各々の結果と呼ばれるはずのない名前
「貴方の弟子、なかなかだったわね」
「ありがとうございます。自分の想像以上でした」
優綺を天音に任せ、会場に戻る最中椎名紅蓮に声をかけられた。
話すのは初めてかもしれなかったが、顔を見るのは初めてではない。和弥が《魔王殺し》と呼ばれる切欠になった事件でお互い顔は認識していた。
歩みを止めない良治に紅蓮が横に並ぶ。
「最後のアレは貴方が教えたの?」
「いえ違いますよ。あれは優綺の独学です」
「そう。今のところ悪くはなさそうね。伸びるかはわからないけど」
「伸びますよ。間違いなく。――ああ、一つ訊ねたいことが」
しかしそこで受付前に到着してしまう。他の三人も既に土俵に上がっているようだった。
「それはまた今度ね」
「ええ。……嫌な予感はしていますが」
彼女には訊きたいことがあった。だがそれは今ではない。
自分の今すべきこと、為すべきことはただ勝つことだけだ。
「――久しいな、柊良治よ。まだ村雨は持っているのかな?」
「――ええ、大事に保管していますよ。まさかこんなところで会うとは思いませんでしたよ、信乃さん」
「ふははは、我はお主と会えると信じていたぞ!」
先に土俵に立っていた、体格の良い髭もじゃの男が豪快に笑う。信乃というこの男に良治は見覚えがあった。
高校時代に千葉でまみえたフリーの退魔士。
良治と同じ銘の村雨という刀を持ったことで、どちらが本物の『村雨』という銘を名乗るかを争った相手だ。最も、良治とすれば面倒な案件だったのであまりいい思い出ではない。
「それにしてもまだ『信乃』と名乗っているんですね。元の名があったでしょうに」
「わはは、気に入ってしまったのでな。今でもそう名乗っておる」
信乃とは南総里見八犬伝の登場人物である。村雨を手にしてから名乗ったはずで、それ以前は別の名、本名を名乗っていたはずで、元に戻していないということは本当に気に入ってしまったのだろう。
ここに来るまでにアナウンスされた名前を聞いていたので、もしかしてという気持ちがあり動揺はしないで済んでいる。知った顔があるというのは存外心強いものだ。
土俵に入って所定の位置で立ち止まる。正面に信乃、右に神党の女性退魔士、左には霊媒師同盟の男。霊媒師同盟の男は午前中にすれ違った一人と認識したが、もう一人の神党の女性は完全に初対面だ。
(というか神党からも来てるのか。もしかしたらトップの立花雪彦まで来てる可能性も?)
「第五試合――はじめ」
新党党首の立花雪彦は白神会総帥白兼隼人とは子供の頃からの友人と聞いている。実際富士山の一件では援軍として参加し、隼人、そして紅蓮と三人で魔王に立ち向かっていた。
彼が隼人に誘われていたならおそらく来るだろう。
「隙ありッ!」
「やぁっ!」
合図の声に反応せずに思考を巡らせていた良治に、両サイドから木刀が振るわれる。正面の信乃が動かずににやりと笑ったのが見えた。
良治は攻撃を避けながら二人の間を縫うように前に出ると、くるりと振り返り木刀を構えた。
(二人とも一人前以上かな。まぁわざわざ白神会の大会に出てくるんだから相当の使い手なんだろうけど)
実力不足の者を送り込んで惨敗すれば組織の評判に影響が出る。それを考えない立花雪彦、そして志摩崩ではない。
(となると、本当に勝ち上がるのは困難だな。目標を一つ下に設定しておいて良かった)
参加者の予想がつくにつれて自分の予想は間違っていなかったと思えてくる。正直想定外の強者の参加が多い。優綺と戦った紅蓮、そして今回の信乃だって油断できる相手ではない。
「せやっ!」
「やっ!」
男の方が先に、そして女が追撃をかける。
二人は前もって決めていたわけではないだろうが、まずは良治を落とすことで意見は一致しているようだ。
「ぐ……」
「うそ……」
「よっと。……まぁこれくらいならなんとか、ね」
白神会も同じだが、他組織の退魔士と言えど対人経験はさほど多くない。良治と比べたら雲泥の差がある。即席の連携では良治を崩せず、そうなれば一対一が二回あるようなもので強引に一撃を決めにいけばそのまま決着となりえる。
良治は信乃が動かないのを目の端で確認しつつ、二人を土俵の外へ出すと改めて木刀を構えた。
「すいません、お待たせしました」
「さほど待ってはいない。やはり強いの、柊良治」
信乃が持つのは村雨、では当然ない。長めの木刀を掲げてからの構えは愛刀を振るう時の癖だろう。
お互いにじりじりと間合いを詰めていく。
間合いは信乃が有利。体格も。
(だが技術はこっちのはず。捌ければ――)
打倒した二人とは雰囲気が違う。剣気とも表現されそうな闘気が信乃を纏っている。
「――ッ」
「!」
八相の構えから重く鋭い一撃が放たれる。良治はよく見たそれを正確に打ち払い返す刀で追撃するが、それは簡単に防がれる。
「ふ、さすがに決まらんか」
「余裕ありそうですね」
「まさか。ただ《黒衣の騎士》と再び打ち合えるのが――楽しいだけよッ!」
恵まれた体格、筋肉量の放つ威圧感をものともせず、良治は嵐のような斬撃を防ぎ、避け続ける。
そして――
「ぐ、あ……」
繰り返す連撃の中一呼吸置こうとした信乃の、その最後の一撃に鋭さがないことを見抜いた良治はそれを大きく打ち払うと、木刀の柄で最短距離である腹部に痛烈な一撃を与えることに成功した。
「続けます?」
「……いや、我の負けだ」
「助かります」
膝をついて苦悶の声を上げる信乃は素直に敗北を受け入れた。
追撃をしていれば意識を飛ばされていたのは間違いない。追撃をしなかった良治が甘いといえばそれまでだが、信乃は実力差を認める度量はあった。
「そういえば村雨は今でも持っておるのか?」
土俵から先に出た信乃が歩きながら問いかけられ、良治はほんの僅かあと。
「ええ、大事に家に置いてありますよ」
そう口にした。
「そうか。ならば良い」
嘘は吐いていない。
大事に置いてしまってあるのも事実だ。
折れた今でも大切な相棒なのは変わっていない。これも事実だ。
「それではな。まぁ敗者復活戦があるとの話だ、我はそっちで頑張るとしよう」
「……ああ、配られたルール説明にありましたね。参加人数次第で敗者復活戦が行われる可能性があるとか」
「ああ。なんとか勝ち抜いてみせる。またお主とやるかもしれんな。わはははは!」
大きな声で良治の背中を叩くと観戦の人混みに紛れて消えていく。
聞きたいことがあったのだが、特に大事なことではないのでそのまま見送った。知りたいことはきっとこのあと試合が進めばわかることだった。
「お疲れ様でした良治さん」
「正吾もお疲れ様。……負けたか」
「はい。まぁ、仕方ないかと」
苦笑いする正吾の向こう側に、満足気に長野支部員たちと談笑する祥太郎の姿が見えた。さすがに優勝候補には負けてしまったらしい。
「ま、敗者復活戦あるかもしれないし、それまでに細かな怪我とか治しておくといい」
「はい、そうします」
「じゃあ俺は行くところがあるから」
「あ、はい。では」
優綺の様子が気になる。怪我の程度が軽ければ敗者復活戦へ回れる可能性も伝えておきたい。
(あ……登坂負けたのか。大変な事態に)
医務室へ向かう途中、しょぼくれた登坂が正座で姉のいろはに小言を言われているのを見かけた。現状の霊媒師同盟では戦力としてみなされているはずで、負けたことにお説教を受けているようだ。
(となると高遠さんが勝ったか。陰陽陣としてはメンツは保てたって感じだな)
高遠も高遠で陰陽陣という組織の副長だ。戦闘向きではないとしても予選敗退という結果は組織内部に悪い影響を与えるのは考えるまでもない。
「第六試合――東京支部《拳闘姫》勅使河原結那」
「あっ」
見ておきたい、見ておかないとならない試合。
しかしその後に続く名前のアナウンスを聞いて、良治は優綺を優先することに決めた。
その後に呼ばれた名前に有名どころはいない。結那ならあっさりと勝つだろう。
まず先に優綺に顔を見せることが重要だ。
「第七試合――京都支部《闇梟》」
「……は?」
そのアナウンスは、良治の足を止めるのに十分な効果があった――
【ああ、一つ訊ねたいことが】―ああ、ひとつたずねたいことが―
探しても見つからないと思っていた椎名紅蓮に、もし出会うことがあるならば聞きたいことが良治にはあった。
それは良治がいなくなった間に姿を消した、ある者の行方。




