黒髪の用心棒 1
プロローグから2日ほど前
焼香の匂いと読経の音が響く全てがモノクロの世界で、これが夢だと認識しながらも、圭護は祭壇の三枚の遺影から目を背けられずにいた。
真っ白な道着姿で笑顔を浮かべる父、圭英。自衛隊の濃緑の制服でまっすぐカメラを見つめる母、陽子。
そして…16歳の誕生日に皆で食事に行った時に撮った、とっておきのおしゃれをした妹、佳奈。
棺の蓋は固く閉じられている。久々に家族で出かけた旅先、じゃんけんに負けた圭護が買い出しに行っている間、両親と妹を乗せた軽自動車はその3倍はあろうかというトラックに突っ込まれたのだ。
呆然とする圭護の前で漏れ出たガソリンに火が回り、
心不全を起こして意識を失っていた運転手の乗ったトラックを巻き込んであっという間に燃え上がった。
それからのことはほとんど覚えていない。葬式の手配は両親と仲の良かった知人が全て手配してくれた。父の道場の門下生の何人かが交代で泊まりに来てくれた。いま考えると圭護が自暴自棄にならないように見守ってくれていたのだろう。
喪服に身を包んだ父の友人や母の同僚が圭護の前に来ては慰めや励ましの言葉をかけていくが、かつての記憶を基にしたこの夢では彼らは口をパクパクさせているだけだ。
葬式の記憶はそこで途切れ、次に気がついた時は圭護は1人、真っ暗な山道を歩いている。
自暴自棄になっていたわけでも、自殺を考えていたわけでもない。
ただただ本当に、どうしていいかわからなくなったのだと思う。かつて父と訪れ、ひと月を過ごした荒れ寺を通り過ぎ、あてもなく彷徨う彼はやがて小さな祠にたどり着く。
奇妙な既視感に囚われ、祠の扉に手を…