第七話 読書の秋?
『 天高く 馬肥ゆる秋 』
だけど私はどちらかと言えば『秋の夜長』の方が似合う人だと思う。そんな訳で読書好きな私はただいま図書館で本に囲まれて幸せです。でも図書委員だから本の整理もしなくちゃいけないし貸出しの手続きもしなくちゃいけないしで結構忙しい。
うちの高校には秋の夜長族が結構いるみたいで、この時期は貸し出しも多くなる。だからこの時期の昼休みは本を戻す作業に追われることも多い。今日は珍しく貸し出しをする人が少ないので、カウンターの後ろに山積みにされた本を戻す作業に取り掛かっていた。誰か来ればカウンターに置いてある呼び鈴を鳴らしてくれるだろう。
「うわ、これ一番上の棚だ……」
「貸して」
いきなり後ろから手が伸びきて、その手が本を棚に戻してくれた。振り返れば山崎君が立っていた。
「あ、ありがと」
「他のは届く場所?」
「うん、あとは手が届くこの辺の棚だから……」
本を片付けながらも後ろでそれを黙って見ている山崎君を意識しちゃって何となく動きがぎこちなくなってしまう。いつもは羽生ちゃーんとか言って賑やかなのに、黙っているから余計に気になるのかな。
「えっと、山崎君も何か本を借りに来たの?」
「まさかー」
そこでやっといつもの山崎君の笑顔が戻ってきた。
「教室には皆がいるだろ? ここなら邪魔されないし」
「え……」
「放課後はサッカーだし全国大会が終わるまではのんびり一緒に帰ったり出来ないからさ。ま、図書館デートだと思って付き合ってよ」
「デートって……」
そんなこと言って、またあんなことやこんなことをする気じゃないんだろうかと疑ってしまう。
「ダイジョブダイジョブ、別に何かしようって魂胆は無いよ。ただ羽生ちゃんと二人っきりになりたいだけだから」
「本当に?」
「うん、それだけ」
疑うような目で彼を見ていたんだと思う。そんな私の表情を見て山崎君は苦笑いした。
「ホントのこと言うとね、昼寝したいんだけど屋上はさすがに寒いから、ここで寝かせてもらえないかなって。教室にいるとさ、よそのクラスの女子が押しかけてきて眠れないんだ」
「そうなの?」
「俺、羽生ちゃん一筋なのにね。諦めてくれない子が多くて困っちゃうよ」
「ふーん……」
楽しそうに話す山崎君を見ていると本当に困っているのかなって思っちゃう。何だかんだ言いつつも、その状況を喜んでるんじゃないのかな。なんだかモヤモヤ感が半端ない。
「あれ……?」
「なあに?」
心もち素っ気ない返事をして受付カウンターの席に戻ろうとしていた私の顔を覗き込む山崎君。何故だかとっても嬉しそう。
「もしかして、羽生ちゃん、ちょっと妬いてくれてる?」
「え……妬いてなんかいないよ」
このモヤモヤ感は焼きもちじゃないと信じたい。違うよね? 誰か違うと言って下さい、お願いだから。
「心配しないでいいよ、俺は羽生ちゃん一筋になってからは浮気なんかしてないから」
浮気って。
……けど普段の山崎君の態度とか話していることをまとめてみると、経験豊富?な感じがするのは気のせいかな? 気のせいじゃないよね。耳に息吹きかけたり、指舐めちゃったり、そういうことに変な言い方だけど凄く慣れている感じがするし。ってことは中学生の時に付き合っていた人がいて、あれこれ経験済みってことなのか、な?
「羽生ちゃん? 俺の言ったこと聞いてた?」
「え……うん、浮気はしてないって話だよね」
「どうして顔が赤いの?」
「赤くなんかないよ……」
「赤いよ、頬」
プニッて指で突かれた。
「そ、そんなこと、ないよ」
「耳も赤いよ?」
慌てて耳を両手で塞いだ。だってまた触られそうだったんだもん。本当に耳だけはダメ。よく話の途中で何故か山崎君に両耳を塞がれることがあるんだけれど、何度されても慣れることはなくてゾワッてして変な声が出ちゃう。そんな時の山崎君はとっても楽しそうなんだよね。そして今も私の動きを見て楽しそうに笑ってるんだよ、ちょっとムカつくんだけど。
それ以上 追求されたくなくて、椅子に座ると図書カードの整理を始めた。なのに山崎君ったら隣に椅子を持ってきて座って聞き出す気が満々だ。
「ねえ、何を考えてた?」
「え?」
「さっき黙り込んでた時」
「何も考えてないよ」
「嘘だ、何か頭の中で色々と考えてたよね。多分……俺が羽生ちゃん一筋になる前の事とか」
やだ、なんで分かったのかな。
「別にそんなこと考えてないもん」
「羽生ちゃんって隠し事できない人だよね、直ぐに顔に出るし」
「隠し事なんてしてないよ」
「ふーん」
しばらく山崎君に見詰められながら作業を続ける。うううっ、なんだか落ち着かない。だからって、あれこれ経験済みなの?なんて聞けないよお。
「降参する?」
「う……」
「何か聞きたいんでしょ、俺に」
「……」
聞きたいような聞きたくないような微妙な気持ち。聞かなくてもあれこれ考えてモヤモヤしちゃいそうだし、聞いても結局はモヤモヤしそうだし。あ、これって山崎君と付き合ってた人に嫉妬してるんじゃ?
「俺が話したら聞いてくれる?」
「……うん、いいけど」
「俺ね、中二の時に好きになった年上の女の人がいて思い切って告白したことがあるんだ」
まさかの年上さんだったんだ。山崎君はこちらの反応を伺いながら言葉をつなげた。
「で、猛アタックしてやっとのことでOKもらえて付き合いだした。その時は物凄く自分がガキに思えて、まあ実際ガキだったんだけど、一生懸命に彼女に相応しい男になろうって背伸びしていたわけ」
俺って意外と純情でしょ?などと言われても曖昧な笑みしか浮かべられなかった。
「けど、無理をすると何処かで歪みが出てくるもんなんだよね。ある日、ふと我に返ったみたいになってさ、彼女の為に背伸びしているのか自分の為に背伸びしているのが分からなくなっちゃったんだ。そうこうしているうちに、無理してる俺を見ているのが辛いからこれ以上は付き合えないって言われて別れたってわけ」
「……その人のこと、まだ好き?」
「どうして?」
「だって、喧嘩してとか嫌いになってとかで別れた訳じゃないんでしょ?」
その問いに山崎君はうーんと唸った。
「まあ高校に入るまで引き摺っていたことは間違いないよ。サッカーを始めたのだって彼女のことを忘れる為に何かに打ち込みたいって思ったからだし。でもあの日、羽生ちゃんの視線を感じた時にそんなこと吹っ飛んだ気がする」
「私の視線?」
「そう。羽生ちゃんに見詰められると体に電気が走るみたいに感じるんだ」
思い当たる節はあるんだよね。教室でこっそり山崎君を見ていた時、こちらに背を向けていた筈の彼がいきなり振り返ってニッコリと笑ったことが何度もある。そしていつもお決まりの“そんなに見とれるぐらい俺って超イケメン?”という言葉。
「やだあ……」
「え、何が?」
「だって、私がこっそり山崎君を見ていたことも全部バレバレなんでしょ? 恥ずかし過ぎるよお」
私の言葉に何で恥ずかしいの?と意外そうな顔をする山崎君。山崎君は恥ずかしくないかもしれないけど、私はもう穴に入って地球の裏側までトンネルを掘れちゃうぐらい恥ずかしいよ。もう見れないよ。ずっと目隠ししていたい気分だよ。
「でも嬉しいな。羽生ちゃんが自分から俺のことを聞いてくれるなんて初めてだ」
「そう、かな」
++++++
自分の部屋で本を読んでいたけど文字が中々頭に入ってこない。浮かんでくるのは図書館で話していた時の山崎君の顔ばかり。いつもは賑やかに飛びついてくる彼がその時だけはとっても真剣な目をしていたのがとても印象的だった。
「とにかく。過去に何があったとしても今の俺は羽生ちゃん一筋なんだよ。これから死ぬまで羽生ちゃんだけだから」
そんなことを言われるなんて思わなかった。そんなセリフ、漫画か小説の中でしか見たことないよ、まさか自分が言われる立場になるなんて。そして実際に言われてみた気分はいかが?とか聞かれれば。
「きゃぁぁぁぁぁ、恥ずかしいぃぃぃぃ」
ベッドに置いてあったぬいぐるみを抱き締めて悶絶するしかない。こっそり山崎君を見ていたことがバレたことよりも衝撃的で恥ずかしい。
「重たくてごめんね、でもそれが俺の今の気持ち。あ、だからって無理しなくていいんだよ、羽生ちゃん。無理して付き合ったって俺の時みたいに歪みが出て結果的には壊れちゃうんだから」
死ぬまでだなんて大袈裟だよとあの場では言ったものの、それって実質、プロポーズ? それとも逃がさないよ宣言? 無理しなくていいよとか言われても、結局のところ逃げられない気がするのはどうしてだろう。
そして私は考える、果たして私は本当に山崎君から逃げたいと思っているのかなって。そんなことを考えていたらあっと言う間に夜は更けてしまって、その日に読むつもりでいた本も殆ど手つかずの状態になってしまった。