決勝トーナメント二回戦開始
「なるほど、二回戦目からは土俵は一つか」
「そのようですね。これならどちらかの試合を見逃す、なんてことにはならないので助かりますね」
曇天の中会場入りした良治たちが見たのは中央に一つだけの土俵。
当初三つの土俵を内包していて楕円形になっていた会場は、土俵が一つになった影響かだいぶ円形に近付いた形になっていた。完全に円形になっていないのは、そうすると観客たち全員が見られないという配慮からだろう。
ある程度距離を取っていた集団間がかなり狭まるが、なんとか皆が観戦出来るバランスのようだ。
「天音としては誰の試合が見逃せないんだ?」
「私が見逃したくないのは一人だけですよ。ただ他にも結那さんや優綺の試合も見ておきたいのは確かなので」
「なるほど」
「今日は午後から天気が崩れるとのことなので、それまでには終わるといいですね」
「ああ。出来れば自分の試合は早めに来てくれると嬉しいね」
既に曇天模様、今すぐ雨が降りそうな感じではないが山の天気は変わりやすい。自己都合だけなら一戦目でもいいくらいだ。それだけ雨の中の戦闘は面倒になる。
「ちょっと狭そうだけどシート広げるくらいは大丈夫かな」
「問題ないよ。向こうにも敷いてるグループあるし」
「ん、じゃ広げるね」
まどかがシートを取り出して広げる間に良治は周囲を見渡す。代り映えのない面々だが、緊張感を持つ者と持たない者の空気がはっきり分かれている気がする。
(あの三人は場所を変えたか)
昨日までは大会本部から会場を隔てた場所に居たが、今日は本部にほど近い場所に三人が立っている。
本部前の場所から結界の一部を解除して土俵に入るので、近い方が移動が楽というメリットはあるが大したものではない。良治たちが来た時には昨日までの場所付近はまだスペースがあったはずなので、仕方なく変えたということはないだろう。
(何かしらの理由はあるはず。じゃないとお館様とかと接近しそうなあの場所には移動しない)
間違いなく近くに黒影流の誰かが監視しているだろう。それも複数。それがわからない三人ではないはずだ。
「先生、気になることでも」
「いや、特には。それよりも優綺は緊張はあまりしてない感じか」
「不思議と、あんまり。変ですよね、緊張して当然の場なのに」
苦笑する優綺は本当に緊張をしていないように見える。リラックスしているとは思わないが、過度な緊張感もない。良い精神状態だと感じられる。
「へぇ、悪くないわね。自然体でいられることも一つの才能よ」
「結那さん……ありがとうございます」
普段なかなか他人を褒めることが少ない結那が、それも戦闘面でのことを褒める。その珍しさを知っている優綺は少し驚いた後、笑顔で頷いた。
東京支部組のコンディションは心身共に上々だ。少なくとも不調の者はいない。これなら組み合わせ次第で全員が突破を目指せるはずだ。
「あとは俺たちが当たらないことを祈るだけだな」
「……その可能性は考えていませんでした」
「組み合わせは作為的なところがあるからな。バラバラになってる可能性と敢えてぶつけさせる可能性は五分五分だな」
「皆さんと当たりませんように……!」
優綺からすれば良治も結那も天音も格上で実力差がはっきりとし過ぎている。祈るような気持ちもわかってしまう。
ここまで勝ち抜けてこられた実力は確かなものだが、それでも三人には及ばないのは明確だ。
残った人数は十六人。そこに四人残した東京支部は最大勢力とも言える。
故にここで対戦する可能性も十分にある。
(既に支部としては結果を残したと胸を張れる。あとはそれぞれが更に力を示すことが出来るかどうか)
良治の目標は今日の試合の勝利だ。と言っても良治が準々決勝進出を決めたところで誰も褒めてはくれないだろうが。
(みんな過大評価が過ぎる。ここで敗退する可能性だって十分にあるんだがなぁ)
良治の考えとしては、まず勝てない相手が複数居る時点で突破率がガクンと下がる。運は良くないと思っているので、つい悪い展開ばかりを予測しがちだ。それが彼をここまで退魔士として生き残らせている面もあるので一長一短ではあるのだが。
「――やぁ、みんなおはよう。昨日は早めに休めた人も多いはずだ。今日の試合も、うん、期待しているよ。では早速始めようか。天気も気になるしね。じゃあアナウンスを」
「決勝トーナメント二回戦を開始します。第一試合――神党《冷徹なる戦女神》如月風花、対戦相手――東京支部《黒鎌》潮見天音」
「これは負けらませんね。良治さんはどちらを応援してくれるのですか?」
「考えるまでもなく天音だよ。風花は強敵だが天音なら十分に渡り合える。アドバイスは要るか?」
「いえ、結構です。私の実力の方が上だと証明してきます」
強敵との対戦が決まったというのに天音は微笑む。
数年会っていなかったが、試合を見ててその実力は錆び付くどころか更に伸びているように感じた。
だがそんな風花に対しても天音は負けていない。そう良治は彼女を傍で見てきて思っている。
「ああ、頑張ってきて」
「はい」
力強く答えて、彼女は戦いに向けて歩き出した。
――如月風花。
神党の有力家の一つである如月家の現当主。神党党首の立花雪彦の側近。二年ほど前に結婚。それが縁で義弟である有馬角龍を弟子にする。
得意属性は風。細剣を扱う剣士。力強さよりも繊細さと正確さを強みとする一流の退魔士。
(富士山決戦では協力しましたが、同じ戦場というわけではありませんでしたからね。実際に戦闘を見るのは今回が初めて。どこまで参考になるのかは微妙ですね)
元陰陽陣の暗部に居たことがあるので隣り合う組織であった神党の情報も天音は勿論所持していた。
だがそれは数年前のものであり、今回の試合のものと合わせても十分とは言えないものだ。
共に戦い、戦友と呼び合う仲である良治なら詳細な戦闘方法や思考パターンを知っているだろうが、それを彼が口にしたことはないし、訊ねても答えてはくれないだろう。友人の退魔士の手の内を、例え彼女という立場とは言え答えてくれるとは思えない。
(それでも相手に比べれば情報は多いはず。ならば十分に渡り合える)
自分の技量は退魔士全体でも上位にある。周囲も同レベルで鍛錬を欠かしたこともない。少なくとも実力差が圧倒的にあるとは思えない。
(――だけど、それはきっと相手も同じ)
土俵に到着し、中央から良治たちの方に少し歩いて開始位置を定める。直後に到着した風花も反対側同じ距離で立ち止まった。
「準々決勝――はじめ」
「ッ!」
開始の合図と同時に前に出る。実力差が近ければ先手を取ることが大きく勝利に近付く手段となる。
一切動じることなく静かに構える風花の間合いに入らない位置から振るわれた棒は、完璧に木剣で受けられる。
(冷静。手の内がわからない相手に見から入るこのスタイルは良治さんと同じ――)
初手からカウンターを放つわけでもなく、風花はこちらの動きを何一つ見逃さないようにじっと観察している。
更に数度突きと払いを打つが的確に合わされてしまう。
「ッ!」
「!」
そこから速度を上げて連撃するが、相手も同じようにギアを上げて対応されてしまう。反応速度の高さに天音は驚くとともに、このレベルの相手と戦えることに少しだけ嬉しく感じてしまった。
(近接戦闘でここまで対応されるのは良治さん以来ですね。さすが彼が『戦友』と呼ぶだけはある)
戦闘への入り方が似ている点も彼が彼女に好感を持つ一因だろう。複雑な気持ちを抱くがそれは今は必要ない。一瞬で切り捨てる。
(――来る!)
「ハッ!」
大きめに棒を弾いた風花が方針を切り替える。様子見の時間は終わったということだ。天音は棒の先端を弾かれた勢いを殺さずに、握っていた方の先端で木剣の突きを受ける。
(速い、し鋭い!)
天音の周囲に刀剣の類で突きを主体にする退魔士はいない。良治も奥の手は突きだが、それ以外は斬撃が主体だ。あまり経験のない攻撃に、一気に緊張感が高まる。
(なら)
風花の間合いで戦うのは不利だ。天音の棒の方が間合いは広いが、そこで戦おうにも風花の突きは容易に間合いを詰めてくる。
それならば機動力を活かしたヒットアンドアウェイの方が不利になりにくいはず。
「ほう」
戦術を変え、土俵全体を戦場に広げた天音の速度に風花は感嘆の声を上げる。
常に背後を中心に死角から仕掛け、一撃二撃を与えながら風花の追撃を躱して次の攻撃の為に駆ける。
(――これでも決定打は)
三回に一度程度はヒットさせることが出来ているが、どれも決定打になりえていない。その理由を理解しているが今の天音には解決出来ないことで、それが悔しくもある。
天音は近接型の退魔士ではない。万能型と呼ばれているが魔術型の比率の方が高い退魔士だ。彼女は速度に自信はあっても筋力に自信はない。そこで敢えて大きく重量のある大鎌を使い攻撃力を補完していた。
それを良治には今回大鎌を使用できず一撃の重さが落ちていることを指摘されていたが、やはりそれはカバーしきれないもので、実力者である風花との試合でそれが露見してしまうことになってしまった。
「――行くぞ」
「――どうぞ」
動き回っていた疲労が回りだしたタイミングで風花が宣告する。ここで終わらせると。それを天音は堂々と受けて立つ。
(決着。どちらの結果が出るにしろ、ここで終わる)
二人の集中力が極限まで高まる。
これが最後の攻防。
共通の認識を持って、天音と風花は同時に地を蹴った――
【組み合わせは作為的なところがある】―くみあわせはさくいてきなところがある―
予選からここまで主催者の意向が色濃く反映されているのは、良治をはじめ彼を知る者たちの察するところ。それが問題になっていないのは彼が勝ち上がることを目的に操作しているわけではないからだ。
だがそれでも組み合わせの予想がつかないのは彼の思考パターンが非常に読み辛いが理由である。




