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劣勢

 男性にしては長めの黒髪に一房の銀メッシュ。体格はやや小柄ながらバランスよく筋肉がついていてそれを感じさせない。

 童顔は以前の印象とほとんど変わっていないが、目つきの鋭さと纏う雰囲気が打ち消して余りある。


(あの時は余裕で勝ったが、今回はそうはならなそうだな)


 富士山決戦での戦闘。

 父親の復讐を果たしたい少年と生き延びたい理由があった青年の、横槍の入らない一対一での戦いは良治の圧勝で決着していた。

 しかしあれからもう七、八年ほど経てば変わるものも多い。


(もはや一人前を超えて一流の退魔士? 少なくともその力量近くには達している気がするよ)


 復讐をしなければ、という想いは感じない。

 目の前にいるのは何かを超えようとする一人の退魔士だ。


「――ッ!」

(――馬鹿か俺は!)


 瞬きの間に踏み込んできた塞の突きを辛うじて躱す。握っていた棒で防ぐ選択肢の取れないほどの速さ。何処か甘く見ていた自分を叱りつけた。

 幸運にも何故か追撃が来なかったので良治は隙なく棒を構える。


(――悪くない)


 それは塞の力量に対してではなく、ただ真剣勝負が出来るこの環境、ただ勝負に集中できるこの状況に対してのものだ。

 良治は小さく笑って今度はこちらから前に出る。


 扱う武器は同じ、間合いも同様。

 棒同士が激しくぶつかる音が無遠慮に響き渡る。


(差が、ない!)


 良治の棒術はそれなりのレベルにある。そう自分では思っている。

 彼の『それなり』は最高レベルに比較しての『それなり』で、周囲から見ればそれは一流に属する力量。

 そして塞の力量は良治と遜色ないことを彼に叩きつけていた。


 先手を取った良治が、互角の時間を過ごした後徐々に後手に回りつつある。

 苦い表情の良治、表情を変えない塞。


「はぁッ!」

「――」


 ひと際大きな音を立て、塞の棒を弾いた良治が距離を取る。

 今の攻防の勝敗がどちらにあったか、それは当事者、そして敗者となった良治は痛感する。


(速くて重い。技術的にも穴がない。凄いなおい。負けるかもしれんな)


 数分前の自分の見立てが間違っていなかったことに安堵すると共に、少年が厄介と感じるほどに成長して自分の前に立っていることに何とも言えない気持ちを抱かせる。

 どうやって攻略するか。その道筋を探さなければならない。


(まぁ、そうなるか。認めるよ、少なくともお前は俺よりも優れた棒術士だ)


 良治は転魔石で棒を戻すと、ベルトに付けたポーチの中から別の転魔石を取り出し、武器を喚ぶ。握られたのは使い慣れた木刀、つまり良治が主兵装メインとして使っている剣技で勝負するということ。


「いくぞ」

「本気ということですか。それでこそ越え甲斐がある」


 そして、真っ向勝負の第二ラウンドが始まった。






「良治が、武器を変えた……?」

「まどかさん、それの何処が驚くようなことなんですか?」

「え、なんかあった?」


 観戦していた東京支部の面々の中で、まどかだけが少なくない衝撃を受け、それを隠せないでいた。まどかにとって何か大きなことが起きたらしいが、隣で見ていた天音と結那にはわからなかった。


「良治さんは相手に合わせて戦術を、武器を変えて戦うところを何回も見ていますが、今回は何が違うと……?」

「良治が刀以外の武器で、相手と同じ武器を使ってたのに途中で変えたの初めて見たの……」

「……そうかもしれません」


 天音は以前の良治の戦闘を片っ端から思い出していく。

 良治が相手と同じ武器を使ったことは何度かある。そしてそのまま相手を打倒していた。


「良治は相手の力量を見誤ったのね。珍し」

「そうとも言えますね。でもその理由は――」

「禊埜塞を意識し過ぎた……」

「そうだと思います」


 最終的には結那の言うように力量を見誤った。

 普段の良治なら珍しいミス。その理由は対戦相手、禊埜塞にあったと三人は結論付けた。


「でも、木刀なら良治は負けない。まだ終わってないもの」


 まどかの言う通りだ。ここからまた仕切り直し。劣勢でも何でもないのだ。


(――それでも、少しだけ不安ですね)






「リョージが武器を変えるほどの相手か」

「どういう意味ですか?」


 二階から見下ろすように観戦していた和弥は僅かに驚いたように呟いた。


「本当にビックリなんだが、そうだな……相手と同じ武器を使っていたのに変えるってどんな状況だ?」

「劣勢になっていたから……つまり負けている、負けそうだから?」

「その通りだ」


 妻の言葉に和弥は頷く。いつもは逆のパターンがほとんどだが、良治に関してなら綾華よりも和弥の方が知り合って長いし付き合いも深い。


「リョージはある意味負けを認めたんだよ。棒術での戦いは禊埜塞の勝ちだって。リョージは色んな武器を高いレベルで使える。だから同じ武器を使って負けることなんてなかったんじゃないか?」

「相手と同じ武器を使って勝つ、なんて良治さんも中々サディスティックですね。心まで折ろうとするなんて」

「あいつは敵には容赦ないし、二度と向かって来ようと思わないようにって感じだと思うよ。昔、高校時代か。巫女服の姉妹と戦った時も敢えて小太刀二刀で合わせて戦って、それで勝ってたし」


 遠い過去を思い出すかのように言っているが、まだあれから十年も経っていない。あの頃の経験の密度を考えると理解できないことではないが。


「では、この後の展開は?」


 良治は棒から木刀に切り替えただけで、まだ試合は終わっていない。問題はこの後のことだ。

 その言葉に和弥はニヤリと笑った。


「――なんだかんだ言ってリョージが勝つさ」












「ね、本当にこっちで合ってるの……?」


 不安そうな郁未の声が背後から掛けられ、元々明確な自信がなかった行き先に、優綺は迷いが生まれそうになる。

 森の中を進む選択をしたのは自分だが、明確な根拠あってのものではない。ただ――


「森に入ったのを見ました。しかし真っ直ぐに進んだかどうかはわかりません」

「朱音さんを信じて進みましょう。嘘を吐く必要もないですし、わざわざ出てきてくれたんですから」

「そうね……」

「ありがとうございます」


 森の手前で迷う優綺たちに助言をしたのは、大会中は黒影流の一員として活動をしている朱音だった。彼女が任された巡回ルート途中で走って森の中に入る男女を目撃をしたらしい。

 優綺からすれば情報を提供してくれた朱音は救いの神だ。これで判断を下すことが出来たのだから。


「わぷっ」

「郁未さん大丈夫ですか?」

「あ、うん。ヘーキヘーキ」


 森の中を進む最中、大きな木の葉が顔に当たった郁未に景子が声をかける。何回か会っているお陰か、特に悪い雰囲気はない。郁未の性格が良い方に影響しているのだろう。優綺としてみれば懸念が一つ消えてくれているので郁未に感謝していた。


「そろそろ結界の端に――いますね」

「朱音さん、よくわかりますね。黒影流って凄い……」

「ふふ、優綺さんもそのうちわかりますよ。では、集中しましょう」

「はいっ」


 最後方で全体を見てくれていた朱音が先頭の優綺に追いつき、提言する。気が利く行動に今度は自分が良治にこういう行動をしなければ、と決意をした。








「ぐはっ……!」

「ここまでだよ。さ、アレ・・を返して」


 大木を背にして苦しみの声を上げているのは館湯坂健也、目覚めと共に医務室を脱した男だった。

 やや目つきが悪い程度でなんとも特徴の薄い三十代くらいの男だが、その実力は相当なもの。それは大会予選を突破していることからも窺い知れる。

 隙なく館湯坂を追い詰める並橋平太もそれは良く解っている。試合で彼を負かした邁洞猛士はいないが、すぐに来てくれるだろう。


「へーた君、誰か来るわ」

「猛士かな。これで――」


 館湯坂から視線を動かさない平太の代わりに、後ろを見てくれている聖来が情報をくれる。聖来の声には鋭さ、普段の気楽さはそこにはない。

 優位が確実なものになる。そう思った平太の声がそこで途切れる。その理由は――


「これは……」

「え?」


 到着したのが親友ではなく、黒衣の騎士の弟子たちだったからだ。

 誰もが状況を把握できず、全員がその場に固まった――

【なんだかんだ言ってリョージが勝つさ】―なんだかんだいってりょーじがかつさ―

親友へ向ける全幅の信頼の言葉。彼が負けるとしたらそれは和弥自身も負ける相手ということ。

つまり自身が負けないと思える相手に彼が負けるとは思わない。

白兼和弥は親友を同格と認識し、永遠のライバルと感じている。

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