現世ヲ憂ヒテ夢ヲ見ル
とてもじゃないが、好きとはいえない。
箱とも思える建造物。そこに入っていく少年少女。
違和感を感じざるを得ないその状況は、誰が作り出したものなのだろうか。何故、そこに行かなければならないのか。何故、学ばなければならないのか。上野理央の頭にはそんな疑問と言う名の違和感が並ぶ。
決まった時間に空気中に響く鐘。教師と呼ばれる大人に、都合の良い規制。
嫌になる。いや、もう嫌になっていた。溜息をつくだけで文句でもあるのかと糾弾され、眉根を寄せるだけで不満でもあるのかと罵倒される。
――どんな常識だ、偏見の塊のくせに。
理央は心の内だけで文句を言った。言葉に出すことなど出来はしない。
階段を上り長い廊下を抜け、教室にた辿り着いた理央は一つ、重々しく溜息をついて教室に入った。
「おはよう、上野さん」
「…おはよう」
理央の存在に気付いてあちこちから挨拶が聞こえた。その中から一際大きく誰かが言った。
「ああそうだ、おめでとう、上野さん」
「あなたやっぱり凄いわ!」
何がだろう、とでも言うように首を傾げると、彼女たちはやだ、惚けなくたっていいじゃない、と笑う。
「この間の模試。上野さん全国で三位だって、職員室前に大きく貼り出されていたじゃない」
「…ごめんなさい、見てない」
毎日同じ風景を見ることが嫌いな理央だから、基本学校の中の景観など気にしたことも無かった。
自分の席に行って椅子に座る。鞄から教科書やら筆記用具やらを出し、そして最後に一冊の本を出した。
「あら、上野さん昨日と違う本ね」
「うん。昨日読み終わってしまったから、新しいのを買ったんだ」
「また文学小説?」
「…ううん、幻想小説」
そう、理央が始めて手を伸ばしたジャンルの本だった。理央は今までに文学小説しか選んでこなかったのだ。それは単に幻想小説に興味が無かったからではなく、いくらその異世界を夢見ても決して届くことの無い世界だと、理央の中での固定概念が押し固まってしまったからである。
それでも、この本のあらすじを見て思ったのだ。
――別世界にもいけるかもしれないと。
それは決して本気で考えたわけではなく、書かれている言葉が自棄に現実味を帯びていたのだ。
『満月に成り得ぬ醜き姿が輝き、朝とも昼とも呼べぬ忌まわしき時を刻む。天には汚らわしい二頭の黒の獣が漂い、その二頭の間を正常なる矢が貫き道を正した時、混沌を招くであろうに世界を繋げる扉が姿を現し、災厄と共に世界と世界を繋げるであろう』
本当にこの条件が揃えば。本当にこれが現実に起これば。本当に世界が繋がるかも知れないと、そう思ったのだ。
実際、そんなことなど起こりはしないのだが、それでもその文章は強烈に理央の頭の中に入り込んでいったのである。
共通された鐘が校内に響き渡り、授業の開始を告げる。
理央はその本を机の中にしまい、教科書とノート、そして筆記用具を代わりに机の上に出した。
今日も退屈な一日が終わった。
授業時間は通常の七時間。しかし授業と授業の間の休憩時間やお昼休みは短いため、全ての授業が終わっても、まだ当たりは暗いといえるほど日は傾いてはいない。
「おい、上野。…ちょっといいか」
帰ろうとした理央を担任教師が呼び止める。
「……? はい」
このまま家に帰っていれば夕食を食べてから塾にいけたのだが、先生に呼ばれたのだから仕方が無いと半ば諦めの入る理央であったが、そうとは露知らず、先生は理央に長々と話を続けた。
始めに全国模試の順位について、あれだけの順位を取れるじゃないか、次はもっと上位を狙っていけよ、なあに、お前なら全国一位だって夢じゃないぞ、などと散々褒め殺し、そして、クラスの状況なども訊いて来た。
「…私は学級委員ではありませんから、よくは分かりません」
「なあに言ってんだ。先生は上野が学級委員の方がやりやすいんだぞ?実質上野が学級委員のような行動をしているんじゃないか」
「…あれは」
学級委員の仕事が遅いのだ。だから気を利かせて代わりにクラスに声をかけたりしているだけだというのに。
何故大人という存在は人の表面上しか眺めず、評価しないのであろう。




