第一話 観賞用の王子様
まあ何て言うか、世の中には見ているだけの観賞用に向いている男子っている訳で、多分、私の視線の先にいる子、つまり私のお隣、窓際の席に座っている彼も最初のうちは私にとってそれだったんだと思う。黙っていれば本当にイケメンなんだ、この山崎信也君という人。
そう、「黙っていれば」っていうのが物凄く重要なポイントなのね。
こちらの視線に気がついたのかパッと顔をあげて彼がこちらに顔を向けた。そしてわざとらしく首を傾げて微笑む。
「なになに羽生ちゃん。俺の顔ってそんなに見とれるぐらい超イケメン?」
ほら来た。口を開いちゃいけません、だらしなく笑ってもいけません、って言うか出来ることなら私に喋りかけないで下さい、観賞用さん!!
「いえ、山崎君を見ていた訳ではなく、その向こう側の窓の外を見ていただけなのでお気遣いなく」
「またまたー! そんなに照れなくていいよ? 俺がイケメンなのは周知の事実ってやつだし? それに、俺は羽生ちゃんのこと愛しちゃってるから幾ら見詰めてくれてもOK!」
「いえいえいえいえ……お気遣いなく……私のことなんか捨て置いて下さい」
後ろから“若菜ちゃん御愁傷様”って言葉が聞こえてくるのは誰か幻聴だと言って下さい。
いつからなんだろう、この“観賞用の王子様”(私が勝手に命名した)にやたらと声をかけられるようになったのは、しかも愛しているよとか言いながら。
私が彼を遠くから眺めるようになったのは、この聖林高校に入学してから直ぐのこと。彼がサッカー部のルーキーだって言われ始めた頃だ。そしてその後になって彼が自分と同じクラス、しかもお隣の席の男子だってことに気がついた。
サッカー部ということで目立っているせいか女子にも人気があって、あっちこっちから黄色い声って言うかピンク色の声がハートと共に飛んでいるところを見ると女子にも人気があるんだなって感心していた。運動部に所属している男子特有の厳つさも暑苦しさも無いから、騒いでいる女子の中に混じる気は無いけれど、眺めているだけならこれも有りかもしれないって軽い気持ちで毎日お隣の席の彼をこっそり観察しながら過ごしていた。
そして本格的にお近づきになることになったきっかけは夏休み前のこと。
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「羽生さーん、起きて下さーい」
「うきゃあぁぁぁ!!」
いきなり耳元で囁かれて悲鳴をあげたのは、よりによって鬼教師神崎の数学の時間。当然、叫び声をあげた私に神崎の怒りのチョークの鉄槌が下ったのは言うまでも無い。額に直撃だよ先生、私これでも女の子なんだしもう少し手加減をして欲しいと思う今日この頃……。
「いい根性だな、羽生。俺の授業中に居眠りとは」
「……すみませんです、先生様」
そんなこと言ったって仕方ないんだよう先生。女の子の日の前になると強烈な眠気に襲われるのは私だけではないし。それが今回いつもより強烈なのは私のせいじゃない。そんなこと言っても男の先生には分かんないかあ……と心の中で溜め息をつく。
「寝るぐらいの余裕があるなら、前に来てこの問題を解け」
「はーい……」
ボーッとする頭のまま黒板の前に行ってチョークを持つ。黒板に書かれた問題を理解しようとするんだけれど強烈な眠気のせいで頭に入ってこない。焦る気も出ないぐらい眠いよ……。
「おい、羽生。ボーっとしてないでさっさと解け」
「……」
目が勝手に閉じちゃうよ。地獄の底から足を引っ張られるのってこんな感じなのかなあ……とざわついてきた後ろの気配を感じながら考えたところでプツンと意識が途切れた。
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そして次に目を開けた時に視界に入ってきたのは白い天井と心配そうな顔をしてこちらを見ている山崎君。いつものヘラヘラした笑いはなりを潜めている。
「……あれ、私ってどうしたのかな」
「気がついた? 授業中に倒れたんだよ、羽生さん」
「山崎君はどうしてここに?」
「俺が保健室に運んだ」
なんだか凄くしょぼくれているのはどうして?
「ごめんな。俺が脅かさなかったら神崎に怒られることも倒れることも無かった訳だし」
そうだった、耳元でいきなり囁いてきたのは山崎君だ。
「まさかあんな悲鳴をあげるとは思わなくて、本当にごめん」
「……これからは耳元で囁くのは禁止ね」
私がそう言うと山崎君が首を傾げる。
「もしかして、耳、弱いの?」
「え?」
山崎君がこちらに手をのばしてきて私の耳に触れた。触れられた途端にゾクッと得体の知れない痺れが体のあちこちを駆け巡る。
「やっ……」
「そうみたいだね」
「くすぐったいだけだから……」
「違うよ、羽生さん。それは、くすぐったいんじゃなくて感じてるの」
「か、感じてる?」
私の頭はまだ睡魔のせいでぼんやりしていたし、急にそんなことを言われて困惑していたと思う。山崎君が試してみる?と首を傾げてこちらに覆いかぶさって来た時に抵抗しなかったのはきっとそのせいだ。
「ひゃっ」
耳にふっと息を吹きかけられてビクッと体が跳ねた。何て言うか寒くてゾワゾワするのとはちょっと違う感じで、自分でも意外なぐらい心臓がドキドキしているし体の有り得ないような場所がジンジンとしびれるような感じがして訳が分からない。
「ほらね?」
耳元で笑いを含んだ山崎君の声がして腰の辺りがゾワッとした。もしかして私、何処かおかしいのって本気で心配になってくる。
「やだ、耳元で話さないでっ」
「くすぐったいのとは違うでしょ?」
「だから耳元はやだー」
山崎君はさっと体を起こすと、ね?と笑いかけた。
「羽生さん、今の、他の人で試したら駄目だからね」
「そんなのしないよお、今のだって気持ち悪かったもの……」
「酷いなあ、俺、優しくしたのに」
なんだか物凄く誤解を招きそうな言葉。
「山崎君も二度とこんなことしないで」
「んー……羽生さんがその気になるまでは二度としないって約束する」
「その気になんて絶対にならないよー」
「そんなの分からないよ?」
俺は諦めないからね?と嬉しそうにヘニャリと笑うと楽しそうに私のことを見下ろしてた。




