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第九話 王子様の不調

 今日はサッカー部が地区予選の準決勝戦に挑戦する大切な日。


 去年は準々決勝で負けちゃったから今年はうちのサッカー部にとって全国大会に出場するっていう目標に向けての歴史的な第一歩ってやつなんだって山崎君が言っていた。それと頑張るから絶対に応援に来てくれって。


「あと二つ勝てば全国大会に行けるんだよね?」


 隣に座っていた楓ちゃんに確認する。


「ううん、あと一つ。東京都は二校が代表になるから決勝戦まで行けば全国大会に出られるんだよ」

「へえ、そうなんだあ」


 呑気に頷いていたら楓ちゃんが呆れたように笑った。


「なによ、山崎君があんなに頑張ってるのに全然知らなかったの?」

「うん。だって山崎君、私の前ではサッカーのことなんて全然喋らないんだもの。今日の応援に来てねっていのうが初めてなの」


 放課後に部員の皆と練習しているのは見ていたし、マネージャーをしている正田さんにお手伝いを頼まれて差し入れを持っていくことは何度もあったけど、大会がどうとか試合がどうとかって話を山崎君が私にすることは殆ど無かった。もっと私から聞いておけば良かったのかな。もしかして山崎君も実は聞いてほしかったのかな。


「ね、もっと根掘り葉掘りサッカーのこと、山崎君に聞いておけば良かった?」

「聞いてほしかったら質問しなくても山崎君の方からあれこれ言ってくるでしょ? それが無いなら良いんじゃないかな」

「そっか……。でも聞いた方が嬉しいよね?」

「ま、彼のことだから自分と若菜の間にサッカーが横入りしてくるのは気に入らないとか言いそうだし今のままで良いんじゃない?」

「……そうなの、かな」


 そう言えばサッカーを始めたのは前の彼女さんのことを忘れようとしてとか言っていたっけ。だけど今の山崎君はそのこととは別に一生懸命打ち込んでいるように見えるし、これからはもっと応援してあげなくちゃって思う。


 そして試合開始の時間が迫りそれぞれがウォーミングアップを始めた。もちろん山崎君はスタメン。こんな離れた場所からでも私の視線を感じることが出来るのかな? そんなことを考えてたら迷うことなく真っ直ぐこっちを見た山崎君がニカッて笑った。なるほど、距離は関係ないってことなんだ……。ほんとに不思議な現象だよね、これ。


 そろそろ試合が始まるって時に隣に誰かが座った気配がした。チラッと見ると首から重たそうな望遠レンズがついたカメラをぶらさげている。新聞社の人かな? でも新聞社の腕章はつけてないし、もしかして学校の広報の人?


「ねえ、君も試合をしている学校の生徒さん?」


 いきなり声が頭の上からして横にいた人が私の顔を覗き込んできた。


「え……あ、はい、聖林高のですけど……」


 妙に馴れ馴れしい感じでちょっと嫌かな。あっち行ってくれないかな、試合が始まっちゃうし。ホイッスルが鳴って試合が始まった。山崎君のことが気になってピッチに視線を向ける。


「読者モデルって知ってる?」

「……はい?」


 また話しかけられて仕方なくその人の方を見た。なんだか軽薄そうな人。試合が始まったんだからそっちの写真を撮れば良いのに。


「うちの雑誌にね、君みたいな可愛い子の写真を載せてるんだよ。もし良ければモデルになってみない?」

「いえ、そういうのに興味ないので申し訳ないんですけれど……」


 そう言ってやんわりと断ったんだけどその人はまったく諦めた様子がない。カメラの機材が入っているケースの中からお財布を出してそこから名刺を出すとこっちに差し出してきた。


「渡しておくからさ。モデルになってくれたら多少のモデル料も出るしちょっとしたお小遣い稼ぎにもなるよ?」

「いえ、本当に興味ないのでそんなの渡されても困りますから」


 あまり大きな声で騒いだら他の人に迷惑がかかるしどうしたものかと迷っていたら、その人は強引に私の手を取ると名刺を握らせてきた。


「困ります、こんなの受け取れませんから」


 名刺を押し戻そうとしても私の手を握ったまま押し返してきて名刺を引き取ってくれない。っていうか何でわざわざ手を握ってくるの? ニコニコしているけどその笑顔も何だか取って付けたみたいな感じで胡散臭いし手も変に汗ばんでいるみたいで気持ち悪いし本気で泣きたくなってきた。


「まあまあ。今すぐにとは言わないから気が向いたら連絡をください」


 やっと手を離してくれてホッとしていると、その人は連絡を待っているからねと二ッコリと笑って席を立ってそのまま席を離れていった。


「どうしたの?」

「分かんない、試合の取材をしているんだと思ってたけど違うみたい」


 そう言いながらその人をこっそりと様子をうかがうとまた別の女の子に声をかけていた。その子も首を振っていて近くにいた友達と笑いながら逃げていく。そんなことを何度か繰り返しながらその人は私達が座っている席から離れていき見えなくなってしまった。


「……」


 強引に押し付けられた名刺に視線を落とす。週刊東都? 東都新聞の人ってこと? ってことはやっぱり試合の取材をしていたんだ、なのに女の子に声をかけるなんて仕事にかこつけてナンパでもしてたのかな、変な人……。


 予想外の邪魔が入ってしまって開始から十分ぐらいは全く試合に集中できなかったんだけど、これでやっと落ち着いて観ることが出来ると前を向いたら何だか妙なことになっていた。


「……ねえ、山崎君、なんかおかしい?」

「んー……確かにいつもおかしいけど今日は別の意味でおかしいよね」


 楓ちゃんがいう「いつもおかしい」っていうのは練習している時でも私が行くと脳天気に「羽生ちゃん愛してるよ~♪」って所かまわず愛を叫んだりすることらしい。だけど今日のおかしさはそういうものじゃなくて、何だかまるで相手の選手と喧嘩でもしているみたいな感じでボールを蹴っているって感じ。サッカーのことは詳しくないけど確かにいつもの山崎君じゃない。


「あ、イエローカード出ちゃった、珍しいね、山崎君があんな乱暴なプレーをするなんて」

「だよね、それに何だか物凄く怒ってる?」


 相手校の誰かに何か嫌なことでも言われたのかな? イエローカードが出て少しだけ冷静さを取り戻したのか喧嘩をしている感じは薄れたけどやっぱり今日の山崎君は何処かおかしくて、そのせいか後半は交代させられてしまった。ベンチで監督に何か言われてる。叱られてなければ良いんだけど……。


 そして山崎君がピッチに戻ることなくて、そのまま試合は終了してしまい残念ながら今年も全国大会に出場する目標を達成することは叶わなかった。だけど去年より一コマ進めることが出来て良かったねって皆は言っているし、山崎君の不調については特に目立ったミスがあった訳じゃなかったので一年生でさすがに緊張したのかなってことで片付けられていた。


 そして私がどうして山崎君があんなプレーをしていたのか知ったのはそれから三十分ほどしてからのことだった。

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