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黒衣の弟子への注目度

「《黒衣の弟子》と呼ばれ、あの男の傍にいる……時の流れは早いものだな」


 優綺の前に立つ茶色に染めた長髪のひょろりとした男は感慨深げにそう呟いた。


「先生をお知りで?」

「以前一度手合わせした程度だがな。歳若い少年が立派な青年になり弟子を取るほどに成長したことを嬉しく思っているのだよ」


 壮介とアナウンスされたこの男は良治を知っている。試合前に何か言いかけていたのはこれに関連することだろう。


(知っていて何も言わなかったのは、これも訓練の一環。何かに対応しなければならない……?)


「さて、そろそろ行くぞ」

「っ」


 言うや否や壮介が木刀を振りかざして一気に距離を詰めてくる。しかし優綺は既に棒を構えており、正確に上段からの振り下ろしをを防ぐ。キレや速度は申し分ないが、それでも良治の剣閃を見慣れている優綺にとって防ぐことは難しいことではなかった。


「悪くない、さすがは彼の弟子だな」


 距離を取りたそうな雰囲気の壮介に優綺は間合いの長さを活かして追撃するが、やはり歴戦の退魔士である壮介は上手くそれを捌いていく。


「これはどうかなっ」

「術っ!」


 僅かに優綺の間合いから離れたタイミングで壮介の左手から水球が放たれる。


「くっ!」


 テニスボールほどの球が数発。スピードはさほどではなかったが、近距離からの攻撃は避けきれず一発が優綺の右足にバチンと音を立てて大きな衝撃を与える。


(痛いけど、動く!)


 あくまで牽制の意味合いの大きな攻撃だったせいかダメージ自体はそこまでではない。衣服で直接見えはしないが打撲程度なはずだ。


「ゆくぞッ!」

「っ!」


 一瞬だが動きの止まった優綺から一気に後ろに跳び、土俵際から大きな声を上げる壮介。その気迫に優綺の足は止まり身構えてしまう。


「そぉいッ!」


 何かを隠すように背中を見せた壮介は次の瞬間、優綺の方に向けて何かを放つ。


「網!?」


 土俵全体を包むような巨大な網が優綺の視界と空を覆う。

 そして気付いた。


(《九十九里の投網投げ》ってそういうこと――!)


 彼の二つ名がそのまま戦闘方法に直結していた。それは他の退魔士たちと同様だったのだから、ある意味当然ともいうべきこと。恐らくこれが師が自分に言いたかったこと、アドバイスしようとしていたことだとようやく思い至った。


 投げられた網が落下し始める。しかし棒で破ったり断ち切れたり出来るのだろうか。相手にとって必勝の戦法だろうこの網は簡単にどうにか出来るものではない気がする。

 術でも燃やして断つには時間がかかりそうだ。優綺は火系統と風系統の初歩は扱えるが、そこまでの火力はないし風でどうにか出来るとは思えない。


(どうする――!)


 時間はない。網から逃げる場所はない。

 網をどうにかする手段も見つからない。


 優綺の視界の端に、壮介が笑うのが見えた。


(直接――でも)


 火でも風でも離れた相手を一撃でどうこうする威力はない。歴戦の退魔士が相手なら怯むことを願うのが関の山だろう。

 優綺に遠距離攻撃の手段はない。手にあるのは棒だけだ。


(なら――!)


 網はもう目前。絡め捕られればあとは無抵抗に攻撃されるだけだ。それならここで――


「ぁッ!」

「んのぉ!?」


 網が身体に触れる直前、優綺は最後の抵抗に思い切り棒を投げ放った。それは運良く網目をすり抜け、網を投げた体勢のままだった壮介の額に命中した。


「お、おお……」


 そのまま仰向けに倒れた壮介の身体は土俵外に出ている。意識ははっきりしないものの生きているのは確実だ。

 つまり――


「勝者――石塚優綺」

「か、勝った……?」


 網を被ったまま呆けたように呟く。その直後、歓声と拍手が巻き起こった。

 予選を突破した最年少者であり、《黒衣の騎士》の弟子が無所属とはいえ一人前の退魔士を下したのだ。本人が気付いていなかっただけで優綺の注目度は高かった。予選で椎名紅蓮と対戦したことも含め、参加者はこのルーキーに期待していた面があった。


「……――!」


 振り返った先の良治の笑みを見て、やっと勝利の実感を得た優綺は大きく頷く。


 医療班の者たちが壮介を運ぶのを横目に急いで師の元へ走る。転がっていた棒を回収するのは忘れない。


(勝てた……!)








「勝ったわね」

「ええ、勝ちましたね」


 内容としては一か八かのギャンブルの結果勝利を掴んだ格好だが、それでも勝利は勝利だ。

 格上の相手に勝利をもぎ取ったことに良治はこれまでの訓練が実を結んだことを実感していた。


「初見、実力的には上、相手の得意技を放たれた後……この条件で勝ったのは凄いわね。機転が利く上に頭の回転も速い。貴方の教えの賜物かしら?」

「優綺は元から出来る子ですよ。ただ自分は道筋を示しただけです。……それもこうやって結果が出て、初めて正解だったっぽいなと思えたところですよ」

「ちゃんと『先生』してるのね。私とは大違い。――あぁ、そのことには話をしないからね。聞きたいことはたくさんあるでしょうけど、それは本人からが筋でしょ?」

「そうですね」


 禊埜塞について話したいことはある。しばらく一緒にいたはずの彼女からなら多くの情報を得られるだろう。しかし彼女は話さず、良治もそれを良しとしなかった。


「君とはもう少し話をしたかったけど、優綺ちゃんが戻ってくるからそれはまた今度ね」

椎名紅蓮あなたにそう言われるとちょっと怖いんですけど」


 正直椎名紅蓮のことを良治は怖いと感じている。こうして隣で敵意なく話が出来ている状況でもだ。


「君が私のことを苦手に思ってるのは感じているけど、私は少しだけ親近感があるのよ。違うのはわかってるけど。……君の『負い目』は別に感じることじゃ――戻ってきたわね」


 声が届く範囲に入る直前、小走りの優綺が戻ってくる。

 良治としてはもどかしいが、先を促したところで椎名紅蓮ははぐらかすだろう。


 そしてそれよりも優先すべきことが良治にもある。


「先生、勝ちましたっ」

「うん、見てたよ。おめでとう。よくやった」

「――はいっ」


 満面の笑みの優綺を褒め称える。弟子の戦果と成長を喜ぶ以上に優先すべきことなどないのだ。


「優綺ちゃんおめでと。思い切りの良さは先生譲りかしらね。――またね」

「あっ、ありがとうございますっ。またっ!」


 現れた時と同じように突然去っていく。

 それを当然と思えて、更に格好良く見えてしまうのが椎名紅蓮という退魔士だ。白髪はくはつを靡かせて小さくなっていく背中を眺めながらその存在感を改めて感じる。


「第九試合――京都本部《暴炎の軍神》白兼和弥、対戦相手――《四国の若き勇士》朝倉俊二」

「和弥と朝倉さんか。これは楽しみだな」

「先生、対戦相手の方も知ってるんですか?」

「ああ。見るのは久し振りだけど」


 数年振りに見る朝倉俊二は更に体格が良くなっているように見えた。和弥よりもやや筋肉質で背の高い青年は、この対戦に心が躍っているようにも見える。


 彼は呼ばれた異名の通り四国出身で、四国を領する《北斗七星》の一員だ。陰陽陣での事件の際共闘した仲で、特に和弥と意気投合していたのを覚えいる。


「試合予想は?」

「難しいが、それでも和弥だと思うよ。まぁ俺は朝倉さんの予選を見てないんだけどさ。天音はどうだ?」

「そうですね、色々と加味して和弥さんかと。勿論朝倉さんが勝つことも十分にありますが」


 彼の予選は医務室に行っていた間に行われていたらしく、良治は試合を見るどころか彼の出場をロッジに戻ってからまどかに聞いたくらいだ。ちなみにその予選では名古屋支部の丹羽三郎を下している。


 天音は当時の事件で俊二のことを見ているはずで、そして今回の予選の試合も見ている。逆に最近和弥の戦闘は見ていないので良治とは逆の視点となるが、それでも彼女の予想は良治と同じ物らしい。


 和弥と俊二は笑顔で話しながら土俵へ歩いていく。昔話でもしているのだろう。確か俊二の方が少し年上だったはずなので今は二十代後半。今が最盛期と言えるだろう。


「それでは――はじめ」


 実力伯仲の対戦が、始まった。




【九十九里の投網投げ】―くじゅうくりのとあみなげ―

千葉県沿岸を主に活動範囲とする退魔士の異名。その名前の通り網を投げて相手を拘束し、その後倒すことを得意とする。

人間相手にも有効だが悪霊相手にも効果を発揮できるように数ヶ月をかけて作り上げた彼手製の逸品。ちなみに「壮介」と名乗る前の名前はあるようだがそれはもう捨て去り、信乃と共に活動することにしているらしい。

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