餓鬼ノ伍
・・・街に闇が訪れた頃、藤沢は裏通りを歩いていた。昨夜は興奮状態のまま家を飛び出し六地蔵に阻まれた。そして今日のニュースで野沢組傘下の雑魚が殺られたことを知る。確信はないが藤沢は、六地蔵に殺られたそいつはケン殺しの実行犯だろうと思う。
藤沢は今日一日冷静になって考えた、(ただ闇雲に野沢組に押しかけても周りの連中に阻まれて、原島に行き着くことはできないだろう)そしてアイデアが浮かんだ。野沢組にいた頃親交のあった情報屋に当たってみようと考える。何人かの顔が浮かんだ、その中で一番裏切らなそうな男を選ぶ。
・・・赤提灯をぶら下げた焼き鳥屋『鳥よし』が見えた、近づいていくと換気扇から吐き出されるいい匂いがしてくる。縄の暖簾をくぐり磨りガラスの滑り戸を開ける。「いらっしゃーい」親父は焼き鳥を焼いている手元から顔を上げずに言った。
L形になった8人掛けのカウンターと小上がりの座敷、火曜の宵の口の割には客が入っている。藤沢はカウンターの一番奥に目当ての男を見つけた。幸い手前の止まり木はひとつ空いている。・・・男は60をだいぶ過ぎていて小柄で痩せている。
藤沢が黙ったまま隣の丸スツールに腰を下ろすと、虚ろな目を向けてきた。男の前には一升瓶の酒とコップ、『お通し』と塩辛の小皿しか載っていない。・・・男はアルコール依存症で、この時間はいつもこの店のカウンターで飲んでいることを藤沢は憶えていた。
藤沢が刑務所に入る6年前よりもさらに痩せて、頭髪は抜けて目は落ち窪んでいる。依存症の症状は悪化しているように見えた。・・・男はしばらく藤沢の顔を見つめていたが、やがて認識し、「藤沢じゃねえか、・・・たしか1年前に出てきたんだよなあ」と、前歯がろくにない唇をゆがめる。アル中のくせに商売柄か記憶は定かだった。
店の親父に瓶ビールを頼む、すぐにホタルイカのお通しとキリンラガーが出される。焼き鳥をおまかせでひと皿頼む。・・・藤沢は男としばらくの間、雑談を交わした。男の酒を飲むピッチは早かった、ガリガリの細腕で重そうに一升瓶をかしげているから注いでやる。
藤沢は頃合を見て男に切り出した、「・・・原島の普段の動きを知りてえんだがな」・・・途端に男はコップを口に運んでいる手を止めた。「・・・それはあんましいい質問じゃねえなあ、知ってるお前でも」藤沢は懐から一万円札を抜き出して、男の胸ポケットに突っこむ。男はコップをカウンターに置いて札を数えた。「・・・5万か、まあいいか」男はポケットに札を突っこみなおすと、「・・・ちょっとションベンな」と言って席を外した。
鳥よしは徐々に客が入ってきた、市役所が近くにあるのでそれらしいグループが多い。・・・男が戻ってきて話をはじめる、さすがに商売だけあって事細かなことまで話してくれた。「・・・まあ、こんな感じだ」言うとまたコップ酒を呷る。
藤沢は男に、「ありがとう」と言って勘定を払うと店を出た。・・・男から聞いた話だと原島は今夜はおあつらえ向きに、妾のマンションに行ってるらしい。おまけにそのマンションはここからすぐの、アンダーパスをくぐった先にある。藤沢に沸々と殺意が漲ってきた。歩行者を追い越しながら、一度内ポケットに忍ばせた匕首の柄を強く握りしめる。(・・・野郎、今夜こそてめえの喉をぶった切ってくれる・・・)
オレンジ色の外灯の下、アンダーパスを下りていくと向こうから男が近づいてきた。男は藤沢とすれちがいざまに、「藤沢さん」とつぶやいた。(・・・!)藤沢ははっとなって足を止めて振り返る。男も立ち止まってこっちを見ていた。パーカーのポケットに両手を突っこみ、黒いキャップとマスクをしている。表情はわからないが自分より少し若そうに見える。
キャップの横と後ろに出てる髪の毛が、男にしては長めだ。・・・藤沢は黙ったまま男を見つめていると、「あんた、この先のマンションに向かってるんだろ?」と聞いてきた。その声はロックバンドのヴォーカリストのように嗄れていた。
・・・藤沢は不意に昨夜の六地蔵を思い出す、そういえば背格好も年齢も似通っている。「お前は誰だ・・・」藤沢は押し殺した声で尋ねる。「・・・マンションには行かねえほうがいい、っちゅうか行くなら俺が止める」男は藤沢の質問には答えずにそう言った。
藤沢はまた昨夜の覆面を思い出した、「お前、もしかして六地蔵の仲間か」キャップとマスクの間に見える鋭い目を睨みながら聞く。「・・・六地蔵?そうか、六地蔵ね。そう言ったかヤツは」男は少しだけ声に笑いを混じらせた。
藤沢はカッとなる、「いったいてめえらは、なんなんだ!俺のジャマばかりしやがって!」藤沢は思わず身構える。すると男は両手を前に出して、「おいおい、藤沢さん、俺たちはあんたの敵じゃねえよ」と言う。
そして、「昨夜の野郎が六地蔵と名乗ったのだとしたら、俺も同じく六地蔵と名乗らせてもらうよ」と言った。




