解決への道筋
「んで、俺っちに聞きたいことってのはなんだ……っと、その前に会ったことはないよな、アンタと」
お互いにあぐらをかいて向き合う中、トサカ頭の登坂は緊張感もなく話し出す。周囲を二十人ほどの白神会の退魔士が囲んでいるというのに、大した度胸だ。
「いや、たぶんないと思うけど。何故?」
こんなトサカ頭で目立つ人物を忘れるわけがない。そこまで良治の記憶力は衰えていない。
「アンタの顔を何処かで……いやその眼が誰かにそっくりなんだ。誰だっけなぁ……?」
「……悪いけどこっちの質問に答えてもらえると助かる。そっちの方がお互い幸せかと」
登坂の態度に段々と周囲の殺気が高まってきている。特に結那がまずい。合図など送ろうものなら躊躇なく殴りかかりそうな雰囲気がある。
「おお、すまねぇ。で、なんだっけ」
「霊媒師同盟の目的と内情だ。何故突然福島支部に、いや白神会に戦いを挑んだのか」
二戸が言っていた、霊媒師同盟による支配を鵜呑みにしたわけではない。死に際の人間が嘘を吐くとは思っていないが、ただそれだけが理由とも限らない。目的は複数あってもおかしくないのだ。
「それがよぉ、よくわからないんだよなぁ。今こそ自分たち霊媒師同盟が中央に進出し、退魔士世界の覇権を握るのだ! みたいなこと言ってたけど、なーんかもっと私情というか私怨というか、そんな感じに見えるんだよ」
うぅんと唸りながら歯切れの悪い言葉を口にする。
本人もよく理解していないのはわかった。
「そうだ、それを言っていたのは誰なんだ。盟主の志摩崩、じゃないんだよな?」
和弥からの連絡で、少なくとも直接指揮を執っているのは彼女ではないことは判明している。彼女の意思が反映されているのかどうかはわからないことが、良治が方針を決めかねていた大きな要因になっていた。
「ちげぇよ。そう言ってたのは俺っちがいた戦闘部隊『黒曜』の指揮官で真鍋って人だ。その人が――」
「待て。今、真鍋って言ったか」
「おお言ったよ。言ったけどどうした」
「もしかしたらそいつを知ってるかもしれない……いや早とちりかもしれないな。その男の特徴とフルネームを教えてくれ」
真鍋という聞き覚えのある名前に思わず力が入ってしまう。
唯一良治以外で真鍋と戦ったことのあるまどかの表情が険しいものに変わったのが見えた。
違ってほしいという感情と、行方不明だった敵対者の居場所が掴めて嬉しいという感情。両方が良治の中にある。
色々な想いが存在するが、それは今から口を開く登坂の言葉ですぐに答えが出る。
「フルネームは……なんだっけな。たぶん聞いたことないからわかんねぇ。特徴……なんか痩せてて陰気なヤツだよ」
「使う術とかは」
「あー……見たことないからわかんねぇな。特別何か使うってのは聞いてねぇ。わりぃ」
「いや、わからないなら仕方ない。ありがとう」
もう一つくらい情報があれば確実、そんなもどかしさはある。
だがきっと、おそらく。その男は良治の知る男だろう。あいつなら何処に流れていてもおかしくはない。白神会では指名手配扱いだがそれ以外では生きていくのに難しくはないだろう。
「あー、どこまで言ったか。あぁ、で、真鍋が今回の指揮官なんだ。なんかいつの間にか霊媒師同盟に居たみたいな感じらしい。俺っちは若い方だからよく知らねぇけど」
「いつの間にか、ねぇ」
「で更にいつの間にか出世しまくって気が付けば『黒曜』のトップだ。実際戦っているところ見たことはねぇけど、噂じゃあめっちゃ強いらしいぜ」
強いという話も彼の持つ真鍋の印象と違わない。真鍋は元黒影流の腕利きだ。敵に回したら面倒だと思う程度には実力を持っている。
「いつの間にか霊媒師同盟に取り入ってのし上がったって感じか。あいつならやりかねない――待てよ。本当に真鍋なら白神会に侵攻してきたことも説明がつくな」
真鍋が研究していたのは死霊術。魂を加工し、操るという外法。
白神会では禁じられていたことだった為、黒影流継承者の浦崎と白神会総帥の白兼隼人に追い出された経緯がある。
彼ら二人に恨み節を言っていたという話も聞いたことがある。
「――なぁ登坂。真鍋が死霊術を使うって話は聞いたことないか?」
「死霊術? ああ、使えるはずだ。というかウチじゃ珍しくないからな。降霊術も死霊術の一つだし」
「ビンゴっ!」
最初に登坂が特徴にあげなかった理由にも納得する。霊媒師同盟では彼の言う通り珍しいことではないのだ。
これで特定出来た。今回霊媒師同盟が侵攻してきた理由は私怨だ。もちろん最初に言っていた方もあるだろうが、それはついでに過ぎないだろう。それくらい真鍋は浦崎と隼人、もっと言えば白神会を恨んでいたはずだ。
「よくわかんねぇけど役に立ったみたいだな」
「ああ、凄くな。助かった。……あんまり真鍋のこと好きじゃないからか?」
囲んで脅迫をしている状態だが、ここまで素直に喋ってくれるとは思っていなかった。そうなると何かしらの理由があるのだろう。良治は仲良くなりたいとは欠片も思わない真鍋が頭に浮かんだ。
「まぁそれもあるなぁ……なぁ、アンタらはこれからどうするんだ」
福島支部までは取り返した。つまりここで止まれば現状維持。領土的な意味ではマイナスはなくなったわけだ。
本来ならばこの福島支部を拠点として、準備をして防衛なり侵攻なりしていくのだろう。それが現実的な選択肢だ。少しずつ、確実に切り崩していくのが賢いやり方だ。
しかし。
「――悪いがこのまま真鍋を討ちに行く。場所は恐山でいいんだよな?」
「……真鍋を殺すだけか?」
真剣な眼差しに良治はよく考えることにする。ここでのミスは取り返しがつかないかもしれないと、頭の中で警鐘が鳴った。
真鍋を殺す。これは変わらない。殺さない選択肢はあるかもしれないが、ここまでしてきた相手を見逃すことは出来ない。生き残っても白神会で処刑されるのが関の山だろう。いつ殺されるかどうか、それだけの違いだ。
そして登坂の『だけ』という言葉。つまり他のことはしないのかという問い。ここが問題だ。
良治は和弥から許可を得ているが、そこまで大それたことをしたくない。そこまで思考が至って、やっと登坂が何を気にしているかを理解した。
「志摩崩は関係ないのか?」
これだ。志摩崩が関係しているかどうか。彼女をどうするかどうか聞きたかったのだ。組織のトップの問題だ。ここを知っておきたいのは当然だ。
「関係ない……はずだ。だから崩さまの命は見逃してくれ。頼む」
両手を地面につけて頭を擦り付ける。
何が彼をこうまでさせるのか、良治にはわからない。
だが、真摯な誠意は強く感じ取れた。それだけで十分だった。
「登坂、頭を上げてくれ。条件次第だ」
「条件ってなんだ。どうしたらいい」
「簡単なことだ。『志摩崩が今回の件に関わっていないこと』、これが条件だ。関わっていた場合は責任は持てない。どうだ?」
「そ、それでいい! 助かる!」
「ッ!」
「ぐえぇっ!」
感激のあまり良治の手を握ろうとした登坂のこめかみに、結那の爪先がまるで刺さるように打ち抜かれる。もんどりうって転がっていく先の人の壁が十戒のごとく割れていくのがシュールだ。
「結那、あれ死なないか……?」
「良治は危機感が足りなさすぎよ。何か仕込んでたらどうするのよ」
結那の言う通りで守ってくれたことも感謝こそすれ文句を言うことではない。ないのだが、あれはちょっとやりすぎな気がしないでもない。
「あ、起きた」
「生きてたわね」
「おいおい」
冷たい彼女の言葉に思わず突っ込む。相手が敵とは言え少し酷い。
立ち上がってこちらにずんずんと歩いてくる。しかし微妙な距離で立ち止る。結那が怖いのだろう。
「ってめぇ! 死ぬかと思ったじゃねぇかッ!」
「良治に近付いたからよ。貴方は敵なの。見逃すわけにはいかないわ」
「ちっ……まぁいいや。とりあえずさっきの条件でいいんだな」
「ああ、それでいい。条件さえ合っていれば命までは取らない」
正直に言えば独断で他の組織の長の命を奪う判断など出来ないししたくない。問題が大きくなってややこしくなるだけだ。そんなものに巻き込まれたくはない。
「ありがてぇ。で、よ。俺っちたちにも協力させてくれねぇか」
「『たち』?」
「ああ……真鍋に不満を持つってか、ちょっと嫌な噂があるんだよ」
噂。そうは言ったが登坂の中では確信しているような口調だ。
「それは?」
「――真鍋によって、崩さまが軟禁されてるって噂だ」
あぁ、なるほど。
良治は納得する一方で、もう一つ頭に浮かんだことがあった。それは。
(なんて面倒なことに)
短期決着なんて出来るのか。
再度道筋を探さなくては。
登坂に協力するべきか否か。
様々なことが浮かんでは消え、良治は決めた。
「――条件は変わらない。協力っていうのは真鍋の排除でいいのかな」
「ああ。詳しい話は山形のじいちゃんが知ってると思う。付いて来てくれねぇか」
さっきまで敵だった者の誘いに乗って相手の拠点に向かう。
それだけ聞いたら間違いなく罠だと判断するだろう。
「はぁ? バッカじゃないの。行くわけないじゃない」
「良治、だめ」
「さすがにそれは賛成できませんね」
結那、まどか、天音が口々に非難と反対と否定を重ねる。当然の反応だ。ある意味安心する。
「わかった、行こう。案内してくれ」
「はぁ!?」
「ちょっと!」
「考え直してくださいっ」
ヒートアップする三人を無視して登坂に向かい直す。驚いた表情の赤トサカの男はにやりと笑った。
別に良治は何も考えていないわけではない。ただデメリットは少ないと考え、話が本当なら貴重な情報を得ることが出来る。
現状こちらに情報はほとんどない。真鍋の話すら疑えばキリがないレベルだ。ただ登坂の言う山形のじいちゃんと本当に情報交換が出来たのなら、真鍋の話の信憑性も増すはずだ。上手くすれば恐山まで戦闘なしで行けるかもしれない。
「いいねぇ、そう言うと思ってたぜ。……ただ人目につくとめんどくさい。アンタともう一人くらいで」
「わかった。場所は山形、時間は?」
「そうだな……ここからだと山形まで二時間弱くらいか? 午前中なら人目も少ないから連絡が取れ次第なる早ってのでどうだい」
「早い分には文句はない。ただ連絡するときには会話を聞かせて貰う。いいな?」
罠でもいいとは思っているが、確実に罠だとわかって行くのはただの馬鹿だ。それを掻い潜れるような実力がない限りは控えるべき。無駄死にだけはしたくない。
「ああ、それでいい。んじゃま道案内は任せてくれ」
「任せた。登坂は俺と同じ車に乗ってくれ」
「わかった。――あぁ、思い出した」
「何を?」
握手をしようと出しかけた手が止まる。
何故か安心や信頼を感じさせる瞳で登坂は答えた。
「――アンタの眼、崩さまにそっくりなんだよ。だからなんとなく信じちまったのかなぁ」
「……一度会って確かめたいところだな」
「その機会はあるさ。これから助けに行くんだからよ」
中空で行き場のなかった手を登坂が掴んで握る。
――そして、夜が明けた。
「こっちだ。足音は気ぃつけてくれ」
山形県山形市の外れ、山と一体化するようにその古い屋敷は存在していた。
雪の積もった山間部に入ってからはほとんど民家はなく、ここまで来る者はほぼ間違いなく霊媒師同盟員に限られる。つまり見つかれば即警戒、通報となる。
だが見つからなければ問題ない。先導する登坂は見かけによらず道をきちんと選んでいるようで、舗装した道路に山道、時には山の中を進み、屋敷に到着するまで誰とも会っていない。
今も裏口から入り込み、可能な限り人に会わないようにしているように見えた。
「この奥だ」
静かに良治は頷く。声は出来る限り出さない方向だ。後ろを注意しながらついてくる天音も言うまでもない。
今回同行したがった三人の中で良治は天音を選んだ。残った二人からは恨めしそうな視線を浴びたがこれには理由がある。
まず敵の拠点内部からの脱出を考えた場合、入り組んだ狭い場所での戦闘がメインになる。そうなるとまどかは厳しい。彼女は距離を開けて初めて真価を発揮するからだ。
そして逃げ切る機動力。これを結那と天音で比べると身軽なのは天音だ。更に隠れるという技能も天音に軍配が上がる。
こうした考えの結果、良治は天音を選んで山形の屋敷まで来た。もちろん後で二人には何かしらのフォローはしなければならないが。
残りのメンバーは山形市に入ってすぐ、登坂が安全だと言っていた場所で待機している。ただ霊媒師同盟の影響の強い地域なのでいつでも脱出できるように準備はしてある。
「入るよ、じいちゃん」
登坂がすっと襖を開けるとそこには白髪の男性が座していた。年齢の頃は六十代か七十代。しかしその眼光は鋭い。
登坂に続いて二人は部屋に入り、慣れた動作で正座をする。もう話し合いは始まっているのだ。
「初めまして、白神会の柊良治と申します」
「うむ。儂は山形を預かる鮭延と申す。と言ってもここに左遷されて一か月も経っていないがな」
笑う鮭延の表情に自嘲の色はない。未だ何かを諦めていない、そんな表情だ。
「じいちゃん、この人たちは真鍋を倒したいんだ。なんとか手伝えねぇかな。じいちゃんもアイツ嫌いじゃん。それに崩さまだってよぉ」
「まぁな。真鍋は儂が邪魔だったのだろうな。儂が本部から消えてすぐに動き出しおった。それが証拠じゃ」
どうやら登坂の言っていた通り、この鮭延も真鍋に対して良い感情は抱いていないようだ。
「失礼、鮭延さん。今志摩崩さまはどうなっているのでしょうか」
「表向きには療養中になっておる。だが、実際には軟禁との話だ」
「それでその隙を突いて真鍋が実権を奪ったと。この認識で間違いありませんか?」
「うむ。当主になった当初こそ崩さまは積極的に周囲への影響力を高めようとしたが、この五年ほどは霊媒師の育成に力を入れておった。しかしそれも真鍋に奪われたがの。そして……失った」
「……」
失った。それを奪ったのは良治たちだ。望んで奪ったわけではないが、相手からすれば決して気持ちのいいことではない。
それに先に手を出したのはあちら側だ。非難される謂れはない。
「厳しいことを言いますが、先に奪ったのはそちら側です。お忘れなきように」
「わかっておる。しかし電話で聞いたが、崩さまの命は助けてもらえるのだろうな?」
「はい。この計画に関わっていなければ、ですが。ただあくまで個人的な意見ですが、志摩崩さまは関わっていないと考えています。ですので――」
良治の言葉に鮭延が小さく頷いた。落としどころが見えたのだろう。
「ですので、命を奪う対象は真鍋と、それに追従する者たちに限ります。ただそれ以外に関しては責任は持てません。それは霊媒師同盟内部で処理出来なかった責任と思ってください」
責任者は処断するしかない。
そして命は奪わなくとも奪われるものはある。立場や土地、付け加えるなら金銭も含まれるだろう。
「……仕方あるまい。命だけでも残れば再生の道はある。崩さまもまだまだ先がある」
「ありがとうございます。こちらも無駄な命を奪おうとは思っていません。ですので恐山までの安全な道のりを教えて頂けませんか」
山形から恐山まではまだまだ距離がある。地の利がない良治たちだけではすぐに見つかってしまうだろう。霊媒師同盟が関東に来た時簡単に把握できたので、逆を考えれば当然だ。
登坂がいたとしても、さすがに大所帯すぎる。何かいい方法がないか意見が聞きたかった。
「そうさなぁ。ここの裏に大型のバスが一台ある。霊媒師同盟の者専用のものだ。古いがそれで行けば咎められることはない。零、お前が運転すれば完璧だろう」
「ああ、わかったよ。任せてくれって。ただあれってそこまで乗れたかなぁ。人数は確認しねぇとな」
「了解だ。鮭延さん、ありがとうございます。これから借りても?」
「いや、まだ人目に付くかもしれん。陽が落ちてからまた来るといいだろう」
確かにここまで車数台で来るのは目立つ。鮭延の言う通りにすべきだ。
「わかりました。あと、人払いをしてくださってくれてありがとうございます」
「協力を惜しむつもりはないからの。――崩さまに似た眼差しを持った者よ、崩さまを頼む」
「はい。――非才なる身の全力を以て」
「登坂としてはこれで満足か?」
帰り道、雪をさくさくと踏み締めて山を下りる最中前を歩く赤髪に声をかける。
鮭延との対面を提案したのは彼だ。本人としてあの話し合いの結果は満足のいくものだったのか。それが気になった。
「ああ、俺っち的にはなーんも問題ね。運転するのがメンドくさいってだけだな。崩さまの命さえ保障されりゃな」
「条件付きだけどな」
関わっているとは思っていないが一応付け加える。何があるかわからないので口に出しておくことは重要だ。
それと一つ、良治はある可能性をまだ排除していなかった。
(志摩崩は本当にまだ生きているのか……?)
配下であった真鍋がクーデターを起こした。そしてすぐに白神会に侵攻したのは結果を出して反対派を押さえ込むつもりだったのだろう。それは容易に想像がつく。
しかしそのまま邪魔者の志摩崩を生かしておくだろうか。それが良治には疑問だった。
確かにこの状況で殺してしまえば、まだ土台も出来ていない今真鍋が追い立てられるのは明白だ。そこまで頑強な土台があるとは思えない。
(少なくとも今はまだ殺せない状況。だとするとこの後はどうするか。……作戦失敗で強攻策には出られないはず。つまり殺せない。となると)
志摩崩を殺さないまま実権を握り続ける策。それはなにか。
「なぁ、これから真鍋は志摩崩をどうすると思う? 二人の意見が聞きたい」
わからないのなら聞けばいい。自分の考えが一番いいとも、自分が一番頭がいいとも思っていない。もっといい考え、何か糸口のようなものが発見できるかもしれない。
「俺っちはわかんねぇな。ただもしも殺したりなんかしたら黙ってらんねぇな。そう思うヤツは多いと思うぜ」
「……そうですね。私は結局のところ幽閉かと。おそらく今は恐山だと思いますが、今後はもっと人目に付かない場所へ移動。そしてしばらくしたら病死の発表でしょうか」
病死発表は即ち暗殺だ。すぐに殺しては問題があるのでそれなりに権力を得てから静かに殺す。ありそうな話だ。
「なるほどな。その線が濃厚か。まぁしばらくしたらって言ってもそんな時間与えないけど」
「あともう一つ奇抜な手が」
「奇抜な手?」
「はい。志摩崩は女性なのでしょう。いっそ結婚してしまえば安泰かと」
「……えげつねぇな」
さすがに良治もそこまでのことは考えられなかった。ドン引きだ。女性ならではの発想なのかもしれない。
「確かに崩さまは美人で独身だけどよぉ、それはそれで敵が増えるぜ。俺っちとかうちのねーちゃんとか。女にも人気らしいからなぁ」
「なら何か弱みを握って言いなりにする。そして子供が出来たらすぐに後継者にして完全に権力を握る。これがオーソドックスと言えばオーソドックスですね」
基本的に目の前の悪霊や魔獣などを倒すことしか考えていない、一般的な退魔士にはない考え方だ。
登坂も天音の発言に引いている。
「ま、まぁとりあえずみんなと合流しよう。なぁ登坂」
「お、おう。そうだな、合流したら夕方までゆっくりしよーぜ」
話を強引に打ち切って速足で雪を蹴散らしていく。
その後の天音の呟きは聞こえない振りをした。
「……既成事実を先に……これはありですね」
【既成事実】―きせいじじつ―
既に成立してしまった事実。
恋愛などに関して、付き合うなどの恋愛関係をすっ飛ばして関係を持つこと。または結婚に持ち込むために子供が出来てしまうことなどの事柄を言う。
恋敵が多く、付き合うことが難しい場合などで一歩先に抜け駆けをする手段。
これを思いつく女性は怖い。男性は『今日は大丈夫だから』などと言われても信用しないように。




