修羅ノ肆
ドアを開けると廊下の途中だった、左右に長い廊下が続いていて左の突き当たりのドアには『物置』というプレートが見える。向かいにふたつのドアが見えた、廊下の右側はしばらく先で直角に左に折れている。・・・建物の外観は古い洋館の装いだが、実際はRC造、つまり鉄筋コンクリートのありふれた構造のようだ。内部には外観ほどの奇抜さはない。
藤沢は照度の低い明かりの下に滑りでる、川上から奪ったトカレフを尻ポケットから抜き出して、血糊でごわごわになったアーミーコートの右ポケットに移す。ナイフを握りなおして廊下をしのび足で左に進む。(・・・牛尾を殺ったので、残るは原島含めて3人か、・・・そういや迷彩服の男はどうしただろう。出て行った4人をひとりで片付けたのだろうか・・・)
藤沢の脳裏に六地蔵の3人の顔が浮かんだ、3人とも雰囲気が似ていたと思う。組織のメンバー同士というより友達のような間柄のような気がした。
・・・向かいのドアの前まで進むと、『会議室1』のプレートがついていた。やはりどこかの企業の施設だったらしい。藤沢は音を立てないようにドアを開ける。廊下の明かりが暗めで室内がよく見えないので、ポケットのマグライトで照らしてみた。どこの会社にもある長テーブルとパイプ椅子が整然と並んでいるだけで、人の気配はなかった。
隣の部屋のドアに進むと、『会議室2』とある、念のために開けて中を照らしてみたが、さっきの部屋とほぼ同様だった。藤沢は厨房を過ぎた隣のドアを見る、『浴室』だった。これも念のため開けてみるが気配はなかった。
・・・廊下が左に折れるところまで進み、角からじわじわと顔を出して様子を窺う。照明は同じように暗いが、少し先の左側のドアが開いていて内部の光が廊下に漏れている。毛足の短かいカーペットの床をゆっくり進んで近づく。・・・タバコの残り香が強く匂ってきた。
開け放したままのドアから部屋を覗き込む、・・・20畳ぐらいの広い部屋は明かりが点いているだけでガランとしていた。部屋の隅にルーレットの台やポーカーやバカラをやる台が押しやられている。どうやらこの部屋が賭博の会場に使われていたらしい。
・・・部屋には薄いピンクのカーテンが掛かっている。藤沢の頭に、玄関を出て外をうろついていた川上の顔を照らした光の色が浮かんだ。この部屋の明かりだったらしい。しかしこの部屋にも人の気配はなかった。
立ち尽くしている藤沢の耳に物音が聞こえる。耳を澄ますと階上の方からテレビの音がかすかに聞こえてくる。ゴトンと人が動くような音も聞こえてきた。音のする方へ進んでみると、2階へ続く階段がある。それは普通の家の階段よりも幅が広く、勾配も緩かった。
ここも床はカーペット張りなので、ゆっくり登れば全く音はしなかった。藤沢は前後を気にしながら慎重に登っていく。踊り場の壁にはステンドグラスの窓がはめ殺しになっていた。折り返しの上を窺い、なおさら慎重に登ると、テレビの音がはっきりしてきた。人の咳払いも聞こえてくる。・・・藤沢の唇は残酷にゆがんできた。
時間をかけて階段を上がりきると、その先を窺う。10mほど先のドアが半開きになっていてそこから音と光が漏れている。用心深くドアの前まで来ると、ぶつぶつと何か言っている男の声が聞こえてきた。「・・・牛尾の野郎、なにをやってやがんだ。・・・氷を取りに行くぐれえでもたもたしやがって。・・・まったくのろまな野郎め」・・・その言葉に反応する声は聞こえない、どうやらひとり言らしい。・・・藤沢には充分に聞き覚えのある声だった。
その声は若頭、つまり組のナンバー2である瀧井のものだ。・・・瀧井は元々、この地域を牛耳っていた『誠龍会』の幹部だった男だ。だが誠龍会は20年以上前、たったひとりのカタギの若い男の襲撃で壊滅したと聞いている。
とんでもない戦闘能力を持った男は、親友をリンチ殺人された復讐で殺人に関わった人間を片っ端から殺し、組事務所に車で突っこんで建物を爆薬で吹っ飛ばし、なおもその事件の元凶だった県議会議員親子までもライフルで射殺したという伝説のような話を、藤沢は何度か聞いていた。・・・だがその男も自分の放った手榴弾で爆死したとも聞いている。
・・・そしてその発端となった『親友のリンチ殺人』の本当の黒幕は実は瀧井で、誠龍会壊滅のどさくさにまぎれて組の資産を着服して、野沢組に手土産さげてやって来たとも聞いている。




