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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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餓鬼ノ肆

みぞおちの痛みで意識を取り戻すと、藤沢はジープの運転席に上体を突っこんでいた。・・・途端に猛烈な吐き気が襲ってきた。身体を起こしてジープから抜け出ると、ごろごろと喉を鳴らして路上に吐き出す。吐瀉物は液体しか出てこない。二、三度こみ上げてきたものを吐き出すとようやく苦しみから解放された。

背広の上から胃のあたりをさすると、内ポケットに匕首が収まっているのがわかった。抜き出してみると匕首は鞘に収まっていた。(六地蔵の野郎・・・)

藤沢は完膚なきまでに負けた光景を思い出す、自分が情けなくなってきた。腕と度胸で結果を出したから野沢組でのし上がってきた、腕と度胸だけを頼りに地獄から這い上がってきた。刑務所生活6年のブランクはあるが、自分の強さは衰えていないと思っていた。

だが覆面の六地蔵との対決は完全に敗北で、しかもヤツは全力を尽くしてもいない。・・・動きの速さと無駄のなさ、正確さ。次の一手を完全に読みきっている頭脳と冷静さ。すべて藤沢が今まで出会ったことのない『戦闘マシン』のような男だった・・・。『今のあなたでは、匕首を持っていても私には勝てない』その言葉通りに藤沢は一指も触れずに敗北した。

・・・ポケットから携帯を取り出して時間を見る、午前3時になろうとしている。「ちっ!」藤沢は急いでジープに乗り込みエンジンをかける。(今夜中に仇をうたねば・・・)ふと、助手席においてあったはずの銛がないのに気づく、足元をのぞいても銛はどこにもない。(ちくしょう!六地蔵の野郎が盗んでいきやがったか!)藤沢は歯ぎしりして悔やんだが、あきらめてジープを発車させた。


街明かりの中まで下りてきて夜中の道を突っ走る、市街地の北の外れにある野沢組の本拠地方面に向かう。・・・一度通りすぎてみようと野沢組事務所のそばまで来た時、異変に気づいた。あたりは赤いパトライトの光に染められて、その中で警察官が物々しく動いているのが見えた。

藤沢は前進するのをやめて、シャッターを下ろした店の脇にジープを停めて様子を窺う。・・・鑑識のカメラのフラッシュらしき閃光が何度か閃いた。(誰かが殺られたのか?)藤沢は迂闊に近づくのをやめて、無灯火のまま現場を離れる。しばらく考えてから、(・・・ケン、今日はジャマは入ったうえに様子が変だ・・・約束を果たせなくてごめん)と念じながら山へと戻っていく。


家に戻ると藤沢は朝が来るのを待つ。やがてあたりが白々と明けてくると外にでて、敷地の外れの陽あたりが良さそうな場所を選んで、スコップで土を掘りはじめた。落ち葉が堆積してできたような黒土だったから大して固くはなかったが、それでも深さ1mの墓穴を掘るのに2時間近くかかった。

掘りあげると底の面を平らに仕上げる、ケンが子犬の頃から噛んだりじゃれたりしていたお気に入りの毛布を敷く。・・・ソファーの上でもう硬くなってしまったケンを抱いてきて、毛布の中央に寝かす。ケンの周りにはいつも使っていたエサの皿や水の鉢を並べる、・・・昨日あげるはずだったドッグフードを並べた。

・・・両手を合わせて最後の別れをすると、藤沢の頬にはまた涙がつたってきた。穴の横に積み上げた土をスコップで掛けて埋め戻す。・・・ほぐした土は全部戻すと、ケンの墓は丘のように盛り上がった。森に入り苔の生えた丸い大きな石を見つけてきて、ジープから持ってきた細めのワイヤーを巻きつけて石を引きずってくる。それをケンの墓に載せる。(いづれちゃんとしたのにしてやるからな・・・)藤沢はもう一度手を合わせた。


午前10時、カーラジオのスイッチを入れる。夜中の騒ぎの真相を知りたかったからだ。・・・ニュースがはじまると藤沢が待っていた話題が報じられた。

・・・昨夜2時頃、長野市の○○町の路上で、暴力団『木下興業』の組員が、漁具の銛で刺されて死んでいるのを、パトロール中の警察官によって発見された。警察では暴力団同士の抗争も含めて捜査を開始した。(・・・!)藤沢は『銛』という言葉に衝撃を受けた。(銛、・・・あの六地蔵とかいう野郎の仕業に間違いねえ。・・・しかしなぜだ?・・・木下興業といえば野沢組傘下の組織だ、俺も何人かは知っているが殺られた男の名は知らねえ。多分三下の雑魚だろう)藤沢はポールモールに火を点けて考えをめぐらす。

(・・・六地蔵とかいうヤツは、俺が野沢組を襲撃しようとしてたことを知っていた。そしてそれを阻止しに来たと言った・・・それが腑に落ちねえ。・・・ケンが殺られてから連絡を取ったのは梶浦さんだけだ。)ジープのちゃちな灰皿でタバコをもみ消す。

(・・・そういえば山野井社長と3人で話した時、梶浦さんは俺を『原島の思惑には乗るな』と、強くたしなめた。・・・梶浦さんと六地蔵はつながりがある、そうとしか思えねえ)藤沢は携帯を取り上げて梶浦にかけようとしたが、思いとどまる。

確信もないのに聞き出そうとすれば、逆に向こうからも聞き返され思惑がばれる。藤沢は余計なことを口にしたくなかった。・・・銃撃された1回目の襲撃、ボクサー崩れに襲われた2回目、鳶を雇った3回目の襲撃、そこまでは我慢して反撃しないことを約束した。・・・だが大事な家族を殺された今回だけは許すことができない。

叔父貴の和彦や梶浦、山野井に背いても。また刑務所に入ることになっても。いや、自分が死ぬことになろうとも、原島のタマだけは取ると心に決めた。(どうあがいてみても俺みてえなならず者は、地獄の淵から這い上がって人並みな生き方なんてできねえ運命だ。六道どころか四道輪廻が関の山だ)

藤沢の脳裏に、刑務所で聞いた坊さんの説法がよみがえってきた。


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