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使役士としての戦闘スタイル

「……ふぅ。心配かけて悪かった。こっちは大丈夫。……優綺、朱音、よくやった」

「先生っ……!」


 天音の背後を通って優綺が駆け寄ってくる。

 天音は傳心斎との戦闘中だったはずだがお互いにその手を止めていた。傳心斎は刀を下げ、天音は大鎌を構えたままだ。警戒は解いていないらしい。戦闘中なので当たり前だが。


「お疲れ様。よくやった。でもまだ終わってないからな」

「はい、はい……!」


 手が血で汚れていないことを確認して頭を撫でる。

 二対一とはいえ相手を打倒できるとは思っていなかった。一人前として扱うと考えていたが、その成果は一人前以上のものだった。


「あ、先生血が……っ」

「ごめん、ちょっと待ってて」


 もう右腕を貫いていた刀は抜いてある。出血は激しいが致命的ではないので良治の治癒術でもなんとかなる範囲だ。

 無理矢理血を止め、その次は心臓下のあばら付近に手をやる。鋭い痛みが奔るが、こちらは出血は少ない反面骨折による痛みの方が強い。良治としてはこちらの痛みの方が苦手だ。


「先生……?」

「まだ息があるからね」


 自分の怪我を適当に塞ぐと良治は倒れた一刀斎――だった者の刀傷に触れた。

 鼓動も熱もある。良治の横薙ぎは決定打にはなったが致命傷にはなっていなかった。


(一刀斎は自ら敗北を認めて去った)


 あの一撃の衝撃が原因で霊媒が解けた。その可能性はある。

 しかし良治は最後の表情から彼が自ら去った可能性の方が高いと感じていた。


 このまま気を失っているこの男を放置すれば死に至るだろう。

 だが別に良治はこの男に恨みを持っているわけではない。なら、助けられるなら助けておきたい。そのきっかけくらいは与えておきたかった。


「よし。これでまぁ、大丈夫だろ」


 傷はほぼ塞いだ。これで死んだのなら運がなかったと諦めてもらいたい。

 小さく息を吐いて立ち上がると、未だにその場の全員が良治に視線を投げかけていた。なんとなく気恥ずかしい。


「……天音、援護はいるか」


 未だ相手が立っているのは天音のみ。良治は無事とは言わないが戦力にはなれる。それに優綺と朱音もいる。均衡を崩すには十分だ。


「――いえ、大丈夫です。皆さんは先に行ってください。少し時間をかけすぎたでしょうし」

「……そうか。了解した」


 なんとなく天音は助力を願わないような気がしていた。なので特に疑問を返すことなく承諾する。時間があるかどうかわからないのは確かなのだから。


「先生、いいんですか?」

「天音が言うなら要らないんだろう。――傳心斎さん、先に行きますが、もし邪魔をするならその時は全員で排除しますよ」

「……行け」


 傳心斎は僅かな間を置いて許可を出す。いくら剣豪と言えども膠着状態だった戦況が一気に劣勢になるのは厳しい。


(いや、違うか)


 だがそれは違うと良治は思った。

 彼は天音との一対一を望んでいた。ならばそれを率先して崩すことは選ばないはずだ。


「急ぐなら急げ。あの男はこの肉体の主が言うにはあまり気が長い方ではないそうだ」

「……ありがとうございます。では」


 すれ違いざまの言葉に良治は感謝を告げて山中に入る。すぐに優綺と朱音も付いてきたが、優綺は後ろを気にしていた。


「本当に良かったんですか?」

「そうです。暗部出身なら一対一は望むところではないのでしょうか」


 二人の不安はわかる。

 だが。


「――大丈夫さ、天音なら。むしろ俺たちが居た方が邪魔になるかもね」














「――良かったのか、潮見天音」

「ええ、こちらの方がやりやすいので」


 刀を構えなおした傳心斎に天音も大鎌を持ち上げて応える。

 もう三人は去った。残るのは傳心斎と天音の二人きりだ。


「お主が私をここで止めておけばそれで良い。考えているのはそんなところか?」


 この戦闘での勝利が目的ではない。そんなことを言ったのは天音自身だ。


 だが、天音は首を振った。


「それもそうですが、少し変わりました。先程までならそれで十分と思っていましたが」

「変わった、と。何がかな」

「先を急いでいるのは貴方もわかっているでしょう。ある意味三人を先に行かせたならもう目的は果たされていると言ってもいい。でも――」

「――来るか!」


 天音が駆けだす。しかし正面から仕掛けるのではなく、死角に入り込むようなフェイント交じりなステップ。


「――な!?」


 天音の姿が視界から外れかけた瞬間、目で追っていた影が――分裂した。


「ぐッ!」


 二つに分かたれた影、先に襲ってきた方を辛うじて防ぐが、一瞬後に背後から来た影に体当たりをされてしまう。

 体勢を崩しつつも傳心斎は二つの影を視認できる位置取りをする。だが落ち着く隙を天音は与えない。すぐさま追撃が飛んでくる。


「それは……ッ!」


 だがその最中でも傳心斎は天音と二つ目の影の正体を確認した。

 天音と切り結びながら背後を狙うそれは――黒狼だった。


「魔獣! 何処からッ!」

「内緒です」

「ぐぅ!」


 広くなった戦場を縦横無尽に使う天音と黒狼――ぶちに翻弄される傳心斎。一度落ち着きを取り戻したいと懸命に祈るが、そんな思いを知ってか天音は一切手を抜かずに足を動かし続ける。


(先程までとはまったくの別人――!)


 一対一だと思っていただけに黒狼の参加は戦況を劇的に変えた。更に天音の戦闘スタイルも変化し、傳心斎の戦術も思考も追いつかないでいた。


「ち――!」


 不意に迫ったぶちを迎撃すべく刀を構えるが、その瞬間に黒狼は間合いから僅かに離れる。

 傳心斎は苛立ちと共に思考を切り替える。黒狼の相手はいい。潮見天音さえ倒してしまえばあとはどうにでもなると。


「潮見、天音ッ!」

「はい」


 振り返りざまに放った剣閃を天音は厭いもせず大上段から大鎌を振り下ろした。

 そして。


「ぐ、うぅ……」


 背後からぶちの体当たり、正面から鳩尾に大鎌の柄に挟まれた傳心斎は衝撃に耐えきれず地に伏した。


「――お疲れ様でした、傳心斎さん。ぶち、ありがとう」


 気を失った傳心斎だった者に言葉をかけ、家族ぶちに撫でながら感謝を伝える。


 服に付いた埃や汚れをはたいて落とし、軽く髪型を整える。身嗜みは大切だ。いつだって最低限は保っておきたい。恋人に会うなら尚更だ。


「では行きましょう。ぶち、良治さんを追って」

「ゥオン!」


 一人と一匹は走り出す。

 戦場だった場所に三人の男を残して。




【大鎌】―おおかま―

天音の愛用するもの。彼女の身長よりも大きい。

使役士としても術士としても、更に影働きするにしても不釣り合いで適しているとは言い難い武器だが天音は昔居た暗部の頭領になった際に拝領した大鎌を今でも愛用している。

これがあるお陰で彼女は接近戦を苦にせず立ち回れ、万能型の称号を得ることが出来ていた。

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