東京支部防衛戦・前編
「――来たッ!」
「正面、たぶん十人くらい!」
「了解!」
良治が感知した瞬間、まどかがその人数を周囲に叫ぶ。目の良いまどかを屋根の上に配置したのはこの為でもある。
「良治はちょっと下がってよ。危ないから」
「十人くらいいるなら下がっても意味はないよ。全員突出しないように気をつけて」
「まぁそれもそうね。でも先陣は譲らないわよ?」
既に戦意を高揚させてる結那にはあまり言っても意味はないようだ。格闘家の血が騒いでるらしい。以前も強敵や難敵に出会った時、彼女はこんな感じになる傾向にあった。
「こうなった結那さんは止めるだけ無駄ですよ。上手くこちらでサポートしましょう」
「だな……って天音はずっとそうしてたんだろうな」
「よくおわかりで」
結那はどんどん先に進んでしまうので、それをどうにかするには同じスピードで進み彼女の死角を埋める他にない。
まどかでもサポートは出来るだろうが、視界のいいところでないと矢は届かないし乱戦にも対応出来ない。性格的にも振り回されるのが目に見えているので無理だろう。
「良治さんの役目だったはずなんですけどね。私の苦労も少しは理解してくれたら助かります」
「悪かったよ天音。――さてそろそろお喋りは終わりだ」
一枚の結界が破壊されたことを感じ、自然と両手に持った二本の小太刀に力が入る。
残る結界はあと二枚。この暗さでも集団が近づいて来てることが感じられる。
「……最初から全力だな。余力はないと思う。これなら外側の結界で全員囲めるはずだ」
正門に十人ということは良治の予想人数の半数となる。そして前回の宇都宮支部襲撃と重ねると、他にも背後以外の場所から襲撃があるはずだ。
(正面に十。なら両脇に五ずつくらいか。後備えはない、もしくは数人。あと気になるのは――)
利益と呼ばれた、良治を見逃した男。実のところその男の正体には心当たりがあった。しかしそうだったら本当に厄介で、まともにやり合いとは思えない。実際に蹴散らされてしまっているのだから当然だ。
「二枚目!」
「天音、やるぞ」
「はい」
結那の言葉を合図にして良治と天音が精神を集中しだす。いわゆる一般的に『魔法』と呼ばれる術の準備だ。
術は身体を流れる力の流れを読み取り、それを集中させ、術者のイメージを頼りに具現化するものの総称だ。具現化するものは術者によって異なり、炎や水、風や雷、砂や光など多岐に渡る。
ちなみに具現化することを苦手にし、身体能力の強化を得意とする者はその得意な武器によって近接型、遠距離型などに分類される。
「蒼空と草原に宿りし風を司りし精霊よ――」
「招くは水 捧げるは火 導くは我――」
二人が今使用しようとしているのは普通の術より高位に位置する詠唱術と呼ばれるものだ。
詠唱術はその名の通り詠唱が必要で、その大仰な言葉はイメージを拡大、容易にする力がある。勿論大きくなった力を制御する技術も必要になり、一人前の魔術型の退魔士、つまり魔術型七級になるのは詠唱術の習得が必須となる。
「我が呼び声に応え立ちふさがりし者に荒れ狂う暴風を――」
「塔をも押し流せし濁流よ――」
結界が破壊されると同時に詠唱術を放つ。この作戦を伝えた時に聞かされた彼女の種類と階級は良治の予想を上回っていた。
潮見天音という退魔士は近接型六級と魔術型六級、その二つを高いレベルで併せ持つことで許される万能型も持ち。更に特別な能力を持つ退魔士だけの特殊型、それも五級。気になる階級は結那と同じ第四位階級と、白神会トップクラスの一流退魔士と言っても過言ではない実力者になっていた。
「全てを吹き飛ばす春の突風に晒されよ!」
「我が願いに応じ荒れ狂え!」
詠唱が終わったその数秒後。空気の入れ替わるような感覚、そして強い戦意が、殺気が良治たちを包み込む。――最後の結界が破壊されたのだ。
「完成せよ! 春華暴風!」
「濁流瀑布!」
目も合わせず、並んだ二人はタイミングを合わせて同時に詠唱術を放つ。良治の指向性を持った暴風、天音の河を具現化したような濁流はお互いを干渉しないまま、結界を破壊して走り出そうとした霊媒師同盟の退魔士たちに襲い掛かった。
「ぐあっ!」
「ぎゃああ……っ!」
濁流に押し流される者数人。それを見て躱そうと大きくジャンプした者もいたがそれを良治の術が吹き飛ばして流されていく。
「なんのこの程度! 皆の者……っ!?」
良治の術の効果は単発放出系統に属し長くはない。天音の方は持続放出系統でもう少し続けられるが敵に接近されると対応を遅れるので同時に切り上げる。これは打ち合わせていなかったので彼女の判断だ。
そして態勢を立て直して再度走り出そうとした彼らの足を止めたの結界の違和感だった。つまり作戦通り千香と正吾が結界の起動に成功したことを示していた。
(あの二人も終わったら褒めてやらないとな)
まだまだ半人前と思っていた後輩はもう一人前らしい。認識を変える必要がある。そのことがとても嬉しかった。
「新たな結界か! ……二人ほど確認に行け、二戸殿に報告もだ!」
一人が動揺しながらも指示を出している。
あの男がこの場の指揮官と見当を付けたのは良治だけではなかった。
「はぁぁぁぁっ!」
「天音、結那を頼む、離れすぎないように!」
「はい!」
まさに猪突猛進という言葉が似合うように、指揮官に直進していく結那。そのサポートを天音に任せて、良治は術で吹き飛ばれたあと立ち上がってきた者たちの相手をすることにした。
(二人が倒れたまま、二人は結界の確認に走った。指揮官は結那たち)
こっちに向かってくるのは五人。やはり当初の予想は的中していたようで、自分の感覚が戻りつつあることに自信を深めた。
「っ! まどかか!」
頭上を通り過ぎる雷矢。一直線に奔ったそれは背中を向けて後方に向かっていた者の一人の足に刺さる。もんどりうって倒れる味方を助けようとしたもう一人の足にも二の矢が突き刺さる。
恐ろしいほどの精度。それも手加減をしてだ。
以前見た彼女の力なら、本気を出せば腕の一本や二本軽く吹き飛ばすほどの威力はある。今回は相手が人間、殺さないように、それでいて身動きを取れないように調整したのだろう。
柚木まどか。《蒼雷の射手》と渾名される名手。師から譲り受けた《雷迅》の名を持つ弓を愛弓としている。
その実力を遺憾なく発揮していた。
「――ッ!」
「きええええっ!」
まるでロケットのように突撃してきたやや頭の寂しい相手の刀をすんでのところで受け止める。
小太刀を二本使っても後ずさる程の勢いで、良治は意識を目の前の敵だけに集中する。前回も思ったことだが、今の良治には誰もが強敵だ。
「ふっ!」
鍔迫り合いを続けようとした相手を、左の小太刀でいなして右手を振るう。しかし身体を掠めることも出来ずあっさりと躱される。
距離を僅かに取ったところで相手の気配を探ると、やはりというか当然というか相手は霊媒を使っているようだ。二重の気配に侍のような身のこなし、どこぞの名のある剣士なのだろう。
じり、と地面を擦る音が聞こえる。生唾を飲み込もうとした瞬間、その僅かな切っ掛けを待っていたように前に出てきた。
心臓までの最短距離が見えるように放たれる刺突。最も避けにくく、最も殺傷能力が高いその一撃を良治は見切れなかった。
「ぐぅっ……!」
だが見切れないなら見切れないなりに出来ることは出来る。
「貴様っ!」
左手を文字通り盾にして、致命傷を免れる。言うのは簡単で、思いつきもするだろう。だがそれを思いついた瞬間に迷わず実行できる人間は少ない。傷付くことを恐れない、ある意味死を恐れない覚悟の先にあるものだ。
例えそうしなければ心臓を突かれて死ぬのがわかっていても、咄嗟に行動できるかはその場にどんな覚悟で立っているかに左右される。
そして良治は自分の命を軽く考えているきらいがあり、考え方もデジタル寄りだ。むしろ当然とも思いながら左手を犠牲にした。
「がぁ……っ!」
刀を刺されたまま左腕を捻り動きを制限させ、思いっきり腹に右拳を捻じりこんだ。右手に持っていた小太刀は殴る時に手放して地面に転がっている。
崩れ落ちた髪の毛の薄い霊媒師が、完全に気を失っていることを確認する。二重になっていた気配も消え、どうやら霊媒状態は解けたようだ。
「ぐ……」
刺さっていた刀を抜き応急処置に治癒術を使いながら周囲を見渡す。
結那は相手の指揮官に付きっ切り、天音はその結那を攻撃しようとする霊媒師を二人をいなしている。
もう一人の霊媒師は一と遥が相手をしていて、パッと見は押している。あの二人のコンビネーションならいけそうだ。
状況を確認して良治は後方へ下がることにした。現状正門は膠着状態。自分が浮いているだけ有利だと言える。
小太刀を拾って正門の影に隠れている翔に声をかけた。
「すいません、翔さん。それなりに動かせるくらいの応急処置を」
「わかった。でも結構な出血量だから無理はしないで」
「はい。正直復帰してから怪我が絶えないので全然足りてないんですけどね」
「良治君は血の気が多い方じゃないから不安だね。――戦況は?」
シャツの袖を捲り上げ、貫かれた二つの傷両方から治癒術がかけられる。自分の使うものとは全く違う効果の高さに内心舌を巻く。
さすが医術士を輩出することだけを目的とした宮森家の技術だ。良治の使うかじっただけの技術とは雲泥の差がある。
一瞬蒔苗のことを思い出す。加奈の時は未熟だったが、バスの中での良治の治療はまぁまぁ及第点だった。彼女に必要だったのは技術ではなく経験だったのだと今更ながら気が付いた。
「こっちは何とかなります。治療が終わって俺が行けば戦況は一気に傾くはずです。……そろそろいいですかね」
「ちょっと待って……よし、行っていいよ。致命傷を負う前に戻って来てくれとみんなに伝えて欲しいな」
「はい。問題ないようならすぐにでも下がらせますから。では」
夜の闇を睨み付けながら再度戦場へ駆け出す。
気配や大きな声などの変化がない以上、戦況は変わっていないはずだ。
走り出した良治の背中を見送り、一人門に残された南雲翔はまだ戦闘が終わっていないにも関わらず安堵の表情を浮かべていた。
(一番危なっかしい良治君が深手を負わないまま有利に動いている。これなら彼が無茶をする必要もない)
戦況が不利なら迷わず命を投げ出したり、危険を顧みずに逆転への賭けに出る傾向があることを長い付き合いの彼は知っていた。
そしてそうなった場合悲しんだり苦しんだりするのは良治ではなく、周囲の者。特に良治を慕っている女性たちだ。
「その辺をもう一度ちゃんと言わないと。だから無事に戻ってくるんだよ」
「んな、ばかな……ッ!」
「悪いな」
「ふ、かく……」
膝から崩れ落ちる霊媒師。さすがに霊媒状態で剣の達人を憑依させていても、死角からの攻撃は避けられなかったようだ。
「すいません、助かりました」
「あ、ありがとうございます」
「むしろ横入りして悪かったとも思うけどな。あのままでも勝てただろうし」
良治が打ち倒したのは一と遥が相手をしていた霊媒師。二人と戦うことだけでもかなりの苦労なのに、そこで死角を突かれればなす術はなかった。
良治がこの相手を選んだことの理由は簡単だ。二人がかりでやや優勢だったので、もう一人加わればすぐに終わると思ったから。実際には予想よりも簡単に出来てしまったので満点だ。
「二人とも怪我はない……みたいだな。なら二人は南側の眞子さんと鷺澤さんの援護を。あとはそっちの指示を仰いでくれ」
「はい!」
「は、はいっ」
二人を見送ってから良治は踵を返して結那と天音の戦っている場所へと向かう。簡単にやられるとは思っていないが二対三、もしもの可能性は付きまとう。
それでも先に一たちを優先したのは、こちらは一人やられたらすぐに押し切られると感じたからだ。逆に結那たちは片方がやられてもそのまま一方的にやられることはないはずと考えた。
それに良治はこういった場合は身内を後回しにする傾向が強い。これは無意識だったが、身内にははっきりものを言う彼の性格が出ていた。
(離れたか)
三対二の構図は良治が彼女らを視界に入れた時点では完全に崩れていた。結那と指揮官、天音と二人の霊媒師と分かれており個別の戦いとなっている。それは良治にとって好都合だった。
「っ!」
彼女に似つかわしくない、大鎌を振るう天音と目が合う。
その瞬間彼女は左手の人差し指に嵌めてある、獣の刻印をしたリングが光った。
「ガァァッ!」
「な、魔獣だとっ!」
「馬鹿な、何処から!」
彼女の持つ指輪から突如現れた黒狼。赤い瞳の魔獣は驚愕で動きの止まった一人にその爪を振り下ろした。
「ぐ……! くそっ!」
「一旦距離を取れ――がっ!?」
「どうし――」
距離を取れと指示をした霊媒師の声が途切れ、それに振り返った者も最後まで言えずに地面に倒れ伏した。ピクリとも動かないが、良治も天音も刃の部分は使用していないので死んだわけではない。意識を失っただけだ。
「お疲れ。無事だな。さすが天音」
「ありがとうございます。一度翔さんの所まで戻ったようですが怪我の具合は?」
「もう少しなら動けるよ。大丈夫だ」
腕を軽く回してアピールする。その仕草に天音の表情がすまし顔から渋いものに変わった。
「……本当に大丈夫ならそんなアピールはしないでしょう、良治さんは。肩と腹部もまだ傷が開きやすい状態なのですから無理はしないでください」
「あー、気を付けるよ。おお、ぶち。久し振りだな。元気だったか」
「……まったく」
心配の声を適当に流して黒い狼、ぶちの顎下を撫でる。恐ろしい魔獣なのに小さく、気持ちよさそうに鳴くのがとても可愛い。
この天音の喚び出した魔獣はぶちといい、一般的に魔獣と呼ばれる退魔士の敵だ。しかしぶちは産まれてすぐから彼女と一緒に過ごしてきた為、彼女に害する者以外は攻撃しない。
ちなみに『ぶち』なのにぶち柄ではない。『ぶち殺しなさい』の『ぶち』だ。
「最初からぶちを使わなかったのは?」
「良治さんが昔言ってたんですよ。切り札はギリギリまで見せるなって」
確かに昔彼女と戦闘をした時に言った覚えがある。約七年前のことなのによく覚えているものだ。良治は素直に感心した。
その時の戦闘では良治と天音の奥の手の出し合いという出し惜しみのないレベルでの殺し合いになっていた。それが今ではこういう関係なのだからこの世界はわからない。
「まぁ確かに言ったな。それにしても『使役士』としての腕も落ちてないようだな」
「別に磨くほどのものでもないですし、一度身に付けてしまえば苦労はありませんから」
使役士。それが天音が特殊型の肩書きを持つ理由だ。
魔獣など普通飼いならすことの出来ない生物を使役する。それが使役士だ。伝承レベルの話で、少なくとも良治は彼女以外の存在を知らない。御伽噺では竜をも従えた聖女もいたらしいが、それは完全に伝説の話だ。
「そんなもんなのか……まぁいい、天音は北側へ。結那の所は俺が行く」
「二人で向かった方が良いのでは」
「大丈夫だよ。それにそのうち裏手の神薙さんたちもこっちに来るはずだ。それよりも対人戦闘に慣れていないとこを支えてあげてくれて」
「そうですね……わかりました。ぶち、行きますよ。……ご武運を」
ぶちに乗るかと思ったが、普通に走っていく一人と一匹。そう言えばぶちに跨った天音の姿は見たことがないなと思いながら彼女たちを見送った。
北に天音、南に一と遥。そしておそらく戦闘になっていない裏手からこちらに神薙兄妹と千香、正吾が来る。
戦局はこちらに優位に動いている。それは間違いない。
だが良治にはまだ懸念があった。
「――ッ!」
良治は走り出した。全力で、真っ直ぐに、結那の元へ。ある気配に気付いたからだ。きっと結那も気付いたはず。
だが戦闘中の結那は対処できないかもしれない。自分なら難しいことだ。
「結那ぁっ!」
叫んで更にスピードを上げる。そしてその視界に結那と指揮官の他に、こちらに向かってくるもう一人の姿が見えた。
赤い革ジャン姿の派手な衣服の男を良治は忘れてはいない。
その男は良治を見るとにやりと口角を上げた。
「はっ!」
「ぐっ!」
男は目標を結那からこちらに変更すると槍を突き出す。走りながらの刺突にも関わらずその鋭さは前回と変わらない。いなすのが精一杯だ。
すれ違いざまに立ち位置が入れ替わったので良治が結界側、男が支部側を背にして向かい合う形になる。
ふと少し離れた結那たちを見ると、向こうもこちらの状況が気になったらしく距離を置いて様子見に入っていた。
「やはり此処にいたか。だが以前と同じでは某には勝てんぞ?」
にやにやと笑うこの男の言う通りだ。良治はどうしてたって勝てない。賭けに出ることは出来るが分が悪い。
賭けに出て勝てればそれでいいが、やはりそれは最後の最後に打てる手がなくなった時だ。まだやれることはある。
「――利益殿。そいつがお主が見逃した者か」
「おお、そうだ。この時代にも気概と実力のある者がいて嬉しくなったのでな」
まるで獅子の鬣のような髪型をした男は結界側、つまり良治の背中側からゆっくりと歩いて来た。
「っ」
挟み撃ちはまずい。万が一にも勝機がなくなる。
男が立ち止るよりも前に真横に跳び、二人と結那たちが見える位置取りにする。
これは良治の本能のようなものだ。彼は見えないことが一番怖いと感じてしまう。
あるかないかわからない。それはまだいいが、確実に何かがいるのにそれを認識できないことが耐えられない。一刻も早く現状を確認したくなってしまう。
そして、気付いた。
「……あんたがこの部隊の指揮官か」
「ほう、わかるか。やはりこんな後方からゆっくりと来ればばれてしまうな」
「それもそうだが、あんたは『霊媒』をしていないじゃないか」
今まで戦ってきた者たちにあった違和感、二重の魂や意識の感覚を獅子髪の男から感じ取れない。
つまりそうすることが出来ない。それは冷静に戦場を見、判断することを求められているからではないか。
降ろした魂の都合ではなく、霊媒師同盟としての都合を優先する者。それが指揮官、責任者でなくて何者だというのか。
「俺の名は二戸親信、霊媒師同盟戦闘部隊『黒曜』の隊長……になる予定だ」
「予定?」
「この作戦が終われば、だがな。悪いが本隊の奇襲が失敗した以上、ここでお主らを皆殺しにしなければ優位には立てん」
失敗の報告はしっかりと入っているようだ。それでいて襲撃を敢行したということははじめからそれが目的だったとこ言うこと。
「通行不可の結界だが、皆殺しにすればいいだけだ。これだけの規模、術者は必ず結界内に存在する」
下の者には伝わっていなかったが、少なくともこの男、二戸には動揺はない。楽しそうに笑うだけだ。
「長話はそろそろ終わりに。某はもっと槍を振るいたいのだが」
「もう利益殿の謹慎は解こう。戦力的にも暴れて貰わねば困る」
まずい。この状況は非常にまずい。
利益一人でも手に余るというのに更に二戸が加わるとなると一瞬で勝負が決まる。
(時間稼ぎすら――来た!)
「む、新手か」
利益がつまらなさそうに振り向く。
そして数秒後、暗闇から現れたのは二人の援軍。
ペアルック姿がこんなにも心強く思えたのは人生初のことだった。
「――遅れてすまない」
「ごめん遅れたっ!」
「間に合いましたよ。助かります」
神薙兄妹に深く感謝する。本当にあと一分遅かったら殺されていただろう。
「二戸殿、某はこの二人を相手したいのだがいいかね?」
「仕方あるまい。しかしこの者はいいのかな?」
「見逃したはいいがこちらの方が楽しそうだ。もし終わった後にそ奴が生きていたなら続きは任せてもらうが」
「ふむ。いいだろう」
勝手なことを決めて二人はそれぞれの相手に向かい合う。
しかし良治たちがやるべきことはただ目の前の相手を打ち倒すこと。誰が相手だろうと関係はない。
良治としても敗北を喫した相手が自分から興味を失い、他の者に勝負を挑んだことに思うところは少ない。少しだけ癇に障っただけ。それは無視できる程度のことだ。
そもそも戦力が不安だったので良治が二人を呼んだのだから抵抗はほぼない。
「では二戸殿に倣って某も名乗りを上げよう。
――某の名は前田慶次郎利益! 天下御免の傾奇者なりッッッ!!」
【使役士】―しえきし―
動物や魔獣などを操る退魔士の総称。調教や洗脳、その他の能力で操るなど手段は様々。
一般的に動物よりも魔獣の方が使役は難しく、魔獣の使役士の存在は非常に稀有。何故なら魔獣を従えるには、魔獣が生まれた時期から育てるか、もしくは魔族としての力が必要なため。
動物や魔獣を思い通りに扱えれば有効な戦力になりえるが、一人前になるまでの時間や使役する動物たちの世話など大変な一面も多くなろうとする退魔士は少ない。




