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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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地獄ノ弐

ジープは市街地からだいぶ離れた山道を駆け上がっていく。路面にはもう雪はないが、周囲の林間や畑には根雪が白く固まっていた。獣や野鳥の足跡が点々と残っている。

振り返れば街路灯や人家の明かりが点き始めた市街地が、はるか遠く見下ろす方向に、靄がかかったように見える。

ジープは黒煙をもうもうと吐きながら急な坂道を登っていく。周囲はナラやクヌギといった雑木や唐松林に囲まれ、景色も見えない山中に入る。

しばらく走るとやっと道路勾配が平坦になり、雑木林の中にポツンと建っている小さな平屋が見えてくる。10坪ばかりの古ぼけたログハウス、藤沢が昨年、とある人から譲り受けたものだ。

雑木が切れたところに敷地への入り口がある、ジープは圧雪が凍結したままの敷地に入っていく。庭は広いが車の動くところ以外は、雪は積もったままになっている。表面はザラ目のように粗く固い雪だ。

・・・ログハウスは降雪・積雪を考えて、基礎を高くしてあったので、地面から4段ほど階段を上がったところに玄関がついている。藤沢はジープを玄関前に停め、ホームセンターで買ったビニール袋をぶら下げて階段を上がる。

ドアの前に立つと中からカリカリと木をこする音がしていた。掛け金に取り付けたナンバー錠のダイヤルを回してドアを開ける。途端に中から柴犬が飛び出してきた。藤沢の唯一の家族だ、名前はケン

ケンは主人が帰ってきた喜びで、はしゃぎ回り作業着のズボンにカリカリと爪を立てた。

電気のスイッチをつけて室内に入りスリッパに履き替えて、ビニール袋をテーブルに置くと、尻尾を振っているケンとしばらくの間戯れた。ビニール袋からドッグフードを出して器にあける、水も入れ替えてやる。この時ばかりは利口に座って待っていた。

1日に2度の食事は、ケンにとって至福の時間だろう。ケンが夢中になって食っているのをながめながら、藤沢は作業着と下着を脱いでシャワーを浴びに行く。

178cmの筋肉質の上半身には、背中から両腕の手首まで刺青が入っていた。


―――藤沢は高校を中退した17歳の頃、若気の至りで暴力団『野沢組』に入る。入ってすぐの下足番のチンピラ時代から、度胸とケンカの強さを買われて、敵対する組織との出入りや襲撃には頻繁に駆り出された。その都度、藤沢の評判は上がっていく。

当時の藤沢は有頂天になってイキがっていた。(俺ほど強いヤツは、この辺にはまずいねえだろう)まさに天狗そのものだった。

だが、ある程度の発言力も備わってきた21歳の頃、ヤクザの汚ない生き方が嫌になってくる。弱い者や困っている者からは、骨もしゃぶりつくすほど搾り取り、利権欲しさに政治家や事業家には擦り寄って、おこぼれ頂戴とばかりに尻尾を振る、みっともない生き方。

『極道』などとかっこつけているが、世の中で一番かっこ悪い生き方だと思いはじめた藤沢は、組を抜けることを決意する。それを一番喜んでくれたのは、高校時代からつきあっていた恋人の実尋だった。

実尋は、高校をやめてヤクザになると言い出した藤沢に、徹底的に反対した。暴力が大嫌いだったからだ。それでも聞かずにヤクザになった藤沢とは一度別れた。だが本来の藤沢の、弱者や子供や動物に優しい性格を知っていたから、家族には内緒でまたつきあうことになる。

藤沢にしても実尋には心底惚れていた。生涯『女』は実尋ひとりと決めて、身体中にある刺青の一部に『実尋』と彫っていた。


組を抜けることに決めた藤沢は、その日から組長や幹部に懇願する。・・・しかし組は戦闘能力と度胸と頭脳にすぐれた藤沢の脱会を認めなかった。給料やら地位、あの手この手で藤沢を引きとめようと向こうも必死だった。

・・・ひと月後、藤沢はいい加減抜けさせてくれない組に業を煮やし、行方をくらますように姿を消す。地元からは遠く離れた福岡に潜伏する。

1週間後、『なんとか組から逃れられそうだ』と伝えるために、偽名を使って実尋の自宅に電話を入れた。

・・・返ってきた答えに、藤沢は言葉を失った。


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