良治と弟子たちの参加の可否
「――とまぁ今日こんな経緯があって浅霧さんを上野支部で雇うことになった。……優綺、今後少し負担が増えるだろうけど大丈夫?」
「あ、はい。それは大丈夫ですけど。……先生、以前私が言ったこと覚えてたんですね」
「それはもう。今回はそれを踏まえてこうなった」
「そうですか……ありがとうございます」
「そこでお礼を言われるのはおかしい気がするけどな」
リビングに集まって夕飯を終えた後、良治は今日の出来事を話した。
優綺と朱音は最初は緊張気味に聞いていたが、段々と話の結論を予測したのか聞き終わる頃には普段通りに戻っていた。
「朱音も平気かな」
「はい。私は主様が決めたことなら。私は何かすることはありますか?」
「朱音は……そういえば上野支部のみんなには姿を見せているけど、あまり表に出ない方が良かったりする?」
黒影流は姿を現さない。ならやはりこれ以上認識されるような状況は良くないかもしれない。
だが朱音は静かに首を振った。
「特に姿を現さないようにの指示は受けておりません。そこは主様の裁量で決めてくださって構いません」
「そっか……なら今後も今までと同じように。あと訓練は積極的に参加してくれると嬉しい」
朱音は厳密には弟子ではない。なので訓練に出る義務はなく、その時間帯は結那や天音と同じく仕事や見回りに出ていた。
「はい。わかりました。今後はそのように」
「ありがとう」
良治としてもそこまで強要していいのか迷っていたが、本人が良いと言うなら問題ないだろう。
既に一人前のの朱音を訓練に組み込む意味。
それは優綺の引き出しを多くする為、そして朱音の部隊戦や連携向上の為だ。名古屋の事件では急増にしてはなかなか上手いこといったようだが、それをより緻密に、安定させたと考えていた。
「そんなわけで、浅霧さんは来年いっぱいまでは弟子として扱う。それ以後は彼女次第だ」
景子に出した条件の一つに弟子として扱うが、退魔士としてやっていけそうになかったら良治の元を去るということを出してあった。
上野支部で勤めてもらうが、一年経ったら良治の判断で別の支部に異動する可能性がある。しかしそれまでは責任をもって鍛え上げると。
残りの条件は一般的な退魔士とは違い、普通の家庭に育ち両親も健在ということで、家族にも退魔士ということは秘密にすることだ。これは表向きには京都ホワイトサービスとなっているので誤魔化せるだろう。
あとは良治や他の皆の指示をきちんと守ることといった基本的なものだ。しかし剣道部出身で体育会系の性格に思える景子には問題ないかもしれない。
「――で、だ。郁未からは何かあるか」
「ごめんなさいぃっ!」
夕飯の前から今まで完全に無言だった郁未ががばっと両手をテーブルについて頭を下げる。きっと今まで生きた心地がしなかっただろう。
「過ぎたことだ。別に怒っちゃいないよ。ただ」
「……ただ?」
「今後はちゃんと周囲を確認すること。適切な対応を心掛けること。それで無理なら無理で構わない。出来ないことは求めてないよ。 その後にしっかり自分の足りなかったこと、出来なかったことを課題として認識して訓練に生かしてくれさえすれば」
「う……はい」
「声が小さい」
「っはい!」
顔を上げた郁未が自分の反省点を認識してくれればまた成長できる。後悔は後悔として残し、しかし前に進まなくてはならない。
大きな声を出すことが吹っ切るきっかけになり得ることを良治は知っていた。
「よろしい。ならこの話は終わり。だけど郁未、これから一番負担が増えるのは郁未だからね。そこは理解して頑張ること。自分で言い出したことなんだから」
「うん。私も頑張りたいって思ってたから。……そうしないと、みんなに追いつけないって」
「……そうか」
優綺の成長にばかり目が行っていたが、郁未も確実に成長している。退魔士として、そして一人の人間として。
(――なら、俺も頑張るしかないか)
郁未の向上心。それに触れた良治は保留にしていたことに結論を出した。
「俺も武芸大会に参加するよ。弟子たちが頑張るのなら、それに見合った師でありたいからね」
「先生も……!」
「やたっ、大会見るの楽しみっ」
喜ぶ弟子たちを見てやはり参加を決めてよかったと感じる。彼女たちには笑顔でいてもらいたいし、それは良治自身の活力にもなる。
(ま、少しくらいはカッコいいところ見せたいしね?)
そんな良治の姿を見て更に弟子たちのやる気が増せば素晴らしいループだ。おそらく途中で良治が疲れて止めるだろうが、それまでは繰り返しても構わない。
これで上野支部からは良治、結那、天音、そして優綺の四人が参加となった。あとは綾華に連絡をして正式決定となる。
(……面倒だが浅霧さんの件も話しておかないとな。綾華さんは新人が増えて喜ぶだろうけど)
有望な新人が増えることは組織にとって喜ばしいことだ。だが違った意味で、つまりまどかの友人という立場からは冷ややかな視線が送られる可能性はある。良治としてはそれがないことを祈るだけだ。
「――了解致しました。ではその浅霧さんも日程に問題なければ京都まで連れて来てください。その方が色々と手間が省けそうですし」
「……まぁ、そうですね。大丈夫そうなら連れていきます」
その夜綾華に連絡をすると、更に面倒が増えてしまった。だが結局のところ一度は挨拶が必要なので仕方ないともいえる。
「それでお願いします。あと先程支部のアドレスに開催場所とルールの詳細を送っておきましたので上野支部の参加者で共有しておいて下さい」
「了解です。わからないことあったら聞く感じで?」
「はい。読んで問題があれば連絡してください。内容については喋れませんが」
「わかりました。では」
「はい。失礼しますね」
綾華との電話を切り、すぐに送られて来てるはずのメールを探す。
「……なるほど」
ファイルを開くと最初に日時、開催場所、アクセス方法が並んでおり、最後に大会のルールが羅列されていた。大会の開催趣旨が日時の前に書かれていたが、興味はなく特に意味もなさそうなので今は読み飛ばしておく。
舞台は屋外で直径三十Mほどの円形。地面は土で仕切りは俵。つまり巨大な土俵のようなものらしい。
武器や装備だが金属製は不可。木刀などの木製の武具が主流になりそうだ。ベルトやピアスなどはつけてもいいが、戦闘に僅かでも関与したとみなされた場合は失格。
例によるとベルトを殴った相手が負傷した場合、殴られた相手が失格となるらしい。つけないのが無難だろう。
あとの失格条件は舞台から外に出て地面に触れること、意識を失うこと。そして相手を殺してしまった場合、退魔士として生きていけなくなるほどの重傷を負わせた場合。最後に自ら敗北を認めた場合となる。
「ん?」
負けを認めることの下に更に注意事項があった。これが最後だと思っていたので少しだけ疑問に思ったが、確かに必要なことだなと良治は納得した。
――大会参加者への危害を加えることの禁止。
これは実質闇討ちの禁止だろう。組織内で行う者はいないとは思うが、宮森成孝のような人間もいるかもしれない。その防止だろう。
しかし良治は気付かなかった。この注意事項が書かれていた理由が、彼が読み飛ばした部分にあったことに。
【開催趣旨】―かいさいしゅし―
この度開催される武芸大会は日頃より切磋琢磨し研鑽を積む退魔士たちの成果を発揮する場である。
これは白神会だけでなく、他組織や野を流離う退魔士たちも対象で、普段目にすることのない技術を存分に吸収して貰いたい。
尚優勝者にはひと月分の有給休暇と賞金一千万円を贈呈するとする。
参加者の皆の健闘を祈る。
白神会総帥・白兼隼人




