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再会、山小屋にて

「え、黒猫? 誰? 猫?」

「あ、確かに!?」

「申し訳ありません、いつの間にか……! おそらく勅使河原様と合流した際の隙を突かれたかとっ……!」


 朱音が叫び優綺も驚愕しているが結那には現状が掴めていない。

 結那としては合流したメンバーは今目の前にいる者たちだけで、更に言うなら結那は黒猫を知らなかった。見たことも聞いたこともない人物だ。


「良治さんが倒したというか、なんというか……。以前会ったことがあって、でも敵として現れたんですけど、わざと負けてくれた感じで……」


 優綺の説明は要領を得ない。黒猫は掴み所のない人物なのかもしれない。


「優綺、一つ訊くわ。その黒猫の目的はわかる?」

「目的……いいえ、わかりません。先生なら知ってるかもしれませんけど……」

「そう……どうしようかしら」


 目的がわかっているならそれを軸に敵味方が判別できるかと思ったが無理なようだ。

 結那は物事をシンプルに判断する。だが答えがわからなければ判断もつかない。


「――なら無視しましょう。何処に行ったのかもわからないし、良治も強く敵視してるわけじゃなさそうだし。そっちに力を入れるくらいなら良治に追いついて祐奈さんを助ける手助けをした方がいいわ」

「わかりました」


 確実に出来ることから進めていく方がいい。脱走した黒猫は気掛かりだが、それも良治と合流してから改めて方針を決めればいい。


「じゃあ朱音、この人たちをお願い。私たちは良治を助けに行く」

「……承知しました。安全な場所に送り届けましたら合流します」

「ええ、それでいいわ。でもくれぐれも本当に安全なトコまで行けたらで。不安があるなら一緒に待機でね」

「はい。了解です」


 念押しした朱音が頷いたのを見て結那も小さく頷く。

 話は終わった。あとは恋人の元へ走るだけだ。


「――行くわよ。二人ともちゃんとついてきなさい!」











(ここか)


 良治は森を抜けると一軒の山小屋を発見した。置いていくことになった天音は気になるが、今は祐奈奪還に集中する。それこそが天音を助けることにも繋がる。


 山小屋へと続く一本道を慎重に歩く。

 ぐるりと迂回して反対側から向かう選択肢もあったが、敢えて罠の可能性のある道を選んだ。

 今は何よりも時間が惜しい。先程遭遇した熊谷の様子から、どうしても良治たちを足止めしたい、ここで仕留めておきたいという様子はなかった。ならば何かを用意して、準備して成孝は待っているはずだ。彼の性格から考えると、それはきっと自ら手を下す何らかの手段を。


 そう予想はしても確定したわけではない。なので最低限の注意は怠らない。これが良治が今まで生きてこれた理由の一つだ。


(――いる)


 木製の扉の前に立ち、屋内の気配を探る。中には確かに人の気配があった。数は少ないと感じるが確定は出来ない。


「――ッ」


 ドアノブに手を掛けようとして、良治は扉を刀で切り裂いた。ドアノブの、鍵の部分をくの字に斬り取り、そこに刀を引っかけてこちら側に開ける。いつかの結那のように蹴り飛ばすことはしない。


「く、くくくく……ああ、待ってた、待ってたぞ、待ちわびたぞ出戻りの半端者!」


 部屋の中央には椅子に縛り付けられている祐奈。そしてその脇には下卑た顔で嗤う白衣の男が一人。良治は虫以下の存在に向ける冷ややかな視線を仕方なく送る。


「それはどうも。こちらも貴方に用があったんですよ。と言ってもすぐに済むでしょうけど」


 祐奈は猿轡で喋れない。しかし歯を喰いしばるような表情でこちらを見つめている。

 自分は大丈夫。不安はなく、力強さを感じる瞳だ。

 本当に強くなった。良治はそう感じざるを得ない。

 これなら強攻策でいってもいいかもしれない。


「ほう? それはお互いの意思が合って何よりだ。では――」


 ニチャリとした笑顔を祐奈に落とした瞬間、良治は動いた。


「んなッ!?」


 成孝は退魔士であっても医術士、近接戦闘は勿論実戦経験もほぼないだろう。ならば部屋内での戦闘は良治の独壇場、数手で詰める。


「ぎゃあっ!」

「ち!」


 成孝は焦りながらも祐奈の背後に身体を傾かせ、僅かだが良治の振るう刃と距離を取る。それが功を奏し、成孝は左腕に大きな裂傷を受けたが致命傷を避けることに成功した。


「く、そおおおおおっ!」

「っ!」


 倒れたまま成孝は椅子ごと祐奈をこちらに蹴り飛ばす。

 そして初めから持っていたのか、手にあった円形の何かを床に叩きつけるとそれは弾け、瞬時に部屋が白い煙に包まれた。


(煙幕? 毒の可能性は?)


 自己保身の傾向が高い成孝が自分が巻き込まれることを前提に毒をまき散らすだろうか。

 蹴り飛ばされた祐奈を抱えた良治は、これは毒ではなくただの煙幕と決めつけて音を探る。すると予想通り入り口の方から派手な足音が聞こえた。


「ぐえぇっ!」


 音の方に風の塊を放つと汚い声が聞こえ、そして遠ざかっていく。ヒットはしたようだがこれも決定打ではないだろう。咄嗟に放ったので全力とは言えない威力だったのが惜しい。


 すぐさま追うことも考えたが縛り付けられたままの祐奈を放っておいて、もしかしたら存在する敵の伏兵にまた攫われてしまったら台無しだ。


「少し我慢してください」


 良治は言葉と同時に刀で縄を断ち、乱暴に解いていく。腕の自由を取り戻した祐奈はまず最初に自分の猿轡を外す。最初から想定してあったのだろう。


「ぷはぁっ……ありがとう、ございます。でも今は」

「はい、追います。でもまずは無事の確認を。痛いところとか怪我はありませんか?」

「縛られてた箇所ところが痛むくらいなので、大丈夫です」


 口調も意識もはっきりしており、一人で立ち上がっているところを見ると本当に大丈夫なようだ。パジャマ姿なのがなんとも反応に困るが、女性の寝間着やパジャマ姿は見慣れている。意識して脳内から放り投げた。


「奴を追います。祐奈さんはここで待っていてください」

「私も……いえ、わかりました。でも扉から様子は見させてください。何が起こっているかわからないと怖いので……」

「そうですね。それでいきましょう。でも危ないと思ったらすぐに隠れてください」


 こちらとしても完全に見えなくなってしまうと攫われた可能性を考えなくてはならない。ある程度見えるようになっていれば安心できるというものだ。


「はい」

「では。ああ、あと一応これを」


 腰に付けたポーチから転魔石を一つ取り出して棒を喚ぶ。安心とは言い切れないが何もないよりはマシだろう。


「ありがとうございます。……あの、これがあるなら私も……」

「いえ、大丈夫です。あくまでそれは護身用として使ってください。あいつは自分一人でなんとかなりますから」


 攻撃ではなく治癒を専門とする医術士、それも七級。少なくとも記載されているスペックは良治が圧倒している。実戦経験もだ。


「……はい。あの」

「はい?」

「頑張ってくださいっ」


 長めの前髪から覗いた瞳に不覚にもくらっとしそうだ。


「――ええ。任せてください」


 これが百人力というものか。

 良治は刀を握りしめると力強く山小屋を出た。







 冷気が満たされていた部屋から真上からの陽射し溢れる屋外のギャップに顔を顰める。しかしそんなことは些細な事。良治はこちらを凝視している成孝をすぐに捉えた。


「クソ、痛かったぞ……!」

「痛いで済んで良かったですね。こちらは死んでくださっていれば助かったんですけどね」


 地面に転がったのか、似合わない白衣が土と草で汚れている。傷は自ら治したのだろう、動きにぎこちなさはない。


「はッ! この俺があんな攻撃で死ぬわけがないだろう! バカか!」

「まぁ馬鹿は死んでも治らない、と言いますからね。もう期待はしてませんよ。……ああ、一応言っておきますけど、降伏してくれたら今ここで命を取るまではしませんけど、どうします?」


 自分としては無駄とも従ってほしいとも思ってはいなかったが、それでも勧告は建前上必要な行為だ。やらなくても誰もこの状況なら問題にはしないだろうが、格好だけはつけておきたかった。


 そして、返ってきた答えは想定通りのものだった。


「ふざけるな! 命乞いをするのは――くくく、お前の方だあぁッ!」

「なにを――」


 成孝は何かを握りしめてそのまま口元まで持っていき、煽るように何かを飲み下した。


「――は」

「なにを、した。何を飲んだ?」


 何かを飲んだ。それはわかった。しかしこの場で、戦場で、戦闘中に、何を。


「死ね、半端者。ここがぁ――お前ノ、ハカバダアァァァッ!」

「身体が――チィッ!」


 喋っている暇などない。すぐさま異形化し始めた身体からその首を落とすべく駆ける。


「オミトオ、シィッ!」


 ぽろぽろと白衣のポケットから見覚えのある球体が零れだす。


(煙幕!)


 熊谷の作成した煙幕と同じものだと判断して突っ込もうとした瞬間、それらは――光とともに弾けた。


(閃光弾ッ!?)


 とっさに障壁を張るが光までは遮断できない。閉じた瞼の上からでも強烈な光が容赦なく目を襲う。


「……やられた」


 そのまま棒立ちでは攻撃してくれと言わんばかり。良治は仕方なく後方に跳んで距離を取る。幸い気配は感じられるので成孝が元居た場所から動いていないのはわかった。


 ――そして、その気配が、変わった。


「あ……あぁ……!」


 微かな声が、驚愕の声が耳に届く。祐奈が動揺している。


 多少でもマシになるかと眼に治癒術をかけながらゆっくりと瞼を開けていく。

 痛みはない。視力も段々と回復していく。


「ふぅぅぅぅ……! どうだ、《黒衣の騎士》――これがぁ、奥の手だぁっ!」


 声は思っていたよりも上から聞こえて来た。

 それも当然。

 宮森成孝の頭は、少し見上げた場所にあった。


 身長は三Mほど。頭はそのままの大きさで胸部に収まっている。

 肉体は黒色に変わり、まるで頑強な岩のようにも見えた。


「さぁ、死ね死ね死ね死ねぇ! 死んで俺に詫びろ柊良治ゥゥ!」


【馬鹿は死んでも治らない】―ばかはしんでもなおらない―

魂や生き方はそう簡単には変わらないという意味。今回成孝に対しては悪い意味で使用、特段治ってほしいとは欠片も良治は思っていないようだ。


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