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東京支部防衛戦・後編

「ほう、やるなっ」


 この部隊の指揮官を務める二戸親信。ライオンの鬣のような髪型の男は撃ち合いながらも小さく笑っていた。


「それはどうもっ!」


 二戸の武器は重量のある棒だ。長さはおそらく二m半と良治は当たりをつけた。

 自分でも昔棒術を扱ったことがある。棒術の長所と短所は知っているつもりだ。必要以上に警戒することはない。


 確かに二戸の繰り出す突きはキレがあり、戻りの速度も悪くない。

 だがそれは今まで経験をしたことがない程ではない。

 良治は二戸以上の棒術使いの父子と戦ったことがある。特に親の方は凄まじい技量で生死を分ける激戦を繰り広げた過去があった。

 それに比べれば焦る必要はない。


「ふっ!」


 防御に専念していた良治は戦略を変えることにした。しかし防御しかしていなかったからと言っても押されていただけではない。良治の基本は対応にある。その最初の段階は相手の実力の様子見だ。


「っ!」


 今まで二本の小太刀を使って防御、いなしていた良治は徐々に一本で受けることを増やしていく。

 そして更にじわりじわりと一歩ずつ前に足を進める。二戸が動揺していくのが手に取るようにわかる。


「このぉっ!」

「それを待ってた」


 思い切り振り下ろした棒。それを良治は受けることもせず、ただ躱した。タイミングがわかれば難しいことではない。


「が……」


 自らの起こした土煙の中膝をつく二戸。その腹部には二筋の赤い線が刻まれて、夥しい量の血が噴き出していた。


「これで、霊媒師同盟も終わりか……」

「ああ、そうだな」


 腹から臓物が零れていく。もう助からない。命の灯が消えていく。


「何が目的だった?」


 この男は死ぬ。ならその前に聞けることは聞いておきたかった。指揮官である二戸にしかわからないことがきっとあるはずだ。


 だが二戸は小さく首を振る。特別なことなど何もないと言いたげに。


「……ただ、夢を見ただけだ。俺たちが、霊媒師同盟がこの世界を掴むという……夢、を」


 目から力が失われていく。そしてそのまま、大地に突き立てた棒に寄りかかるように二戸親信は最後を迎えた。


「――安らかに」


 良治は小さく祈りを捧げる。きっといつか自分も同じように死ぬだろうという予感がした。


 そして良治は気持ちを切り替えて他の戦況に目を向けた。


「――あ」


 小さく声を上げた良治の目に映ったのは、片腕を失い、血塗れで立ち尽くす利益の姿だった。持っていた槍は腕ごと持っていかれたらしく武器はない。

 凍夜と香澄は二人とも刀を納めている。それを見て戦闘はもう終わったことを理解した。

 もしかしたらもう利益は死んでいるかも。そう良治が思った瞬間、背中を向けていた利益が首だけ振り向いて――笑った。


「……二戸殿も討たれたか。しかし、楽しかった。身体の持ち主には少しばかり悪い気はするがな。だが……」


 血のせいでよく見えなかったが、利益は子供のように無邪気な笑顔だった。満足げな、精一杯生き抜いた者の笑顔だ。


「だが、やはり戦場いくさばはいいなぁ。某の、唯一の、心残り……」


 魂のようなものが天に昇っていく。そして――利益は動かなくなった。


(ああ、確か前田慶次は戦場では死ねなかったはず。だからあんなことを)


 前田慶次郎利益。通称前田慶次は関ヶ原の合戦時には上杉家に仕え、最上家と戦った。しかし関ヶ原での戦いはたった一日で終わり、上杉はそのまま撤退することになり利益の戦はそこで終わりを告げた。


 きっと戦場で果てることを望んでいたのだろう。彼の最後の言葉はそれを示していたように思える。


(……感傷に浸るのはあとだ)


 まだ戦闘は終わっていない。そう思った良治だったがこの場での戦闘はもうすべて終結していた。

 息を切らしながら夜空を仰ぐ結那と、足元で倒れる男。無表情の結那がこちらを向いて歩き出す。


「結那」

「久し振りに人を殺しちゃった。……ダメね。人を殺すつもりで殴る感触っていつまで経っても慣れない。肉や内臓を抉る感触、骨を砕く音……どれも嫌ね」

「そうだな、俺も同じだよ。今になって手が震えだしてる。……きっと慣れちゃいけないことなんだろう」


 人を殺す。それが必要なことが、そうしないと大事な人や物を守れない時がある。だがそれを率先して行いたいとは思わない。思えないことだった。

 小太刀を納刀してこつんと胸に頭を当ててくる結那を支える。


「……ちょっと、ごめん」

「気にするな。……すいません北と南に分かれて投降の説得を。指揮官は死んだと」

「わかったわ」

「ああ」


 神薙兄妹が去っていく。何の説明もないまま行ってくれる二人に感謝と申し訳なさを感じた。あとで改めて礼を言わないとならない。

 そう言えば一緒にいたはずの千香と正吾はいなかった。おそらく別の場所か本部にしてある道場で待機をしているのだろう。千香が戦闘向きでないことを考えれば後者か。


「っ……っ!」


 いつも強く、気持ち良いくらいに爽やかに生きている結那が声を殺して泣いている。声が漏れないように良治の胸に顔を埋めて。


 ここは戦場で、他の場所ではまだ殺し合いが行われているはずだ。それはきっと結那も理解しているだろう。今は泣いている場合ではない。


(そんなことはよくわかってるんだろうな)


 それでも心が、身体が動かない時がある。結那は今その時なのだ。


 軽く抱きしめながら頭を撫でる。一瞬反応して、更に結那は顔を強く擦り付けた。










「もう大丈夫なのか?」

「うん。今はそんな場合じゃないしね」


 結那が目元の赤い顔を上げたのはそれから三分後だった。切り替えの早い彼女らしい。どうやら立ち直れたようだ。


「じゃあまだ戦闘は終わってないだろうし戻ろうか……いや」

「何か気になることでもあるの?」

「ああ。そういやまどかが足を撃ち抜いた奴らって見てないなと思って。結那は見たか?」


 戦闘開始時に、結界に動揺して後方に連絡をしに行こうとしてまどかの矢に撃たれた敵が二人いたはず。しかし周囲にその姿はない。


「いいえ見てないわ。……奥に潜んでいるのかも」


 指揮官である二戸、そして一緒にいた利益がここまで出向いたということは連絡が届いたということだ。それなら連絡を終えた彼らは何処にいるのか。

 足を撃たれたが無理をして連絡をした。そして彼らはここにいない。


「だな。逃げたか奥で待機しているか。結界は解けてない。だとするとこの奥に……」


 東京支部と道路の間にある林。隠れるには適した地形だ。

 ただそこまで広くはなく、結界の影響で範囲は絞られる。怪我もしているので発見することは難しくないはずだ。


「探すの?」

「ああ。こっちは軽傷だし何とかなる。暗いから気を付けていこう」


 北と南での戦闘も気になるが、それよりも不安要素を確認しておきたい。相手は怪我人二人、これなら良治と結那で十分に対応が出来る。

 そもそも戦闘にはならないかもしれない。投降するならそれが一番良い。霊媒師同盟の話も聞いておきたい。情報は重要だ。


「油断はしないでな。怪我はしてるが霊媒は厄介だ」

「うん。あれは手強かったわ」

「……ちなみに結那の相手は誰だったんだ? 名前とか言ってたか?」


 昔の剣豪や武将などはよく名乗りを上げるイメージがある。あの利益も神薙兄妹に名乗りを上げていたし、当時は名を上げ有名になることが仕官するのに重要だったはずだ。名乗っていてもおかしくない。


「ええと……確か足利、なんて言ってたかしら。よく覚えてないわ。たぶん何とかてるとかだったはず」

「足利、何とかてる……」


 そして剣の腕が立つと来れば思い当たる人物は一人だ。

 足利義輝、室町幕府の第十三代将軍で剣豪としても有名な『剣豪将軍』だ。剣聖とも謳われた塚原卜伝から剣を教えられ、松永久秀に襲われた時も自ら剣を取り戦ったと言われている。


「ん、良治は知ってるの?」

「心当たりはな。もし本人だったのなら少し話でも聞いておきたかったな」


 歴史上の人物と話す機会など今後もうないだろう。

 剣を学び出してから昔の剣豪や武将、そして名刀などの逸話を知ることが好きになり、それなりに知識を増やしていた。なので近くにいたのなら話してみたかったし、出来るなら直接剣を交えてみたかったという想いはあった。


 二人は支部と道路を繋ぐ小道のちょうど半分まで来ると、そこから右折をして林の中をかき分けて進んでいく。

 葉擦れの音が響いてしまうがこればかりは仕方ない。足元も見えず、不確かな地面を探り探り歩く。


「っ!」

「!」


 良治と結那が前方からの小さな音に反応したのは同時だった。

 構えた瞬間に草むらから飛び出てきたのは刀を持った二人の霊媒師。瞬時に左右に分かれて対応する。


「ぐ……っ!」

「ぐえっ!」


 手負いの相手なら油断さえしなければそうそう負けはしない。

 良治は怪我をしていた足を小太刀の柄で叩き、痛みに悶える相手をうつ伏せにして組み伏せる。

 結那の方は斬りかかってきた腕を掴むと、そのままの勢いで投げ飛ばして抑え込みの態勢に入っていた。少しだけ羨ましい。


「霊媒を解け。殺しはしない。その代わり質問に答えろ」


 なるべく冷たく、簡潔に要求を突きつける。

 すると緊張していた筋肉が弛緩していき、霊媒が解かれたのを感じた。向こうの方も同様だ。


「よーし、助かる。じゃあ早速。今回の白神会への侵略の目的と総指揮官の名前を――!?」

「がっ!?」

「ぎゃあっ!」


 馬乗りになった良治の目の前、組み伏せた相手の首に小刀が突き刺さる。まるで瞬間移動をしたかのような錯覚をするほどに突然の出来事だった。


「えっ」

「結那ッ!」


 小刀は霊媒師二人の首を正確に捉えていた。あれは即死だ。身動きしていないのがその証拠と言える。

 小刀は何者かに投擲された。二人が殺されたのは投降しようとしたからだろう。そして次に狙われるのは良治たちだ。


「ぐ……! まだ来るぞッ!」


 結那に伸ばした腕に痛みと熱を感じながら彼女の盾になるべく仁王立ちする。

 意識を集中する。投擲してきた方向はほぼ掴めている。しかしもうそこにはいないだろう。

 微かな音を聞き落とさないようにするが、風が起こす葉擦れがそれを阻害する。小太刀の刺さった角度から木の上にいることは間違いない。そして今木々を渡って移動しているはずだ。


(音は……無理だ。気配も――掴めない!)

「良治、わかる?」

「無理」


 わからないことはわからない。

 あとは反射神経を競うゲームだ。投げられた小刀を致命傷を受けないように撃ち落とすゲーム。即死もあり得、かと言ってこちらから打って出ることは出来ないゲーム。


「クソゲーね」

「まったく同意見だけどそういう言葉はあまりっ!」


 鈍い鉄が当たる音。良治の右手に持った小太刀が当たってくれた音だ。

 当てたではない。当たっただけだ。一瞬殺気を感じたような気がして動いた右手がたまたま小刀を弾いただけだ。


「うひぃ、あっぶねー……」

「馬鹿っぽく見えるからそういう言葉は――」


 結那の言葉を遮るように飛び出してきたのは――天音だった。


「天音っ!?」

「今の者を追います。では」

「任せた!」


 一言交わしてすぐに林に消える天音。昔の彼女のことを思い出せば、闇夜の追跡など難しくはないのだろう。


「天音……? どうして?」

「たぶん俺たちが戻らないからこっちに来てたんだろうな。正直助かった」


 そして二人を発見した時にはもう霊媒師二人は殺され、姿の見えぬ襲撃者を警戒していたのだろう。

 そうなるとわざわざ姿を現すのは愚策。姿を消して襲撃者の位置を探る方が良いと判断した。そう考えるととても効率が良いと言える。

 一つ問題があるとすれば、一度は攻撃を受ける良治たちの安全だけだ。無事で本当に良かった。


「……ダメだな。やっぱり両方とも死んでる。天音がこっちに来れたってことは向こうはもうカタがついてる。戻ろう」


 結那も良治も天音の後を追うのは無理だ。それなら先に戻った方がいい。どれだけ情報を引き出せたかも気になる。


「わかったわ。まぁ天音ならどうにでもなるでしょ」

「ああ。じゃあ行こう」


 二つの死体は陽が昇ってから手厚く葬ることにして来た道を戻る。



 ――これで、東京支部の防衛は終わった。

 しかし良治の任された仕事が全部終わったわけではなかった。












「軽傷者たくさんに重傷者は二人、死者はなし。……これだけ聞くと完璧なんだけどなぁ」


 良治たちが支部に戻るとみんなが笑顔で迎えてくれた。

 誰も死ななかったと。みんな無事だと。勝利を得たと。仇が討てたと。

 どれも良いことだと思う。仇討ちに関しては少し思うところはあるが、それは仕方のないことだ。


 会議室、そして良治の私室として使っている部屋で良治は溜め息を吐いた。

 気になっていた天音も怪我一つなく帰投し、彼女の報告も聞いた。


 東京支部襲撃開始からの、全ての情報を全員から聞いた。これ以上増えることはない。

 だが一番欲しい情報は得られそうになかった。


「まさか自決するとはなぁ……」


 畳の上に寝転がり再度溜め息。しばらくは止まりそうにない。


 良治たちが担当した正門以外を襲撃した霊媒師たちは全て死亡していた。

 指揮官である二戸を討ったことを伝えた段階でまだ数名生きてはいたのだが、死地を見つけたかのように特攻してきたらしい。

 更に良治たちが気絶させて捕まえた霊媒師たちも意識を取り戻し、現状を把握するや否や術や隠し持っていた毒などで自ら死を選んでいた。


 結局霊媒師同盟の襲撃者、その全てが死亡し、情報は何も得られなかったということになる。


「あああああ……どうするか」


 相手の目的がわかれば交渉の可能性が見えてくる。二戸の言うように単なる侵略ならば仕方ないが、それはそれで曖昧になっていた地域の明文化など出来ることはあるはずだ。

 それが見えない。そうなると良治が目指す短期決着が不可能になる。

 最大限努力したと言えば何とかなるかもしれないが、良治自身まだ出来ることがあるはず、まだ全力を尽くしていないという自覚が、不完全燃焼さがあった。


「あ……起きてらしてたんですね。返事がなかったので」


 ふと目を向けるとそこには優綺が立っていた。どうやらまた意識を集中し過ぎていたようだ。


「ああごめん。それで優綺、何かあった?」

「ええと、お弁当です。……その、これからどうするんですか?」


 弁当を机に置くと優綺はそのまま良治の傍に座った。適当な世間話ではなく、ちゃんと聞きたいらしい。それを感じ取って良治は身体を起こして向かい合った。


「少なくとも襲撃はしばらくはない。東京支部に来た部隊は全滅してる。京都本部に向かった部隊も総指揮官一人を除いて全滅だ」


 戦後報告の電話を和弥にして確認したところ、やはり向こうも同じだった。捕まえた者は自殺してしまい、何の情報も手に入らなかった。

 これが霊媒師の意思なのか、降ろされた剣豪などの意思なのかはわからない。しかし霊媒が解除された段階で死を選ぶ者、投降しようとして殺された者と一枚岩ではないようだ。


「安全ってことですか」

「ああ。向こうの準備がまた整わない限りは」


 どれだけの戦力を本拠である恐山や各地の拠点に残してあるかは不明だ。しかしこれで完全に終わりということはないだろう。いつかまた、きっと襲撃は行われる。


 良治の最高のシナリオではこの襲撃で捕虜を確保、目的を聞き出したのちに霊媒師同盟のトップである志摩崩、もしくは総指揮官らしき男との交渉の糸口を掴みたかった。

 そしてそこまで行けばあとは白神会の交渉が得意な人物に投げればそれで良治の仕事はおしまい。そうなるはずだったのだ。


「また、来るんですよね」

「いつかはわからない。もしかしたら数年後になるかもしれない」


 さすがにそこまではわからない。情報が足りないからだ。


「……不安です」

「そうだな……あ」

「どうしました、柊さん」


 わからないなら調べればいい。不安があるなら取り除けばいい。


「――決めた」

「何を、ですか?」


 立ち上がった良治を見上げる少女。何処か期待するような瞳。


「陥とそう。このまま一気に。恐山まで」


【棒術使いの父子】―ぼうじゅつつかいのおやこ―

良治が十代の頃戦った相手。父親は死闘の末良治に敗死。その戦いは良治の中で三指に入る激戦だった。

父親の復讐に来た子は良治に戦いを挑むも敗北。彼の命を狙い続けたが、彼の在り方や殺し合いに対する臨み方を見て違う生き方をすることを決意。

今は父から受け継いだ棒術の腕を磨くため各地を放浪しているらしい。

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