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対峙

「……霊媒師たちを退けたようですな」

「ふん、やはり《黒衣の騎士》と呼ばれるだけのことはあるか」


 小太りの男の報告に、中年の男はやや機嫌を損ねたような口調で呟いた。思っていたよりも憤らなかったことに小太りの男は疑問を覚えたが、それは男の視線の先を追うことで解消した。


「くく……まぁいい。少しくらいは抵抗してくれなくては面白くない。それに、これ・・を見てくれなければなぁ……!」

「……」

「反抗的に泣き叫ぶと思っていたが静かなものだ。まぁ諦めるのも仕方ないことだがな」


 ねっとりとした視線に動じることなく、縛られて椅子に座らされているパジャマ姿の女性は目を閉じた。


(大丈夫、きっと。こっちに向かってるなら、絶対に助けてくれる……)


 縄できつく縛られ、口には猿轡。更に手首には力の行使を阻む手錠まで掛けられている。身動きも喋ることも出来ない。出来ることと言えば瞳で反抗の意思を伝えることくらいだが、彼女――蓮岡祐奈はそれをしなかった。


 信じている。この山小屋まで柊良治が助けに来ることを。

 だが今は何も出来ない。するべきではない。

 祐奈が行動を起こすのは彼が来てから。その時に何が出来るかわからないが、もしかしたら訪れるその瞬間の為に力を温存しておきたい。


「楽しみだぁ……あの男の前で……くく」


 男が汚らわしい手が頬に触れる。一瞬で鳥肌が立った。おぞましい。


「それに、それ・・がある限り敗北などあり得ませんからね。あの男の研究の副産物、それを私が加工した逸品。優秀な退魔士にしか耐えられない薬ですが、貴方様なら問題ないでしょう」

「ああ、優秀な私ならどうということはない。この薬も楽しみだな」


 透明な小瓶に入った紫色の液体を掌で転がしながら愛おしそうに笑う。


柊良治あいつを死ぬ寸前まで痛めつけて、目の前で祐奈を……そのあとでトドメだぁ……く、くくくく!」


 小さな山小屋に響く哄笑。それを止める者は居なかった。













 剣豪たちとの戦場を後にした良治たち三人は道なき山中を進んでいく。

 良治としては最高速で行きたいところだったが、そうしてしまうと少女二人、特に片方がどうしても遅れ気味になってしまうのでやや速度を落としていた。

 この先まだ戦闘はある。その時に余力を残しておく為と理由付けをする。自分の負傷も無視は出来ない要因だ。


「ん、道か」

「で、ですね……」


 しばらく進むと舗装された道路に出る。おそらく最初に歩いていたものと繋がっているのだろう。山頂に向かう整った道路は大概一本道だ。

 息を切らした優綺の為に少し足を止めて周囲を見渡す。


「しかし本当に結界は広範囲みたいだな」

「はい。――む。主様」

「どうした?」


 ちょうど逆側を見ていた朱音から鋭い声が上がる。何か異常を見つけたのか。


「あちらの木陰に何か――っ!」

「人影か……?」

「え、え?」


 朱音の視線の先に小さな黒い影を微かに捉えた。優綺は見逃したらしい。一瞬だったので仕方ないだろう。


「朱音、気配は?」

「わかりません。でもあの動きは魔獣ではなく人間のものかと。誘い、ですかね」

「……乗るか」


 相手の待っている場所も確定はしていない。おそらく山頂、もしくはその周辺にいるだろうという予測のみだ。

 ならば何かしらの手掛かりになりそうな人影を追う選択肢はある。

 時間稼ぎの囮、何かしらの罠の可能性はあるが、それでも敵方の誰かがいるのは間違いない。捕えて目的と首謀者の居場所を聞けるかもしれない。


 霊媒師たちとの戦闘で足止めを食らってしまっている。眞子からの電話からもう一時間近く経ってしまい、首謀者が気の短いあの男だとしたならそろそろ苛立ちを見せていてもおかしくはない。


「罠の可能性が高い。ゆっくりと慎重に」

「はい」

「……はい」


 優綺は緊張からか一呼吸置いてからの返事。それが気にかかったので振り向いた良治は彼女の頬を左右から軽く引っ張った。


「ふぁ、ふぁあっ!?」

「うん、ごめん。ついやりたくなって」

「え、え……? あ、はい……?」


 頭に?マークを浮かべて気の抜けたような表情の優綺に満足して気持ちを切り替える。


「さ、行こう。朱音、後ろは任せる」

「はっ」


 そして三人は舗装された道路にまたも別れを告げ、山道へと踏み出した。








(本当にこの先、か?)


 進むにつれて良治は不安に駆られてきていた。

 最初こそ歩く分には問題なかったが、すぐに急な斜面と鬱蒼とした草木が現れた。人影はこの先を本当に進んでいったのだろうか。かなり疑わしくなっていた。


「せ、先生……」

「うん、わかってる。朱音、少し上の木の枝に痕跡があるか見てもらえるか」

「なるほど、了解」


 得心した様子の朱音がしゅたっと頭上の枝にジャンプする。小柄な体躯と黒影流はとてもマッチしていると思う瞬間だ。


「少々お待ちを」


 そう言うと朱音は近くの木々に跳んでは枝をチェックを数度繰り返す。


「朱音――」

「主様、折れたばかりの小枝があります」

「あったか!」

「はい、確かに」


 もういいと声をかけかけた良治はその報告に感嘆の声を上げた。自分の予想が当たっていたことよりも、朱音の調査が無駄にならなかったことへの安堵だ。


「ちなみにそこからの視界は?」

「悪いですが、少し先……二百Mほど先に開けた場所があるような気がします。もしかしたら」

「了解。まずはそこを目指そう。朱音は樹上から先行して、罠のあるなしを調べて。こっちは斬り払って進む」

「はい。お任せを」


 本当なら良治も朱音のようにはいかなくても、木の枝を跳んで進むくらいの芸当は負傷していても出来る。

 だが良治は草木を斬って強引に進むことを選んだ。


「……先生、ごめんなさい」

「いいさ、別に。まぁ今後はこれもメニューに入れておこう」

「はいっ」


 残念ながら樹上の移動経験が優綺にはない。無理をして落下、怪我などしたら意味がない。朱音とのやり取りで察せただけで十分だ。


 汗を流しながら背の高い草を斬り進んでいく。脱水症状を起こしそうな不安が過るが、残念ながら三人ともペットボトルなど持っていない。持っているのは今回準備を担当した天音くらいなものだろう。

 正直良治としても自らの準備不足を痛感するが、さすがにこの展開は予想外すぎた。

 昔は仕事に必要なものを詰めたバッグを常備していたのだが、復帰してからは思い出しはしたものの後回しになっており準備していなかった。


(こんなこともあろうかと、って場面が少なかったからなぁ。まぁでも終わったら優先的にやっておこう。……無事に帰れたらだけど)


 今回の件では準備不足や今後の課題などが噴出してきている。その辺のことをあまり疎かにしない傾向の良治にとってはなんとも頭の痛いことだ。

 しかし、良治はそれを僅かだが楽しいと感じていた。


(何も課題がないのも面白くないしな。難題を超えてこそ楽しいものだ。だから)


 一歩一歩生い茂る草を払いながら良治は心を確たるものにする。


(笑って課題に取り込む為に。次の課題をまた楽しむ為に。――必ず祐奈さんを無事に取り戻す)


 最後はみんなで笑えるように。その為に全力を尽くす。


「主様」

「人数は?」


 開けた場所まで恐らくあと五十Mほどの場所で朱音が戻ってくる。その表情から誰かしらが居たことを察した。


「退魔士らしき者が五人と子供が一人。男性三人、女性が二人。……こちらを既に認識しています」

「知ってる顔は?」

「いませんでした。でも」

「でも?」


 朱音が口籠るのは珍しい。報告に関することなら尚更だ。


「見たことはありませんが、話に聞いた風貌に似た女性がいました。……黒い猫耳付きのフードの、小柄な女性が」

「……了解した」


 そんな予感はしていた。

 いつも近くで、良治の情報収集をしていた。

 情報を集めて教えに来ていた、ではなく、良治の情報を集めて誰かに伝えていた。そう良治はかなり初期から感じていた。


 だがそれでも会う度に会話をし、言の葉を交わしていたのは――


「――や、こんにちはにゃ《黒衣の騎士》さん」


 剝き出しの土が広がる狭い平地。そこには報告通りの者たちが居た。

 男性三人、女性二人、子供が一人が確かに居た。


「別に詳しい説明はいらないよにゃ? 見ての通り、あたしは君の敵にゃ」


 とても楽しそうに、挑発するように――黒猫は笑っていた。



【あたしは君の敵にゃ】―あたしはきみのてきにゃ―

敵対したくないと言い続けて来た、とある女性の言葉。

それは良治にとってとても重く響くものだった。

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