第十三話 女王陛下のバレンタイン
「おはよー……って、なんで皆こっち見るの?」
朝、教室に入ると一斉に皆の視線がこちらに集まってきたので思わず後ずさった。なに? なんなの? なんで皆して私を見るの? しかも皆どうしてニヤニヤしてるの?
「いやあ、ほら。今日は大事にイベントだし、今まで頑張ってきた山崎の成果が見られる日だからさ。皆、わくわくしてるわけよ。気分は雛の旅立ちを見届けたい親鳥?」
なんか違うような気のする例え。とにかく皆して私が山崎君にチョコレートを渡すところを見たいというわけだよね?
「うぅ……見世物じゃないよ?」
クラス委員の森本君の言葉に恥ずかしさМAXだよ。皆の前で渡すなんて恥ずかしくて出来ないよ、放課後にこっそり渡そうと思っているのに。なんだかそれすら許してもらえない雰囲気。
「あのさ、皆の前で渡すような羞恥プレーは私はやるつもり、ないんだけど……」
そんな私の思いとは裏腹に、いつもの賑やかな挨拶と共に山崎君が教室に入ってきた。そして私を見つけてニッコリと笑う。
「羽生ちゃーん、おはよー!! 心配しなくても俺、他の女の子を振り切ってきたから安心して!」
おお無事に逃げ切ったかと教室内で拍手が起こる。皆、私が来る前から何をやってたの? しかも更に廊下が騒がしい。「山崎くーん、チョコレート受け取ってくださーい!!」の大合唱。こんなに人気があったのかと改めて感心すると同時に、女の子達の勢いに恐怖を覚えちゃったのは言うまでもない。
「ね、ねえ、山崎君……ここはやっぱり受け取ってあげた方がいろいろと平和でいいんじゃないかな?」
「やだ」
何も即答しなくても良いんじゃないかなあ。だってきっと皆、手作りしたり色々と悩んで選んだやつだと思うから、そんな気持ちを拒否するのはちょっと可哀相だなあ、とか思うの。
「俺は、羽生ちゃんからの、チョコレートしか、受け取りません」
一語一句はっきりと口に出した断固とした山崎君の宣言に廊下で今度は「え ――― っ」の大合唱。 私、身の置き場が無い。そんな私の肩を早瀬君がポンポンと叩いて微笑んだ。
「まあ何て言うか、山崎は本当に一途だからさ、頼むね?」
「頼むねって……あのう、いつまで?」
「いつまで?だってさ、山崎」
「いつまで? そんなの決まってるじゃないか、羽生ちゃん!! 永遠にだよ、マイハニィィィ!!」
山崎君は「マイハニー、愛してるよぉぉぉ」とかどう考えても芝居じみた言い回しで駆け寄ってくると、私のことをムギュッて抱き締めてきた。廊下で悲鳴が上がってる。あのう……もしかして山崎君とお付き合いをするってことは、卒業するまでこういうのを続けることになるのかな? もしかして私が慣れるしかないの?
「ああああ、あの、山崎君? もしかして、ものすごぉく楽しんでる?」
抱き締められながら山崎君に尋ねた。耳元でクスッと笑う声が聞こえた。
「うん、楽しんでる。しかも皆の前で羽生ちゃんを公然と抱き締められるなんてもう最高、マジ天国。羽生ちゃんも楽しんでくれると嬉しいんだけどな」
「わわわわ、私も?!」
「どんな返しでもいいよ? ちゃんと受け止めるから」
どんな返しでもって言われてもそんなの直ぐには思いつかないよ。しかも抱き締められているし廊下では阿鼻叫喚だし……中には罵詈雑言もあるみたいだけど。
「えーと、えーと……」
体に回されていた手が離れ、一歩下がった山崎君が楽しそうにこちらを見下ろしている。そんな期待満面な顔してこちらを見詰めないでほしい。
「し……」
「し?」
「しししし、仕方がないわね!! そ、そんなに私からのチョコレートが欲しいなら仕方がないわね、あげるわよっ!! 跪いて感謝しなさいっ!!」
あああああ、私、本当はこんなこと言いたいわけじゃないんだよ、山崎君!! 鞄の中からラッピングした箱を出して山崎君に突き出した。中味は買ったものだけどラッピングは自分でしたんだよ?って言いたいのに口が勝手に女王様口調になっちゃったよぉ!! 廊下で何様よって声が聞こえてる。そんなの分かってるよ、私が一番何様だって思ってるから!!
山崎君の反応が怖くてチョコの箱を差し出したまま固まってしまった私、ははは、早く何か言ってぇ!!
「羽生ちゃん……」
「なななな、なによっ!」
山崎君がいきなり私の前に跪いてチョコに手を添えた。ほ、本当に跪いちゃったよ、山崎君!!
「ありがとう羽生ちゃん」
そう言って箱を自分の手に引き寄せると同時に私の手の甲にキスをした。私は思わず飛び上がりそうになるし、廊下では悲鳴が響き渡るし、教室内は拍手喝采だし。もうカオスだよ、カオス。文化祭の出し物以上に盛り上がっているのは何故なの?
「わ、私以外の女からチョコレートを受け取ったら許さないから!」
これはある意味、私の本音だ。ここまで恥ずかしいことをさせてチョコレートをせしめたからには、それなりの覚悟を持って欲しい。それは山崎君にも伝わったみたい。
「分かってるよ、女王陛下。俺は貴女からの贈り物しか受け取りません、ご安心を」
「そう、だったら来年も渡してあげるから楽しみにしてなさい……!!」
だから私、女王様口調で返すつもりはなかったんだよ、山崎君……。
++++++
「はい、羽生ちゃん、あーんして」
「……」
口の中にチョコレートが放り込まれる。私達は今、二人っきりで校舎の屋上にいる。お昼休みのこの時間いつもは隣のクラスの樹里ちゃんがいるんだけど、今日は二人でゆっくりしたいだろうからって場所を譲ってくれた。樹里ちゃん大丈夫かな、なんだか最近は栗林君に追い掛け回されているように見えるんだよね。同じクラスで同じ部活なら一緒にいることが多くて当然だけど、なんだかちょっと違う気がする。今頃は無事にお弁当を食べてられているかな、樹里ちゃん。
「なに考えててるの?」
「え? ああ、樹里ちゃんって、ここしばらく栗林君に追い掛け回されているなあって」
「俺と一緒の時にそんなこと考えてるんだ?」
そんな不機嫌そうな顔しないで欲しいなあ。別に山崎君のことを忘れているわけでもないんだよ?
「でも気にならない? 栗林君って最初は早瀬君にそのう……愛を叫んでたじゃない?」
「あれは奴流のコミュニケーションの一つだからなあ……」
「え、そうなの?」
なんだ、じゃあ本当に男の人が好きなわけじゃないんだ。ちょっとホッとした。
「まあ、あいつは男でも女でも気にしないってのは本当だけどね」
「え……」
ポロッと手にしていたリンゴか落ちてしまった。
「けど人のものには絶対に手を出さないから、その点は安心だよな。あいつが最初に羽生ちゃんに目をつけなくて良かったよ。俺だってあいつと殴り合いになるのイヤだし」
「……じゃあ、私が先に栗林君に告白されて付き合ってたりしたら諦めた?」
「まさか、本当に告白された?」
途端に山崎君の目が細くなってこちらをジッと見詰めてくる。何も睨まなくても良いじゃない。
「違うよ、例えばの話」
「多分、殴り合いをしてでも羽生ちゃんを手に入れてたと思うよ。俺、本当に羽生ちゃんのこと愛してるから」
そう言って再び穏やかな表情に戻った。
「言葉では言い表せないんだ、この気持ち。その中で一番近いのが愛してるって言葉かな。俺、羽生ちゃんにふられたらきっと一生一人で生きていくと思う」
「そんな寂しいこと言わないでよ……」
山崎君って時々こんな風にドキッとすることを言うんだよね。
「だって羽生ちゃん以外の誰かと一緒にいるなんて考えられないよ。羽生ちゃんは?」
「先のことなんて考えたことないけど……山崎君が誰か別の女の人と一緒にいるのはイヤかも」
「でしょ?」
「……ところで山崎君、さっきから私ばかりが食べてるけど、山崎君ちっともチョコレート食べてくれてない」
せっかく恥ずかしい思いをして渡したのに、私にあーんとか言うばかりでちっとも食べてない。
「ちゃんと味見はさせてもらうから心配ないよ」
「それって昨日と同じ……?」
「うん、羽生ちゃんで味見させて?」
結局、予鈴が鳴るまでずーっと味見してたんだよ、山崎君ったら。




