修羅ノ玖
藤沢は一度ゆっくり大きく息を吸い込むと静かに吐き出す。右の掌のトカレフを握り直すと、痛む左手で最後の扉の丸いノブを握る、回す、手前に引くと勢いをつけて部屋の中に飛び込んだ。
(・・・!)蛍光灯が点灯している部屋の中は誰もいない、立ち止まった藤沢は周囲を見回す。・・・目の前の壁際には大きなデスクがあって、載っているパソコンの画面は電源が入っているように明るい。部屋の中央に楕円形の大きなテーブルが鎮座している、その上には帯が掛けられた札束や積み重ねた紙幣、バラバラに山積みになった紙幣がテーブルから溢れんばかりに載っていた。
・・・昨日の賭博パーティーの売上金だろう、札を数えている真っ最中という感じだ。あとは部屋の向こう側に作りつけのクローゼットの扉が見えるだけだ。(・・・おかしい、こんな大金をそのままにして脱け出るはずはねえ、・・・どういうことだ・・・)藤沢は怪訝な視線をあちこちに向ける、トカレフはいつでも撃てるように構えていた。
突然、部屋の隅から、「ビーッ!」と大きな音がした、藤沢はあわてて振り向く。異音はパソコンから聞こえてくるようだった。藤沢は身体をパソコンデスクに向けて踏み出そうとした、・・・その時だ、背後から轟音が響き、同時に藤沢の背中に衝撃と激痛が走る。振り向く間もなく衝撃は一瞬のうちに藤沢の身体を貫き、右腹部から血しぶきとともに飛び出した銃弾は藤沢の前の壁に衝突した。藤沢の肉体の中でエネルギーを弱められた凶弾は、壁にぶち当たると手前に落ちて転がる。・・・藤沢は呻きとともに前のめりにぶっ倒れた、トカレフははずみで藤沢の右手を離れ硬いフローリングの床を滑る。
・・・一部を破壊したクローゼットの扉が開くと、硝煙を発した拳銃を携えた男が高笑いを上げながら出てきた。ウエーブのかかった黒いオールバックの頭髪に、色黒でキザっぽい、ややエスニックな顔をゆがめた原島だ。原島は彫りの深い眼窩の瞳を藤沢に向けて言った、「・・・藤沢、おせえじゃねえか。俺のシナリオじゃあと1時間は早く現れる予定だったのによ。・・・待ちくたびれたぜ」薄ら笑いの原島は拳銃を構えたまま左手でタバコをくわえ、デュポンらしいライターで火を点ける。そしてゆっくりと藤沢に近づいた。
うつぶせたままの藤沢の視界に、冷酷な表情で見下ろす原島の姿が見えた。「・・・は、原島、・・・あ、相変わらず卑怯なクソ野郎だぜ・・・」藤沢の声はかすれてささやく程度の音量だ。原島は「ふん」と鼻を鳴らすと藤沢の左腕の傷口を蹴りつけてきた。・・・藤沢は激痛に呻き声を上げるだけで身体は動かない。
「卑怯だと?・・・藤沢、貴様がここに乗り込んでくることは、とっくにわかってたんだぜ。・・・こないだから正体不明の若造どもがうろついてザコどもを殺したり、その一味の女がパーティーに関わってきて潜入してきやがったからな・・・」原島はそう言うと、フローリングに広がっていく血溜りを愉快そうにながめ、そこに吸いかけのタバコを放り込んだ。「ジュッ」と音を立てて消えた。
「・・・俺はな、テメエがムショから出てくるのをずっと待ってた。そして出てきたのを知って、この計画を思いついたのさ。・・・出てきたテメエは昔のことを一切忘れるようにカタギになろうとしてやがったが、そうはいかねえ。・・・先代の頃、クソ生意気なテメエはなにかにつけ俺にたてつきやがった。三下の分際でなめた口も利いた。・・・生意気なテメエの鼻っ柱をへし折ってやらなきゃ俺の気が済まねえんだよ、それもテメエにとって一番屈辱的なやり方でな。・・・だから、あの手この手でテメエをけしかけたってわけだ」
・・・藤沢の意識は朦朧としてきた、銃弾はどこを貫いたのかわからないが、血が流れ続けていることだけはわかった。
「ところが肝心なテメエはなかなか出てこねえで、正体不明のヤツらが動き回ってやがった。・・・あいつらが何者なのか知らねえが、まったく迷惑な話だったぜ。おかげでザコが2匹ばかり死んだ。だが・・・」原島は右手の拳銃を撫で回す、銃身が丸い筒状だからワルサーかルガーだろう。
「・・・テメエの叔父貴が銭ぶらさげて、のこのこ現れた時ゃしめたと思ったぜ」(・・・!)藤沢はカッとなった、霞みそうになっていた目に力が入ってくる。
「まさにカモがネギ背負って現れたわけだ、・・・俺が表面上は和解したようなツラをしてやったら、おっさん土下座して喜んでやがったぜ。・・・そして牛尾の野郎に命令してテメエの叔父貴を轢いたら、やっとテメエにも火が点いたからな」原島は愉快そうな笑い声を上げる。
(・・・!)藤沢の眼は大きく開かれた、身体中が燃えるように熱くなり、人生最大の怒りと憎しみが噴き上がる。全身から漲ってくる修羅のエネルギーは藤沢を奮い立たせた。・・・両腕を突っ張り吠えながら上体を起こす、右膝を引きつけると腹部から血がしたたり落ちた。唸り声を上げて左膝を引く。震える右手で壁を伝いながら、藤沢はようやく立ち上がった。
ギラギラ光る阿修羅の眼で原島を睨み据えた。「・・・俺を殺りたけりゃ、はなっからそうすれば良かったじゃねえか!・・・無関係な者を殺し傷つけやがって!・・・なぜだ!」藤沢は足を開いて踏ん張っているが、上体はよろよろと揺れている。
原島はまた高らかな笑い声を上げる、「・・・それじゃ面白くねえだろうがよ、そんなことなら誰でもできる。・・・頭を使って相手をこっちの計画どおりに動かさせる、そして徹底的に屈辱的に殺す。・・・だから面白えんじゃねえか、ゲームは」
(・・・ゲーム!)藤沢の眼はさらにギラついてきた。




