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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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地獄ノ拾壱

気配はしていた、ほんの10分ほどから前からだが。・・・藤沢がヤマノヰ鳶組に入って3ヶ月経った6月の週末の夜。

65歳で退職を決めた仲間の送別会が駅前の飲み屋であり、お開きになってビジネスホテルに向かって歩いている最中だった。人混みというほどではないが週末の市街地は、羽をのばした若者や仕事帰りの勤め人で人通りは多い。

その中に藤沢の神経に触れてくる視線を感じた、さりげなくあたりを見回すが藤沢を見つめてくる目はない。だが殺気に似た気配は漂う。藤沢は周囲に気を配りながらまっすぐにホテルには向かわず、路地裏や小路を縫って歩く。おあつらえ向きの暗がりを選ぶように歩を進める。(俺を襲ってくるのなら早めに願いたい・・・)

・・・ちょうど狭い小路に入ろうとした時だ、肩を叩かれる。振り向きざまいきなり左頬に衝撃が来た。そのまま身体は傾くが倒れるまでには至らなかった。・・・藤沢は1秒の何分の1の時間に少し首を傾げたので、衝撃を少しだけ緩衝できた。しかし並みの拳ではない。・・・口の中に血の味がしたので吐き出す。

藤沢は体勢を立て直して相手の正面に立つ。・・・背は170cmそこそこだが引き締まった筋肉の持ち主だ、黒いTシャツの胸筋や上腕二頭筋が隆々と盛り上がっている。かつてのマイク・タイソンを彷彿させる髪型と顔つきだ。多分本人も意識してるのだろう。年齢は30は過ぎている感じで、現役を引退した元ボクサーといった風貌だった。

タイソンはまっすぐに藤沢の目を射抜いてくる、戦闘の喜びを感じているのか唇にはいくらか笑みを浮かべた。・・・お互い黙ったまま間合いを測る。小路の入り口の明かりの下には絶えず人が行き交っているが、暗がりに注意を払う者はひとりもいない。

タイソンが拳を構える、サウスポーのようだ。足元は軽くステップを踏んで肩を小刻みに動かす。・・・スパーリング気分で藤沢をぶちのめしてやろうといった表情だ。藤沢も構える。ボクサー相手の格闘ははじめてだが、ヤクザ時代は大小さまざまな相手に修羅場をくぐってきた経験がある。冷静さは失わない。


タイソンが右手のジャブを繰り出す、藤沢はのけ反ってかわすがタイソンの動きは速く、数発くらう。・・・いきなり左のフックが飛んできた、藤沢は右腕でガードしたが衝撃は激しく、肘あたりまで痺れた。今度は藤沢が左を出す、身長の差分藤沢のリーチは長く有利だが、タイソンは軽いステップでかわす。かわしついでに飛ばしてきたタイソンの左が、藤沢の腹にめりこんだ。

・・・息が吸えなくなり身体を折る、すかさず頬にタイソンの体重が乗った拳が飛んできた。藤沢はうす汚い小路の舗装の上に倒れた。・・・大して酒には酔っていなかったが、ぐるぐると目が回る。吐き気をこらえてから上体を起こして膝を立てる。

(・・・野郎、余裕の顔をしてやがる)藤沢の視界に見下した目つきのタイソンが、シャドーをやっている。・・・ようやく立ち上がり構えなおす。すかさずタイソンの左フックが飛ぶ、藤沢はガードする。右はもう一度ボディーを狙って飛んできた。藤沢が咄嗟に左脚を上げると、タイソンの拳は膝頭に衝突した。

藤沢の脚に激痛が走った、脛に当たっていたら骨折していたかもしれない。・・・が、タイソンの様子もおかしかった。拳が妙な角度で膝に衝突したせいで、どうやら手首を傷めたらしい。しかめっ面で右手を何度も振っていた。

藤沢はその瞬間を逃さなかった、強烈な右脚をタイソンの横腹に蹴りこむ。・・・確かな手応えを感じた。タイソンは逆反りになってなぎ倒される。が、右手をついて体勢を立て直す。憎しみのこもった目を向けてきた。・・・藤沢はほんのわずかな時間で息遣いも整ってくる。路上に血の混じったツバを吐き捨てる。


また睨み合いになる。・・・今度は藤沢が先に仕かけた、右拳をタイソンの顔めがけて振る。左腕でガードされたがその隙にタイソンに身体を寄せて、左膝を突き上げた。ボディーにめりこむとともに、タイソンは呻いた。右手は空いていたがさっき傷めたせいか伸ばしてはこない。

藤沢の左が飛ぶ、ガードした右手ごと吹っ飛ばした。タイソンは後方へよろめく、藤沢が追いすがるように踏み出し頭突きを入れた。・・・タイソンはカメレオンのように左右の目を別々にぐるりと回すと、仰向けに倒れた。

腹に数発蹴りを入れる、タイソンは気絶してはいない。おびえた表情で飛んでくる足に耐えていた。・・・もはや戦う気は完全になくしている。

藤沢は左手首をつかんで小指を逆に反らせてへし折る。ゴツリと関節が折れる手応えが伝わってきた。タイソンは目玉を見開き悲鳴を上げたが、藤沢は気にも留めずに順々とへし折っていく。4本目で白目をむいて気を失った。・・・両手の指をすべて折ったあと、左腕を持ち上げてヤツの肘を自分の膝に当てて逆に反らせてへし折った。生木を折るのと同じ手応えと音がする。・・・右腕も同様にする。


梅雨に入っている時期らしく湿度は高い、藤沢はいつしか汗だくになり黒いシャツが肌に貼りついていた。(・・・原島、俺は反撃などしねえが、降りかかった火の粉だけは払わせてもらうぜ。どんな野郎を送りこんでも、それは貫く・・・)

藤沢は明るい通りに出ると、何もなかったように歩き出した。


―――それが第二の襲撃だ。

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