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武芸大会会場入り

「長時間運転お疲れ様」

「ん、ありがと」


 マイクロバスを最後に降りて大きな伸びをした結那に良治は労いの言葉をかけた。長距離の運転だったがさほど疲れてはいないらしい。

 東京支部と上野支部の面々を乗せたマイクロバスが到着したのは京都中央部にある、とある山中。つまり本日開催される武芸大会の会場だ。


 東京支部と上野支部から大会に参加するのは良治、結那、天音、優綺、そして正吾の五人。参加はしないが観戦するのが葵、まどか、郁未、朱音、そして医療班の一員として翔が同乗することになった。

 大人数で向かう場所が同じということで良治が一緒に行くことを提案し、東京支部に前泊して同行することにしたのだが、そこには僅かな私情と効率が混じっていたのを知るのは本人と相手の二人しかいない。


「まどか、楽しそうね。この間もこの辺来たんじゃなかったっけ?」

「微妙に場所はずれてるよ。源三郎さんの鍛冶場はもう少し北だ」

「ふーん。ま、楽しそうならいっか。その為に東京支部寄ったんでしょ」

「……ま、そういう面があったのは否定しないよ」


 ばれていないと思っていたがバレバレだったらしい。


 図星を突かれた恥ずかしさを隠すように前方を歩く皆についていく。するとすぐに大きな新しめな建物が姿を現す。もしかしたら今回の為に建てられたのかもしれない。隼人ならそれくらいしてもおかしくはないだろう。


「良治君、こっちだって」

「了解です」


 先を歩いていた葵が案内役の少女と会話をしてこちらに声をかけ、ぞろぞろと皆で真新しい白い建物の入口へと向かう。


 入口すぐの受付には簡易な長机に数人の京都支部の事務員たち。良治は見覚えのある者に軽く目で挨拶をしてから参加希望とルールの用紙に自分の名を書き記す。続いて結那と天音、正吾と優綺が緊張しながら目を通して署名していく。


 署名を終えて周囲を見たが知り合いはいないようだ。と言ってもそもそも数人しかいないのでそれも当然だろう。東京支部は良治の指示で受け付け開始時刻ちょうどを目指して到着している。午前中いっぱいは受け付けをしているのでこれからみんな来るはずだ。


「良治君、みんな受け付け終わったって」

「了解です。じゃあ時間まで自由時間ですかね。葵さんはどうします?」

「私たちはまず隼人様に挨拶に行かないといけないから。上の階にいるみたい」

「わかりました。じゃあ俺は和弥たちと会っておきます。一応もう一度日程と会場の確認をしておきたいですし」

「わかったわ。何かあったら連絡してね」

「はい。……じゃあ」


 葵と翔が奥の階段に向かうのを見届けてから振り向く。

 まだ時間はあるし、和弥に会っておかなければならない。ただ全員でぞろぞろと行動はしなくてもいいだろう。


「優綺たちの行動は任せる。向こうに待機部屋があるみたいだからそこで休んでてもいいし、周辺を見て回るのもいい。ただ一人では出歩かないこと。正吾、悪いが頼んだ」

「わかりました。じゃあとりあえず部屋に行こうか。出歩くならその後で」

「あ、はい」


 正吾が歩き出してすぐに何か言いたそうに優綺がこちらを見るが、結局そのままついていく。郁未は疲れていたのか素直に、朱音はおそらくこの後彩菜のところに行くだろうがとりあえず部屋までは行くことにしたらしい。


「さて」

「私たちはついていくわよ。いいんでしょ?」

「ああ。三人がそれでいいんなら」

「是非」

「一人で行くつもりならそう言ってるもんね」

「まぁそうだな」


 残った三人の意思を確認しながら和弥にメッセージを送る。忙しいかもしれないが携帯電話のチェックはマメにしているはずなのでそう時間はかからず返信が来るだろう。


「ん?」


 人の集まり始めた受付、その中に知った顔が混じっていることに気付いた。


「知ってる人?」

「まどかは会ったことなかったか。あの人は――」

「こんにちは、柊様。お久し振りでございます」

「……こんにちは、志摩なだれ様。お元気そうで何よりです」

「えっ」


 まどかに説明をしようと視線を外した隙に、瞬間移動でもしたかのようなスピードで近付いて挨拶をしてきたのは霊媒師同盟の盟主・志摩崩だった。

 ちなみに良治は崩が来ることは知らされていない。崩からも綾華からもだ。だからこそ一瞬見間違えかと思ったし、反応が遅れてしまった。


「ええ、柊様も。……そちらはもしかして、柚木まどかさんで……いえ、この話題はまたいずれ。柊様は大会に出るのですよね」


 まどかと崩は初対面、紹介しておこうと思ったがあちらが引いたので止めておくことにする。周囲に人も多く、あまりプライベートなことは口にしない方が無難だろう。


「はい。崩様は観戦ですよね。なら――」


 ちらりと崩の後ろに立つ、トサカ頭の青年に目をやる。


「はい。登坂れいはじめ、四人ほど霊媒師同盟からは参加する予定です」

「なるほど。楽しみですね。活躍を期待しております」

「ありがとうございます。それでは、また」

「はい。失礼致します」

「――ああ、一つだけ」


 入口の方に意識を向けた瞬間、声をかけられて止まる。こういったタイミングでの引き留めは大概悪い話だということを経験で知っている。


「なんでしょうか」

「いえ、東京にいる者たちがお世話になっております。その話も、いずれまた」

「――はい。了解致しました」

「では」


 結局去ろうとしていた良治ではなく崩を先頭にして霊媒師同盟の集団が先に去っていく。行き先はさっき葵が向かった方向なので彼女たちも隼人に会いに行くようだ。

 崩、登坂、そして当然の如く世話係の登坂の姉のいろは。更に数人いたがその中に大会に参加する者がいたのだろう。あまり強そうとは感じなかったが。


「どうやらバレているようですね。対応はどうしますか?」

「そうだな……」


 天音の問いに頭を悩ませる。考えていなかったわけではないが、霊媒師同盟の方針が重要になる事柄なのでこちらで一方的に決めることは出来ないでいた。


 誘拐事件のあと白神会に拘束された三人の霊媒師たちとその家族は、一時的に東京支部に預けられた後、事情を詳しく話してくれていた。

 良治自ら立ち合い、宮森成孝や笑う熊とどんな話をしたか、動機はなんだったのか。背景を含めて聞けるだけ聞いたのは事件当日から三日後、五日間かけてだ。


 彼らの話を纏めると、盟主である志摩崩の柊良治への依存にも似た信頼、その不満を宮森成孝たちに付け込まれることになったこと。しかしこの決断は自分たちで下したもの、自分たちの意思であったこと。

 霊媒師同盟から飛び出したのでもう帰る場所はないこと。自分たちはともかく妻と子供の命だけは助けてほしいこと。その際には復讐などはしないと誓わせること。


 十分な時間と期間を使って聞いたので、彼らからの情報はすべて本当のことだと良治は判断していた。彼らを誘った宮森成孝、笑う熊は散り、黒猫はこちら側に引き取られている。嘘を吐けば黒猫の証言と嚙み合わなくなる可能性は高く、それがわからない者たちではないだろう。


 この件を霊媒師同盟に突き付けて何かしらの要求をすることは出来る。だがそれをすると組織間のバランスが更に崩れ、少なくとも組織の人間からは白神会の下部組織として認識されてしまう可能性があった。

 そしてそれは良治の望むところではない。


 それ故に彼らを引き渡すことも連絡をすることもなく、現在東京支部近くで肉体労働に勤しんで貰っている。処断しても誰からも文句は言われないだろうし、それだけのことをした自覚から彼らも覚悟している。ただ良治は自分の蒔いた種だと認識しているのでそこまで苛烈な判断は出来なかった。


 最終的に霊媒師同盟から何か言われない限りは現状維持ということを総帥の隼人に認めさせ、今に至る。誘拐事件解決の功績はこれですべて相殺となったが、良治とすれば特に問題はなかった。


「良治としてはどうしたいの?」

「現状維持でスルーしてもらってれば良かったんだけどな。気付かないでいてくれれば最高、だったんだけど」

「でもバレちゃってたし、それはもう無理ってことかぁ」

「そゆこと」


 まどかの言う通り現状維持は難しい。ただ相手側からわざわざ自分たちの不利になるようなことを申告してきた以上、何かしらの意図や理由はあるはずだ。それが何かはわからないが。


「大変ね、考えること多くて」

「まったくだ。俺も結那みたいに戦うことだけ考えてたいよ」

「別にいいんじゃない? きっとまどかと天音がどうにかしてくれるから」

「自分がやるとは言わないんだな」

「私には向いてないわよ。それに私より出来る人がいるなら任せた方が効率いいじゃない」

「ま、そうなんだけどさ」


 戦闘一辺倒だと思われやすい結那だが、その思考はシンプル故に無駄を省く傾向にある。この辺は良治に近しい部分かもしれない。


「結那さんは他に出来る人がいなくなればやりますし、問題なくこなすでしょうね。単に考えるよりも身体を動かす方が好きなだけかと」

「ん、そうね。そっちの方が好きね」


 上野支部に来てからコンビを組むことが多くなっている二人だが、それまでも付き合いが長かったこともありお互いをよく理解しているようだ。とても安定感がある。


「っと」

「和弥から?」

「ああ。今こっちに向かってるって。外で待っててほしいと」

「うん、じゃあ行こうか」

「ああ」


 どことなく楽しそうなまどかが先導して人の多くなってきた受付を抜けて建物を出る。


(――ん?)


 その途中でどこかで見たような顔があった気がしたが、結局良治はまどかに手を引かれて通り過ぎた。気のせいかもしれないし、もし以前会ったことがあればそのうち思い出すだろう。




【……そちらはもしかして、柚木まどかさんで】―そちらはもしかして、ゆずきまどかさんで

結那と天音の二人には会って話したことがあるが、最後の三人目であるまどかとはこの場が初対面。崩は密かに大きな興味を抱いていたらしい。

良治の、一番の特別。いったいどんな女性なのかと。

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