ルール確認
「よ、遅れてすまんな」
「遅れて申し訳ありません」
「いいよ、そっちは忙しいだろうに」
受け付けの建物を出て数分後、和弥と綾華の姿が見えた。良治とすれば大会運営で忙しい中わざわざ会いに来てくれただけでもありがたいことで、遅れたといっても数分、特に謝るようなことではない。
「二人とも久し振り。穏人くんは?」
「穏人は京都で預かってもらっています。兄は残念がっていましたが、運営に力を入れる以上仕方ありません」
「残念……」
まどかがしょんぼりとするがこればかりは仕方ない。大会運営といえども仕事の一部だ。
「リョージたちは今日泊るところとかわかってるのか?」
「いや。支部ごとにロッジでとしか」
基本的には各支部に割り振られたロッジに寝泊まりすることになっていると書かれていた。しかしその場所などは知らされていない。
「んじゃ改めて説明しながらそっち向かうか。
とりあえず今日正午まで受け付け、からの十三時から予選開始。組み合わせはその場で読み上げられるから必ず舞台近くにいること。で、明日は午前からトーナメント一回戦、明後日は午前に二回戦、午後から準々決勝。明々後日午前に準決勝で、午後から決勝の予定だ」
「かなりタイトだな。まぁ仕事のことを考えると仕方ないか」
「ああ、そういうことだ。全員が全員参加や観戦をしてるわけじゃないけど、大多数はここに集まってる。長々と拘束は出来ないさ」
ほとんどの退魔士がここにいる以上所属元の地域での仕事はほぼ止まってしまう。その間に良からぬことをしでかそうとする輩がいてもおかしくはない。それを考えてみると四日間の集中開催は当然の判断ともいえる。
「では私からルール説明と補足を。送ったテキストは良治さんのことですから二度三度見ているとは思いますが、禁止事項、失格の条件を。
武器は金属製の禁止、衣服や装備は金属製を含んでも構いませんがそれが戦闘に影響を与えたと認められた場合は失格。相手を殺害したり、退魔士としての活動に影響を負わせるような深手の場合も失格です。そしてこれが一番オーソドックスになるかと思いますが、舞台の外に身体の一部が振れた場合も失格になります」
金属製の武器等の禁止。
殺したり重傷を負わせた場合。
舞台の外に出された場合。
綾華が説明したことを簡単に纏めるとこのような形になる。特に問題はないだろう。
「ああ、あと審判が止めた場合もその場で試合が終わります。あまりないとは思いますが、やりすぎてしまう可能性が高まってしまった場合や、意識のない相手に攻撃しようとした場合、そこで勝敗が決します」
「ま、それはそうですね」
別に殺し合いをする為に戦うわけではない。死者が出そうなギリギリの死闘や気絶した相手を攻撃するような状況は避けたいのだろう。
「そんなところです。質問はありますか?」
「いえ。とりあえず今のところは。……そういえば霊媒師同盟の方々が来てましたけど、知ってましたよね?」
「はい、勿論。良治さんたちには黙っていて欲しいとのことでしたので伝えませんでしたが。その様子ですとお会いしましたか」
「ええ、先ほど。本人は出ないとのことでしたが、何人かは参加するようで」
登坂零をはじめ四人ほど。実力的には未知数だ。
わからないということが良治には怖い。警戒に値する情報だ。
「そうですね。白神会だけの大会にならなくて良かったと思います。やはり組織間である程度の交流は必要だと考えていますから」
「考えることが多くて大変ですね綾華さん」
「良治さんが担当してくれれば楽になるんですけどね」
「はは、それは無理ですね。申し訳ない」
「まぁそうですよね。……さて、着きましたね。こちらが東京支部、上野支部のロッジです。はい、こちらが鍵です」
案内されたロッジは結構な大きさで、これなら二つの支部員たちが寝泊まりするには十分だろう。
「それでは、また。時間には遅れないようにお願いします」
「またなリョージ。楽しみにしてるよ」
渡された鍵で扉が開いたことを確認すると二人は軽く手を振って戻っていく。まだまだ仕事が残っているのだろう。速やかな大会運営の為に遅刻だけはしないようにしよう。友人たちの助けには出来るだけなりたい。
「さて、準備しますかね」
それから優綺たちに連絡をし、東京、上野支部の全員が集合してから最後のルール、日程の確認、それぞれの個室の場所を決めてから早めの昼食。参加者はこれからのことを考えて軽めの方が良いと、観戦に回るまどかと葵がメインになって用意をしてくれた。支部員たちが一体となって大会に参加している感覚をとても有難いと良治は感じる。
「あー、正吾」
「なんですか?」
それぞれが大会の準備をしている中、良治は転魔石を幾つか出して確認しながら視線を向けずに正吾に呼びかけた。
「今は一緒に行動してるけど、ここにいるのは皆一人前の退魔士だし大人だ。別に無理して行動を同じくする必要はないからな」
「え? ……ああ、了解です。わかりました。それは大会中、ってことですよね?」
一瞬きょとんした正吾だが、すぐに良治の言いたいことを理解したらしい。
「ああ。好きに動いていいよ」
「ありがとうございます。向こうが良ければ、そうします」
「ん」
正吾には恋人がいる。それは長野支部所属で、あまり頻繁には会うことは出来ていないはずだ。
間違いなく長野支部からも参加者がいるはずなので、つまり今回の大会は絶好の機会のはずだ。もしかしたら来ていないかもしれないと思っていたが、正吾の反応からどうやらこちらには来ているようだ。
「っと。……」
「先生? どうかしましたか?」
「いや。浅霧さん今こっちに向かってるらしい」
「あ、説得できたんですね。よかった」
「……まぁ」
携帯電話を震わせたのは浅霧景子からの連絡だった。
良治は色々な状況から判断して景子を弟子というか東京支部の一人として迎えることを決めたが、それはこちら側だけのことで、彼女の両親にも確認をしなければならないことだと考えていた。
良治はその説得を本人にさせ、出来たなら了承すると伝えていたのだが、それが今朝ようやく終わったらしい。
「何時くらいになりそうですか?」
「たぶん夕方過ぎ、おそらく夜になるくらいかな、この感じだと」
「迎えは必要ですよね。何処まで来るんですか?」
「最寄り駅まで来るらしい。まぁそれでも車は必要だな」
優綺の言うように誰かが車で迎えに行かなければならない。最寄り駅とは名ばかりで、駅から徒歩だと軽く数時間かかる。山道で見通しも悪いことも考えれば車は必須だ。
「じゃあ、私が行くね。葵さんは一応残ってる方がいいと思うし」
「いや、まどかは……いや、任せていいか?」
「うん。たぶん私が一番空いてるし」
葵は東京支部長、碧翼流継承者という立場から現場にいた方がよさそう。あと観戦者は郁未と朱音とまどかだが、車の運転に慣れているまどかが最適だろう。郁未に運転させるのは怖すぎる。到着する前に行方不明になりそうだ。
「じゃあすまないけど任せた。朱音、悪いけど一緒に行ってくれるか」
「はっ、主様」
「助かるよ」
お互い顔を知っている朱音がついていけば間違えることもないだろう。これで問題はないはずだ。
ちなみに朱音の良治に対する呼び方は、最初は微妙な空気が流れたが今では慣れてしまったのかスルーされている。
「――よし、行くか」
「はいっ!」
元気よく返事をした優綺。良治はそれを心強く感じる。
(緊張は少しあるけど気負いはない。良い精神状態だ)
精神面でも一人前になってきている。
きっとこの先、もっと伸びるはずだ。
(だがまずはこの大会。結果を出してほしいね)
ますます楽しみになった大会に、良治は笑みを浮かべながらロッジを出た。
【郁未に運転させるのは怖すぎる】―いくみにうんてんさせるのはこわすぎる―
以前一緒に行った三宅島での出来事が深く良治の心に残っている為、可能な限り郁未に運転はさせるべきではないと考えているらしい。
なお郁未は東京に戻ってから運転はもちろん練習もしていないようだ。




