彼の好きなところを述べよ
「は?」
「いや、だからさー、萌は俺のどこが1番好き?」
にやにやしながら聞いてきた彼氏を殴りたくなったとしても、萌を誰も責められないだろう。
葦原萌(17)は学校一のモテ男と付き合っている。野島潤は頭もよし、ルックスよし、運動神経よし、の三拍子がそろった完璧男だ。あとは性格がもっと良かったら言うことなしなのに、と萌は心の中で思った。
「あと5秒で言わなかったら、今度公衆の面前でキスするけどいい?」
潤がしれっと言ったことに萌は慌てる。この男ならやりかねない。それで大変な目に合うのは萌だっていうのに。そんな萌を気にせずに潤は勝手にカウントダウンし始めた。
「いち。ん?そんなに難しいことか?」
潤がカウントダウンし終わる頃には萌は俯いている。
「萌?」
「...き。私が一番好きなのは」
萌は俯く。その萌の顔は真っ赤だ。潤は顔を覗き込む。
「絶対に言わないっ!!」
萌はそう言うと鞄を持ち教室から走り去った。出る時に女生徒にぶつかったが、きちんと謝るのは忘れなかった。しかし、その女生徒の顔まではわからなかったのである。
「節度のあるお付き合いしてるんでしょうね?潤。」
そう言って女生徒は教室に入ってきた。女生徒は呆れたように潤を見ている。
「当たり前だろ。」
「じゃあどうしても誰もいないような空き教室にいるのよ。」
女生徒は咎めるように言う。潤はしれっとしている。
「萌って可愛いよな。」
「は?そりゃあ、めぐちゃんは可愛いわよ。」
「そう可愛いんだよ!可愛すぎるぐらいに可愛い。俺と真っ赤になりながら話してる萌とか本当可愛すぎてどうしていいかわかんねえ。あんな可愛い萌は見せたくないの。わかるか?菊菜」
潤はそう女生徒に語る。正直、女生徒、間乃島菊菜はドン引きしていた。この男とは幼馴染だったが、こんなにも執着癖があったとは知らなかった。いつだって飄々としていて大事なのは剣道だけ。それが潤だった。だから、あの女の子には尊敬する。菊菜ならごめんだ。こんな自由気ままな傲慢男。
「ただいまー。ん?」
萌が家に帰ると、玄関に男物の靴があった、この靴は家族のものではない。ということは。
「おかえりー。めぐちゃん。」
萌をそう言って出迎えたのは隣の家に住む幼馴染の紺堂努だ。萌はため息をつく。
「そう邪険にしないでよ。」
努は笑って言う。
「つーくんがいるってことはまたお母さん達いないんでしょ。」
萌は呆れたように言う。萌の両親と努の両親はかなり仲が良い。そのせいかよく一緒に留守にするのだ。ちなみに、萌の姉麻衣子と努の兄春馬は付き合っているので、もしかしたらいつの日か親戚になるのかもしれない。
「そうそう。ちなみに、いま俺の家にはー兄とまー姉がいるから、俺はこっちにいるんだけどね。」
「あの二人も相変わらず仲が良いねえ。」
萌は隣にいるはずの幼馴染の兄と実の姉に思いをはせた。萌はリビングに入る。努もそれに続く。
「めぐちゃんはどうなの。あのイケメン完璧男と上手く行ってるの?」
「イケメン完璧男って。まあ、間違ってないけど。...野島君は私のどこがいいのかな。」
萌がぼやくと、努はおや、と目を見張る。
「喧嘩した?」
「そんなんじゃない。神庭君に神庭君のどこが好きか聞かれたけど答えられなかったの。」
「やるねえ。惚気られるとは。めぐちゃんはさ、考えすぎなんだよ。好きだから好き。それでいいじゃん。イケメン君にもその答えでいいと思うよ?」
努の答えに萌は軽く努を睨む。
「多分それじゃだめだもん。」
萌が俯いて言うと、努は萌の前にマグカップを置く。そこには温かい紅茶が入れられている。ここは萌の家だが、ほとんど努の家のようなものだ。
「めぐちゃん。俺とキスしたい?」
努は少し考え込んでから言う。努の言葉に萌は怪訝な顔をする。
「は?何いってるの?したいわけないよ。」
「だよねえ。俺もさ、めぐちゃんとキスはできないなあ。めぐちゃんだけじゃないよ、まー姉とめぐちゃんとだけはしたくない。まー姉としたら多分はー兄に絶縁されかねないし。だって2人は家族だからね、どうしてもそんな風に思えないんだ。じゃあ、めぐちゃん、あのイケメン君とはキスしたい?」
努に聞かれて、萌は考えてから赤面して、顔を背けた。
「言いたくない。」
「あー。もう、可愛いなあ。めぐちゃん。そういうことだよ。」
「つーくんの変態。」
萌が軽蔑したように言うと、努は苦笑する。
「好きなんてそんなに高尚じゃないもんだよ。」
「ていうか、論点がずれてるよ。私は野島君のどこが好きか言えなかったの。野島君のこと好きなことなんてわかりきってるし。」
「まあまあ、好きなとこ全部上げちゃえばいいんだよ。」
努は急にポチポチとスマホをいじり出した。その適当さに萌は相談する相手を間違えたことを気づいた。
「普段はよくからかってくるけど、いつも優しいところでしょ。あと、いつも道路側を歩いてくれる。」
「うんうん。基本だけど、重要なことだ。」
「あと、そこそこスキンシップがあるから不安に思わないでしょ。好きだって声に出していってくれるところ。いつもすぎて有り難みがないけど。声もすき。低すぎなくてちょうどいいの。顔だってやっぱりかっこいいし。全部好き。」
「だそうだよ?イケメン君よかったねえ。愛されてるよ。」
努はスマホに向かってそう言う。萌はふと、思考を止める。スマホがいつの間にか通話中になっている。しかも、表示にはイケメン君。萌は真っ赤になった。
「つーくんまさか。」
「いや、そっちのが手っ取り早いじゃない。」
努はにやにやしながらスマホを萌に渡す。萌は受け取って、スマホを耳に当てた。
「野島君。聞いてたの?」
萌は焦った様子で聞く。
【あー。聞いてました、はい。】
「全部?」
【ああ。全部聞かせていただきました。明日、覚えてろよ?お礼にそこそこのスキンシップさせていただきますんで。】
「っ!馬鹿っ!」
【好きだよ、めぐ。明日は俺が好きなところはあげるね。】
萌はそれを聞いて、電話を切ったのだった。いつも通り飄々としてるのに、好きって言うところだけはいつだって真摯に伝えられた萌はスマホを努に突き返すと、部屋に慌てて戻った。その顔が大分幸せそうだったことには言及しなくても大丈夫だろう。




