第十四話 王子様のバレンタイン
今日はバレンタイン。とにかく朝から色々と騒がしくて大変だ。
ずっと羽生ちゃんからのチョコレートしか受け取りませんと随分と前から宣言していたのに、待ち伏せしている女子が何人も現れてその度に全力ダッシュで振り切った。下駄箱に入れられたら返すの大変だよなということで、そちらは物が入らないように前日から分厚い漫画週刊誌を詰め込んで帰っていた。お蔭で下駄箱を開けたらチョコの滝なんていう中学校時の漫画みたいなことは起きることはなかった。まあ俺の分まで上履きを突っ込ませてもらった早瀬には申し訳ないことをしたけど。
「はあああ、まったく、いい加減に諦めてくれないかな」
「そりゃ無理だろ。女子はこの日に命かけてるし」
屋上で隠れている俺の横でのんびりと朝飯を食っているのは隣のクラスの栗林だ。
「なんだ?」
俺がジッとヤツのことを見ているので気になったのか眉をひそめた。
「いや、お前がそんなものを食っているなんて珍しいよなって」
「そうか?」
ジャンクフードやコンビニで売られているパンやおにぎりを食っているのはたまに見かけていたけどいま奴が頬張っているのはどう考えても手作りのおにぎりだ。
「確か好きでもないヤツが作った飯なんて気持ち悪くて食べられんとか言ってたよな?」
そう。入学してから同学年の女子に食べて下さいってお弁当を差し出された時にそんなことを言っていた筈だ。もちろんかなりマイルドに言い換えてはいたが要約すればそんなことだった筈。とは言え奴が自分で作ったとも思えんし。
「これはジュリ子が作ってきたやつだ。大切なのは摂取する栄養素とカロリーのバランスであって朝飯はゼリーで十分だと言ったら、そんなもので勉強するエネルギーになるものかって押し付けられた。俺、ここにいる間に太るかもな」
そんなことを言いながら呑気に笑っている。栗林のことは中学の時から知っているがその頃から何とも冷めたヤツで、こんな風に笑うところなんてついぞ見たことが無かった。こいつをここまで変えた小松原の餌付けの才能は凄いの一言に尽きる。
「なんだよ」
「なんかさー、お前、随分と変わったよな」
「そうか? お前だって羽生に会ってから随分と変わったと思うぞ?」
「俺の場合はこれが素だから」
「それが素なのか、困った奴だな」
俺の答えに栗林は呆れたように笑い腕時計を見た。
「そろそろ教室に戻った方が良いんじゃないか? 羽生が登校してくる時間だ」
「そうか、どれどれ?」
そう言いながら立ち上がると屋上からそっと校門の方を見下ろす。
「あ、いま羽生ちゃんが校門を通り抜けたところだ」
なかなか素晴らしいタイミング。
「それで本当に羽生はお前にチョコレートをくれるのか?」
「ああ。手作りじゃないから恥ずかしいとか言ってたけどちゃんと約束した」
「そうか。じゃあ、教室まで頑張って辿り着け」
「おう、またな」
片手をヒラヒラして見送ってくれた栗林を置いて俺は階段を降りて行く。
「「「あ、山崎君!」」」
ほら出た、黄色い声の集団。しかし変だよな、俺は夏前から羽生ちゃんにだけ愛を叫んでいて他の女になんて目もくれていないのにどうしてこんなに追い掛け回される羽目になるんだ? 他にもっといるだろ? 野球部とかサッカー部で大活躍している先輩達が。
「とにかく教室に逃げ込むか」
やれやれと溜め息をつきながら羽生ちゃんがいる教室へとダッシュした。そして女子達を振り切るようにして教室に飛び込む。教室ではいつものように羽生ちゃんがカバンを机の上に置いてこっちを見ていた……って言うか俺の後ろでワーワー騒いでいる声に驚いているって感じだ。
「羽生ちゃーん、おはよー!! 心配しなくても俺、他の女の子を振り切ってきたから安心して!」
おお無事に逃げ切ったかと教室内で拍手が起こる。教室の外では「チョコレート受け取ってくださーい!!」の大合唱だけど知ったことか。俺が欲しいのは羽生ちゃんのチョコなんだ、他は論外。
「ね、ねえ、山崎君……ここはやっぱり受け取ってあげた方がいろいろと平和でいいんじゃないかな?」
「やだ」
これだけ頑張って女子達を振り切っていたのに君ときたら何てことを言うんだ。そんな訳で羽生ちゃんの提案も即却下。
「俺は、羽生ちゃんからの、チョコレートしか、受け取りません」
はっきりと一言一言はっきりと廊下にまで聞こえる声で宣言すると、廊下で「え ――― っ」と女子の声が響いた。そんなこと言われても俺は羽生ちゃんからしか受け取りたくないんだから仕方がないだろう。まったく煩い連中なんだから。
女子達の叫びに固まっていた羽生ちゃんに早瀬が近寄って肩をぽんぽん叩いている。気安く羽生ちゃんに触るな早瀬、お前だって美咲ちゃんに俺が触ったら不機嫌になるくせに。
「まあ何て言うか、山崎は本当に一途だからさ、頼むね?」
「頼むねって……あのう、いつまで?」
あ、そんなこと聞かなきゃ分からないのか羽生ちゃん。まだまだ俺への愛が足りなてないよ?
「いつまで?だってさ、山崎」
「いつまで? そんなの決まってるじゃないか、羽生ちゃん!! 永遠にだよ、マイハニィィィ!! 愛してるよぉぉぉ」
そう叫ぶとどさくさに紛れて皆の前で羽生ちゃんを抱き締めた。あー、本当に羽生ちゃんって抱き心地がいい。俺の腕にピッタリだ。後ろで悲鳴が聞こえているけど煩い黙れと言いたい。
「ああああ、あの、山崎君? もしかして、ものすごぉく楽しんでる?」
俺の腕の中で固まっていた羽生ちゃんが尋ねてきたので思わず笑いがこぼれた。
「うん、楽しんでる。しかも皆の前で羽生ちゃんを公然と抱き締められるなんてもう最高、マジ天国。羽生ちゃんも楽しんでくれると嬉しいんだけどな」
「わわわわ、私も?!」
ギョッとなって更に固まってる。
「どんな返しでもいいよ? ちゃんと受け止めるから」
「えーと、えーと……」
腕を離すと一歩下がって彼女のリアクションを待ち受ける。どんなふうに返してくれるかな、楽しみでワクワクするよ。それに頑張って一生懸命に考え込んでいる羽生ちゃんは超可愛い。このままずっと見詰めていたいけど学校では無理だよな。うーん、先生に見つからないところで何処か二人きりになれる場所ってないかなあ。
「し……」
「し?」
「しししし、仕方がないわね!! そ、そんなに私からのチョコレートが欲しいなら仕方がないわね、あげるわよっ!! ひ、跪いて感謝しなさいっ!!」
そう言って羽生ちゃんはカバンの中から取り出した可愛いリボンと包装紙でラッピングされた箱を俺に向かって突き出してきた。
まさか女王様キャラで来るとは思ってなかったから正直言って驚いた。けど顔を真っ赤にしながら頑張って何とかそれらしく振舞っている羽生ちゃんを見ていたらこれはきちんと返さなきゃと思ったんだ。それに彼女の為だったら跪いてもいいって思えたし。で、気がついたら本当に羽生ちゃんの前で跪いてた。
「羽生ちゃん……」
「なななな、なによっ!」
羽生ちゃんが差し出したチョコに手を沿えると、普段は見上げることなんてない彼女の顔を見上げた。
「ありがとう羽生ちゃん」
そう言って箱を自分の手に引き寄せると羽生ちゃんの手の甲にキスをした。俺の手の中の小さな手がピクッと震えるのが分かったけど離すことなく更に唇を押し付けた。外野が煩いけど知ったことか。
「わ、私以外の女からチョコレートを受け取ったら許さないから!」
そんなこと分かってるよ羽生ちゃん。俺は他の女からチョコレートだろうが花だろうが手紙だろうが絶対に受け取らない。受け取るのは羽生ちゃんからの贈り物だけだ。
「分かってるよ、女王陛下。俺は貴女からの贈り物しか受け取りません、ご安心を」
ニッコリ笑ってそう言うと、僕の女王陛下は真っ赤になってよろしいとばかりに頷いた。




