第五話 【夏休み】末吉と小吉
近所の月読神社の夏祭りがあるから一緒に行こうってクラスメイトの楓ちゃんから連絡があったのは八月も中旬になってから。
今年はうちの野球部が甲子園で頑張っているので、あっち方面にお爺ちゃんお婆ちゃんがいる子達は応援に行っていてまだ戻っていない。野球部の快進撃は嬉しいことだけど、誘える友達がいつもより少ないのはちょっと寂しいよねって話だ。
でも神社に行ってみると相変わらずの盛況ぶり。若い子が多いのは縁結びにご利益があるということと、男子に限って言えば美人の巫女さんがお札を売っているという噂が流れているからだ。その巫女さんはうちの三年生の先輩で学校でも評判の美人さん。ただ、年上の素敵な彼氏さんがいるのでチャライ男には見向きもしないんだけどね。
「しかし若菜、浴衣で来るとは気合入ってるねえ」
待ち合わせの場所で久し振りに顔を合わせた楓ちゃんがニマニマしながこちらを眺めている。
「そうかな。これ、お婆ちゃんが縫ってくれたんだよ、せっかくだから着ていこうかなって。浴衣ってこういう時でないと着る機会がないから」
「へえ、誰か見せたい人でもいるのかと思った」
「ないない」
「えー……俺の為に着てくれたんじゃないのか、ガッカリだな」
「ひゃん!!」
耳元で山崎君の声がして飛び上がってしまった。振り返ろうとしたらガシッと後ろから羽交い絞めされて動けない。ごめんごめんって謝るのも耳元だからくすぐったくてジタバタしてしまう。
「耳元はやめてぇ……」
「羽生ちゃん、そんな可愛い格好してたら駄目だよ、よその男に狙われちゃうよ?」
「山崎君に狙われてるだけで手一杯だよぉ……」
なんで山崎君が?と楓ちゃんの顔をうかがう。
「意外と集まったなあ」
あ、早瀬君も。気がつけば十人くらいが集まっていた。
「羽生さん、浴衣、可愛いね。とても似合ってるよ」
早瀬君がニッコリと微笑む。
「あ、うん。ありがとう」
「山崎、いい加減に羽生さんを放してやれよ、真っ赤になってるぞ」
「やだ。二週間ぶりに羽生ちゃんに会えたんだから思う存分、堪能する。ねえ、羽生ちゃん?」
「だから耳元で喋るのやめてえ……」
そんな山崎君の言葉を聞いて皆が仕方がないねって顔をした。仕方なくないよ、誰か助けてぇ!
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境内の屋台を覗きながら社殿のほうへと向かう途中、当然のように山崎君が私の手を握ってきた。
「せっかく一緒に来たのにはぐれちゃったらイヤだから」
「うん」
ここの神社の敷地は結構広いし、人も多くなってきたから迷子にはならなくてもはぐれちゃうとお互いに見つけるのは大変そうだもんね。手を繋いで歩くなんて幼稚園の時以来?な感じで、ちょっと恥ずかしいような気持ちもあるけど山崎君だから良いかって思った。最近は耳元で囁かれる以外はそんなに嫌だって思わなくなってきたし、もしかしてこれって慣らされてしまったのかな。
「羽生ちゃん、何か欲しいものある?」
「んー……暑いから冷たいものが欲しいかなあ……」
「今夜も熱帯夜になりそうって天気予報で言ってたもんなあ……」
夏は嫌いじゃないけど、ものには限度ってもんがあるよね。最近の夏は本当に異常だよ。
「じゃあ、おみくじ引いてから屋台で売ってたアイスキャンディー買おうか。それとも飲み物の方が良い?」
山崎君ってこういう時のさり気無い気遣いが出来る人なんだよね。ちょっと感心しちゃうな。
「私もアイス見た時に美味しそうって思ったからアイスにしよう?」
「分かった」
本殿でお参りをしてから、おみくじや御守りを売っている横の社務所へと向かう。ガラガラと筒を振ってくじを引くと、それを持って受付に座っている巫女さんのところへ行った。あ、先輩だ。直接の知り合いってわけじゃないけど、たまに遠くから見かける。本当に美人な先輩だ。最近ますます綺麗になったって話を聞いていたけど、それは本当みたい。
「これ、お願いします」
「はーい、ちょっと待ってね」
何気なく横に目をやってギョッとなった。金色の目をした猫がこちらとジッと見ている。人形だと思っていたら生きている猫ちゃんだ。
「可愛い猫ちゃんですね」
「そこで悪さをする参拝者がいないか監視しているつもりみたいよ?」
「へえ……触っても大丈夫ですか?」
「多分ね」
そっと手を伸ばして頭を撫でると、にゃーんと可愛い声で鳴いてスリスリしながら尻尾で手を撫でてきた。可愛いーっ!!
「可愛いぃぃ!!」
横にいた山崎君がちょっと面白くなさそうな顔をした。
「おい、ニャンコ。羽生ちゃんは俺のものなんだから手っていうか尻尾出すな」
「大人気ないよ、山崎君……」
「これは男同士の話だから羽生ちゃんは口出ししないでくれる?」
もう、本当に大人げないんだから。ほら、先輩も笑ってるよ? っていうかこの猫ちゃん、オスなの?
「好きな子のことになると見境がなくなる男の子っているけど、君もなのか。大変だろうと思うけど頑張って?」
そんなニッコリ笑って頑張ってって言われても困るよ。そりゃ猫に対してムキになって真面目に話をしている山崎君はちょっと可愛いって思っちゃったけど
社務所を離れてから手渡されたくじを開く。末吉だ、なになに、“困難の先にこそ幸あり”なるほど。ここのおみくじは持って帰るやつなので、巾着の中に入れてきたお財布に折りたたんで入れる。
「山崎君はなんだった? 私は末吉だったよ」
「俺は小吉だった。末吉と小吉の違いってなんだろ」
「そう言われて見れぱ、大中小の順番は直ぐに分かるけど末の位置づけが分かんないね」
山崎君もポケットに入れていたお財布にしまっている。何て書いてあったのかな、ちょっと興味あるかな。