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窓辺の王子様  作者: 鏡野ゆう


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第八話 王子様の欲は食欲の秋ではないらしい

 羽生ちゃんは読書が好きでそれが高じて図書委員になったのは知っていた。だから当番の昼休みに図書館で受付をしていることも当然のことながら。そんな訳で静かなところで二人っきりになりたいから少しばかり細工をさせてもらったわけ。まあ何をしたかは企業秘密。敢えて言うなら俺の交渉術の賜物ということで。


 俺が図書室に行くといつものカウンターの向こう側に羽生ちゃんの姿は無かった。きっと返却された本を元の場所に戻す作業をしているんだろうと本棚の間を覗いていくとビンゴ、彼女はカートに積み上げた本をそれぞれの場所に戻している最中だった。その一冊が高い場所にあったものらしくて一生懸命つま先立って手をのばしている。そんな姿さえ抱き締めたくなるぐらいに愛おしい。


「貸して」


 彼女の元に歩み寄るとその本を取り上げて棚の開いている場所に差し込んだ。振り返った羽生ちゃんの目は真ん丸だ。どうやら俺が来るなんて思いもしなかったらしい。


「あ、ありがと」


 あまりにも見詰め合った距離が近くて思わずその桜色の唇にキスしそうになる。慌てて半歩下がるとカートの本を指さしながら尋ねた。


「他のは届く場所?」

「うん、あとは手が届くこの辺の棚だから……」


 手伝おうと申し出ても良かったけど逆に邪魔になりそうだし、うっかり本じゃなくて手を握ったりしたらそのままとんでもないことをしでかしそうな自分がいるのでここは大人しくしておくことにする。その代りに本を次々と元の場所に戻していく羽生ちゃんの後ろ姿をゆっくりと眺めさせてもらうことにした。


 本を持つ手の指とか可愛い腕時計がはまった細い手首とか、束ねた髪の間から見えるうなじとか、白いブラウスから何となく透けて見える体の線とか、可愛いお尻のラインとか。人が居ないのと彼女が忙しくしているのをこれ幸いにと堪能させてもらった。


 途中でこっちの視線が気になるのかチラチラと俺のことを盗み見しているのがまた可愛い。その手の本で図書館で彼女とエッチをなんてシチュエーションを見るたびに何が悲しくて立ったまま本棚の隙間で致さなきゃいけないんだと思ったものだけど、今ならそれを考えたヤツの気持ちが良く分かる。うん、羽生ちゃんさえその気になってくれているなら今の俺は迷わずこの場で致しちゃいそうだ。


「……」


 なんとなくズボンの中が窮屈になってきた気がして慌てて頭の中を切り替える。ダメダメ、羽生ちゃんがその気になるまで何もしないって約束したんだから、大人しくするんだ、俺の野生の本能!!


「えっと、山崎君も何か本を借りに来たの?」


 最後の本を元の場所に戻したところで首を傾げながらこっちを見詰めてくる羽生ちゃん。まさか自分の後ろで俺が本能と戦っていたなんて君は思いもしないんだろうね。なんとなく切ない気分になりながら無理に笑みを浮かべて首を振る。


「昼寝したいんだけど屋上はさすがに寒いからここで寝かせてもらえないかなって。教室にいるとさ、よそのクラスの女子が押しかけてきて眠れないんだ」


 そんな俺の言葉に羽生ちゃんはちょっとだけ呆れた様子で首を傾げる。


「そうなの?」

「俺、羽生ちゃん一筋なのにね。諦めてくれない子が多くて困っちゃうよ」

「ふーん……」


 なんとなく普段の羽生ちゃんの口調とは違った「ふーん」に今度は俺が首を傾げた。空になったカートを元の場所に戻してカウンターの向こう側の椅子に座った彼女の顔を覗き込む。もしかして嫉妬してくれているのかな? そうだとしたら物凄い進展だ、俺、超嬉しいかも!! その辺のことをもっと追究したくなって調子に乗って横に居座ってあれこれ聞き出そうとした結果、何故か前に付き合っていた人のことを話す羽目になってしまったんだけど。


 だけどそのお蔭で俺は羽生ちゃんの新たな一面を見ることが出来た。普段は呆れたような顔をして眺めている教室に突撃をかましてくれる女子のことばかりか、前に付き合っていた彼女に対してもヤキモチを妬いてくれてるなんて。普段の彼女の様子からはまったくそんなふうに思っているなんて感じ取れなかったからこの新しい発見はかなり嬉しい。俺と羽生ちゃんの距離は確実に縮まっていると思っても良いよな?


「……その人のこと、まだ好き?」


 ほら、その口調に明らかな嫉妬が滲んでいることに君自身は気がついているのかな。そしてそのことで俺がどんなに喜んでいるのかも。


「どうして?」

「だって、喧嘩してとか嫌いになってとかで別れた訳じゃないんでしょ?」


 確かに俺が一方的に振られた形で終わった関係だった。あの頃は別れたくなくて随分とごねた記憶がある。ガキだったんだよなあ……今も立派なガキだけど。


「まあ高校に入るまで引き摺っていたことは間違いないよ。サッカーを始めたのだって彼女のことを忘れる為に何かに打ち込みたいって思ったからだし」


 それは本当のことだ。でもねと更に言葉を続ける。


「あの日、羽生ちゃんの視線を感じた時にそんなこと吹っ飛んだ気がする」

「私の視線?」

「そう。羽生ちゃんに見詰められると体に電気が走るみたいに感じるんだ」


 羽生ちゃんは俺が前の彼女にまだ未練があるのではと考えているようだけど、そんなことは絶対にない。薄情と言われようが何と言われようが無いものは無いんだ。あの視線を感じた時に引き摺っていたものは軽くなり、保健室で真っ赤になった可愛い羽生ちゃんの顔と声を聞いた時にそれは完全に過去のものとなったのだから。


 未だにどうして俺だけが羽生ちゃんの視線を感じ取ることが出来るのかは謎のままだ。羽生ちゃんはこっそり見ていたのがバレていたと知って悶絶しているけど、俺しか知らないことなんだからそんなに恥ずかしがらなくても良いのに。羽生ちゃんと俺が特別な絆で結ばれているってことなんだから、俺はむしろ誇らしいんだけど。


「でも嬉しいな。羽生ちゃんが自分から俺のことを聞いてくれるなんて初めてだ」

「そう、かな」


 俺から話しかけることが圧倒的に多いから、例えどんなことでも羽生ちゃんから質問してくれたことは嬉しい。これからもそんな調子で俺にどんどん話しかけてくれれば尚よいんだけどな。


「とにかく。過去に何があったとしても今の俺は羽生ちゃん一筋なんだよ。これから死ぬまで羽生ちゃんだけだから」

「死ぬまでだなんて大袈裟だよ」

「重たくてごめんね、でもそれが俺の今の気持ち。あ、だからって無理しなくていいんだよ、羽生ちゃん。無理して付き合ったって俺の時みたいに歪みが出て結果的には壊れちゃうんだから」


 そう、俺は羽生ちゃんに強要するつもりはないんだ。ただ逃がさないってだけで。



+++++



「それで風紀委員様の出番になるようなことはなかったんだろうな」


 学校からの帰り道、早瀬がさりげなく探りを入れてきた。


「残念なことに俺と羽生ちゃんは未だに清い関係のままですよ」


 誰もいない図書室で三十分近く一緒にいたのに何もしなかったなんて俺って仙人になれるかもと言ったら呆れられてしまった。


「やれやれ。あまり露骨にやり過ぎるなよ? うちの担任や柳田は寛容だがうちの学校にもそうでないのがいるからな」

「分かってるよ、その辺はきちんと見極めているつもりだから」


 俺の言葉に本当か?という顔をする早瀬。


「お前は良いよな、美咲ちゃんとリア充だもんな」

「そんなことはない。俺と美咲もまだ清い仲だ、おい、そこで笑うな失礼な奴だな」


 ブヘッと変な笑いが飛び出してしまった。いや、まあそうだよな、早瀬の彼女はまだ中学生の子ウサギちゃんだ。そんなことを匂わせるだけで卒倒するかもしれない。とは言え早瀬の溺愛ぶりも伝説級で俺のことは言えない筈。まあこいつと子ウサギちゃんが付き合いだす前に起きた事件のことを考えると気持ちは分からないでもないけれど。


「なんだ気持ち悪い奴だな、ニヤニヤしやがって」

「まあ俺もそのうちリア充になれると良いなと思ってさ」

「逃がすつもりは毛の先ほども無いくせによく言う」

「仕方がないだろ、羽生ちゃんと俺は運命の赤い糸で結ばれているんだから」

「お前が言うと糸じゃなくてワイヤーロープが浮かぶのは何故なんだ……」


 俺としては羽生ちゃんのことを深紅のリボンでグルグル巻きにしたい気分なんだけどなと呟いたらこの変態めと言われてしまった。まあ否定はしない。

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