畜生ノ参
庭の片隅のケンの墓の前にしゃがみ手を合わせ、目を閉じて心で話しかける。(お前の命を奪い、叔父貴をひどい目に遭わせたケジメはきっちりつけるからな・・・)
藤沢は家に入ると黒い大型のバッグを持ち出して、買ってきたものを包装から出して詰める。棚の上に置いてある高性能な双眼鏡も入れた。・・・それは森にやってくる鳥を観察するために去年買ったものだ。黒いジーンズに履き替えて、さっき買ってきたオリーブグリーンの薄手のアーミーコートを着て、同色のキャップをかぶる。ポケットには黒革の手袋も入れた。
軽くて足音のしないリーボックの黒いハイカットシューズを履いて玄関を出た。・・・もう一度ケンの墓に手を合わせてから、バッグをフィットの後部座席に放り込むと出発する。実尋に似た女にもらった地図はポケットに入っていたが、すでに頭には入っていた。
山道を下りながら昨夜の女が言っていた言葉を思い出した。『あなたの目を見てると、なんだか懐かしい気持ちになるわ。・・・キレたら止まらないところも』女はそう言うと、哀しげな顔をしていた。(・・・あれは俺に似た誰かを、思い出してでもいたのだろうか。・・・やけに淋しい目をしていた・・・)
藤沢は実尋にそっくりの女に遭遇してから、あらためて実尋に対する何年経っても変わらない『純愛』の気持ちが沸々と蘇って、切なくてたまらなくなる。(・・・俺は自分が死ぬまであいつを想い続けるのだろう。いや、死んでもか・・・)逢いたくても逢うことのできないもどかしさに、胸が締めつけられた。
フィットは一度街まで下り、コンビニで軽い食料やタバコを買い込んでからまた走り出す。市街地の北に鎮座している全国的に有名で大きな寺院の裏手に回り急カーブを曲がると、スノーシェッドの屋根が取り付けられた急勾配の石畳状の坂を駆け上がる。
そこを過ぎると視界は大きく開け、広い道路になる。真っ直ぐな坂をどんどん進むと、途中に池とキャンプ場が見えてくる。アップダウンを繰り返して走ると、やがて左側には広大なゴルフ場が現れる。・・・市街地からここまで、約700mの高低差があった。
じきに右側に別荘地の看板が出てきたので右折する。あたりは一帯が別荘地だが通年居住している家が多いことから、自治会組織もあるようだ。・・・整然と整備された区域を走り抜けると、一気に原生林のような光景が広がってくる。
目の前に聳える約2000mの山の麓を縦走する林道が見えてきた。藤沢は未舗装のダートにフィットを乗り入れる。ここ数日、降雨がないのでフィットはもうもうと土煙を蹴立てて突き進んでいった。・・・やがて目的の場所が視界の隅に入る。
・・・唐松林の一帯に整備された一角が現れた。周囲の林に囲まれた個人所有にしては大きすぎる建物が見える。通常の別荘とは桁違いの大きさだ。・・・多分、都会の企業かなにかの『保養施設』を原島が手に入れたのだろう。周囲2km四方には何もない山の中だった。
藤沢はフィットを減速させて一度前を通り過ぎる。しばらく周囲を観察しながら走り、車と自分の身を隠せる場所を探した。同時に周辺の地形の形状を確認する。ぐるぐるとひと回りしたあと、建物から100mほど離れた雑木林の中に小道を見つけた。
・・・伐採木を引き出すために営林局が作った道だろう。路面は荒れてガレ場になっていた。深い轍もある悪路だが巧みにかわしていくと、4WDのフィットはなんとか登っていけた。少し広くなった路肩に寄せて停める。
藤沢は車を下りて革手袋をはめてから、背の高い笹藪をかきわけ20mほど奥に進む。笹や小枝はへし折って踏み潰してとりあえずの道を作る。・・・原島の別荘が正面に見えた、午前中の日差しを浴びた建物の全景が見える。絶好の監視場所といえるだろう。藤沢は獣のような眼差しで別荘を見据えた。
・・・一度車に戻ると、バッグから双眼鏡と小型の折りたたみイスを持ち出す。それを監視場所まで持っていき、笹薮から身体を露出させないように別荘を眺めた。双眼鏡のレンズ越しに玄関を見ると、出入りする人間の顔がはっきり見てとれた。
最初に顔を確認できたのは、藤沢が野沢組に所属していた頃に入ってきた三下の男だった。虚勢を張るだけで実際は気の小さい臆病な男だった。・・・6年以上経過した今は少しは立場も上がったのだろう、偉そうな顔つきで何度も出入りしていた。・・・たしか川上という名前だったはずだ。
30分ほど監視を続けていると、ハイエースの10人乗りのワゴンが玄関先に到着した。ぞろぞろと8人の男たちが下りてきて、出迎えた川上となにか話していた。タバコに火を点けているヤツもいた。いづれも野沢組の組員で、藤沢はその内の6人の顔を覚えていた。
連中が建物に入っていくと、じきに黒いメルセデスの600がやって来た。(・・・!)藤沢の瞳がスッと険しくなる、噛みしめた奥歯で頬の筋肉が盛り上がる。自然に身体が硬直し腹の中が熱くなってきた。(・・・やって来やがったな!原島!)黒い怒りが沸きあがると獣のような息遣いをはじめる。




