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リベンジマッチ

「……医務室に行けないのはわかりました。なら観戦場所に戻ったら座って動かないでいてください。勝手に治療しますからっ」


 良治の優綺の試合観戦最優先宣言を聞いて、蒔苗は少しだけ言葉を失ったあと、対抗するようにそんな宣言をした。

 医務室に無理やり連れて行こうとしないところに良治は好感を持ったが、それをしなかったのは蒔苗が彼の頑固さを知っていたからだ。


「それは助かります。治療自体はしないとなので」

「ならそれを優先してくださいよぉ」

「あはは、では戻りましょう」


 骨折している左腕をぶらんとさせたまま、速足で歩く蒔苗についていく。

 腕は痛むが試合の興奮が残っているのでさほど気にはならない。意識していないと思わず動かしてしまいかねないほどだ。


「三人ともどうした?」

「ううん、良治はそうだよねって」

「はい。良治さんならそうするなと」

「ええ。良治だもの」

「なんだその謎の納得は。まぁいいけど」


 それ以上は聞きたくない言葉が出てきそうだったので、三人に対しての追及はすぐに断念する。三人の意見が一致し良治とは違う意見の場合、それはあまり良いものではない。聞かなくていいのならそれが最上だろう。


 レジャーシートの場所まで到着し、良治は靴を脱ぐと大人しく座るとすぐに左側に蒔苗も手早く靴を脱いでしゃがみこむ。他の皆も足を開放していく。


「すいません、シャツを脱いでこっち側だけはだけてくれませんか? 嫌なら袖の部分破きますけど」

「……脱ぐよ。それにしても強引ですね」

「医療行為ですから。治療より大事なことはありませんっ」

「なるほど」


 良治の黒シャツは試合の激闘とは裏腹に、そこまでボロボロになってはいなかった。これがもし破けた場所などがあったのなら、良治はこの後着替えればいいと判断して袖を破くことを許可していただろう。


「そういえばあの多重障壁はいつから持っていたんですか?」


 いつから持っていた、というのは奥の手として持ち札となったのはいつから、という意味だろう。

 天音が疑問を投げかけるのも当然で、良治は誰の目にも触れさせたことはない。シャツの左側だけ腕を抜きながら良治は苦笑しながら口を開いた。


「そもそも思いついたのが予選の優綺と椎名紅蓮さんとの試合だよ。あれに着想を受けて何回か試してみた。まぁ実際に成功したのは二度目だったんだけど。だからまぁ奥の手として用意してた、って感じではなかったよ」


 手や指先から展開しない防御衝撃の発想は今までの良治にはなかったものだ。それは今までの退魔士歴の中で、良治が一度も見聞きしたことがなかったことを指し示す。


 元々防御障壁はあまり一般的な術ではなかった。防御よりも攻撃が進歩し、攻撃すれば倒せるのなら別に防御手段を開発、発展させようと考える人物はほとんどいなかったようだ。


「それをあの場で成功させて勝負を決するものにしてしまうのは、さすがの勝負強さですね」

「運が良かっただけさ。――さて、始まるな」


 見れば二人が土俵で対峙を完了したところだった。あとは合図を待つだけだ。


「勝てますかね」

「無理だな。少なくとも百回に一度レベルだろう」


 勝ってほしいとは思っているが勝率は著しく低い。


「あら、良治は甘いわね。私は千回に一度か二度だと感じているけど」

「そこまでいくとあまり変わらなくないか結那」

「変わるわよ。確率にしても五倍あるし、一パーセントなら引けるかもって思えるけど、私はそうは思えないから」


 結那が一番椎名紅蓮の力量を肌で感じている。少なくとも良治はそう思っている。

 それは彼女たちの戦闘スタイルがかなり似通っているからだ。二人とも拳を使った接近戦を得手としている。違うのは椎名紅蓮は更に術を扱い、戦術の幅が広いことだろう。


 結那の言葉を否定するものを良治は持たない。故に口を閉ざす。


「それでは――はじめ」


 そして、ついに準々決勝最後の試合が始まった。


(どちらにせよ勝負はすぐにつく。一分持つかどうか)


 予選から成長をしたと言っても椎名紅蓮相手では誤差に過ぎない。だが優綺が何も考えずに過ごしていたとは思えない。彼女の向上心を良治は良く知っている。


(楽しみではあるんだよ、優綺)


 心の中でだけそう呼びかけた瞬間、一番弟子が――先に動いた。








 迷いはない。今の自分のありったけをぶつけるだけ。

 そんな考えを師である良治の試合前には決心していた。

 有難いことに今日最後の試合になったお陰で組み合わせは消去法で確定した。なら自分の試合開始時間まで考えることが出来る。――戦闘シミュレーション。


 何回考えたところで勝利のイメージは掴めなかった。それはそうだろう。相手が悪すぎる。予選の際は生き残ることを考えること、なんて言われたくらいだ。力量差は天と地の差だ。


「フッ――!」


 足の裏で地面を蹴り出して、跳ぶ。

 前回とは試合開始位置を変更した。紅蓮は土俵中央付近で自然体で居るが、優綺の開始位置は中央と俵の丁度中間。

 相手が椎名紅蓮というのも相まって、周囲には間合いを最初から取って警戒をしていると思われただろう。


 でも、違う。

 距離を取ったのは加速を付ける為。


「――っぉ!」


 そして地面を滑るように足で勢いを殺しながら――手に持った棒を槍のように椎名紅蓮目掛けて投げつけた。


(警戒していると思わせ、加速を付けて突撃してくると見せかけて! 考えてる!)


 椎名紅蓮は感嘆しながらも身体中央を狙った棒を右手で打ち払う。思いのほか威力があり、左足が一歩下がる。


(でも、唯一の武器を――じゃないッ!)


 唯一の武器である棒を投げ捨ててこの後どうするつもりなのか。初手が最後の手段かとも思った自分を叱咤する。


「木刀、両手に!」

「はいッ!」


 律儀にも優綺は大きな声で返事をする。

 棒を投擲してすぐに突っ込んできていた優綺の手には師を思わせる短めの、木製の小太刀二刀。

 そこで初めて紅蓮は優綺の腰右後方に小さな革のポーチがあることに気付いた。


 迎撃するには後手。仕方なく左右から振るわれた小太刀をそれぞれの腕で受け止める。

 先程とは違い衝撃はそれほどでもない。鋭さも技も感じない。普段から使用しているわけではなさそうだとすぐさま気が付いた。


(ならっ!)


 ならば今度は自分の手番とばかりに、両腕を小太刀を受けたまま紅蓮は蹴りを繰り出す。


「っ!」


 しかしこれを予想してかのように優綺はひらりと避けてみせる。実際予想の一つだったのだろう。自分の動きが読まれていることに紅蓮は少しばかり苛立った。


(こんのっ!)


 優綺は蹴りを回避すると軽く後方にステップを踏む。これが次の行動の予備動作と紅蓮が気付いたのは、優綺の両手が動き出してからのことだった。


「ハッ!」


 気迫と共に優綺の手から小太刀が放たれる。二刀同時に・・・・・

 右手からは一直線に。

 左手からはまるでブーメランのように回転をさせて。


(息つく暇がないっ)


 普段よりも僅かに意識を集中させてそれぞれを打ち払う。質の違う攻撃を同時に対処するのは単純な攻撃に比べて少しだけ面倒で、苛立ちが増した。半歩だけ後ずさる。


「――!」


 目を見開いた優綺が距離を詰めてくるのが見えた。

 その手には棒。最初に投げてきたものではない。ポーチの中の転魔石で喚んだものだ。


 何百回、何千回と繰り返したであろう突きが、紅蓮の左脇腹に刺さるその間際、紅蓮の左肘と左膝でその突きは停止した。

 十全な体勢なら避けるのも受けるのも払うのも可能だった。しかしそれを選択できなかったのはこれまでの優綺の攻勢によるもの。

 少なくとも戦術面では優綺は紅蓮を上回っていた。


 力加減をする余裕はなかった。故に挟まれた棒は上下の恐ろしいまでの圧力を受けてバキリと折れる。


「あっ」


 棒を止める為に固めた左腕、浮かせて挟んだ左脚。

 今の自分が、酷く無防備なことに気付いて。

 既に棒から手を放している優綺を、紅蓮は呆けたように眺めた。


 また優綺が右手をポーチに滑り込ませる。小指で引っ掛けた転魔石が瞬時に今折ったばかりの棒と同じものに変わる。

 右手で握り直し、左手でも掴む。勢いを付ける為に僅かに棒を引き――突進と共に棒を突き出した。


「やぁッ!」


 これが最後の一撃。優綺のポーチには――もう転魔石は残っていない。優綺としてはここが最後の勝負所だった。


「ぐ――!」


 紅蓮の身体に棒が突き立てられ、右の脇腹を抉る。

 なんとか力を逃がそうと、地についている右足一本を軸に身体を捩じる。


「――んのぉ!」

「えっ」


 棒はついに紅蓮の身体を離れた。身体を捩じり、棒の先端は勢いのままに通り過ぎていく。

 土俵までは一Mもない。しかしギリギリで踏み止まることは――


「ぁがぁッ!?」


優綺の無防備な背中を、真上から大木でも落ちてきたかのような一撃が襲い、肺の中の空気が無理やり吐き出される。


(逃げなきゃっ)


 地面にめり込んだかとも思えた優綺は、すぐに思考を切り替える。最後の勝負は失敗した。しかしまだ負けてはいない。すぐに立ち上がって体勢を立て直さなければ。


 痛がっている場合ではない。土俵際を転がりながら移動し、両手をついて立ち上が――


「終わりよ」


 ――左肩が吹き飛んだような衝撃を感じて、優綺の意識は途絶えた。










「柊さんっ!?」

「う……っと。……ごめん蒔苗さん、こっちを優先してもらっていいですか?」

「はいっ!」


 まるでサッカーのシュートのように優綺を蹴った椎名紅蓮がこちらを眺めていた。何処か不服そうな、それでいて自分は最低限の義理は守ったと言いたそうな表情だ。


 起き上がりかけた優綺は紅蓮に蹴り飛ばれるとそのままノーバウンドで反対側の土俵を超え、柵と結界をぶち抜いて良治の元に飛んできていた。


「勝者――椎名紅蓮。……本日の試合はこれで終了となります。準決勝明日午前、決勝は明日午後の開催となりますので参加者の皆さまは遅れずに会場までお越しください」


 そのアナウンスを聞き終わると紅蓮は不機嫌そうに土俵を去る。そこに勝者の喜びはなかった。


「意識はないですが呼吸も安定してますし大丈夫かと。でもすぐに医務室にっ」

「そうだね。じゃあ行こう」

「えっと、大丈夫ですか? 色んな意味で。というか左腕使ってほしくはないんですけどっ」


 問う蒔苗の言葉の意味はわかる。

 良治は気を失った優綺をお姫様抱っこして立ち上がっているからだ。添え木をして治療していたが、まだ完了はしていない。無理に動かせば悪化する可能性があるので不安に思う気持ちは理解できる。


「大丈夫。行こう」

「ええ……」


 良治としてはそんなことよりも自分の手で自慢の弟子を運びたかった。どうだ、自分の弟子はあの椎名紅蓮にいいとこまでやってやったぞと。


「センセ、起きたらたくさん褒めてあげなくちゃね」

「そうだな」


 歩き出そうとした良治の横からひょこっと顔を出した郁未が笑う。彼女も優綺の善戦を誇りに思っていてくれてるのだろう。


「あんまり大所帯で行っても迷惑になるから……まどかと郁未は来てくれ。みんなは先に戻ってご飯の準備頼むよ」

「任されました」

「おっけー」

「二人ともお願いね。行ってくる」


 良治の提案に天音とまどかが返事をする。まどかは今回ずっと食事作りのリーダー的な立ち位置にいたので、任せるのが申し訳ないのだろう。


 全試合が終わり、帰途につく観客たちの視線を浴びながら良治たちは堂々と医務室へと歩く。視線のどれもが好意的なものだ。優綺を一人の退魔士として認めてくれたのだろう。


「あともう一個言いたいことあるんですけどっ」

「なんですか蒔苗さん?」


 人が減り、医務室が見えてきた頃、並んで歩いてた蒔苗がちょっと怒ったように口を開く。

 それに心当たりがあったので良治は努めて笑顔で聞き返す。


「う、そんな笑顔で……違う、そうじゃなくてっ」

「ほらもう着きますよー」

「そうですけどっ。柊さんの身体全部チェックしますからねっ」

「それはさすがに」

「ならせめて左の鎖骨もちゃんと見せてくださいっ。少なくとも罅は入ってますよそれっ」

「……まぁ。じゃあそこだけはお願いします」


 上泉信綱との最後の打ち合いで受けた箇所だ。

 左腕に比べれば全然軽傷で、あとで自分で治せばいいやなどと考えていたのだが、それでも段々と痛みが増してきていたので治療してくれるというなら断ることもない。


「連れてきましたっ。処置を――」

「準備は出来ています。石塚さんはこちらに。柊さんはあちらで」

「あ、了解です」


 医務室到着と同時に口を開いた蒔苗が言い終わらないうちに指示を出す女性。いや少女。それは見たことのある少女だった。


「ほら、蒔苗ちゃん動いて」

「あっ、うんっ」


 少女に促されて良治を手伝って優綺をベッドに横たえる蒔苗。一瞬混乱したようだが既に切り替わっていた。


「ありがとうございます。それと」


 蒔苗に礼を言って振り返る。

 そこには少女――宮森萩莉はぎりが真剣な表情で待っていた。


「先日は失礼致しました。改めて御挨拶を。現当主道孝の娘・萩莉と申します。以後宜しくお願い致します、《黒衣の騎士》さま」


 先日会った時はなかった圧力を、この長い黒髪の少女から感じる。彼女もまた名門宮森家の一員で、退魔士世界に生きる者を理解させられる。


(これまた一筋縄ではいかなそうだな)


 心の中でだけ嘆息して良治は作り笑いを浮かべた。

【宮森萩莉】―みやもりはぎり―

宮森家現当主・道孝の長女。宗孝の妹。普段は兄宗孝の陰に隠れるように、目立たないように振舞っている。宗孝が大阪支部に出向となると更に存在感を消して、公式の場にもほぼ出ていなかったが、武芸大会は宮森家の権威を復活させることと禊ぎの意味を含んでいたので、父道孝の指示の元手伝いに来た。

プライベートな交友関係はほぼなく、宇都宮支部の蒔苗が唯一の友人。

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