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非公式会談の行く末

――今のは聞かなかったことに。


 真っ先にそんな言葉が頭の中に浮かんだ良治だったが、口を開く前に思い留まる。それにどんな意味があるのか。聞いたのが自分だけならともかく、複数人に聞かれた今、そんな言葉に意味はない。


(北海道連盟、函館地区部隊長。結構な大物な気がするが)


 北海道連盟の組織図はわからないが、対面に座る微笑の男は確かにそう言った。そして良治を試すように反応を伺っている。まるで楽しんでいるかのようだ。


「――これはご丁寧に。それではこちらも自己紹介を。白神会東京上野支部長の柊良治です。北海道連盟の方と話が出来て光栄です」

「こちらこそ。日本最大組織の支部長、更に退魔士世界に名高きあの《黒衣の騎士》ともなれば後世自慢できるというものです」

「はは、それは困りますね。これは非公式の会談でしょう?」

「そうですね。今のところは」


 笑顔のまま話をするが腹の探り合いを続ける意向のようだ。正直良治とすれば面倒くさいことこの上ないので、さっさと茶番は切り上げてお互いの希望を話し合い、落としどころを決めたい。

 話しながら僅かに聖来の方に目を向けるが彼女は眼を閉じていて、話し合いに参加する気はないらしい。


「今のところは、ですか。まぁいいでしょう。まずは皆様が白神会主催の武芸大会に参加することになった経緯と目的をお願い致します」

「そうですね。最初から話をしましょうか」


 そして平太は淡々と事実だけを時系列順に並べていく。

 施設に保管されていた魔導具を盗まれたこと。

 盗人を追い続けた結果京都に辿り着き、盗人が武芸大会に参加していたこと。

 監視の為に参加者となったこと。

 偶然にも対戦し、その際魔導具の在り処を聞き出そうとしたが吐くことをしなかったこと。

 仕方なく気絶させ、翌日自分たちも敗退した後に改めて聞き出そうと考えていたこと。

 ――平太は感情を交えることなく語り終えた。


「そして逃げられここに至ったと。僕たちの話はこんなところです」

「なるほど。では幾つか質問をしても?」

「どうぞ」

「盗んだ犯人は館湯坂という参加者で間違いないですね?」

「はい。館湯坂健也けんや、二十二歳です」

「素性は?」


 わざわざ聞いていない年齢まで言うくらいだ、素性は完璧に調べてあるはずだ。


「言い難いのですが……彼は北海道連盟の一員です。別の地区の構成員ですが」

「それが、何故?」

「同じ組織でも内情は複雑、ということですかね。恐らく対立相手の妨害、評価を落とすのが目的かと」


 組織内での政争ということだろうか。北海道連盟は一枚岩ではないらしい。


「なるほど。では最後にその盗まれた魔導具とはどのようなものですか」

「『溜魔玉りゅうまぎょく』と呼ばれる紫色の水晶球です。先程の爆発はそれのせいですね」

「あの程度の爆発を起こすだけではないのでしょう? 魔導具を盗まれたという風評はそれなりに大きいとは思いますが、それでも貴方たち力量レベルの方たちが三人も来るとは思えない」


 テーブルについている三人、特に大会に参加した並橋平太と邁洞猛士は掛け値なしに強いと言える。そして桜野聖来も戦闘能力はわからないが頭の回転は速い。


「それは過大評価ですよ。僕たち程度の人材はたくさんいますし。しかし良治さんの言う通りではあります。本気を出せばもっと大きな爆発を起こせたと思います」

「それをしなかった理由に心当たりは?」

「逃げる為、そして余力を残したかったからかと。あれは充電式みたいなもので、爆発の規模によって貯められた力も消費されると言われています。まぁあとは爆発が大きすぎた場合白神会が問答無用で攻撃してくるかも、くらいですか」


 あの場から逃げる為、そして今後も逃げきる為に使える力で起こせる爆発があれくらいだったということだろう。


「話はわかりましたが、既に白神会が彼を捕えているかもしれませんよ。あれだけの騒ぎを起こした相手をそのままにしておくとは思えませんし」

「そこは確かに。そう考えるのが自然ですね。そうなると困ってしまいます」


 苦笑する平太の言葉に良治は悟った。

 並橋平太は白神会がこの件に介入しないと考えていると。


(お館様の考え方、白神会の都合。そこを理解していると介入の可能性は低い――)


 白兼隼人という人物像。

 食えない性格で常に飄々としながらも確かな芯を持った日本最大組織の総帥にして最強の退魔士。

 しかし決して好戦的ではない。むしろ控えている。個人対個人はともかく、組織対組織の戦争は嫌っている傾向が感じられる。

 組織の拡大を考えているのなら霊媒師同盟を取り潰しているし、以前の《開門士の乱》で陰陽陣も取り込んでいただろう。


(他組織の事情に首は突っ込まない。見て見ぬ振りをする。この三人が組んでいるのは誰が見てもわかる。つまり大きさはわからないが何処かの組織が送り込んだ。そしてその三人が大会とは別の目的で行動をしていた。

 ――そうなると、白神会に直接被害が出ない限りは積極的に関与、介入はしない)


 勿論介入をしないだけで監視はしているだろう。何かあった際速やかに対処できるように。何かをさせないように。


(となるとわざと逃がす? いや結界が張られている。結界が破られればわかる人間にはわかる。こちらから消してもだ。なら結界は一時的にも消せないはずだ。夜間に、一瞬? そこは可能性は残るか)


 本当に関与したくないのなら外に出してしまえばいい。そしてその後は何も知らないで済ませば楽は楽だ。

 しかしここから出ても他組織領に向かわず、白神会領内に留まってしまう可能性はある。その場合で退魔士、民間問わず被害が出た場合また面倒なことになる。もし他組織領で事件が起こり、白神会が敢えて放置したと知れれば不信を抱かせることにもなる。

 結局のところ、ここでどんな結果であれ終わらせて欲しいというのが隼人の本音だろう。


(しかし問題なのは……並橋平太が白兼隼人の人格性格パーソナリティを把握して動いているということだ。思考を先回りされているようで本当に嫌だな)


 上を行かれているという感覚が不快にさせる。


「――そうですね。しかし並橋さんはそうは考えていなさそうですね。こちらとしては総帥の意思はわからないので何とも言えませんが」


 正直な話、良治はかなり面倒な気持ちになっていた。

 ここで実力行使に出て手っ取り早く決着をつけてしまいたいと思ってしまうくらいに。


(相手は三人。邁洞猛士は結那が、並橋平太は俺と天音。他の者で桜野聖来。先手を取ればいけるはず。――でも)


 戦闘になれば結界は簡単に壊れてしまう。そうなれば外で監視している黒影流にバレる。

 そして戦闘行為の露見は大会を勝ち進んでいる者たちの失格を意味する。


(俺はいい。天音は納得する。結那も説明すれば。だがこれに優綺を巻き込むのは)


 せっかく今までの訓練の成果を出してここまで来た優綺の努力と結果を消し去るわけにはいかない。

 まさかこんな場面で『大会参加者への危害を加えることの禁止』という項目が引っ掛かるとは思ってもみなかった。問題なのはこの項目、戦闘行為があった時点で襲った側襲われた側共に両成敗な点だ。

 つまりここで仕掛けて戦闘行為と認識されてしまうと全員アウトになる可能性があった。


「そうですか。なら――いや、失礼しました。単刀直入にいきます。僕たちはその魔導具が手元に戻ってくればそれでいいので、ご協力いただければ。僕たち三人が溜魔玉を持って帰ること、それだけが目標です。他のことはそちらに全てお任せしますし、指示に従いますので」

「……わかりました。しかし私たちは白神会の意思を無視してまでは協力出来ません。可能な範囲で、ということなら協力しましょう」

「それで構いません。宜しくお願い致します」


 一転して下手に出た平太に疑問はあったが、最初からそのつもりだったのなら納得は出来る。強気に出て決裂してしまえば敵地に孤立し、困るのはあちら側なのだから。


「ではそれで」

「はい」


 平太が身を乗り出して右手を差し出してくる。それに良治は躊躇いを表には出さずに握った。


「じゃあ今後の対応を。では――」










「ありがとうございました。それでは」

「いえ。では。――ふぅ」


 帰る三人組を自ら見送ると良治は小さく溜め息を吐いた。


「お疲れ様でした。どうなるかと思いましたが」

「ありがとう。そんな心配だったか」


 天音の言葉に申し訳なさが立つ。最初の話の流れは悪かった。主導権は向こうにあったと言えるだろう。上手く進められなかったのは良治の思い違いが起因なので謝ることしか出来ない。


「いえ。並橋さんの対応が変わる直前のことです。……やる気でしたよね?」

「一瞬な。止めたので許して欲しい」

「別に構いませんよ。私は良治さんに合わせるつもりでしたから。でも多分相手にも伝わったのでしょうね。だから対応が変わった」

「急に態度が変わったのはそういうことか。良かったのか悪かったのか」


 良治が戦闘も辞さないと感じたから対応を変化させた。天音に伝わっていたのなら良治を注視していた並橋平太が気付かないわけはない。そして有利な条件を引き出したいとは思っているものの、決裂だけはあり得ない北海道連盟側はそれを諦めたということだろう。


「私も別に良かったのに。なんでやらなかったの?」

「やってたらここに居る全員が大会失格だよ。だから止めた」

「……それはイヤね」

「そういうことだよ」


 結那も大会を楽しんで参加している一人、率先して失格にはなりたくはない。別に失格になってもそこまで気にしないのは良治と天音だけだろう。


「じゃあすまないけど並橋さんの方は頼むよ、まどか」

「うん。頑張るね」

「でも無理はせずに。難しいと思ったら手を引いていい。この件に関して無茶をする必要はないんだから」

「うん、ありがとね」


 ちょっとだけ不安そうな、それでいて任された役割を全うしようとする決意の表情。そんなまどかを良治はとても好ましく思う。


「消去法とはいえゴメンね、まどか」

「ううん、結那も頑張って。天音も、優綺も」

「はい」

「はいっ」


 結那の言う消去法。それは単純なものだ。

 まず参加者は大会がある。良治と優綺、結那、天音はまず最初に除外される。

 そして良治の弟子たちに他組織との交渉を含めた行動を任せるには荷が重い。

 東京支部長の葵には隼人と自分たちの板挟みになるような状況を上手くこなせるとは思えない。これは精神的にだ。

 ここで残るのはここに居ない、長野支部員たちと一緒に居る正吾、そしてまどかとなる。

 となると幸せに過ごしている正吾を敢えて巻き込むよりはこの場に居るまどかに任せた方がいい。


「じゃあ今日は疲れたから先に寝るよ」

「あ、うん」

「はーい」

「お疲れ様でした」


 三人の返事を待たないで自室に戻り、そのままベッドに横たわる。もっと話をしておきたいところだったがさすがに疲れすぎた。特に引き止めることをしなかった皆に感謝する。


(あーもう。本当に疲れた。でもなんとか落ち着いた、か。これで一応試合に集中できる)


 並橋平太との会談はもう勘弁してほしいと思う程度には疲れるものだった。嘗めていたわけではなかったが、あれだけ主導権を持っていかれての交渉は久し振りで、自分の能力不足を痛感するには十分だった。


(やっぱり交渉事は不得手なんだろうな。誰かに代わってもらいたいくらいだが、まぁ今回は自分しか出来ないことだったから仕方なし、か。二度目はないことを祈ろう)


 と、そこで控えめにドアがノックされた。

 結那ではない。まどかか天音だろう。


「私。入っていい?」

「どうぞ」

「うん、ありがと」


 予想通りまどかがそっと入ってドアを閉め、そのまま良治の横、ベッドに座った。良治は横になったまま目でまどかを追う。正直起き上がりたくはない。


「どうした?」

「ううん、良治疲れてそうって思って」

「疲れてるよ。もうこんなのは勘弁して欲しいって切に願ってるよ」

「そうよね。大変だったし、もう嫌だよね」

「うん、もうだなぁ」


 まどかが良治の頭を優しく撫でる。いつ振りかわからないが少しだけホッとする。


「良治はいつも大変だし、動いてるから心配だよ」

「好きで大変な目にあってるわけでも動いてるわけじゃないだけどなぁ」

「うん、知ってる。でも良治はいつも誰かに頼られて、そして解決しちゃう。だからまた頼られちゃうんだよね」

「誰かに頼るのは悪いことじゃないけど、俺にばっかり頼るのはな……頼むからみんな自分で解決してくれと」

「うん、そうだね」


 それがわかっているまどかは良治を頼らない。結那や天音もそうだ。少なくとも自分に出来る範囲は自分できっちりとやりきる。良治に頼った方が楽だとしても。


「あんがと」

「うん」


 ぞんざいな言葉遣いは気の抜けている証拠。それをまどかは理解していているので自然に彼女は微笑んだ。良治が気を抜ける相手は少ないのだから。


「まどか」

「なに?」

「……ちょっとだけ、一緒に横にならないか」

「うん、いいよ」


 甘えて来るのなんてレアもレア。喜んでまどかは添い寝をする。


 ――そしてすぐに良治は眠りに落ちた。

 そんな良治を見てまどかはそっと口づけをして、自分も同じ夢を見たいななんて思いながらまぶたを落とした。




【白兼隼人の人格性格】―しろがねはやとのぱーそなりてぃー

付き合いの長い良治でも捉えどころがなく、わからないこと。恐らく会ったことのない並橋平太がそれを把握していることに不可解さを感じ、苦手に感じている。ある意味で嫌悪に近い感情を抱いてしまったことでやや直情的な解決方法を選びかけてしまった。

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