2話 少女の正体
とても爽やかな、冬の割には暖かい朝だった。
やはりというか、俺はキッチンで寝ていた。正確にはリビングとキッチンの中間の辺りで寝ていて、例の厚い本が俺の傍らに転がっていた。
俺はそれを見て、昨日の出来事が俺の夢、あるいは妄想じゃなかったのだと、改めて思い知らされた。
だが、問題はそこではない。
「マスター、もう少しで朝食が出来ますので、後少しだけお待ちくださいね」
……そう、見知らぬ少女が俺の家で、俺のキッチンを借りて朝食を作っているのだ。
少女はフライパンを動かす手を止め、俺がうとうとと眠っていない事を確認すると、俺に向かって桜のように優しく微笑んだ。瞬きをしたらいつの間にか消えてしまいそうな、どことなく儚げで、とても可愛らしい笑顔だった。
「朝食がもうすぐ出来ますので、後少しだけお待ちくださいね」
俺にそう伝えると、少女はフライパンの方に視線を戻す。とても集中しているのがリビング越しに伺って分かる程だ。
俺は、つい先ほどあの少女に起床させられた。まだ頭が完全に回っていなかった俺は、されるがままにリビングに移動させられ、椅子に座らされた。状況がいまいち呑み込めないが、あの少女は危険な不審者では無いだろう。……多分。
不審者と言えば、昨日のサンタクロース(?)は何処に行ったんだ?一応さっとリビングとキッチンは見渡したが、どこも荒らされてはいない。じゃあ、本当にサンタクロースで、俺にあの本を渡すためにここへ?
俺は、昨日の出来事の推測をこれ以上しなかった。昨日の出来事を考えていても仕方がない。今は、今の状況を把握して理解しなければ。そう思った俺は、少女を目で追っていた。
……そう言えば、あの少女は何者なのだろうか。下手をしたら警察沙汰になりかねないし、聞いておいて損はないだろう。
「君、そう言えば何処の誰なんだ? ここは俺の家なんだが……?」
疑問の1つを少女にぶつける。少女は朝食を運びながら俺の質問に答えた。
「私はマスターの精霊です。名前は無いので好きなようにお呼び下さい。マスターはこれから精霊師として活動する事になると思いますが、私が全力でサポートさせて頂きますのでご安心下さ、おっとっと」
少女は俺の説明にはっきりと答えた。話している途中に少女は運んでいる皿を落としそうになって、最後の言葉は途切れてしまったが何を言うつもりだったかは理解が出来た。
だが、精霊と精霊師についてはどういう事なのか、よく分からなかった。精霊?精霊師?
精霊って言うのはあれか。よくファンタジー物のアニメとか漫画に出てくるような、ふわふわ浮いてて、背中に羽が生えてる小さな人間みたいなやつ。
だが、少女の身長は俺より頭1つ分小さい位くらいだし、羽も生えてない。服装はと言えば白のブラウスの上から茶色のカーディガンを身に纏い、黒のミニタイトスカートを穿いている、といった格好で、端から見ればどう見ても普通の人間だ。
一旦、精霊については置いておくとして、じゃあ精霊師ってのは何なんだ……?
俺が1人相撲をしていると、少女は笑みを少しだけ強張らせながら案を出した。
「……取りあえず、食事を取られてはいかがでしょうか? その方が、物事を効率良く考えられると思います」
「……あ、ああ。確かに一理あるな」
朝食の内容は、ソーセージにサラダ、目玉焼きと白飯。もちろん味噌汁付きで、至って普通の朝食といった感じだった。どれも良い匂いがするし、見た目も良い。
俺はソーセージの香ばしい匂いで食欲がそそられてしまい、空腹の我慢が出来なくなった。なので、少女が作った朝食をありがたく頂きながら1つずつ質問することにした。
「それで、精霊師ってのは何なんだ?」
俺は目玉焼きをつつきながら、俺にとって1番理解出来なかったところから質問する事にした。
「精霊を使役する人間の事を精霊師、と呼びます」
「じゃあ、精霊師は何をするものなんだ? 世界を守れ、とかか?」
精霊師ってのが世界を守れだの、どこぞの魔王を討伐する事、なんてものだったら堪ったもんじゃない。今のうちにはっきりさせなければ。などと考えながら少女の次の言葉を待った。
「うーん、精霊師になったからと言って、特別そういう事をする訳では無いです。人によっては、自分の出世の為に精霊師の力を使ったり、人助けの為に精霊師の力を使ったりと様々ですね」
「……と言う事は、他にも精霊師はいるんだな。なるほどね」
少女の話を聞き終える頃には、俺は少女の話をすっかり信用していて、精霊師になる事を心に決めていた。
取りあえず『凄い何か』が出来るという事が理解出来た。……もしかして、手の平から火の玉を出したりだとかが出来る様になるのだろうか。もしそういう事が出来るのであれば、ぜひ出来るようになっておきたい。ガス代を浮かせるために……!
そんな野望を心に抱き、俺は精霊師を目指す事にしたのだった。……だが今は、この朝食を頂こう。特に味噌汁が美味しくて、何杯でも飲めるからな!
ブックマークが2件もある!?凄く嬉しい!!
と、舞い上がっていたらすぐに書けてしまいました。