9話 危険な初詣(中)
人が視界から急に消えるというホラー現象に遭遇したせいなのか、俺は背筋に悪寒が走っているのをじんわりと感じていた。
な、なんだろう。この状況は普通じゃあり得ない。というかかなりまずい気がする。巫女さんの青い瞳から俺に対する殺意をものすごく感じる。
「お前が精霊師だな! 死ね!」
ほらやっぱり!悪い予感は当たるもんだ!
巫女さんはナイフを固く握りしめて、俺の心臓めがけて一突きする。
「はあ!? 何で俺が殺されなきゃいけねえんだよ!」
俺はナイフの一突きを"体を捻る"ことで避け、殺されないようその場から全力で逃げだした。
ん?体を捻る……?なんでそんなこと出来たんだろう。俺、武道の心得なんて無いのに。
……って、そんなことはどうでも良い!巫女さんが後ろでなにかぶつぶつ呟いてて怖すぎる。と、とにかく今はこのまま逃げなきゃ殺される。
俺は死にもの狂いで巫女さんから逃げ続け、神社から離れようとした。だがおかしなことに俺は気付いた。逃げても逃げても神社から出られない。神社の周囲は森で囲まれているので、森の中に入って逃げれば巫女を撒くことが出来るだろうと最初は思っていた。けれど、どれだけ森の中を進んでも森に入った時とは反対側の場所から神社に戻ってくるのだ。
「何だよこれ、訳分かんねえよ! まるで、夢でも見てるみたいだ……」
ならばと、唯一の出入口である階段を下りて神社から離れようともした。けれど、どれだけ階段を下りても気付くと境内に戻されてしまう。
自分で言っていても意味が分からない、それにそろそろ体力の限界だ。疲労からか、足ががくがくし始めている。
……もう俺は逃げられない。だったら、切り札(魔術)で対抗するしかない!
俺は境内の真ん中に立ち、迫り来る巫女に意識を向ける。
――良いですか、魔術の基本はイメージです。頭でイメージしたことを現実世界で起こせるように、対象に向かって魔力――すなわち精神の力を流し込むんです。
さくらが言ってた魔術の基本の言葉が頭の中を駆け巡る。昨日練習したばかりの一夜漬けの魔術だ、成功するかどうかは分からない。魔力が足りずに失敗するかもしれない。でもやるしかない。成功しなければ、このまま……
駄目だ駄目だ!今はイメージだけをするんだ、余計なことを考えるな!
俺は嫌な想像をぶんぶんと頭を振って追い払う。その間にも巫女はどんどんと距離を縮めているんだ、急がなくては!
巫女の姿をイメージする。次に巫女の足が凍るイメージをする。そして現実世界に反映させるために、対象(巫女)に向かって魔力(精神の力)を流し込む!
「ブルーフリーズ!」
俺が巫女の足元を狙って魔術を発動させると、巫女を中心に木々が凍るほどの冷気が瞬時に発生した。よし、そのまま凍れ!
「くっ!? 小賢しい真似を!」
巫女の表情が一変し、驚きと焦りの表情を見せる。それもそのはず、巫女の足に冷気が纏わりつき、一気に凍りだしたのだからな!
「このっ、ならば!」
巫女が最後の足掻きとばかりに右手を空に向けて上げた。するとどうだ、目を開けていられないほどの光の強さで、巫女が光り始めた。だから俺は思わず目を閉じた、“閉じてしまった”。
もしかしてあの巫女……精霊か!?
俺がその結論に辿り着いた頃には、光が弱まり目を開けられるようになっていた。
「何が起きたん……だ」
目を開けて状況を確認する。だが、先ほどまで目の前にいた巫女はどこにもいなかった。あるのは、巫女がいたはずの場所に氷がぱらぱらと落ちているだけ。
「どこかに隠れたのか?」
俺は周囲をもう1度確認する。……オールクリア、誰もいない。ふう、どうやら巫女は逃げたみたいだ。
それが分かると急に頭がくらっとして、俺は地べたに両手両膝をつかざるを得なくなった。おそらく、ただでさえ少ない魔力を使ったからだろう、意識朦朧とまではいかないが、脱力感のような疲労がどっと押し寄せてくる。
「なんだったんだ、あの巫女……」
巫女の正体について考えようとしたが、後ろからの忍び寄るような足音が俺の思考を遮断させた。
「……」
後ろをパッと振り向くと、そこにはさくらの姿があった。びびった、本当にびびった。心臓が口から飛び出るかと思った。
「な、なんださくらか。驚かせるなよ……」
すくっとその場に立ち、手から土を払ってさくらの手を引く。
「帰ろうさくら、ここはやばい。何を言っているのか伝わってないと思うが、今は俺と一緒にここから逃げてくれ」
俺はそれだけを伝えてさくらを引っ張って帰ろうとした。
しかし、さくらはその場から離れようとしない。それどころか俺に掴まれていた手を振りほどき、俺の腕をぎゅっと強く掴んで離さない。
「さくら?」
なんだかさくらの様子がおかしい。これじゃまるで獲物を逃がすまいとしているような――
その瞬間。
ブスリ、と俺の腹にナイフが刺さった。
「……え?」
俺は、俺はただただ困惑することしか出来なかった。刺された箇所が痛い、熱い。徐々に体に力が入らなくなる。苦しい、助けて――
俺は地べたに両手をつき、服を通り越して染み出ている"もの"を見ることしか出来なかった。なんで、どうしてこんな事を……?
「油断したな精霊師め! ばーか!」
さくらは顔に似合わない不敵な笑みを浮かべていた。
……違う、こいつはさくらじゃない。さくらがこんな事をする訳がない。1週間ほどだが、さくらのことを見てきたんだ。あいつは変に固くるしくて、それでいて優しくて、良いやつで――
俺の意識は、そこで途絶えた。
※ブルーフリーズは高野くんが名付けました。
魔術は本来、何も言わなくても発動良します、はい。




