修羅ノ伍
藤沢は半開きのドアから部屋の中をそっと覗き込んだ。打ちっぱなしのコンクリート壁の広い応接間のようだった。大きなペルシャ絨毯が敷かれていて、本革のバカでかいソファーセットが真ん中に置かれている。・・・部屋の奥の方には虎の頭がついた毛皮と、狼の剥製が飾られていた。
入り口側に背を向けたソファーに座り、無垢の木のごついテーブルに足を投げ出している瀧井の後頭部が見えた。50代なかばにしては黒々とした短髪だ、左腕をソファーの背に回して凭せかかっている手首には、派手な金時計、中指には四角な金の指輪がはまっている。
瀧井の向かいの50インチの液晶テレビ画面には、裸の男女が絡み合う映像が流れていた。画面の上にタイマーが映っていてコンマ1秒単位の数字がめまぐるしく動いている。おそらく編集前のもののコピーだろう。
・・・藤沢はわざと足踏みして音を立てる、気づいた瀧井が、「氷持ってくんのに、どんだけ時間かかってい・・・」振り向いて藤沢を捉えた瞬間、瀧井の口が止まり動作が止んだ。陰惨な目が見開かれる。藤沢は黙ったまま瀧井の目を見据える。
「てめえは・・・藤沢!」瀧井はそう言った瞬間、パッとソファーから飛び上がり転がるようにしてテレビ台に飛びつく。藤沢が歩みかけた時、瀧井の右手には黒い塊が握られていた。・・・小ぶりなリボルバーのようだ。瀧井の目に凄惨な光が宿る、「・・・その様子じゃ貴様、牛尾を殺りやがったな!」リボルバーの銃口を藤沢に向けたまま叫ぶ。ヤニで枯れたダミ声だった。
藤沢は一歩前に出ると、「ひとり目は川上、ふたり目は牛尾、・・・そして次はお前だ、瀧井」藤沢の声は低く落ち着いている。・・・三白眼を光らせた瀧井は一度息を吐くと、「ふん、ヤッパひとつでか?・・・笑わせんな!」言い終わると同時にリボルバーの銃爪をダブルアクションで引いた。
藤沢の左側で空気は裂け、通りすぎた銃弾は打ちっぱなしのコンクリートをえぐって跳弾になる。鋭利な破片があたりに散らかり、甲高い残響が耳をつんざく。・・・藤沢は動じた様子もなく瀧井に一歩近づく。焦った瀧井はロクに狙いもつけずに2発目を弾いた、弾は藤沢の腹の横をすり抜けて、半開きの木のドアの表面をえぐって廊下のどこかに飛んでいった。
なおも一歩迫った藤沢に瀧井は恐怖の表情を見せる、後ずさりしながらもう一度銃爪を引く、今度は藤沢のアーミーコートの左袖が裂け、腕の肉をえぐった。熱い激痛が走ったが藤沢の表情は大して変わらない。「な、なんだ貴様は!・・・怖くねえのか!」瀧井は血走った目で叫んだ。「・・・覚悟がちがう。・・・てめえらみてえなウジ虫とはな・・・」
死神のような形相の藤沢がなおも近づくと、額に脂汗を浮かべて引きつった顔をした瀧井は、「がぁーっ!」と叫びながら藤沢の顔めがけて銃爪を引いた。・・・しかしリボルバーは撃鉄が空打ちする音が虚しく響くだけだった。
半狂乱になった瀧井は何度も銃爪を引いたが、カチカチ音とシリンダーが回るだけだった。悲鳴を上げながらリボルバーを投げつける、藤沢は無表情のまま身体をひねってかわすと、瀧井との距離を詰めていく。・・・後ずさりした瀧井は猥褻な音声を垂れ流しているテレビに腰をぶつけて倒れるが、すぐさま立ち上がりテレビの向こう側へ逃げる。
藤沢はテレビまで近づくと耳障りなそれを右足で蹴り倒した。テレビは台から落ちたはずみでコンセントが抜けて、映像も音も瞬時に消えた。・・・瀧井は壁に背中をぶつける、藤沢は左手首までつたってきた血を気にもせずにナイフを構えた。
「ま、待て!・・・待て!・・・貴様は丸腰の人間にヤッパを向けるのか!」瀧井は両手を前に出しながら屁理屈を並べた。・・・藤沢は唇をゆがめて、「そうかい・・・」と呟くと、ナイフをホルダーにしまう。その様子を見た瀧井は一度胸をなでおろし、「話し合おうじゃねえかよ」と、作り笑いを浮かべた。
藤沢は瞬時にその笑顔の真ん中に拳を叩き込む、グシャリと鼻梁が潰れる手応えを感じた。鼻血を噴出しながらのけ反った瀧井は壁に後頭部をぶつける。キチガイじみた顔になった瀧井は、そばにあったゴルフクラブをつかみ上げ、奇声を発して振り下ろした。クラブはガードした藤沢の左腕の傷口に衝突して血が飛んだ。(・・・!)藤沢は激痛に奥歯を噛みしめてこらえる。右手でクラブをつかむと強靭な力で瀧井の手から引き抜いた。
後ろに放り投げて瀧井に迫る、左のフックが瀧井のアゴを砕くと数本の歯と血が飛んだ。壁にぶつかりへたりこもうとしているところにアッパーを突き上げる。腹にも強烈なストレートを叩き込むと、藤沢の拳が丸々めりこんだ。大量のゲロを噴出させながら瀧井の身体はずるずると崩れ落ちる、すでに意識はなくなっているようだ。
・・・藤沢は視界の隅に白鞘の匕首が転がっているのを見つける、拾い上げ鞘を抜く。青白い冷徹な刃を眺めると倒れている瀧井を冷めた目で見下ろす。両手でつかんで大きく息を吐くと、瀧井の心臓に渾身の力で突き立てた。ビクッと四肢が反応し呻きを上げると絶命した。匕首の刃は半分以上埋まっている。瀧井の指先は命と無関係に細かく痙攣していた。




