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六道輪廻のうた  作者: 村松康弘
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地獄ノ拾

山野井に書いてもらった地図を頼りにログハウスにたどりつく、外観は藤沢が想像していたほど古くもなく傷んでいるようにも見えなかった。渡されたキーで玄関ドアを開けようとすると、キーシリンダーがドライバーのようなもので壊そうとした跡があった。

キーを差そうとするが中で引っかかって奥まで差さらない、左右に小刻みに動かして騙し騙し差し込む。ロックが解けドアは開いたが、今度はキーを抜くのに苦労した。・・・この辺は別荘地ではないが、そういうピッキング犯罪をするヤツらの仕業だろう。鍵が解除されていないところを見ると、失敗したということだ。

ログハウスに入る、一間だけの広いリビングには大きな無垢の木のテーブルがあるだけでガランとしていた。床にうっすら埃がたまっている。台所に行くと冷蔵庫やガスレンジなどひと通りのものはあった、見た目にもさほど使われたようではない。

風呂場はユニットバスだが、壁の部分はリビングと同じ木材が使われている。栓が抜けた空の浴槽の底に、乾いた蛾の死骸がふたつ転がっていた。リビングに戻りカーテンと窓を開けると、雑木の森のどこかから山鳩ののんびりした鳴き声が聞こえる。・・・人工的な物音はここまで来るとなにひとつ聞こえてこない。

(・・・俺みてえな、ろくでなしのならず者は、こういう山の中でひとりで暮らす方が世の中のためにもなるだろう。・・・そしてやたら他人とは関わるべきでない)藤沢はポールモールに火を点けて煙を吐き出す。そう思いながらも出所してから今まで、他人に世話になりっぱなしの自分に気づく。・・・叔父の和彦・かつて同じヤクザだった梶浦・そして社長の山野井。

・・・藤沢は一度山から下りて街のホームセンターへ行き、ログハウス生活に不足している物を買う。玄関の鍵はピッキングされないよう掛け金を取り付けて、ダイヤル式の南京錠にした。掛け金を留めるビスは特殊工具がないと外せないものにした。


翌朝、藤沢にジープを売った若手が近づいてきて、「武彦さん、その後ジープの調子はどうっすか?」と、聞いてきた。藤沢は別に問題はないと答えると、「そうすか・・・」と言って何か言いたげな表情をしている。その顔をながめていると、「武彦さん、ついで・・・ってわけじゃないんすけど、ひとつ頼みを聞いてくれますか?」と切り出した。

藤沢が黙ってうなづくと、「女の家の犬が子を産んじまって、4匹。そんで3匹は飼い手見つかったんすけど、あとの1匹がどうしても・・・かわいい柴のオスなんすよ、・・・武彦さん、なんとかならないすかねえ?」若手は上目使いで藤沢を見る。

(・・・たかが犬コロ1匹といっても同じ命だ、俺みてえな明日もわからねえ人間が気安く引き受けるべきじゃねえだろう)藤沢はしばらく考え、「悪いが俺には無理だ」と答える。若手は、「・・・そうですか、わかりました。すんませんでした」と肩を落としながら歩いて行く。「・・・やっぱり処分するしかねえか・・・」背中からひとり言が聞こえてきた。

その後ろ姿を見送っていると、自分が子供の頃のことを思い出した。・・・10歳ぐらいの時、近所で子犬の捨て犬を拾ってきて、両親に飼いたいとせがんだ。必死に頼んだが許してもらえず、しぶしぶ拾った場所へ戻しに行った。・・・箱に入ったままの、いたいけな小さな命を置き去りにすると振り向かずに走って逃げた。あの時の言いようのない辛さ淋しさが甦ってきた。

藤沢は一日中、その事を考えながら作業する。若手の最後の言葉と、『安易に引き受けるべきじゃない』という気持ちが交互によぎり、気持ちは揺れ動いた。

・・・3時の休憩の時、藤沢は若手に近づき、「・・・引き受けようか」と言う。「本当っすか!ありがとうございます!」若手は一同から離れ、どこかに電話をする。


仕事が終わり鳶組のヤードに戻ると、見慣れない黒い軽自動車が停まっていた。ドアが開いてマタニティスカートをはいた若い女が出てくる。茶髪で濃い化粧のその女の両手に、毛玉のようなものが載っていた。藤沢に近づき、「ありがとうございます、ちょっとヤンチャな子ですけどよろしくお願いします」と、毛玉を藤沢に差し出す。

・・・丸々した薄茶色の柴犬の子だった。子犬は黒豆のような目玉でキョロキョロとあたりを見回し、あくびをした。藤沢の掌が温かくなる。子犬は親指を見つけるとノコギリの歯のような小さなキバでかみつく。

「名前はあるの?」藤沢が聞くと、女は「まだありません」と、少し名残惜しそうな目を向けた。「わかった、大事にするよ」と言うと、若い女は目に涙をためて、「お願いします」と軽自動車に戻って行った。

やがて黒い軽はヤードを出て行く。

少し経つと若手を乗せた4t車が帰って来た、掌に子犬を抱いた藤沢を見つけるとあわてて車から降りる。「よろしくお願いします。・・・かわいがってもらえよ」後半は子犬に言った言葉だ。若手も涙ぐんでいる。(優しいヤツらだな。・・・お前らにもいい子が生まれてくるよ)藤沢は柄にもない柔らかい気持ちに包まれた。

事務所で見つけたみかん箱ぐらいのダンボールに子犬を入れて、ジープの助手席に置く。夕暮れの街を走りながら、ケンと名前をつけた。生まれてはじめて、名づけだけでも親になった。


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