それでも根負けというか、これ以上見つめ合うことを意味がない、面倒と思ったのは確かだ。

 ベンチから立ちあがり、萩莉の横を通ってロッジへ向かう。


「またいずれお会いしましょう。楽しみにしています」


 背後に言葉が投げかけられたが、良治はそれを無視して立ち去った。


(正直苦手だな。昔の綾華さんと同じで)


 自分と会話をし、知り合いとなり、その先に何かの目的を達成しようとしている。そんな思いが窺える。その目的がなんなのかはわからないが良治からしてみれば得になるものではないだろう。

 もしそうならば今ここである程度にしろ話を匂わせてきたはずだ。それがなかった以上こちらに損に成り得そうなものだと思えた。


(……ホントさ、俺を巻き込むの止めて貰えませんかね……?)


 多くの人間が集う場である以上何らかの関係性や感情が構築されることは仕方ないが、良治はそれらを求めて来たわけではない。

 良治の目的は自身の腕試しと弟子である優綺の成長度合いの確認だ。トラブルに巻き込まれるのは本意ではないし面倒でしかない。


(お互いに得になるような関係性ならアリなんだけどね……)


 自分の希望は叶えられなさそうで、良治はトボトボとロッジへ歩いていった。











「さ、ちゃっちゃと積みこんじゃいましょ」


 朝陽も登り切らない山中の駐車場で桜野聖来が男二人に指示を出す。組織内の役職で言えば並橋平太は聖来よりも上だが、以前同じ部隊だったことからお互いに気安い仲だ。無言で手を動かすもう一人、邁洞猛士もそんなことを気にしたことがない。


 北海道連盟の三人は迎えに来た白いワゴン車に小さな手荷物と、あまり一般人は見たり触れたりすることを厭う大きめの黒い袋の積み込みを完了させる。作業自体は簡単なものだ。しかしここまで来るのに随分と手間と時間がかかったなと聖来は小さく息を吐いた。


(まぁ元はと言えば私たち、いや私のミスからか。さすがにヘータ君と猛士君には迷惑かけちゃったなぁ)


 心身ともに負担のかかった二週間。自身の勤める札幌拠点から魔道具を盗み出されるなど、情報収集とセキュリティを担当する桜野聖来とすれば失態も失態、大失態だった。


(でもとりあえず事態は収拾。残りは司令――大佐任せね)


 京都に着く前に調べた限り、犯人である館湯坂健也の行動した痕跡ははっきりとしており矛盾もない。ただ方法は完璧なのにその後の行動の痕跡が残され過ぎていた。――ここで聖来は気付いた。内部犯、手引きした人間がいることに。


「――やぁおはよう。良い朝だね」

「……おはようございます、白兼総帥」


 背後、それも近距離から声をかけられて聖来の心臓が大きく跳ねた。止まらないで良かったと思えるくらいに、動いてくれたことに感謝する。


「帰ると聞いて見送りにね。それと――」


 滑るように動いた視線の先にはワゴン車、その運転席。すると三人が緊張に捕らわれたまま、ゆっくりとドアガラスが下りていく。


「――やぁ、久し振りだね」

「相変わらず人を喰ったような微笑みですね」


 短く刈った髪の毛に丸眼鏡、その奥にあるじっとりとした目つき。――上尾前かみおざき進兵しんぺいは白兼隼人に無愛想にそう返した。


 隼人の周囲には誰もいない。一人だ。離れた場所からは黒影流が監視してはいるだろうが、この近距離で誰かが動けば間に合わないだろう。だが当の隼人は飄々とした空気のまま上尾前進兵に微笑みかけていた。


「君も相変わらず無愛想で景気の悪い顔をしているね」

「では」


 顔を合わせ言葉を交わしただけで十分とばかりに、溜め息交じりにドアガラスが戻っていく。本来なら会うつもりはなかったのだろう。会いたくないとも思っていたに違いない。


「雪彦からの伝言だよ『いつか戦場で』」

「会うとしたらそうなるでしょうね」


 途中でドアガラスを止め、かけられた言葉に返事をする。そして再び閉じようとしたところにまた隼人の言葉が届く。


「あともう一つ。『いつか顔面一発殴らせなさい』」

「嫌ですね。彼女に殴られたら頭ごと吹き飛んでしまいます。しかし、聞き届けはしました」

「うん。またいつか」


 完全にドアガラスが閉じ、聖来たち三人は視線を交わすと頷いてワゴン車に乗り込んでいく。

 話は終わった。予定外だったはずの会話。


「迎え、ありがとうございます」

「いえ。これも仕事ですからね」


 助手席に座った聖来が言うと、動き出した車の中上尾前進兵は普段よりも陰鬱そうな表情で、しかし普段と変わらぬ声音でそう答えた。


「報告は」

「念の為京都を出てからにしましょう。必要ないとは思いますが」

「わかりました。……」

「旧友ですよ。それだけです」


 何か言いたげな聖来の雰囲気に気付いたのか、上尾前進兵は駐車場を出ながらそう呟いた。


「だから白兼隼人の思考パターン、知ってたんですね」

「そういうことです。良くも悪くも変わっていなかったようですね」


 白兼隼人は組織として介入してこない。

 これを前提にして動いていたのはそれが理由だったらしい。

 信頼する上司ではあるが彼の経歴を全て知っているわけではない。情報収集に長けた聖来が一度調べたことがあるが、大した情報はなかった。高校卒業と同時に北海道連盟に入ってからのことしか記されていなかったのだ。


「まぁそれはそれとして。皆さんが無事に戻ってきてくれて何よりです」

「司令、それは今後も働いてもらいますよってことですか?」


 後ろの平太がおどけたように笑う。つられて聖来も笑う。


「はは、そんなところです。私はもうおじさんですからね。若い人には頑張ってもらわないと」

「司令もまだ若いじゃないですか」

「私はもう三十代半ば、そろそろ引退することを考える時期ですから」

「またまた」

(引退ね……絶対にしなさそうだけど)


 二人の会話に聖来は苦笑する。信頼する上司は生涯引退なんてしないだろう。元々前線に出るタイプではない。死ぬまで組織運営に携わるはずだ。


「邁洞君はどうでしたか。普段できない対外試合でしたが」


 上尾前進兵は細い山道を運転しながら、今日起きてから一度も言葉を発していなかった邁洞猛士に言葉をかける。上司にも関わらず一切口を開かないでいた邁洞猛士だったが、そのことを上尾前進兵が咎めることはない。それが彼の個性、そしてそれを踏まえても一級の能力を持っていることを認めているからだ。


「……悪くなかった。いい刺激を、得た」

「はは、どちらにせよ得る物があったのなら何よりです」

「……眼福だった」


 猛士の言葉にみんなで笑い、四人は北海道への帰路についた。




【俺を巻き込むの止めて貰えませんかね】―おれをまきこむのやめてもらえませんかね―

基本的に自らの意志で事件に首を突っ込むことの少ない良治が、多くの事件にかかわることになっているのは周囲の誰かからの関与の場合がほとんどなので、巻き込みがなくなれば穏やかに暮らせるのではと思っている節が彼にはある。

関与せざるを得ない事情、状況になることが続けば、それは当然ストレスとなる。

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