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vs黒影流継承者

 その男が姿を現した途端に痛いほどの陽射しが暗雲に遮られ、敵対していないにも拘わらずどうしても緊張感が場を支配した。


 浦崎雄也。それがこの男の名だ。

 黒影流継承者、総帥の懐刀。

 白兼綾華、柊彩菜、江南朱音の師。

 そして――《影裂きのユーヤ》。


「……いえ、何故貴方がここにるのかと。目的は宮森成孝でしたか?」

「そうだ」

「…………なるほど」


 端的に言葉を発し黙る。続きを待ったが出てこない。

 そこで以前――もう十年近く前になるが――会った時、酷く無口だったことを思い出した。


「加勢しなかったのは?」

「既に戦闘中だった。死ねば戦っていた」


 浦崎が到着した時にはもう成孝と良治は戦闘中だった。そして良治が敗北したら自分が戦うつもりだったと。そういうことらしい。


 ――対立するつもりはない。


 その伝言を思い出す。これを聞いたのは彩菜から。深夜の来訪時。郁未を紹介しに京都に行った時だ。

 天井裏に潜んでいた浦崎を郁未が見てしまった。その夜にわざわざ彩菜が伝えてきた言葉。


 今は、良治には。そんな意思が隠れていそうな言葉だったことを覚えている。


「いくら貴方でもあの連絡があってからここに来るには早過ぎでは?」

「宮森成孝は監視対象だった」

「黒影流の誰かが監視していた、と」

「そうだ」


 それは納得が出来る。ずっと監視していたのであれば、緊急の報告が行った原因は石川支部の支部長の件か。

 その場で介入出来なかったのはあの《笑う熊》が傍に居たせいだろう。


「それで、これからどうします?」

成孝アレを運ぶ。それだけだ」


 成孝の死体を黒影流で運搬、処理するということだろう。本当にこの男の仕事はそれだけのようだ。

 黒影流継承者が、浦崎雄也がこんな場所まで出張ってきたのは何故かと思考する。

 相手が宮森家の者だったから。周囲に実力のある外法士がいたから。


(いや、単純に彼一人で来るのが一番早かっただけ、か?)


「わかりました。それでは――なッ!?」


 良治が納得をし、成孝の死体の方へ二人ともが意識を向けた瞬間。

 浦崎の足元に出現したのは五芒星。そして瞬時に結界を構築すると同時に、内部に何か紫色の煙が充満していく。


 良治が行ったことではない。目の前にいた良治が行動を起こせば、必ず浦崎は回避する。回避できる。

 そして良治の目に犯人が見えていた。


「決まったッ!」

「――黒猫ッ!」


 浦崎の三Mほどの位置で灰色のマントから姿を現した、パーカー姿の小柄な女性。トレードマークの猫耳フードは被ってはいない。

 しかし何よりも普段と違うのはその執着心が前面に出た目だった。


 その歪な笑顔に良治は思い出した。黒根が何故白神会を抜けて逃げ出したのかを。

 ――――や。簡単にゃ。上司うえについていきたくなくなっただけにゃ。


(まさかこう来るとは!)


 黒影流に追われている。逃げ続けるにも限度がある。ならば倒してしまえばいい。

 彼女はその結論に至ったのだろう。


「これでもう逃げなくて大丈夫――」

「ッ!?」


 目的達成の歓喜の声を上げようとした黒猫の背後に、まさに黒い影。その正体など推測するまでもない。良治は反射的に飛び出し――


「ギャッ!?」


 黒猫を思い切り蹴り飛ばした。

 手加減などする余裕はなく、黒猫はごろごろと草むらを十M以上転がっていく。


「――何故、邪魔をした」


 大振りな、それでいてシンプルなナイフを持った浦崎が静かに問う。


「それは」


 良治が喋り出すと同時に五芒星の結界が割れ、内部に溜まっていった煙が風に浚われて霧散していく。


「対魔族用の結界にあの熊特製の毒だったのに、こんなに簡単に……」


 立ち上がることすらせずに呆ける黒猫。彼女にとって会心のタイミングと策だったことを理解する。

 そしてそれは失敗した。そうなれば待つのは死のみだ。それを彼女は悟ってしまっている。


 ――そして、再度浦崎が消える。


「ッ!」


 移動場所は読める。しかし槍はもう転魔石で還している。喚び戻す時間などありはしない。良治は即座に風の術を座ったままの黒猫のすぐ頭上に放つ。


「――何故、邪魔をする」


 再度の問いかけ。

 先程は答える前に結界の破壊と黒猫の呟きがあって答えられなかった。いや、正直なところ良治は反射的に動いてしまっただけで、明確な回答は持ち合わせていなかった。

 だが。


「……なんだろうな。たぶん――」


 これを口にしてしまうと、なんだか駄目な気がして言い淀む。しかし諦めて言葉を続けた。


「――情が移ってしまった、んだろうな。きっと。だから助けたんだと思う」

「《黒衣の騎士》、さん……」

「まったく、ここまで計算尽くだったなら、大した奴だよホント」


 術を放つと同時に走り出していた良治は槍を喚び出して、少し距離を取っていた浦崎と対峙する。


「黒猫、動けるか?」


 黒猫を守るように背にし、浦崎との間に立って座ったままの彼女に話しかける。

 浦崎と真剣勝負をするつもりはない。出来れば話し合いで解決したいところだが、少なくとも一時的に戦線を離脱したいところでもある。


「……戦闘は無理かにゃあ……」

「腰でも抜かしたか?」

「や、実はあの毒ってほんの少しでもヤバヤバで……死にはしないけど、ちょっと戦ったり走ったりは無理かにゃ」

「解毒薬は?」

「そんなものないにゃ」

「なるほど」


 仕掛けた時に微量触れてしまったのだろう。抱えて走るのは無理ではないが、浦崎から逃げるのは無茶もいいところだ。


「なんで、助けるのにゃ。……魔族のくせに、人間を。あいつと同じ、魔族なのに」


 浦崎雄也と同じ魔族なのに。

 黒猫が白神会を抜けた理由。彼についていけなくなったから。

 それは彼女が彼の正体を、魔族ということを知ってしまったから。組織を抜ける理由としては十分過ぎるものだ。


「まぁ魔族だけどさ、半分。でもとりあえずは今を生きることに力を向けてみないか? 死にたくないんだろう?」

「それはそうだけど……や、そうだにゃ」

「じゃあその方向で」


 意思の統一は済んだ。問題は浦崎雄也という黒影流継承者にして魔族という存在をどうするかだ。


「お前は、守るのか」

「ああ」

「そうか」

「ッ!」


 空間転移ではなく、浦崎は最短最速で駆け真っ直ぐにナイフを突き刺しに来る。辛うじて槍で受けるが、既に間合いは浦崎のもの。二撃目が良治の左腕を切り裂く。


「ぐ、ぅッ!」


 殺される。身体がだるいとか後の負担が怖いなどと考えている暇などない。瞬時に半魔族化して浦崎との実力差ギャップを埋めにかかる。


(背後!)


 浦崎はそんな良治を無視して黒猫の後ろに空間転移するが、良治は振り向きざまに槍を振るう。手元にあるのが間合いの広いぶきで救われた。


「――」


 浦崎は槍を簡単に受けると後ろに下がりながら左手を振るう。


(術!)


 障壁を展開して防ぐが、黒い矢のような、大きな細いキリの先端のようなもの三本が一瞬にして障壁を貫いて砕く。


「ぐぅっ!」

「痛ぁ!」


 良治の右太腿、黒猫の右手甲に一本ずつ突き刺さり、消える錐。

 残らないのは助かるが焼け石に水だ。


「また転移!」

「頭上!」


 黒猫と良治の声が重なる。迎撃するもいなされ、浦崎は音もなく着した。


「あんな頻繁に空間転移出来るなんて反則にゃ……!」

「あれは黒い数珠の効果じゃないからな。彼の、魔族としての能力、制限はなさそうかな」

「魔族ってずるいにゃ」

「まったくだよ」


 黒影流の者が持つ黒い数珠。それは浦崎の能力の劣化版のようなものだ。黒猫がずるいと感じるのも当然と言える。


「浦崎雄也、何故黒猫を狙う。……このまま放置でも良くないか?」


 今さっき彼の命を狙ったことで十分な理由となるが、彼が拘るような理由にはならないはず。良治はそんな印象を、白兼隼人や綾華、そして柊彩菜の話から浦崎に持っている。


 それと同時に一呼吸入れたい気持ちもある。

 宮森成孝との戦闘は苦戦こそしなかったが力を使い過ぎた。残り少ない力を考えれば短期決戦を挑むしかないが、最後に力を振り絞る為の休憩が欲しかった。


「それは出来ない」

「なっ、ぜ!?」


 会話中でも戦闘を止めるつもりはないらしく、黒い錐を放ってくる。今回は障壁を諦め、右手の槍と左手の掌で弾くが一本が右肩にヒットする。


「彩菜が黒猫の命を望んでいるからだ」

「そこか!」


 予想外の返答だったが、すぐに納得する。二人の信頼関係は容易に理解できるものではないが、それでも揺らぐことが想像できないレベルのものだとは思っていた。


 彩菜が黒猫を恨み、命を狙っている理由はわかっている。

 一つは白神会を、というか浦崎雄也を裏切ったこと。

 そして更に彼女が白神会の情報を持っていること。

 最後に黒影流の最秘奥とも言える黒い数珠を所持していることだ。


「黒猫、白神会の情報や黒い数珠のことを誰かに一つでも話したか?」

「……ううん、話してない。黒い数珠も肌身離さず。誰にも触れさせたこともない」

「聞いた通り黒猫は情報を漏らしてない! 数珠のこともだ!」


 とっかかりはここだ。早口で言葉を紡ぐ。


「彩菜が黒猫の命を望んでいる。それだけだ」

「その理由だ! 黒猫、数珠を浦崎雄也に返す! いいか!?」

「うん!」

「数珠は返す! 受け取れ! ――今後は白神会に逆らわない! 俺が監視をする! 何かあれば俺が処分もする! これで見逃せないか!?」


 言いながら後ろ手で受け取った黒い数珠を浦崎に投げつける。すると数珠は彼に当たる前に止まり、虚空へと消えていく。


「彩菜が黒猫の命を望んでいる」


 それでも浦崎の返答は変わらない。

 何よりも彩菜の意思が最優先。覆る様子が欠片もない。


「……もういいにゃ。無理だにゃ」

「もう少し抗ってくれよ。諦めないでくれよ。一度は助けた甲斐がない。……いや勝手に助けただけだけどさ」


 話しながら思考を巡らす。

 浦崎に訴えかけて意思を変えさせるのは難しそうだ。

 ならば。


「……彩菜の意思と言ったな。それをちゃんと確認したか?」

「した。黒猫を殺さないといけないと」


 何故。それは浦崎雄也を裏切ったからだ。

 感情論として。そして裏切り者を出してそのままでは浦崎雄也に泥を塗ることになる。


「彩菜は、貴方が黒猫を殺さないとならないと、そう望んでいるから殺さないといけない、そう考えたはず。その貴方が、貴方自身がそもそも黒猫の命を望んでいないのなら、それは違う!」

「――……」


 浦崎が黒猫を殺さないといけないと思っている。

 だから彩菜は黒猫を殺さないといけないと考えた。


 浦崎は組織運営に、白神会の進退に興味はない。あるのは白兼隼人への恩義だけだ。そして隼人も白神会にそこまでの興味は、今はない。

 なら、情報の漏洩はそこまでの問題ではないはずだ。少なくとも浦崎雄也にとっては。黒い数珠も返還されれば黒影流に損はなくなる。


「だから、殺す必要はないッ!」


 懇願にも似た叫び。これで駄目なら誰かが死ぬまで戦うしかなくなる。


「――ごめんなさいッ! 逃げて、裏切ってごめんなさいぃ!

 もういいから、あたしはいいから……だから、柊良治このひとは見逃してぇ……!」

「黒猫……」


 黒猫は自分の命を諦めた。

 浦崎雄也が決めたことを覆すような男ではないと知っている。

 自分の感情ではなく、誰かの意思や命令で動き、確実に遂行する機械のような存在だ。


 黒猫は手段を選ばず生き残ることを目指してきた。

 だが詰んだ。初手で、認識される前に始末かたをつけなければならなかった。


 自分は死ぬ。なら最後に自分を助けようとしたヒトくらいは助けたい。それが半分魔族というのは皮肉だなと思った。


「――――保留する」


 長い、長い、時間感覚を失うような沈黙の後、浦崎雄也はそう言って、消えた。



【対魔族用の結界】―たいままぞくようのけっかい―

優れた結界士の一つの到達点。対個人に絶大な効果を発揮するが、範囲は狭く、準備も必要。

人間相手にも有効で、並の退魔士を十分閉じ込められる堅固さを持つ。

黒猫は気配と音を消す灰色のマントの魔道具を使用することで準備を悟らせなかったが、魔族としても屈指の実力者である浦崎雄也には通用しなかった。

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