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多岐なる武装

「ハハハハハハハ! 折ってやったぞォ!」

「……まぁ、ここまでやってこれただけで十分か」


 黒腕を掻い潜りその身体に無数の傷をつける。手応えを感じつつあったが、しかしその矢先に良治の日本刀が音を上げてしまった。


(やっぱり源三郎さんの刀が欲しかった。でもないものねだりをしても仕方ない。いつだって準備万端でいられるわけでもなし、与えられた選択肢カードで乗り切ることしか出来ないものだ)


 折れた刀に感謝をしつつ、申し訳ない気持ちもあったが柄を放り投げる。これではこれ以上の戦闘は無理。違う武器が必要だ。

 そして、良治は選択する。


「棒、だとぉ?」

「ああ。武器は一つとは限らないだろう?」


 腰のポーチから転魔石を用いて出したのは優綺たちとの修練でも使用している棒だ。木製だが両先端は金属で補強してある。勿論戦闘でも十分に通用する逸品だ。


「小賢しい! 小賢しいぞ柊良治ゥ!」


 刀を使っていた時よりも間合いを離し、大胆に腕を受け流していく。不用意に受ければ折れるのは同じだが、先程よりは精密さは要求されない。使い慣れた棒、手首のしなり、体幹の移動、小刻みなステップ。すべてを器用に扱いある種完璧な防御を見せてみせた。


(これを、心に刻んでくれ)


 棒を選んだ理由、それは言うまでもなく優綺と郁未の為だ。二人の使用する武器、それを命懸けの戦闘で実際に見せること。訓練とは度合レベルの違う立ち合いの中での動き、駆け引き。これは全部彼女たちの為になるはずだ。


「くそ、クソクソクソクソォ!」


 一度足りとも当てることが出来ず加速度的に機嫌が悪くなる成孝。しかしそれでも戦況は変わらない。

 良治は雑になった攻撃の間隙を縫って一撃、そして彼の間合いから離脱する。


 防御、回避の講習はこれでいいだろう。少し息を整えたら次は攻撃講習――と考えていた良治だったが、成孝の様子がおかしいことに気が付いた。


「ぐ、ぐぐぐぐググググ……ッ!」

「……薬の副作用か?」


 大きな力をもたらせるものはその副作用も大きい。あの薬はそういった類のものだったのだろう。


「あ、ああああアアアア!」

「マジか!」


 苦しそうに腕を振り回すとその手の先から何かが放たれる。自分目がけて飛んできたそれを、良治は大きく跳んで躱す。


「……なかなかな威力で」


 バレーボール大の灰色の球体は土を抉り返す程度の威力はあった。あれが直撃すれば防御障壁は叩き割られるだろう。そして相殺も出来ずに吹き飛ばされるくらいは覚悟すべきだ。


「ああああアアアア!」


 面倒なことに血走った目で苦しみながらも灰色の球体を連続して放ってくる。威力、射出能力を合わせて考えれば詠唱術にも匹敵する攻撃方法だ。


「チ――!」


 意外にも精度も高く、躱すので精一杯だ。遠距離型の敵への対応は一気に接近しての一撃だが、それをするには一発や二発は喰らいそうだ。そして一発喰らえば足が止まる。そうなったら次弾を躱すのは難しくなるだろう。


(なら――)


 遠距離型の対応策その二。それは――


「さて、勝負だ」


 良治が棒をしまい、代わりの武器をポーチからまたも転魔石で喚び出す。

 灰色の球体を躱しながら器用に矢筒を背中に背負い、一本取りだすと滑らかな動きで弓にそれを番え――放った。


「フゴッ!?」

「惜しい!」


 顔狙いの矢はやや下に逸れたが身体のほぼ中央に命中。

 量産品の武装なので期待以上のダメージはなさそうだが、十分な役割を果たしてくれそうだなと良治は手に持った弓に、再び矢を番える。


「――さぁ、今度は遠距離攻撃で勝負といこう」









「センセが弓……?」

「私も初めて見ます……」

「そうなの? まぁ滅多に使わないものね。あんまり言いすぎると後で怒られちゃうからやめとくけど、良治は色んな種類の武器使えるわよ。ね?」

「ええ。良治さんの判断力の高さ、決断を実行できるのはあの器用さ、汎用さがあってこそです。多数の武器を一定以上の練度で戦闘に使用できる退魔士を私は他に知りません」

「ほへー……凄いんだセンセ」


郁未がポカーンと眺めているのと対照的に、優綺は師の戦闘を引き続き凝視していた。何もかもが見逃せない。見逃してはいけないのだと。


「郁未さん、これは授業です。間違いなく、私たちが見ているのを意識して戦ってくれています。見逃しちゃダメです」

「え、あ、うん!」


 良治は矢を番え放ち、そして相手の攻撃を時に転がり、時にステップで躱し隙あらばすぐさままた矢を放つ。

 防御はしない。すべての攻撃を回避することに決めているのだ。


(受けをしない。避けることが出来るならばそれは必要ない。それを可能にしてるのは、なに?)


 攻撃が単純なことはある。相手の攻撃は一種類しかなく、フェイントもない。速度も一定で慣れれば躱すのは難しくなさそうに思える。――一流の退魔士なら。


(――ああ、先生は接近戦のやり方をそのまま応用してるんだ)


 良治は常に相手の出方、思考を観察、先読みをしながら対応する戦闘スタイルだ。そしてそれは戦闘距離が変わっても変化しない。

 相手の動作から攻撃方法を、視線から攻撃場所を読んで対応する。むしろ距離が開けばその分対応する時間が増え、躱すことは容易になっていた。


(なんだか、楽しそう)


 草むらを転がりながら矢を射る良治は笑みを浮かべているように見えた。








「これなら、ドウダッ!」

「おっと。さすがに考えてきたか」


 避け続けながら反撃してくる良治に業を煮やした成孝は両腕を振って同時に灰色の球体を放つ。強引に放っている影響か、奇しくもそれらは微妙なカーブを描いてきており、先程までよりも一気に回避の難易度が上がった。


 避けるのは問題ない。一定の距離から狙撃を繰り返していたが、その反撃の回数が減っただけだ。


(そろそろ変更すべきか。なら最後に)


 有効打が減った以上戦法を変更するべき。

 そう考えたが最後に一発ぶちかましておきたい気持ちはある。


(――この、次!)


 矢を番えたまま転がり、灰色の球体を躱す。そして意識を集中し、矢に力を籠め始めた。


「間抜けめッ!」


 すぐさま追撃を放つ成孝の声が聞こえる。それは先程までと同じように良治目がけて飛んでくる。

 しかし放たれた球体を、良治は最低限のステップだけで見切ってみせた。


 既に意識は矢と目標物のみ。

 この日最高の集中力を注ぎ込む。


『最高、必中の一射は一日一回まで。一日一回だけなら最高の集中力で射られるし』


 頭の中に相棒の声が響く。


『最高の集中力の一射、一回だけなら気兼ねなく、全力で――過去の自分を上回る矢をてると思わない?』


 以前矢を戦闘で使ったのはいつだろうか。思い出せない。

 思い出せないほど昔なら、きっと今の方が上回れるはず。なら目標はそこではない。


(ほんの僅かでも、欠片でも、彼女のような一射いちげきを――!)

「このォ!」


 引き絞った弦を解き放つ。

 風を纏った矢は二つの灰色の球体の間をすり抜けるように奔り、そして――


「グォォォォッッ!」


 顔の僅かに下、黒い巨体の中央部に深々と突き刺さった。


「……さて」


 矢を放った直後の硬直、二つとも躱すのは良治と言えども不可能だった。

 一つ目は掠り、二つ目は防御障壁で逸らすことで最小限のダメージに抑え込むことに成功していた。お互いのダメージ量を考えれば完勝と言える成果だろう。


「そろそろ決着といこうか」


 苦しむ声を上げる成孝に、良治は一歩踏み出す。

 弓を感謝と共に送り返し、新たに転魔石で武器を喚び出す。


「最後は接近戦で」


 その手には、銀色に輝く槍が握られていた。




【いつだって準備万端でいられるわけでもなし】―いつだってじゅんびばんたんでいられるわけでもなし―

良治が心に刻んでいる言葉の一つ。しかし何も準備しなくていいと思っているわけではなく、常に準備を行っていても予期せぬトラブルやアクシデントは起こりうるという心構えでいる。

昔は出来る限りの準備はしていたが、復帰後は少し緊張感が薄れ準備不足の傾向が見えている。

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