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窓辺の王子様  作者: 鏡野ゆう


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第十一話 ブラックになり切れない王子様

「なんだかさ、羽生さんって最近、綺麗になったよね」


 そんな男連中の会話を小耳にはさんだのは数日前。羽生ちゃんは前から美人だっつーの、今更、何を言っているんだと密かに鼻を鳴らし、それと同時に改めて周囲に羽生ちゃんに手を出すなと言い含めておかないと駄目だなと、羽生ちゃんにバレないように密かに行動に移したのは俺だけの秘密だ。


 冬休みに入っていよいよ全国サッカー大会も盛り上がってきた。野球部に続いてサッカー部も今までにない好成績を残せるかという感じで学校内でも盛り上がっている。羽生ちゃんも応援しに来てくれるし、俺としては休みの間も彼女に会えて非常に幸せな冬となった。


 ……の筈だったんだけど。


 試合開始のホイッスルが鳴る直前、観客席の方へ視線を向けていつものように羽生ちゃんの姿を確認していた俺の目に入ったのは、知らない男に話しかけられている彼女の姿だった。男の年齢は二十代か三十代ってところでカメラを持っている。地元紙の記者か何かだと思うんだが、何故かこちらを撮らずに慣れ慣れしく羽生ちゃんに話しかけ、写真を撮らせてくれと言っているようだ。しかも手を握ったりしている。


 学校でそんなところを見かけたら迷うことなくボールを相手に蹴り込むところだけど、試合中にそんなこと出来る筈もなく。ちょっと、いや、かなりムカッ腹を立てながら試合に臨んだ。そんな状態でピッチに立ったらどんな結果になるかなんて俺が一番よく知っているのにね。大きなミスをせずに済んだのは先輩達のフォローのお陰。だけど後半はベンチに下げられてしまった。


「どうした、試合に集中してなかったぞ、山崎」

「すみません」

「さすがに準決勝ともなると緊張するか?」

「そんなところです、すみません」


 監督にも注意までされてしまう体たらく。そしてベンチに下げられてしまったら観客席の方を確認することも出来ず、なんとも苛々MAXな状態で残りの時間を過ごす事となってしまった。で、結果はと言えば準決勝で敗退。準々決勝で敗退した去年に比べれば一つコマを進められたんだから、まずまずの成績だったんだろう。でも俺としては自業自得とは言え色々と納得の出来ない試合だった。


 競技場を出たところで羽生ちゃんが待っていくれた。俺が一緒に帰ろうとしつこく“おねだり”した成果だ。いつもの俺ならきっと喜んで飛びついて彼女に悲鳴をあげさせるんだけど、今日の俺はちょっとブラックが入ってた。


「お疲れ様~。残念だったね、あと一点だったのに……」


 寒いせいで鼻が少し赤くなった羽生ちゃんはとっても可愛い。ブラックが入ってドロドロとした怒りが腹の中にたまっていても、それだけは感じることが出来た。俺はそんな彼女の腕を掴むと関係者しか入ることのできない通用口の方へと歩いていった。


「山崎君、そっちは入っちゃいけないとこだよ?」


 羽生ちゃんは俺の行動に戸惑ったように声をかけてくる。けど俺は彼女の方を見ることなく通用口のドアを開けて中に入った。ドアが軋んだ音をたてて閉じてしまうと、羽生ちゃんが人の気配が無くて薄暗い場所に不安そうに辺りを見回したのは分かった。


「あれ、誰?」

「え?」


 問い詰める俺の口調がいつもと違って素っ気なかったせいか、ちょっとだけ怯えたような顔をした羽生ちゃんが後ずさった。逃がさないとばかりに壁際に追い詰めて壁に手を当て両腕の中に羽生ちゃんを閉じ込める。


「試合中に隣にいたヤツ。なんで手を握らせてたりしたの」

「それは……。あの人、デイリー東都の記者さんらしいんだけど何故だか声をかけられて、写真を撮らせてくれないかって……」

「それって手を握りながら話すようなことじゃないよね?」

「あれは違うの。名刺を押し付けられた時に勝手に握ってきて……」

「名刺?」

「うん」


 なんでスポーツ新聞の記者がわざわざ名刺を渡してまで写真を撮らせてくれだなんて言うんだ?


「それ見せて」

「……うん」


 コートのポケットから出された名刺を引っ手繰るようにして奪うと、そこに書かれている社名に目を通した。そして溜め息をついた。


「羽生ちゃん……」

「なあに?」

「これ、デイリー東都じゃない、週刊東都」

「え?」


 何が違うの?と首を傾げている。そりゃそうだ。根っこは同じ東都新聞社らしいが、これは通勤時におっさん達が読むような雑誌で、中にはグラビアアイドルの過激な写真やら何やらが載っている、いわゆる女の子にはちょっと見せられないような雑誌だ。たまに親父が買ってきてはお袋に叱られているのを目撃している。


「羽生ちゃん、水着とかコスプレの写真を撮られても良かったの?」

「なに、それ……」

「こいつ、そういう雑誌のカメラマンだよ。こんな奴にほいほいついて行ったら、そういう写真を撮られていたってこと。まったく、羽生ちゃん、もっと警戒心持たないと。見ず知らずの男に言い寄られて手を握られて何で嫌がらないのさ。警戒心無さ過ぎにも程があるよ」


 一応これは顧問の柳田にも伝えておいた方が良いかもしれないな。こいつ、他の女子にも声をかけているかもしれないし。そんなことを考えていたので目の前の羽生ちゃんが俯いてしまったことに気が付くのが遅れてしまった。


「この名刺、柳田先生に渡しておくから二度とあいつには……羽生ちゃん?」


 俯いてしまった羽生ちゃんの顔を覗き込もうとした時、足元にポタリと水が落ちたのに気がついた。


「わわっ、泣かないで羽生ちゃん、ごめん、きつく言い過ぎた」


 慌てて謝ったけど時既に遅し。すすり泣く羽生ちゃんを前にして俺は途方に暮れてしまった。


「嫌だったんだよ? しつこくて怖いし、手を握られて気持ち悪かったし。でも騒いだら試合に影響出るかもって思ったから我慢してたのに、山崎君、酷いよ……」

「ごめん、本当にごめん。だから泣かないで。羽生ちゃんに泣かれると俺、どうしたらいいか分からなくなるよ」


 試合の為に我慢したなんて聞かされたら、俺どんだけ人でなしなんだよと。


「もしかして後半出られなかったのは、そのせい? なんかゲームに集中してないって柳田先生が言ってたけど、もしかして私のせいで下げられちゃった……?」

「違う違う。断じて羽生ちゃんのせいじゃない! 単に俺が試合に集中できない未熟者ってだけで絶対に羽生ちゃんのせいじゃないから!」

「ごめんなさい……」


 ああ俺ってば大馬鹿かもしれないと壁に頭を打ちつけたい衝動に駆られる。だけどこんなところで流血沙汰になったらそれはそれで困ったことだから、代わりに謝罪の意味を込めて羽生ちゃんを抱き締めた。


「謝るのは俺の方だ。ほんとにゴメン。羽生ちゃんがどんな気持ちでいたかなんて考えもしてなくて、自分の気持ちしか考えてなくて……」


 あああっ、もう何が言いたいのか良く分からなくなってきた。言葉ってまどろっこしい!!


「まじにゴメン。羽生ちゃんは悪くないから」

「怒ってない?」

「怒ってない。悪いのは一方的に責めた俺の方だから」


 涙に潤んだ目が上目遣いでこちらを伺っているのを見ていると、もう何とも言えない気分になる。言葉じゃ足りないって感じる時ってどうしたらいいんだろう。そんなことを考えて、気がついたら羽生ちゃんのことを抱き締めてキスをしてた。塩辛い涙の味がするキスだった。


 本当はずっとこのまま羽生ちゃんのことを抱き締めてキスを続けていたい、両腕で抱き締めたことでいつも以上に華奢な体を感じてしまって服越しじゃなくて肌と肌を直接触れ合わせたい、そんな気持ちになる。だけど俺の現実的な耳は何処かでドアが開く音と複数の誰かが喋っている声をとらえていた。


 そっと柔らかい唇から離れると、誰かに見咎められる前にとまだポヤンとしたままの羽生ちゃんの手を取って急いで外に出た。



+++++



 それから駅で偶然遭遇した羽生ちゃんに言い寄っていた記者を撃退してそれまでモヤモヤしていたものが少しだけ晴れた気がした。普段よりきつい口調になったのはまあ言わば八つ当たりみたいなものかな。ま、お蔭で羽生ちゃんは俺のことを頼りになる男だって見直してくれたみたいだし結果オーライ。


 だけどそれとは別にちょっと困ったことになった。羽生ちゃんが週刊東都という雑誌に興味を持ってしまったみたいなのだ、いや、正確にはコスプレ写真とやらに。


 週刊東都に掲載されている写真は羽生ちゃんが考えているようなコスプレの写真と全く違うものだと思う。いや間違いなく違う筈だ。俺だって年頃の男子だから、そういう雑誌にだって色々とアレだから偉そうなことは言えないけれど、とにかく羽生ちゃんには見て欲しくない。まあ成人男性向きの雑誌のところに置いてあるって言うから、間違っても羽生ちゃんの目に入ることはないだろうとは思うけど。


 取り敢えずは君が穢れるのは嫌だから見ないでくれと言ったら納得してくれたみたいだけど心配だ……。


「でも試合、本当に残念だったね……」


 俺の心の葛藤に気が付かない羽生ちゃんがポツリと呟いた。


「俺はそれほど残念だとは思ってないかな、先輩達には申し訳ないけど」

「どうして?」

「だって、お陰で羽生ちゃんと初キスできたから」


 あ、顔が真っ赤になった。可愛い。反応が可愛過ぎるよ羽生ちゃん。こんなのが続いていたら俺の忍耐も早々に擦り切れそうだよ。


「つ、次は無いからっ」

「えー……良くなかった?」

「そんなこと聞かないでっ」


 プイッと横を向いてしまった羽生ちゃんの耳元に口を寄せて囁いた。


「またいつか、しようね?」

「耳元でやめてぇっ」


 耳を両手で塞いでいる羽生ちゃんを見ながらだらしなく笑っていた俺は、傍から見たらきっとバカップルだとかリア充爆発しろとか思われるんだろうなあ、人の少ない車両を選んで良かったなあなどと、頭の隅っこの方で考えていた。


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