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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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修羅ノ捌

藤沢は半円形のハンドルを革手袋の指先で起こして左にひねる、90度回転させると壁が手前に開いた。その壁の実体はドアで、通常の物と変わらないサイズだが妙に厚かった。・・・周囲の壁とそのドアにはクロスが貼り付けられていて、模様の切れ目が壁とドアのちょうど境目になっているので、一見するとそこがドアになっているようには見えない。

藤沢は音を立てないようにドアを全開にした。(・・・!)そこは1畳ぐらいのコンクリートの平場になっていて、その先に地下へと続くと思われるコンクリートの階段があった。・・・ひんやりした空気が地階から漂ってきた。(・・・地下室か、・・・さっきの金属音はどうやらこのドアだったようだ。・・・そして下には原島がいる、・・・絶対に)

藤沢は右手にマグライトを点灯させて踏み出そうとしたが、明かりは自分を目印にしてしまうのでライトをポケットにしまい、トカレフを握った。コンクリートの平場に身を滑りこませるとドアを静かに閉めた。一気に暗闇に変わる、そのまましばらくじっとしている。地下からは空調か換気設備かなにかのモーターの唸りが聞こえるだけで、他の物音はしなかった。

やがて藤沢の目は暗闇に慣れて、階段の1段1段まで見えるようになる。幅は半間にも満たない狭い階段だ。・・・立ち尽くしていると、まためまいが襲ってきた、今度のは強烈だった。左腕の傷口の上は麻ロープで縛ってあるが、岡瀬との乱闘の際にまた血が噴き出してきたのかもしれない。鎖骨あたりは激痛とともに熱を帯びてきている、多分腫れあがっているだろうが、それを点検する気力も時間も藤沢には残されてはいない。

・・・コンクリートの壁に背中を凭せかけてゆっくりと深呼吸する、徐々にめまいは遠のいていった。藤沢は腹を決めて一歩ずつゆっくりと階段を下りはじめる。靴の踵から先に着けてつま先へと体重移動するように歩を進める。・・・静まりかえった地下室なので、針一本落としても響くだろう。途中、天井や周囲を見回し監視カメラの存在を確かめる、ここにはなかった。


(1・・・2・・・3・・・)藤沢は段数を数えながら下りていく。(・・・13)そこで階段は終わり平場に変わる。下から一度階段の上を見上げる。(1段25cmとして13段、・・・3m25cmか。・・・スラブの厚さを引けば、地下室の天井高さは約3mになる・・・)

ふと足元に視線を移すと血痕が見えた、よく見ると階段の1段ないし2段にひとつずつ落ちていて、それは道しるべのように断続的に点々とつながっていた。(・・・やっぱり血は止まってねえようだ)藤沢は生温かい血がぬるぬるする左手を握ってみる。


階段下の短かい通路は3歩進むと右に折れている、藤沢はゆっくり歩くと通路の角からじわじわと顔を出して、折れた先を窺った。2mほど先に白っぽい鉄製のドアが見え、その上にポツンと青白い玄関灯がわびしく灯っている。藤沢は監視カメラの存在を確かめた。・・・地階にはどこにも取り付けていないようだった。

じわじわと廊下へ滑り出す、壁に背中をつけて横歩きで進んだ。目前に迫ってくる入り口を見つめて、(ドアに鍵が掛かっていたら、どうやって侵入しようか・・・)藤沢は考えた。・・・やがてドアに到達する、トカレフを左手に持ちかえて、丸いドアノブを握ってゆっくり回してみる。・・・ドアに鍵は掛かっておらずノブはすんなりと左へ回転した。

そのままドアを手前に引いてみる、蛍光灯の明かりが一気に漏れ出す。暗がりに慣れた藤沢の目には眩むほどまぶしく感じた。・・・目を薄目にして自分が入れるだけドアを開けると、ごわつくアーミーコートの肩から部屋に滑り込んだ。・・・部屋の中は空調が効いてるらしく快適な温度だ、タバコの残臭が滞留している。

ドアの先は土足なのに1m四方の靴ぬぎ場になっていた、部屋の明るさに目を慣らした藤沢は、その場所から間取りを頭に描く。・・・左側はドアの延長線上に壁になっていて、3mほど奥につきあたりの壁が見える。靴ぬぎ場の右側は仕切りのような壁になっているが、それは少し先で途切れ、部屋の空間が見えている。

藤沢は靴のままフローリングの床へと進む、右の仕切り壁の突端からじわじわ顔を出して部屋の中を窺う。つきあたりは一面壁で虎や豹の頭部の剥製がいくつか掛かっていて、その右側の対角あたりに奥の部屋に通じると思われる木のドアが見えた。・・・部屋に入り込むと全景が見えた。右の奥には小型のバーカウンターがあって手前にソファーセットがあるが、テーブルの上に空の灰皿があるだけで人の気配はない。

(・・・あのドアの奥の部屋か・・・)藤沢は静かにフローリングを歩き部屋を横切っていく、対角点にある木のドアを目指す。・・・トカレフのスライドを引きながら、ソファーの表面を眺めた。座面は平らになっていて人が座っていた形跡はない。カウンターも眺める、無垢材の板の上はきれいになっていた。


・・・そして藤沢は、『最後のドア』の前に到達した。心臓の鼓動は早くなり、目に復讐の炎が宿る。(・・・実尋、ケン、叔父貴、・・・もうすぐだ)


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