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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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畜生ノ弐

藤沢は暗い廊下を歩いていく、(ちくしょう!原島の野郎、今度という今度は絶対に許さねえ!徹底的に苦しませてから殺してやる!)硬い床に藤沢の靴音だけが響いている。

夜間受付の玄関から出ると、数もまばらになってきた駐車場のジープまで駆けていく。鍵もかけずに飛び出したきたジープのきゃしゃなドアを開けた時、藤沢のすぐ後ろに車が停まる気配がした。

構わずにジープに乗り込もうとした瞬間、「藤沢くん!」と声を掛けられた。藤沢は鬼のような目のまま声を無視した。・・・今の心境では自分を呼び止める声さえも鬱陶しいのだ。ジープのハンドルを外からつかむ。・・・もう一度声を掛けられ、藤沢は仕方なしに振り向く。

グレーのBMWの運転席のドアが開いたまま、女が立っていた。(・・・!)藤沢は目を見開いた。(・・・実尋!・・・まさか)藤沢と向かい合う格好で立っている女は、長い茶髪で痩せた身体に黒いコートをまとっている。背は高い方だろう。長い髪の中に見える小顔に、少し茶色がかった瞳、小さい鼻。・・・藤沢の記憶の中で生きている実尋の特徴そのままだ。自分を呼んだ声まで似ていた。

(・・・だが違う、実尋は俺と同じ年齢だから、生きていれば28歳。・・・この人は40歳ぐらいだろう)藤沢は少し落ち着きを取り戻した。「藤沢くん、でしょ?」・・・凝視してくる目は視力が低いのかも知れないと、藤沢は思った。

(しかし、実尋と似ている・・・)藤沢は黙っている。女はポケットから紙切れらしきものを取り出した。「・・・あなたにとって有益な情報をあげるわ」と言って、それを差し出してきた。細い手に細い指、それも実尋と共通だ。藤沢は受け取り紙切れを眺める。・・・地図のようだった。

藤沢が紙から顔を上げると女は話しはじめる。「・・・その地図の場所に原島の隠し別荘があるの。そして明日は昼間から、年に一度の原島主催のギャンブルパーティーがあるの。・・・大勢の客が来るみたいだけど普段と違うから、襲撃するならそこが狙い目かもよ」女は顔に似合わず物騒なことを言って微笑んだ。

藤沢ははっとした、「・・・あんたも六地蔵の一味なのか?」地図を手にしたまま、藤沢は初めて口を開いた。「・・・六地蔵?・・・ふふふ、そうかも知れないね」女は一瞬考えを巡らせたあと、そう答えた。そしてため息を吐いてから、「あなたの目を見てると、なんだか懐かしい気持ちになるわ、・・・キレたら止まらないところもね・・・」女はそう言って、なぜかうつむき哀しげな表情をした。

やがて顔を上げると、「それじゃあ・・・」とBMWに乗り込み走り去っていく。・・・『長野 3×× そ 38』藤沢は無意味にナンバーを口にした。


藤沢は駐車場の外灯の明かりの下で、もらった地図を見る。何度か行ったことのある地域だったが、別荘地までは行ったことはない。「明日、か・・・」地図をポケットにしまいこむとしばらく立ち尽くしていた。さまざまな想いが交錯する。

藤沢は深いため息を吐くと、暗い病院内に戻っていった。・・・待合まで行くと一同はそのまま沈黙の時を刻んでいる。ベンチの隅に腰かけて和彦の顔を思い浮かべていた。・・・やはり、孫が生まれた喜びに笑う顔しか出てこなかった。ときおり理恵子がしゃくり上げる声が廊下に響く。


やがて朝の光が沈黙の廊下にも差し込んでくるが、朗報はまだ届かなかった。藤沢は腹を決めると、憔悴しきった理恵子に、「申し訳ないが・・・」と呼びかけて、この場をいったん離れることを詫びる。理恵子は小さくうなずく。「連絡はいつでも取れるようにしておくから」と言って、総合受付の方へ歩いて行く。

・・・今日だけが特別なのかいつもこうなのかわからないが、人がごった返していて盛況ぶりに妙なものを感じる。外に出るとゲート式の駐車場の入り口には、駐車待ちの車が列を作っていた。街はあわただしく今日がはじまっている。

藤沢は完全に冷静さを取り戻していた。それは実尋によく似た女から地図と情報を受け取ってからだ。青い炎となった深い怒りは、藤沢の頭脳を回転させはじめた。


市街地にあるレンタカー屋に行き、ブルーグレーのフィットという車を借りた。目立ち過ぎるジープをレンタカー屋の駐車場に停める。・・・ホームセンターや作業服屋を回り計画に必要なものを買い込むと、自分の家まで山道を登っていく。フィットは1300ccとエンジンは小さいながらも車重が軽いためか、軽快に登っていった。


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