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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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畜生ノ伍

双眼鏡のレンズ越しに、上機嫌で別荘から出てくる賭客が見えた。酔っている男も見てとれる。下っぱどもは愛想笑いを浮かべてへつらっている。今日だけでいくらの腐れ銭をせしめたのか知らないが、催す方も招待される方も金と欲の亡者だと藤沢は思った。

玄関先は見送る人間も出てきて賑やかな雰囲気だ。(・・・!)藤沢はその客たちの背後にいる女たちの中に、昨夜情報をくれた『実尋に似た女』を見つけた。コンパニオンらしき女たちに混じっている。(いったいこれはどういうことだ・・・)

藤沢は一度、双眼鏡から目を外して素目で眺める。最初に到着した迎えの車はもう出発していた。(昨夜、あの女は自分が『六地蔵』の仲間らしきことを認めた。だとすると、野沢組とは友好的な関係ではないはずだ。・・・今日の情報をくれたのは、俺を敵視していないということだと思うが・・・)

藤沢はもう一度双眼鏡で眺める、やはり昨夜の女に違いない。・・・納得できないが考えるのをやめて客の監視を続ける。


日付が変わる頃には賭客もコンパニオンも若い男たちも去って、別荘に残っているのは野沢組の人間だけになったと思われた。

藤沢は近くに寄せておいたバッグの中からサバイバルナイフを取り出して、ホルダーをジーンズのベルトに通して固定する。細めの麻ロープを巻いたものと、小型のマグライトをポケットにつっこむ。ハイカットシューズの紐をきつめに締めなおして、上部のマジックテープもそうした。そして黒革の手袋をはめる。

獲物を狙う肉食獣のような瞳に変わった藤沢は、なるべく音を立てないように藪の中を進んでいく。別荘の方にも充分に気を配った。・・・建物を囲む唐松林の中に進入すると一度足を止めて、五感を鋭くしてあたりを窺う。そしてまた歩きだすが、地面に落ちている小枝や落ち葉を踏む音を立てないように慎重に歩を進めた。

別荘まで20mの距離まで近づいた。・・・藤沢から見て左側に玄関があり、右側が建物の裏手になる。見つめていると玄関の木のドアが開いた。藤沢は最寄の太い唐松の幹に身を隠して、顔を半分だけ出して様子を窺う。

男が出てきた、小柄で痩せた男だった。(川上の野郎か?・・・)男は庭の方に歩きだす、カーテン越しの明かりの横を過ぎる時、照らされた顔を見て確信する。川上はふらふらした足取りで別荘の周りをゆっくり歩く。・・・おそらく中にいる幹部に見回りしてこいとでも言われたのだろう。

酒に酔ってる様子でよろめきながら、建物の向こう側の藤沢からは死角になる方向へ歩いていった。藤沢は唐松の幹の陰からそっと動き出す。あたりを気にしながら、川上が回ってくるであろう別荘の裏手を先回りする。ちょうど建物の角の近くに来て、また唐松の陰に隠れた。

しばらくして川上が歩いてくる、ぶつぶつと何か言いながら藤沢の前を通り過ぎた。後ろ姿を眺めていると川上は立ち止まり、上体をふらつかせながら立ち小便をはじめた。・・・藤沢の目が鋭くなり、ホルダーに差したサバイバルナイフを抜き出す。そして猫のように足音を立てずに川上の背後に近づいた。川上はまったく気づいた様子はなく、鼻歌まじりで長々と小便を垂らしている。

藤沢は川上の背中にナイフの先端を突き当てる。川上は瞬間的にビクンと身体を硬直させた。「・・・声を出したら、このまま刺しこむ」藤沢は低いしわがれた声でささやいた。「そのまま林の中へ歩け、・・・振り向くなよ」川上はガタガタと震えだし、「ちょ、ちょっと待て」と言ってズボンを上げた。

・・・川上は言われたとおりに林の中へ歩きだす。さっきまでの酔いは吹っ飛んでしまってるようだ。藤沢は背広の背中にナイフの刃を触れさせたまま歩速を合わせた。・・・川上の呼吸は荒い、心臓が喉元までせり上がっているような感覚だろう。


別荘から30mほど離れたところで止まれと命じる。「よし、こっちを向け」藤沢が言うと、川上はおそるおそる振り返る。・・・目を見開いた。「てめえは!藤沢・・・の兄貴・・・」川上は小柄なので藤沢を見上げるようにした。

「これから俺の質問に答えてもらう。・・・言っておくが、お前が妙な真似をしたり聞いたことに正直に答えなかったら、遠慮なくぶっ殺す」足元がガクガクしている川上は小刻みにうなづく。「・・・中に組の人間は何人いる?」

藤沢が質問した瞬間、別荘の玄関の方でガタンと大きな音がした。藤沢はそっちに気を取られて反射的に振り向く。・・・途端に「へへっ、こっちを向け!」と川上が怒鳴った。藤沢が向き直ると川上の手にはトカレフが握られていた。背広の内ポケットにしのばせてあったのだろう。「へへっ、形勢逆転だな、おい藤沢!ナイフを捨てろ!」川上はわざと大声を張り上げた。

・・・藤沢の瞳がスッと暗くなる、黒い怒りを内に秘めたように無表情になる。「・・・貴様、妙な真似をしたらぶっ殺すと言ったことを、聞いてなかったわけじゃあるまいな・・・」藤沢は目の前にトカレフを突きつけられても動じる様子はない。

「うるせえ!これが見えねえのか!」川上が突きつけたトカレフは小刻みに震えている。


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