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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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修羅ノ参

牛尾は歯をチッチッと鳴らして振り向いた途端、あまりの驚きでのけ反り、後頭部を冷蔵庫にしたたか打ちつけた。はずみで右手のアイスペールも冷蔵庫にぶつかり、氷の半分ほどがこぼれ落ちた。目を見開き口も大きく開けている。死神のような藤沢の形相と風貌を突然見たら、誰もがそうなるだろう。牛尾は凍りついたように微動だにしない、状況を飲み込めていないのだ。

藤沢は血走った脂っぽい目玉を牛尾に向けたまま、「久しぶりだな、牛尾・・・」と、押し殺した声でささやく。・・・牛尾はゾンビのような血まみれの男が藤沢だとようやく気づき、威厳を取り戻そうと凄んだ顔つきに変わった。「貴様!こんなところに何の用だ、藤沢!」

藤沢は川上の血がこびりついたナイフと黒革の手袋を持ち上げて見せる、血はすでに赤茶色に変色していた。・・・はっとした牛尾は途端に後ずさりしようとしたが、たった一歩で巨大な冷蔵庫に退路を絶たれた。急に弱気な表情に一変させる。

そして脂汗をひとすじ垂らしながら、「今度のことは全部組長が仕掛けたことだ、俺はよく知らねえんだよ」と、許しを乞うような顔をする。・・・藤沢は黙っている。(この野郎、よくもぬけぬけとそんなことが言えたもんだ)・・・原島と同等に卑劣で残虐な性格を、藤沢は知り尽くしていた。組にいた頃、弱者や年寄りへの追い込みを買って出たのはいつも牛尾だった。そして情け容赦ない仕打ちを誇らしげに話していたことは、一度や二度じゃなかった。

(この牛野郎は絶対に関わっている、知らぬはずはない)黙っている藤沢を目の前にして、牛尾は目玉を泳がせた。この状況からなんとか切り抜ける方法を模索してる目だ。「な、なあ、お前の叔父貴から仮に預かっている100万は、すぐに返すからよ。・・・俺が金庫の鍵を持ってんだ、今すぐに取りに行ってもいいんだぜ、どうだ?」牛尾はいい歳をして見え透いた戯言を吐きだした。

藤沢はまだ黙ったまま、まばたきもせずに牛尾を見据えている。・・・藤沢の脳裏にあることが閃く、「・・・牛尾、叔父貴を轢いたのは貴様だな」途端に牛尾は大きな目玉を藤沢に向ける、すぐにキョロキョロと挙動不審な目つきに変わる。

「バカ言ってんじゃねえ!俺じゃねえよ、俺はなにも知らねえ!」そう言いながら、牛尾の額にはびっしりと脂汗の粒が浮いている。藤沢はその様子を見て確信した。そして、「目撃情報があるんだよ、叔父貴を轢いた盗難車を運転していたのは、うすらでかい図体で坊主頭だったとな。・・・そうなりゃあ身体的特徴からお前しかいねえ・・・」と、カマをかけた。

途端に牛尾は明らかな狼狽の仕草を見せる。「バカ言え!あん時ゃ周りに誰もいなかっ・・・あっ!」牛尾は焦るあまりにうっかり口を滑らせた。藤沢の策略に乗せられたのだ。藤沢は唇の端をゆがめて言った、「なんだって?・・・あん時とはどの時だ、ああ?牛尾・・・」

返す言葉が見つからない牛尾は、荒い息遣いをしている。やがて、「たしかに轢いたのは俺だ」と、犯行を認めた。「・・・だがそれは仕方なかったんだ、原島組長の命令に背くわけにはいかねえからな。・・・組の掟に背いたら俺がやられる。仕方なしにやったんだ、・・・なあ、わかるだろう?藤沢・・・」


藤沢は鼻で笑う、「今度は泣き落としか、でかい図体をした若頭補佐がみっともねえぜ」・・・窮地に立たされた牛尾は周囲を見回す、そして自分の右側の足元にある空のビール瓶めがけて手を伸ばす。・・・藤沢はその行動まで読んでいたので、わざと牛尾のさせるがままにした。

瓶をつかんだ牛尾は急に元気を取り戻す、「死ね!この外道が!」と叫びながら振り上げる。牛尾の動きは図体の割には速かった、だが藤沢は軽く身体を捻って攻撃をかわす。つんのめった牛尾は踵を返すと今度は斜めに振り上げる。藤沢は下りてくる瓶をナイフの甲で返り討ちにした、瓶は耳障りな音を立てて空中で破裂し、破片があたりにばら撒かれた。

キチガイめいた顔に変わった牛尾は唸りながら、「この野郎!死ね!」と、ギザギザに尖った瓶の先端もろとも突っこんできた。藤沢は身体をひねってかわしざま、勢いをつけて牛尾の左目にナイフを突き立てる。鋭利な刃先は大した抵抗もなく吸い込まれる。

「ぎゃあ!」と喚いた牛尾の目から刃渡りの半分ほど刺さったナイフを抜くと、顔から噴水のような血しぶきを上げながら倒れ、顔面を押さえて転がりまわる。床には鋭く尖った瓶の破片が落ちているが、それどころではないようだ。藤沢は黙って見下ろす、その眼に慈悲のかけらは一片もなかった。


藤沢は間髪入れず、アザラシかトドのように身をよじる丸々とした体躯に強烈な蹴りを入れる。リーボックの黒いシューズのつま先は何度も腹部にめり込んだ。その内に牛尾は血混じりのゲロを噴出させる。藤沢は吐瀉物を避けながら、今度は顔面を蹴り込む。靴先にはしたたかな蹴り応えを感じた。アゴの骨は砕け、鼻柱はぐしゃぐしゃに潰れる。・・・牛尾は気を失った。

それを見届けた藤沢は流しの下の開きから片柄のボウルを見つけ出し、水道の水を張る。・・・倒れている牛尾の顔にぶっかける。気絶から醒めないのでもう一度水を汲んでぶっかけた。・・・「うぅ・・・」と呻きながら牛尾は意識を取り戻すが、腫れあがり変形した顔はもはや人間のものではないように見える。

藤沢は牛尾を見下ろして言った。「・・・貴様らみてえなウジ虫どもは、楽には死なせねえ。・・・苦しみながらくたばりやがれ!」・・・牛尾の足を片方ずつ上げてアキレス腱を切断する。両足切断したあと、腹部にナイフを突き立て掻っ捌く。・・・牛尾は人間とは思えない悲鳴を上げてくねくねと身をよじる、動くたびに腹の裂け目から臓物がはみ出た。

藤沢はその様子を一瞥すると背中に悲鳴を聞きながら、流しでナイフと手を洗った。ベタベタの血糊はなかなか落ちない、何度もこすってやっと洗い流した。ついでに顔も洗う。・・・洗い終わる頃には牛尾は息絶えていた。・・・藤沢は厨房の明かりを消して、内部に通じるドアを薄目に開けてみる。


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